「……仮面舞踏会、でございますか。」
「ええ、ローブル聖王国から教祖〝顔なし〟、もといネイア・バラハ女史が魔導国へ来訪されることは聞いていますでしょう?歓迎の式典において大まかなスケジュールは決まっているのだけれど、舞踏会については開催の是非も含めて未だ審議中らしいの。もし開催するのだとすれば仮面舞踏会の可能性が有力と聞いているわ。」
「それはまた奇妙な話ですね。」
クライムが知るのはあくまで今は無きリ・エスティーゼ王国の常識でしかないが、他国から賓客を迎えるならば舞踏会とは切っても切り離せない行事だ。とはいえ貴族同士の権謀術数渦巻く見栄の張り合いという意味合いが強く、魔導王を頂点とした上意下達の一糸乱れぬこの地においては不似合いな行事だとも思う。
……だからこそ〝なら最初からやらなければいいんじゃないか?〟という意識が強く、何故審議にそこまで時間が掛かっているのか皆目見当がつかない。それにこれほど個性あふれる存在が多くいる地だ。仮面を付けたところで意味を成すとも思えない。
「仮面を付けることによって、魔導王陛下の御前においてはどのような種族も平等……。ということを建前とされているのでしょうね。ネイア・バラハ女史は〝顔なし〟の二つ名が示す通り伝道活動において奇抜な仮面を外すことなく、その素顔は教団のごく一部の人間しか知らないとされているわ。 おそらく、ヤルダバオト襲来において女性としてそのお顔に忌むべき傷跡か呪いの類が残ったのでしょう。」
「ヤルダバオト……。」
クライムは苦悶に満ちた複雑な表情を滲ませ、拳を握りしめる。王国の悪夢、悪辣なる魔皇、英雄モモンにより危機を免れた記憶よりなお一層脳裏に過るのは更なる絶望、魔導国の進軍だ。リ・エスティーゼ王国はあのままヤルダバオトに蹂躙されていたほうが王家には再興の道があったのではという〝もしも〟をどうしても考えてしまう。
もちろんローブル聖王国で起こった悪夢を思えばそれも夢物語と分かる。それでも魔導王とどちらが絶望的であったか……。
「クライム。わたしたちはあの場で最善の手を尽くした。その選択に間違いはないわ。」
ラナーの慈悲に満ちた手に拳を握られたクライムは、自分の葛藤が一番に護るべき主を憂顔にさせている事実に気が付き、頭を振って思考を切り替える。
「それにしても舞踏会……。わたくしは参加する機会に恵まれなかったわね。どんなリズムなのでしょう。こうかしら?」
即興のデタラメな……というには、余りにも可憐で洗練された美声が軽快な律動となり歌となり守護領域全体を支配する。そして歌は踊りを伴って、クライムに手が差し伸べられる。
「わたしでよければ……一緒に踊りましょう? 一緒に歌いましょう?」
畏れ多さもある、先ほどの逡巡を払拭出来たわけでも無い。だが差し伸べられた手を拒絶する理由はクライムには無い。過去を悔やみ悩む不毛な時間を、自らの慈悲深く聡明な主は同じ時間を未来へ向かう時間へ変えて下さった。そのお心が何よりもうれしい。
「こんなわたくしで……本当によろしければ。」
ラナーとクライムは左右の十指を交差させ、片や洗練された動きで、片や酔歩するように踊る。美声の中に混じる
踊る二人はどちらも幸せだ。クライムが望む全てが、そしてラナーが望んだ全てがただ一室で繰り広げられていた。