滅国の魔女、御身の前に。   作:セパさん

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望まない休日

 ナザリック地下大墳墓第9階層執務室。そこでアインズは【意味不明な書類にひたすらハンコを押し続ける】というこの世界で最も単調で、恐らくはこの世界で最も影響がある仕事に従事していた。

 

 横にはアルベドが佇立しており、微笑みを湛え至高の主の御傍に仕える幸運を嚙み締め、自らの存在意義を全うしていた。とはいえそんなアルベドでも緊張し、自らの無能を露呈する恐怖に晒されることはある。

 

「アインズ様、こちらの草案ですが2つの案が挙がっておりぜひ御身の採択を仰ぎたいと愚考しております。御手を煩わせる無能なわたしを御許しください。」

 

「なに、構わない。どれ……【労働者から労働力を不当に搾取し収益を上げることを計画的に行う集団・ギルドに対する法的措置並びに活用に対する穏健なる提案】……うむ。」

 

 珍しくアインズでもなんとな~くわかるテーマであった。要するに魔導国内に存在するブラック企業をどうするかといった問題だろう。そもそも蜜に浸した国家を是とするアインズの考えに真っ向から対立するものであり、存在そのものが不愉快で仕方ない。

 

(俺はNPCにヘロヘロさんのような人を作るつもりはないと思っている。民にもその慈悲はかけるべきだ、ナザリックの管理する国にブラック企業があること自体許せる話ではない。)

 

「……不愉快な存在だな。し……」

 

 〝死罪一択〟と言いかけ、自分が言えば2つあるという案がどのようなものか議論の余地もなく決定されてしまうだろう。ひょっとすれば自分が感情で決定するよりも効率的な案があるかも……いや、その可能性の方が高い。

 

「し、しかし、活用方法があるのであれば話を聞きたい。その二つの案とはどのようなものなのかな?」

 

「はい、前提としてこのような場所で働く者は本質が怠惰・無知であり、自ら考える能力もない愚者の中の愚者です。アインズ様の治める国にそのような存在がいること自体不敬。一つは〝愚者を一か所に集める目的のため温存し、モルモット待遇とする〟二つ目は〝仕事を選べぬ愚者の受け皿として労働条件の改善を行い生産性を度外視し福祉施設の役割をもたせ、生産職に復帰できるものと出来ない者を選別〟というものです。」

 

 アインズはアルベドの説明に沸々と怒りが湧いてくる。何も好きでブラック労働をしている訳ではない、もちろん魔導国には元居た世界(ディストピア)と違い幅広い職業選択の自由があるのだから、わざわざブラック労働をしている者など詐欺師に騙されているカモに等しい。だが、自分やかつての仲間たちまで馬鹿にされた気分……即ち鈴木悟の残滓だ。

 

「ふむ……。経営者はどのように処罰するのだ?」

 

「〝労働基準法〟に基づき死罪といたします。ですので、魔導国の管理下に置くことが前提となります。」

 

「なるほど……わたしは後者を好むな。人生で道を誤ってしまうことはある。ならばやり直しの契機を与えてもよいではないか。」

 

「寛大なるご慈悲、我ら一同平伏する次第にございます。」

 

 一瞬ギリィっと不穏な音が聞こえ、天井の八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)がザワついたような気がしたが、アルベドの笑みを見て気のせいかとアインズは再びハンコを押し続ける単調な作業へ戻っていった。それでも重苦しい空気になった気がして仕方がなく、アインズは思わず話題を振る。

 

「あ~、アルベドよ。話は変わるがラナー(あの頭のおかしい女)はよくやっているか?」

 

「不肖の部下でございますが、ナザリックの頭脳労働という点においてはよく働く得難い人材であるかと。しかしながら未だ人間界の常識が残っており、教育の必要がございます。」

 

「いや、それには及ばん。アルベドとデミウルゴスに掛かり切りだった頭脳労働が軽減されたことは歓迎すべきことだ。それに……お前たち(NPC)のような振る舞いを彼女には望んでいない、仕事ができナザリックの利益になればそれでいい。」

 

「重ね重ね慈悲深い……。」

 

(そういえばあの女とはあまり顔を合わせないな、ギルド・アインズ・ウール・ゴウンでは新しい仲間ができたら歓迎会をしていたが、俺が凡人ってバレるのも怖いし止めておこう。しかしラナー(あの頭のおかしい女)のデータを知らな過ぎるというのもよろしくない。う~ん……)

 

 悩んだアインズはひとつ罠を張ることを思いついた。

 

 

 ●

 

 

 ナザリック初の現地人領域守護者、ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフは、たった一室である自らの支配領域で直属の上司であり、守護者統括としてナザリックでも特別な地位に立つアルベドを跪いて迎えていた。

 

「ラナー、アインズ様は経営者亡き後の不法ギルド運営に際し貴女の案を採択されたわ。この調子でナザリックのため働いて頂戴ね。」

 

「畏まりました。偉大なる魔導王陛下に選ばれた幸運を噛み締め、今後も一層奮励努力いたします。」

 

「ええ、頼んだわよ。」

 

 ラナーはアルベド様の慈母の如き笑みが本性をひた隠す仮面であることを知っている。与えられるのは強烈なプレッシャー……そして勘が外れていなければそこには嫉妬の念が混じっていた。

 

 しかし、何をするでもなくアルベドはラナーの支配領域から去っていった。ラナーの背中から冷汗がブワっと吹き出る。無能の烙印を押されなかった安堵感が無い訳ではないが、それよりもアルベド様の機嫌を損ねてしまったことに対してどうしようもない不安を覚えていた。

 

 とはいえラナーの仕事はアルベド様、デミウルゴス様、パンドラズ・アクター様と同じナザリックの頭脳労働、自分の能力をひた隠しにしてアルベド様に花を持たせるという選択肢はあの智謀の王から【無能】の烙印を押される破滅への一本道。かといってこのままアルベド様の機嫌を損ね続けるという事も自分とクライムが良い方向へ向かうとは思えない。まさに二重拘束(ダブルバインド)だ。

 

(困ったわね。魔導王陛下に失望されることは一番に避けなければならないことだけれど、アルベド様は恋慕なさっている魔導王陛下に自分の案以外を採択されるなど看過できるものではない。その気持ちは痛いほどわかるのだけれど、その怒りをこちらに向けられても……。)

 

 まさしく【理不尽】を絵にしたような状況にラナーは辟易してしまう。憂い気なため息をついていると、コンコンとノックの音がする。ラナーには福音にも聞こえた、急いで〝クライムの知る笑み〟を作り上げ、嫋やかに入室の許可を出す。

 

「ただいま戻りました、ラナー様!」

 

「お帰りクライム。今日もお疲れ様です。」

 

「ありがとうございます。道中アウラ様よりこちらをラナー様へと渡されました。」

 

「これは回覧板ね。……え?」

 

 メッセージも普及しているこのナザリック内で何故このような回りくどい真似をするのかわからないが、連絡事項を書面に記し個人に回す風習がある。しかし軽さの割にバインダー並みの厚さがある。いったいどんな内容なのだろう?中身を一読しようとしたラナーはパン!という軽快な音とパンドラズ・アクター様に似た像とともに飛び出してきた紙吹雪に仰け反る。

 

「ラナー様、大丈夫ですか!?」

 

「ふふふ……本当に、本当に理不尽だわ。腹が立つったらありゃしない。でも大丈夫。わたしにはクライムがいるんですもの。そう、この瞳よ!この瞳のためならばわたしは何だってしてみせる。」

 

「ラ、ラナー様……?」

 

 クライムは思わず戦慄を覚える。クライムに詰め寄るラナーが浮かべたのは笑みというにはあまりにも不気味すぎる代物だった。

 

「ねぇクライム、何であなたはわたしを襲ってくれないのかしら。そうね、一番大切にとっておいている〝初めて〟だもの。でもね、一度実験してみたかったの。あなたを精強剤や興奮剤漬けにして××を×××し続ければ何日であなたはわたしを襲うかしら。」

 

「ラナー様!お気を確かになさってください!」

 

「逃げないでクライム。今からあなたを拘束して××××して×××を繰り返してあげる。甘い声をあげて蕩けるまで……。粗相をさせてと泣いて喚くまで……泣いて喚いても許さない。安心して、拘束は時折ほどいてあげるわ、わたしを襲うのかどうか確かめるため……、ああ、もちろんわたしを襲うなんて真似をすれば罰として×××を死ぬ寸前まで繰り返してあげる。ああ、可愛いクライム……。その澄んだ瞳を獣の欲で濁らせて。いいえ、決して濁らないからこそクライムなのだわ、だからこそあなたの忠誠を確かめてあげる。」

 

「ラナーさ……ふぁ。」

 

  

 ●

 

 

 宝物殿の談話室。護衛の八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)や当番のメイドを身の回りから外し、アインズは遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)でユグドラシルならBANどころの騒ぎではない蹂躙劇を見ていた。見せられていた。

 

 〝【完全なる狂騒・改】――効果:精神状態を解放し、普段は抑えている本音を出す。効果時間は一定時間。――でラナー(あの頭のおかしい女)の本性を覗き見てみよう〟そんな好奇心で行った実験に、アインズは後悔を隠し切れずにいる。ひとつ確信したことはアウラとマーレの情操教育に絶対相応しくないという事くらい。アインズは【完全なる狂騒・改】の効果が切れるまで、沈静化を繰り返しながら〝ラナーの本性〟を観察し続ける羽目になった。

 

 ……効果が切れた直後、ラナーから土下座されクライムの記憶を消してほしいと懇願され快諾したのは余談である。

 

 

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