滅国の魔女、御身の前に。   作:セパさん

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クライムの残酷な試練

 身体がおかしい。

 

 ラナー様の御部屋にはベッドが一つしかなく、1人で眠るのが寂しいからというラナー様のご希望で、クライムは従者として誠に不敬ながら、就寝を共にさせていただいている。そんなクライムだが、今日はどうにも無視出来ぬ身体の変調を覚えて仕方が無かった。

 

 クライムは自分の鼓動が隣で眠る護るべき主にまで聞こえるのではないかという程の動悸と、精神の昂りからくる過呼吸を気合と根性だけで抑え込もうとしていた。小悪魔(インプ)となった己の身体も(やまい)というものは訪れるのだろうか?

 

 もし感染性の疾患であるならばラナー様の御傍から離れなくてはならない。しかしラナー様の執筆された文書を取りに来たのが偶然神官職を持つメイドであり、診断してもらったところ、その結果は【異常なし】というものだった。

 

 身体が熱い。薄い寝巻しか羽織っていないが、それすらも脱ぎ捨てたくなるほどだ。

 

「どうしたの?クライム?」

 

「ひぅ!!い、いいえ!何でも御座いません。ラナー様。」

 

 ラナー様が心配そうに自分を見つめる。従者として主に心配をかけるだけでも大罪だというのに、クライムはあり得ぬ失態に消えてしまいたい程の罪悪感を覚える。あろうことか主の言葉が風に乗り、吐息となって首筋に当たり身体が無意識に跳ねあがってしまった。

 

 あり得ない、あってはならない、何かの間違いだ。クライムは脳内で何度も何度も何度も自分に言い聞かせる。

 

 ……自分がラナー様に劣情を抱いているなど、絶対に何かの間違いだ。

 

「クライム。やっぱり様子がおかしいわ。わたしに出来ることがあれば〝何でも言って〟頂戴。」

 

 ラナー様は本当に憂慮を孕んだ慈悲深い表情で、心の底から自分を心配して下さっている。しかし自分が心の奥底で理性を総動員させ封印している下卑た願望など、間違っても晒せるはずがない。

 

 自分はラナー様の忠実なる従者。それ以上でもそれ以下でもないと、クライムは脳内でひたすらに理性と煩悩の闘争を繰り広げていた。

 

 

 ●

 

 

 ナザリック第9階層のBARで、ラナーは副料理長の元、カクテル作りの勉強をしていた。

 

 この褒美を賜るためラナーは7日7晩飲まず食わずの不眠不休で――小悪魔(インプ)の体になったので飲食も睡眠も娯楽のようなものだが――非常に珍しい事にクライムの瞳さえ碌に見ることも無く仕事に熱中し……

 

 【輸送便のゲーム理論による生物学・行動心理学のデータ予測に基づく効率化】【アンデッド作成の作物を忌避する魔導国民並びに他国民の心理に介入する穏健なる提案】【人間と異形種の包括的ヘルスプロモーションの有用性および長寿命化における弊害と本論文の問題に対する反駁】【魔導国民種族別活動遂行尺度の開発並びに信頼性・妥当性の検証】……etcetc.

 

 兎に角アルベド様から与えられた任務のほかに、ナザリック・魔導国の利益となりそうな論文や数式を思いつく限り書き続けた。本来ならいくつかのアイデアは温存しておき、急事のために備えておくべきだっただろう。

 

 何よりあまりにも行動が露骨すぎ、アルベド様から〝この女は魔導王陛下から褒美を賜ろうとしている〟と嫌悪感を持たれる――実際持たれただろう――デメリットもある。

 

 しかしラナーは雛鳥のように口を開け褒美が来るのをどうしても待てなかった。そうしてラナーの努力は実を結び、魔導王陛下から褒美の休暇と<望むもの>の一つを勝ち取った。

 

「なるほど、この分量で酒精(アルコール)と果汁を攪拌(かくはん)……<すてあ>させるのですね。」

 

「はい、〝比較的作りやすいもの〟をお望みということですので、基本的なカクテルではあるのですが……」

 

 茸生物(マイコニド)の副料理長は【黄金の姫】の呑み込みの早さに舌を――そんなものはないが――巻く。以前セバス様が拾ってきたツアレという下等種にも飲み物作成の基礎・基本は教えたが、頭の出来が根底から異なっているのだろう。

 

 最初飲み物の開け方すら解らなかった【黄金の姫】は一度自分が見本をみせ、2,3度練習させただけで、計量器さえ使うことなく副料理長と寸分たがわぬ配分でカクテルを作成している。問題は……

 

「あの……。ラナーさん?その得体の知れない水薬(ポーション)は?」

 

「これですか?これは……」

 

 その瞬間、【黄金の姫】は宝石のような笑顔から、副料理長さえ後ずさりしたくなる不気味な【精神の異形種】としての笑顔に変貌する。

 

「カルネ村の薬師が作った<精強剤><興奮剤>というものだそうです。一番強力なものを魔導王陛下からご下賜頂きました。」

 

 ……この女は栄えあるナザリックの飲み物に異物を混ぜるつもりだ。そう思うと副料理長は強い嫌悪感を覚えるが、顔に感情を出すことの出来ない自分が今はもどかしい。

 

「〝知性ある異形種に精神的高揚効果のある水薬(ポーション)が効くか?〟そして〝酒精や他の果汁に混ぜても効果が薄れないか?薄れない組み合わせはどれか?〟という実験です。アルベド様もこの実験に許可を下さいました。」

 

 既に【黄金の姫】は自分が覚えるであろう忌避感に対し、根回しまで済ませていた。守護者統括殿の太鼓判があるならば自分如きが(とが)める訳にもいかない。〝何故堂々と飲めと命令しないのか?〟という疑問が残るが、相手はナザリック3大知者に比肩する精神の異形種。自分の質問など煙に巻かれてしまうだろう。

 

(本当、何を考えているのか解らない不気味な女です。)

 

 この女は自らの作ったカクテルに水薬(ポーション)を入れて口に含み口腔内に空気を混ぜテイスティングを繰り返し、その都度 「この程度なら……いえ」「酒精で成分が懸濁(けんだく)することはないと言っていたから……」 などと呟きながら微調整をしている。

 

 こうなれば副料理長に出来ることは一つも無い。今はアインズ様のご命令である〝この女に飲み物の作り方を教える〟という仕事を全うし、それ以外の感情は全て遮断しようと決意した。

 

 

 

 ●

 

 

 7日ぶりにクライムと囲む晩餐をラナーは素直に楽しんでいた。リ・エスティーゼ王国ではクライムと一緒の卓で食事を楽しむなど出来なかっただけに、この喜びは何度経験しても陰ることが無い。

 

 クライムは毎回〝畏れ多い〟と固辞するが、寂しさを孕んだ笑顔を向けてやればガチガチに緊張しながらも同じテーブルに着いてくれる。並ぶ料理は王宮の贅を凝らした晩餐会すら稚拙と嗤える、ラナーですら味わったことのない造形美から味まで全てが桁違いの料理ばかり。

 

(本当は手料理を振舞いたいのだけれど、その楽しみは今度ね。)

 

「さぁクライム。久々の食事を楽しみましょう。」

 

「は、はい!ラナー様!」

 

 ナイフとフォークの使い方すら危なっかしいクライムは、ラナーの食事作法を見よう見まねで模倣しおっかなびっくり食べている。クライムは自分に合わせて7日7晩不眠不休の絶飲食状態だ。別に死ぬわけではないが、人間の残滓として自分と同じように、空腹や精神的疲労を覚えているはず。

 

「ラナー様!この度はお仕事、本当にお疲れ様でした!」

 

「ええ、ありがとう。特別に飲み物を用意したわ。〝カクテル〟というらしいの。とても美味しいわよ。」

 

「これはまた……美しいお酒ですね。」

 

 ラナーは琥珀色に輝く美酒の入ったグラスをクライムに向ける。〝乾杯〟という魔導国の風習だ。

 

 クライムは慌てて自分もグラスを持ち、ラナーのグラスよりも下に傾け軽快な硝子のぶつかる音を鳴らす。……そして〝美味なる酒〟をラナーに合わせて一気に飲み干した。

 

 これで計画は万全だ。ああ、食事の終わった後が楽しみだ。ラナーは笑顔の裏で今後の展開に胸を膨らませていた。

 

 

 そして食事は終わり……。ルプスレギナ様を通じ、水薬(ポーション)が万全に効いている事を確認し終えたラナーはクライムと同じ床に就く。

 

 クライムを抱擁すれば鼓動の音が容易に感じ取れ、呼吸は荒くなっている。クライムの瞳は今まで見たことの無い罪悪感に押しつぶされそうな瞳で、同時に獣欲を理性で抑え込んでいる強い葛藤の瞳だ。待てを食らった犬の瞳にラナーはゾクゾクと快感を覚える。

 

「どうしたの?クライム?」

 

「ひぅ!!い、いいえ!何でも御座いません。ラナー様。」

 

 少し吐息をかけてやると、身体が面白いように跳ねあがっている。薬の効果で耐えきれない程の煮えたぎるような獣欲を覚え、それを理性と忠誠心で抑え込んでいる様には愛おしさしか感じない。

 

「クライム。やっぱり様子がおかしいわ。わたしに出来ることがあれば〝何でも言って〟頂戴。」

 

 ……今クライムが何をして欲しいかなんて解りきっている。だがクライムの口からは絶対に出てこないだろう。邪念を振り払うように大きく首を横に振るだけだ。

 

「そう、無理はしないでね。」

 

 そのままクライムの太ももをラナーのきめ細かい指が一つ撫でる。羽で触れるような優しい優しい刺激だが、今のクライムにとってはどんな激痛よりも残酷な刺激だろう。悲鳴にも似た声を噛み殺している姿にラナーは絶頂すら覚えそうになる。

 

 最高の意地悪をしてみよう。ラナーはクライムを優しく抱擁し、そのまま目をつぶって狸寝入りをした。クライムの身体がもじもじと動いている。ああ狂おしいほど愛おしい。このまま黙っていればクライムは自分を襲うだろうか?

 

 ……悲しいが絶対に無いだろう。明日は一日休みだ。可愛がるのは朝からでいい。今は寝相による不可抗力を装って吐息を掛けたり、軽く〝暴発〟しないよう触れる程度に留めよう。理性と忠誠心だけで本能と闘う忠犬を楽しみながら、ラナーは世界一幸せな狸寝入りを行っていた。

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