滅国の魔女、御身の前に。   作:セパさん

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覚悟の再会

「では少し留守にさせていただきます!ラナー様!」

 

「ええ。今日も訓練なのね。行ってらっしゃいクライム。」

 

 ラナー様はそう言ってクライムの頬に優しく口づけをした。リ・エスティーゼ王国の王女と従者だった時分では考えられない事であり、何度経験しようと慣れるはずもなく赤面し言葉に詰まってしまう。護るべき主からこれ以上ない形ある忠義の礼を賜ったのだから何か言わなくてはと思うのだが……

 

「あ、ありがとうございます!ラナー様!よりラナー様の御役に立てるよう精進いたします。」

 

 そんな気の利いた言い回しができるほどクライムは器用ではない。従者としての礼を行うしかない自分が歯がゆい。それでもラナー様は気にされた様子も無く、お優しい笑みを(たた)えておられる。

 

 クライムにもわかるほど少し寂し気な様子を見ると後ろ髪をひかれるが、周りが化け物だらけのこの墳墓で、従者たる自分が弱いままでいるわけにはいかない。

 

 クライムが魔導王へ忠誠を誓う際願った事は、【自分に稽古をつけて欲しい】というものだった。それに際し、自分に才能は無い事、ある程度の武技が扱えること、中でも<脳力解放>は自分のオリジナル武技であることなどを包み隠さず話した。

 

 魔導王は鷹揚に頷き、自分に興味を持ってくれた様子で――「ほうお前は〝レア〟なのだな」という何を言っているか解らない事を呟いていた――クライムに稽古をつける約束をしてくださり、リ・エスティーゼ王国に居た時分の訓練など鼻で嗤えそうな過酷な訓練をアンデッドや亜人、異形種たちと行っている。<小悪魔(インプ)>の身体になっていなければとっくに身体か精神に変調を来していただろう。

 

 ラナー様の守護領域を出ると、相変わらずその先は、廊下の先が見えないほど広大な空間が広がっている。見上げるような高い天井には、シャンデリアが一定間隔で吊りさげられ、白を基調とした壁や、大理石の床は隅々まで清掃が行き届いており、宝石のように光が乱反射して輝いていた。

 

 荘厳と絢爛さを兼ね備えた、正しく神の住まう別世界であり、その都度圧倒されてしまう。リ・エスティーゼ王国の王宮となど比べるべくもない、既に手遅れと解っているが、これほどの力を有していることを上層部に進言出来る立場だったならば……などという後悔と慚愧(ざんぎ)の念がクライムを襲う。

 

 しかしクライムが一番大切にして護りたい存在……ラナー様がご無事であった幸運に感謝するほか無いだろう。心を切り替えて塵ひとつない廊下を歩く。途中、美しい顔をしたメイドたちがクライムに一礼する。これも一挙手一投足が王宮に居たメイドと比べ物にならない見惚れてしまう程の洗練された優雅な動作だ。

 

 メイドの一礼に丁寧な返礼をしながら歩を進めていく中……

 

 今さっき返礼をしたメイドの一人に違和感を覚え、思わず振り返る。

 

「あの……ツアレさん?……もしかしてツアレさんですか!?」

 

 そこに居たのは以前稽古をつけて頂いたセバス様やブレイン様と共に、八本指の娼館襲撃で救出を行った女性だった。しかし〝素朴な村娘〟といった印象だった彼女に何があったのやら、メイド衣装に身を包んだツアレさんはクライムの記憶と大きく異なり、髪は綺麗に整えられ、肌艶も良くなり、その凛とした立ち姿は別人と見まごう……いや、最早別人と言っても過言ではないだろう変身を遂げている。

 

「クライム様ですよね。あの時は大変ご迷惑をお掛けしました。詳細はセバス様から聞いております。いつかお礼をと思っていたのですが、〝まだその時ではない〟とセバス様に……。この地で何度もお会いしておりながらお声かけもできず申し訳ございません。」

 

「セバス様がいらっしゃるのですか!?この……」

 

 〝この化け物の巣窟に〟と言いかけ、クライムはその言葉を飲み込む。自分の軽率な一言でラナー様に害が及ぶなどあってはならない。そしてツアレさんの一言から会ったのが初めてではないということに大きなショックを受ける。自分の目はどれだけ節穴なのだ。

 

「はい、セバス様はアインズ様の家令(ハウス・スチュワード)に御座います。」

 

 あのセバス様が何故魔導王に?クライムの頭にある相関図が辻褄を無くしていく。魔導王はラナー様に行ったように、セバス様に対しても権謀術数を以って配下に組み入れたのだろうか。あれほど強く優しい御仁だ、ラナー様の頭脳を超える欲深い魔導王が野放しにするはずがない。

 

「もしよろしければ……セバス様にお会いする事は叶いますでしょうか?」

 

 クライムは平静を装ったつもりであったが、その声は自分でも解るほど悲壮な決意がこもっており、ツアレさんは悲し気な様子で一拍置き何かを考え……

 

「アインズ様の御許可が下りれば可能であるかと。」

 

 再び凛とした顔つきに戻り、〝この地ではそれが当たり前である〟とばかりにあの魔導王の名を口にした。

 

 

 ●

 

 

 〝遂にこの時が来てしまった。〟

 

 セバスは<伝言(メッセージ)>を受け取り、鋭い眼光の間に皺を寄せる。何の因果か以前エ・ランテルの街で出会い、即席の稽古をつけ、ツアレ奪還の助力を貰った少年クライム。

 

 彼が……正確には彼の主人である【黄金の姫】が彼を連れてナザリックにやってきたことは知っている。もちろんどのような経緯を経てナザリックにやってきたかも……。

 

 セバスはあの少年はともかく、精神の異形種と称される【黄金の姫】を好きになれなかった。自分たちが八本指の娼館襲撃で救出した他の元娼婦全員を謀殺し、リ・エスティーゼ王国と魔導国の戦争……否、大虐殺では9割が彼女の筋書きで進んだという。何を考え行動しているのか全く理解できない危険な女だ。

 

 デミウルゴスに抱く嫌悪感とは全く別の……それこそ理解不能な存在を前にした原始的で強烈な嫌悪感をセバスは【黄金の姫】に抱いている。たっち・みー様より〝鋼の執事〟として創造された自分がこんな事を認めたくはないが、今抱いている感情を人は〝恐怖心〟と呼ぶのかもしれない。

 

 【黄金の姫】は間違いなくツアレに害をなす存在となるだろう。ツアレは既にエ・ランテルにおいてメイド主任の座に就き、自分が四六時中守れる立場にいない。そう考えると【黄金の姫】とは会わせる気にもならなかった。もちろん以前の失態から学び、エ・ランテルで起こった事の全てはアインズ様に伝えている。

 

 慈悲深い主はクライムに稽古をつける計画を立てる際「以前師事したならばセバスが適任と思ったのだが……」という前置きをしつつも、自分が彼とまだ会いたくない我儘を受け入れて下さった。自分の勝手な行動による失態を咎めぬばかりか、図々しくもツアレの助命まで叶った。

 

 そんな自分に更なる慈悲を掛けて下さったアインズ様には尊敬の念を深めるばかりだ。

 

(しかしツアレがメイド修行のためナザリックへ戻ってきている時点で遅かれ早かれ、彼との再会は時間の問題でした。わたくしは逃げていたのでしょうね。恥ずべき事です。)

 

 ツアレの存在に最初に気が付いたのが【黄金の姫】でなかっただけまだ良かったのかもしれない。セバス直属の部下である以上、あの女とてツアレを謀殺させる真似など出来ないだろうが、デミウルゴスと比肩する頭脳を持つ女だ、どんな目に遭うか分かったものではない。

 

 そんな思考をしている間に、<伝言(メッセージ)>で指定された会議室の前に辿り着く。セバスの覚悟は既に固まっている。ノックの後、ゆっくりとドアノブに手を掛けた。

 

 

 

 ●

 

 

「お久しぶりですね。クライム様。」

 

「セバス様!」

 

 クライムはツアレを通し、セバスに会いたいという願いを魔導王に伝え、その願いを叶えることが出来た。しかし詳細については全く知らない事ばかり。どのような経緯があってセバス様は魔導王に忠誠を誓っているのか……。ラナー様の例もある。場合によっては心の傷に塩を塗る真似となるが、クライムはどうしても無視できなかった。

 

「まさかクライム様がナザリックへいらっしゃるとは……。世間と言うのは本当に狭く、(えにし)とは怪奇なものです。」

 

「セバス様、わたくしに敬語など……。」

 

 クライムがそう口にするとセバスから極寒の瞳が……以前稽古をつけてくれた際の殺意に近い波動が飛んでくる。

 

「クライム様は【領域守護者】の従者であられます。執事(バトラー)であるわたくしがアインズ様や貴方様の主の許可なく敬語を廃するなど出来るはずが御座いません。……そしてこの地において【領域守護者】という肩書きはそれほど重いものなのです。従者でしたら自覚をお持ちください。」

 

 立ち上がったクライムが思わず椅子に座り込んでしまう。今目の前にいるのは〝自分の知っているセバス様〟ではない。まさか悪魔が化けているなんてことは無いだろうが、あの見知らぬ少年を助け、図々しくも自分に稽古をつけて下さり、ツアレさんの安否を心の底から心配していたセバス様とは違う。

 

「……申し訳ございません。気が立っていたようですね。今のところ敵意は御座いません。お茶をお淹れしましょう。」

 

 本来なら一言お礼をいうか、自分が淹れますと言う場面だろうが、クライムは頭の整理が付かず、ただ頷くことしか出来なかった。そして卓に湯気を立てた紅茶と焼き菓子が置かれる。

 

「さて、何からお話しましょうか。」

 

「せ、セバス様はいつからこのナザリックへ……?」

 

「いつから……というのは難しい質問ですね。わたくしはこの地で至高の御方々に忠誠を誓う家令(ハウス・スチュワード)として創造されました。であれば〝最初から〟というべきでしょうか。」

 

「セバス様は……リ・エスティーゼ王国がこうなることを最初からご存じだったのですか?」

 

「わたくしがアインズ様の叡智に届くはずが御座いません。」

 

 クライムはセバスの言葉の意味を咀嚼する。つまり自分たちに会った時点では瓦礫の山になることなど予想していなかったという意味で間違いないだろう。

 

「では、あの時少年を助けたことも、わたしに稽古をつけてくれたことも、ツアレさんを助けたことも魔導王陛下のご指示だったのでしょうか?」

 

 クライムの身体が無意識に震えてしまう。あの優しさも、全ては魔導王の掌の上だったのだと思うと恐ろしくてしょうがない。

 

「いいえ。あの一連の件は全てわたくしの……そうですね失態です。アインズ様のご命令とは全く関係の無い、御方々へ忠誠を誓う、家令(ハウス・スチュワード)としてあってはならない恥ずべき行為でした。」

 

 セバスの眼を見るが、その瞳からはどんな感情も読み取る事が出来ない。

 

「何度も言うようにわたくしはアインズ様の忠実なるしもべ。アインズ様がご命令すれば貴方だろうと躊躇なく殺しますし、実際わたくしはアインズ様のご命令でツアレを一度殺そうとしております。」

 

「……!?何故そのようなことを!」

 

「もう一度言った方がよろしいでしょうか?〝アインズ様のご命令だから〟です。貴方もナザリックで生きる決意をされたのでしたら、この言葉を絶対に忘れてはなりません。」

 

「わたしが魔導王陛下に〝ラナー様の首を刎ねろ〟と命令されれば……」

 

「躊躇なく実行しなさい。もっとも、アインズ様は慈悲深い御方です。絶対とは言いませんが、そのような命令が下る事はまずないでしょう。しかし、貴方の護るべき主と無辜の民を天秤に掛け、どちらを殺すか選択しなければならない機会が訪れる確率は高いですね。」

 

 脅しや脅迫ではなく、起こり得る現実を淡々と述べている。そんな様子にクライムは激情を覚え、セバスを睨みつけてしまう。殺される覚悟でセバスの胸倉を掴み、〝何故魔導王に忠誠を誓う〟のか問い詰めたい破滅を(はら)んだ衝動に駆られる。しかしその問いをすれば間違いなく殺されるか、下手をすればラナー様に害が及ぶ。

 

 思えばセバスの偽悪的な発言の全てはクライムにその質問をさせないための優しさだったのかもしれない。いや……そうとしか思えなかった。睨みつけたセバスの鋭い瞳の奥に、悲しみの感情が透けて見えた気がしたためだ。

 

「わかりました……。セバス様。御忠告感謝いたします。」

 

「クライム様。あなたは本当にお優しくお強い方です。母国を滅ぼした敵国の仲間だったわたくしを責める権利があなたにはあったのですが。」

 

 クライムは思わず小さく笑ってしまった。

 

「お優しさも強さも、セバス様には負けてしまいます。」

 

 セバスはクライムの言葉に意表をつかれたようで、少し目を見開く。そして極寒の瞳は解氷し、笑顔を浮かべた。

 

「折角淹れたお茶が冷めてしまいましたね。なにやら訓練を行っているとのこと。もしわたくしに時間が出来たのならば是非また手ほどきをさせていただきたいのですが。」

 

「はい!願ってもないことです!」

 

「では話題を変えましょう。わたくしはお茶を淹れなおしてまいります。」

 

 

 

 ●

 

 

 

(なるほど、魔導王陛下の最側近、その直属の部下……。厄介ね。こちらから手を出す訳にはいかないわ。)

 

 ラナーは訓練から戻ってきたクライムから話を聞き、その内容からナザリック内における人物関連図を形成していた。

 

 【ツアレニーニャ・ベイロン】――愛しのクライムが命がけで悪漢の巣窟から救い出す攫われた姫という立場を奪った忌まわしい女。その女がナザリックでメイドをしているという情報は早々にラナーは掴んでいた。

 

 殺してやりたい――否、殺すなど生ぬるい、そんな慈悲さえ掛ける気にならない人間の筆頭だ。人間として幸せを手に天寿を全うするなど許されるはずがない。

 

 それ故、ラナーはまずクライムを使って情報収集を行うことにした。彼女がこの地に戻ってきている時間帯とクライムが鉢合わせとなるよう何度も仕組んでようやく実を結んだ。正直に言ってしまおう、お手上げだ。

 

 彼女を殺そうと動けば間違いなくセバス様が黙っていないだろうし、魔導王陛下より愛想を尽かされ最悪用済みとなり殺される。

 

 考えられるのは不可抗力を装った嫌がらせくらいだが、リ・エスティーゼ王国の王宮でメイドたちがクライムに散々行っていた稚拙な行為だと思うとそんな気も起きない。

 

(本当、思い通りにいかないことだらけね。これが〝人生〟というのならば、わたしは本物の異形種になって初めて【人間】になったのかもしれないわ。)

 

 ラナーは生まれて初めて〝挫折〟という感情を味わっていた。人間たちはこのやり場のない怒りをどこにぶつけていたのだろう?だが、ラナーにとっては考えるまでもない。早く仕事を片付けてクライムと戯れる。それ以上の幸せなど、この世に存在するはずがないのだから。

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