滅国の魔女、御身の前に。   作:セパさん

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避難訓練 序章

 ラナーの守護領域のドアからノックの音が響き、ラナーは入室を許可する。

 

「ただいま戻りましたラナー様!」

 

「あら、おかえりクライム。」

 

「はい、本日も充実した鍛錬を行えたと考えます。復活により失った力も順調に取り戻しており、この調子でラナー様をお護りする従者として相応しい者になれればと!」

 

「そう。……ところでクライム。【絵画の価値】って、値段で決まると思う?美術性で決まると思う?それとも画家で決まると思う?」

 

「ラナー様?一体何のお話でしょうか。」

 

「芸術品の中でも、宝石や金細工と違って【絵画】とは面白いものね。リ・エスティーゼ王国の貴族たちはその芸術性も解らず、見栄のため値段と画家だけで絵画の価値を決めていた。本当に愚かな話だと思うわ。わたしは、例え他人に理解されなくても自分で飾りたい、常に傍に置きたいと決めたものにこそ価値があると思うの。まぁ、本物の風景に勝る風景画などこの世にないと言うのがわたしの持論なのだけれど……貴方様はどう思われますか?」

 

 クライムは目をパチクリさせた後、顔に手を当てて不敵に笑った。

 

「おお!ラナー嬢(フロイライン・ラナー)!なるほど!【絵画】と例えられてしまいましたか。機知と皮肉を孕んだ面白い意見表明です。少し悪戯が過ぎましたかね?流石はアインズ様がお認めになられた精神の異形種。こうも簡単にわたくしの千変万化を見破るとは!」

 

「わたしの犬はそんなに賢い瞳をしておりませんので。もっと愚直でそして純粋です。遅くなりましたがご挨拶を失礼いたします。お初にお目にかかります、パンドラズ・アクター様。」

 

 ラナーは椅子を降りて跪く。ナザリックの財政面における責任者であり、デミウルゴス様やアルベド様に比肩する頭脳を持つ存在として知識には入っており、幾つか財政面の草案を提出したこともある。だが、こうして直に会うのは初めてだ。

 

 アルベド様やデミウルゴス様に比肩する頭脳を持つ御方ならば、ラナーが跪いた意味についても正しく理解してくれるだろう。

 

 パンドラズ・アクターも跪いたラナーを見て、自分が悪戯をしに来た高位のドッペルゲンガーや幻術による擬態でない事を看破し、取り返しのつかない動作に移した彼女の頭脳と胆力を再評価する。

 

 名乗ってもいない相手の名前まで出した以上、間違いだったなら無礼千万と罰せられてもおかしくはない。【黄金の姫】にとって彼女の頭脳が導き出した答えというのは、自分が命を懸けるに十分であると自覚していなければ出来ない行動だ。

 

(もっと慎重な方であるとアルベド嬢やデミウルゴス殿から聞いておりましたが、随分と傲岸不遜な行動を取りますね……。ペットを遊ばれ感情的になっているのでしょうか?いえ、それもありますが、自分の弱みをこちらに改めて差し出したとみるべきでしょう。なるほど面白いお嬢様です。とはいえ……)

 

「……行動が軽率過ぎますね。アインズ様はそのような慢心こそ(いと)われる御方。まぁ今回はわたくしにも麗しのお嬢様に無礼を働いた非がありますし、ラナー嬢(フロイライン・ラナー)の胆力に免じてギリギリ60点の及第点と致しましょう。」

 

 そう言ってクライムの形はグニャグニャと姿を変え、シズ様曰く〝ぐんぷく〟なる衣装を羽織った埴輪顔の奇妙な異形種がコートを颯爽(さっそう)(ひるがえ)して現れた。

 

「御忠告感謝申し上げます。」

 

 ……やはり自分の稚拙な演技など筒抜けか。そうラナーは畏怖を募らせる。〝気が付いていない演技〟なんてしていれば60点さえもらえなかっただろう。

 

 【些細なミスも許されない】ことと【些細なミスを恐れて保身に走る】ことは似ているようで全く異なる。相手に合わせてこのような危ない橋の一本も渡らなければならないのがラナーの立場だ。

 

 【パンドラズ・アクター】……このナザリックにおいて唯一魔導王陛下の御手で創造されたという特殊な存在であり、〝漆黒の英雄〟や魔導王陛下の影武者を務める底知れない御方。

 

 いずれ顔合わせをするだろうことを見越して、ラナーはパンドラズ・アクター様の情報をシズ様から聞いたり、ラナーに依頼される書類仕事内容……事務的に徹するアルベド様や機能美の塊を書面にするデミウルゴス様と違い、まるで朗読劇や戯曲の台本を思わせる文面で依頼内容が来ることなどを総合して性格を考察し、対面に際し何千パターンものシミュレーションをしていた。

 

 この御方は今行ったような演技じみた言動や、〝自分の命をBETする〟といった舞台設定を好まれるというのがラナーの導き出した答えであり、行動に間違いはなかったことに安堵を覚える。初対面として上々とはいかないまでも、失望はされなかっただろう。

 

 ……それにしても魔導王陛下が御手で創造された御方がこの方だというならば、リ・エスティーゼ王国の最後に魔導王陛下が自ら悪役を演じたのは、自分を縛り付ける計画だけでなく、趣味も入っていたのではないかと邪推してしまう。

 

「さて、この度訪れた目的ですが、ナザリックで〝避難訓練〟を行うことになりました。」

 

「避難訓練……でございますか?」

 

「はい、〝もしアインズ様と連絡が取れなくなった場合〟〝アインズ様が急務によりナザリックをしばらく離れる場合〟〝アルベド嬢がナザリックへ長く戻れない仕事に就いた場合〟など、書面でいくつも提出されているのは御存じと思いますが、アインズ様は完璧を求める御方!書面通りに機能するかの練習を欠かさず行っているのです。」

 

「なるほど、流石は魔導王陛下です。」

 

「それで今回の避難訓練の内容なのですが……。」

 

 いちいちシュバシュバとポージングを変えないとこの方は死ぬのだろうか?とさえ思うほど、話す度に様々な動きを披露している。シズ様が「…………ちょっと〝うわぁ〟と思う方」と言っていた意味が少しわかった気がする。

 

「【アインズ様もアルベド嬢も居ない状態で魔導国を運営しなければならず、かつ急務の使者が来た場合】となります。つまりわたしがアインズ様の影武者を行い、貴方様には〝魔導国宰相代理〟を行っていただく運びとなりました!」 

 

 ラナーは急に訪れた重責に無意識に身体を震わせてしまった。

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