滅国の魔女、御身の前に。   作:セパさん

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幸せ者と愚か者

「なるほど、ローブル聖王国の〝顔なし〟……ネイア・バラハは元々ナザリックに居た異形種ではなく、魔導王陛下が創り出した駒だった訳ね。」

 

 ラナーは仕事を早々に片付け、自室でクライムに読まれても大丈夫なよう暗号化された文章を読み、ローブル聖王国で行われたナザリックによるヤルダバオト襲撃についてを学んでいた。

 

 とはいえ、ラナーはリ・エスティーゼ王国に居た時分からヤルダバオトの正体は知らされていたので、ローブル聖王国に現れたと聞いた時点で彼の国がどのような結末を辿るかはある程度予想をし、見事に的中させていた。

 

 未知の化け物……〝女教祖顔なし〟を除いて。

 

 まずラナーの予想していた事だが……

 

 ・完全に滅ぼされる……この可能性はまずないだろう。国家戦略を組み立てる上で、未知に溢れた宗教国家スレイン法国に対し、飛び地の領土を持つ利益は計り知れない。

 

 魔導王陛下はその力に驕ることなく智謀を弄する傑物だ。ラナーを以ってしても謎に包まれる強大な国家に一手打っておくことは当然の事。ましてスレイン法国ほどではないが、宗教色の濃い国家がアンデッドの国に篭絡された衝撃は大きなものだ。

 

 

 ではどのように魔導国の領地とするか?

 

 

 ・ヤルダバオトが灰燼に帰した地に軍を向ける……この可能性は排除していいだろう。魔導王陛下は国家間の大義名分を無視する御方ではない。それこそ魔導国の軍がヤルダバオトを倒したとしても、他国との戦争の火種を自ら作るようなものだ。

 

 ・救援要請で軍を差し出す……正直一番の王道だが、ローブル聖王国がアンデッドを不俱戴天の敵としている事が仇となる。聖騎士で構成される正規軍が認めないはず。正規軍が壊滅し、国の体を成さなくならない限り頼る事は無い。ならば除外だ。

 

 ・配下が単身で助けに赴く……〝漆黒の英雄〟を初めとして、魔導国には一騎当千の化け物が勢ぞろいしている。特に一度ヤルダバオトを撃退したモモンの力は地獄の渦中に居るローブル聖王国からすれば喉から手が出るほど欲しい逸材なはず。しかし〝冒険者〟というモモンの立場がネックだ。民たちは魔導国にではなく〝モモン〟に感謝し、統治や占領に大幅な時間がかかる。それは他の配下でも同じこと。

 

 ・一国の王(魔導王陛下)が単身他国を助けに行く……どこの吟遊詩人(バード)が唄う冒険活劇かと笑いたくなるが、この可能性が一番高いと考え、ラナーの予想は見事に的中した。

 

 まずローブル聖王国が救援を求めるにあたり、使者団を送るならば確実に聖騎士の軍だろう。そして聖騎士の魔導王陛下に対する認識は〝一国の王〟ではなく<忌々しいアンデッド><滅ぼすべき怪物>だ。そんな人物が母国に災い成す大悪魔と衝突してくれるというならば忌避感は覚えない。相打ちとなって両方滅んでくれればこれ以上のことはないだろう。

 

 そして傀儡政権を樹立させて北部と南部を対立、やがて内戦に発展させ友好国の混乱沈静目的に魔導国は大手を振って軍を動かす。ここまではラナーも予想していたことだが、未だリ・エスティーゼ王国の王女だった時に、目を疑うような報告が飛び込んできた。

 

 〝魔導王陛下を絶対の神と信仰する宗教団体〟というローブル聖王国の歴史からすれば確実にあり得ない数万人を超える集団と、【顔なし】なる女教祖だ。

 

 魔導国……いや、ナザリックには数万人を永続的に精神支配する化け物までいるのか?と疑ってしまった。だがそんなそんな存在がいれば、リ・エスティーゼ王国であんな茶番劇を行う必要などなかっただろう。

 

 調べれば魔導王陛下についていた聖騎士見習の少女だという。しかしナザリックはそれこそ〝数万人を永続的に精神支配する化け物〟を得たことになる。精神支配というのは数ある状態異常の中で最も厄介な代物と言っていい。何しろ「死ね」と命令するだけで相手の命を奪えるのだ。

 

(マズいわね。利用価値を考えればわたしより数段上。デミウルゴス様は〝駒〟と仰っていたけれど、魔導王陛下が自ら造り上げた駒という立場は、わたしの考える〝駒〟と質が異なる。……本当に常識を疑うという作業は難しいわね。それに〝顔なし〟はシズ様と懇意にされていたという。魔導王陛下の反応はまるで……)

 

 ……まるでレエブン侯の子に良き友人が出来、自慢をしていた時のようだった。なんてナザリックの者には口が裂けても言えないだろう。ラナーの頭脳を上回る智謀の怪物だ、全ては演技で何らかの罠かもしれないが、〝顔なし〟とシズ様の友誼について問うた時、魔導王陛下は喜ばしく思っているような印象だった。

 

 下手をすれば今後の動向次第で〝顔なし〟はナザリックの後輩になりかねない。しかし彼女が有する能力をラナーは認める事が出来なかった。

 

(わたしのクライムが、わたし以外の女の言葉に心動かされるなんて……絶対に耐えられない。)

 

 ナザリックには【黄金】と讃えられた自分の美貌さえ霞む、文字通り人外の美女が溢れている。それでもクライムは自分を一番に見てくれており――たまに目移りしたときはうっぷん晴らしも兼ねて徹底的に〝躾〟をしている――相手側もクライムを本気で奪おうとしていないことなど分かっているので何とか耐えられる。

 

 だが〝同じ元人間〟〝ナザリック外の者〟〝年の近い少女〟にクライムの心を一瞬でも奪われるなど、考えるだけで憤死しそうだ。ましてあの純粋なクライムだ、洗脳なんてされたらラナーは立場や役割を考えず〝顔なし〟を殺すことだけに頭が支配されてしまう。

 

 そうなればクライムとの永劫の幸せが途絶えてしまう。それだけは絶対に避けなければならない。

 

 ローブル聖王国を併呑すれば嫌でも自分は〝顔なし〟をどのように役立てるか計画を練る立場になるだろう。もしかすれば顔合わせをしないといけないかもしれない。その時自分はいつものような演技が出来るだろうか? ただ考えるだけでこれほど心乱されているというのに……。

 

 〝如何にクライムと顔なしを会せないようにするか〟

 

 その完璧な答えが出ない。ラナーはその艶やかで麗しい金髪をわしゃわしゃとかき回す。自分がこれほどやり場のない怒りに翻弄されるのは生まれて初めてかもしれない。

 

「ラナー様!お気を確かに!どうされたのですか!?」

 

「!!」

 

 ラナーの背筋が凍りつく。いつの間にかクライムが訓練から戻ってきており、ノックの音を聞き逃し、入室を許してしまったようだ。平常心のラナーならあり得ない大失態だ。

 

 何処から見られていた?どんな顔をして振り向けばいい?様々な思考が脳内で奔走し、その聡明な頭脳を以ってしても完璧な答えを出せない。しかしクライムは表情さえ作れていない自分を強引に振り向かせ、その純粋な瞳を向けてきた。

 

「ラナー様!酷く怯えていらっしゃいますが、どうされたのですか!?」

 

 ……自分が怯えている?少なくともクライムの目には素の自分はそう映ったらしい。【怯える】――なんとも懐かしい、そして忌まわしい記憶。

 

 クライムの純粋な瞳に見据えられ追想するのは、自分は正論を述べているというのに〝精神に変調を来した子供〟と不気味がられ、周りは愚者ばかりなのかとこの世に絶望し、自分の世界だけに閉じこもり緩慢な死を遂げようとした頃の記憶。誰もわかってくれないならば、自分は自分とだけ会話する。今ならば愚かと理解できる空虚な記憶だ。

 

 そして今見据えられている瞳に全てが満たされた。この瞳こそラナーの全てだ。思わず演技や計算もなくクライムを抱擁する。

 

「ら、ラナー様!?」

 

 愛しのクライム。可愛いクライム。私だけのクライム。……かつての、結ばれる前の自分がどれだけ恵まれていたか実感してばかりだ。〝頭は良いが能天気でお人好しなお姫様〟を演じていれば、クライムをバカにする者、邪魔する者はすべて排除出来た。

 

 自分はクライムと本当の意味で、最高の形で結びつくことが出来た。後悔なんてないと思っていた。だが、自分がこれほどの愚か者に堕ちるなど、自分でさえ想像できなかった。

 

 ラナーは最高の幸せ者となった。ラナーはもっと、わがままになってしまっていた。

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