蒼の帝王   作:鈴見悠晴

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一次選考
始まりの一歩 蒼い監獄


日本の地方に作られた閑古鳥が啼いているサッカースタジアムで、その日試合を行なった選手達が集まっていた。

 

彼らは国内3部リーグから昇格をもくろむチームに所属している選手で、彼らの中心では親と子供ほどに年齢の離れた二人の男が言い争っていた。

 

「お前なんであそこで下がってこないんだよ!! のんきに前線で歩きやがって!!」

 

「バカかあんたは。数的優位、質的優位も確保してただろうが、だったらカウンターを狙う方が勝利に近い。そんなことも判断できないから、どこも拾ってくれないんだよ」

 

このチームは今シーズン好調をキープしており、今日の試合にも勝利していた。

外から見れば順調そのもののこのチームだが、課題は山積みだった。その中でもとびきり大きい問題がこの二人の関係性だ。

 

怒鳴り散らかしている男はそれなりに名を知られた選手で代表には縁が無かったが、何度も候補には挙がったこともある良い選手だった。しかし加齢による衰えと怪我で居場所を失い、まだまだ一部でやれる実力を有していながら3部までずるずると流れ着いた、と本人は考えていた。

 

最初はレベルを落とすことに抵抗もあったが、三部でのプレーも、実績をみてリスペクトしてくれる周りからの扱いに気を良くしそこまで悪くないと考えていた。

 

あの日が来るまでは、まだプロ契約すらしていないユースの選手が刃向かってくるまでは。

 

 

まだどこか子供っぽい印象を覚えるその顔に自信一杯な表情を貼り付けて、ユニフォームの襟を立てた子供は肩書きと実績にしがみついている大人を笑った。ただの餓鬼だと思っていた。だがいつしかこのチームの王様はこの子供に変わっていた。

 

彼の名前は王馬翔、このチームの下部組織が生み出した至宝。アンダー世代で代表に選ばれたことのある正真正銘のエリートで“天才”と呼ばれる人種だった。

 

思えば当然だったのかもしれない。彼はこのチームを背負い、更にその先に行くために育てられたこのチームの宝で、自分はただの外様の選手でしかなかった。

 

周囲の視線があきれたように見ているのが、自分だと言うことを肌で感じる。

ベテランで日本代表の候補にもなった。こいつらが見たこともない一部で何年間も戦ってきた。そんな俺の言葉がこんな子供の言葉に負ける。その屈辱が全身を焼き尽くすんじゃないかというほどの熱を帯び、自分の体のコントロールを失いそうになったとき、遅すぎる仲裁が入った。

 

「活発な議論は良いが、TPOをわきまえろ。それに王馬、お前は普段下がりすぎだ。だからチームが混乱する」

 

監督の言葉も俺に向けられたものではなかった。このチームの中心はもう既に自分ではない。それを実感するには十分だった。

 

「俺が下がらなかったら、失点するだろ」

 

無言のまま拳を強く握りしめて、その場を離れていったベテランとは対照的に、王馬と呼ばれたユース選手は監督にも反論した。

 

その言葉に監督もあきれたような表情を見せた。

「はぁ、もういいお前は明日から来なくて良い」

 

「……ユースに戻れと?」

 

「違う。こいつにお前を推薦しておいた。精々揉んできてもらえ」

 

監督が手渡した一枚の封筒。送り先を見て王馬は眉をひそめた。

 

「JFAには干されてるはずだが?」

 

「代表じゃない、特別指定育成選手に選ばれたのさ。もしお前がこれを乗り越えられたら、サッカー選手として大きく成長できるだろう。行ってこい、俺の監督としての能力不足が原因だが、お前にこのチームは狭すぎる」

 

最初は断ろうかとも考えた王馬だったが、すぐにそんなことはできないと理解する。自分はプロへの同行を許されたユース選手にすぎない。プロ契約も結んでいない以上、来るなと言われれば参加もできない。

 

封筒の中身を確認し、王馬は慌てた様子を見せた。

指定された場所は東京、しかも日付は明日。頭の中で予定を組み上げて、急いで走り出す。

 

「おい、爺。こういうモノは、もっと早く渡せ。今から行かないと間に合わねぇだろうが!!」

 

そう言い捨てた王馬は話す時間ももったいないとばかりにかけだした。運命を変える蒼い牢獄へと。

 

そこにはすさまじい熱があった。多くの人間が流れ込むように走り込んだその扉の先、一人の化け物が生み出した蠱毒の牢獄。“ブルーロック”の入り口を、無人の広場で王馬は眺めていた。この一歩を踏み出せば全てが変わることを理解していた。変化への恐怖と、待ち望んだ自分の全てを出せる場所への好奇心が天秤にかけられて、釣り合うことなく一瞬で好奇心が勝った。

 

何の説明もなく、11人の男と狭い部屋に入らされた。

突然始まった一人を追い落とす鬼ごっこ、最後にボールが当たった人間がここから出て行かなければならない。

このルールで起こったのはまるで底辺のなすりつけあいで、下の人間同士がなすりつけ合うように動いていてまったく興味は無かった。その瞬間までは……

目の前に迫ったドリブラーのシュートに体をこわばらせる。いくらゴールの前を本職にしている選手でも、自分めがけてボールが蹴られる経験は無い。緊張の一瞬を裏切るような緩いボールがふわりと上がり、振り返りざまにダイレクトシュートが王馬を襲った。

 

自分にぶつかったボールが目の前にこぼれる。壁の時計が残り数秒を告げる。とっさだった、自分は助かったと言いたげに上げられたその腕が視界に写った。

踏み込まれた脚が引き絞られた弓のように張り詰めて、まっすぐにボールを放った。そのボールは五十嵐という名前の坊主の目前を通り、浮かれた男の右腕を弾き飛ばした。

沈黙が支配する数秒、ボールがただ転々と転がる。無情な声が空間を動かした。

 

『今村遊大、OUT』

 

その後のことはよく覚えていない。自分のサッカー選手としての人生が終わりかけたという事実に、一人の男の選手人生を終わらせたという事実に、自分の中の何かが壊れていくのを感じていた。

これまで常に上に立つものとして振る舞ってきた。そう教えられてきたから。

 

周りの人間よりもできたから、成長が早かったから、優秀だったから、でもここに集められてる連中はそんな遠慮はいらない。存分に暴れて良い。

これまで同じ熱量を持ってサッカーに挑んでいるやつには会ったことがなかった。それはプロでも一緒で、ナニカが自分の中で冷えていく恐怖をずっと感じていた。ここにはいる。自分の人生を容易く全部かけられるやつが、自分の人生を夢のために使える連中がいる。

 

そうじゃなかったらわざわざ俺を狙わない。多くのIFが溢れる中、自分の人生が終わる可能性を知っててなお、この場で間違いなく一番うまい俺を狙ってきたバカが今の時点で二人もいる。

ここまで後生大事に羽織っていた外面はあっけなく剥がされて、むき出しの獣が今放たれた。

 

 

プロになる、代表になる、バロンドールをとる、ワールドカップを掲げる。掲げてきたこの夢は結局叶わない。

そう自分に言い聞かせて諦めかけていた夢が、まだつながるかもしれないという期待と恐怖の中、指定されていた会場の前で一人の男を見かけた。この人も自分と一緒に選ばれてたのかと思うと潔は嬉しくなっていた。この人と一緒にサッカーができるかもしれないという喜びが全身を包んでいた。

 

埼玉の高校で二年間すごしてきた潔に直接の面識はなかったが、彼“王馬翔”は自分たちの世代にとっては超のつくほどの有名人だった。

彼は関西のユースチームに所属して、16の時にはトップチームデビューを果たしていた。チームは降格してしまっていたが、チームの中心人物になって居た彼が特集されている番組を、潔は何度も視聴していた。

どこか自分に似ているように感じる彼のプレースタイルに、そのピッチ上での態度に憧れていた。実は彼のユニフォームも持っている潔はサインをもらいたいという衝動に駆られながらも、ペンのような書く物を持っていない自分を恨んだ。

 

結局話しかけることもできないまま集合場所のJFLに入ってバスに乗ってしまったが、幸運だったことに到着した施設では彼は自分と同じグループに分けられていた。だが彼の視界には自分は入っていなかった。それが何故か悔しくて、苦しくて、引きずり下ろしてやりたかった。

 

鬼ごっこラスト数秒、蜂楽から送られてきたロブパスの向こう側にいる王馬に全力で脚を振り抜いた。憧れへの一撃が当たった瞬間、大きな一歩を踏み出せたような気がした。今までの自分ならできないことが、本物のエゴが芽生えた気がした。

ボールがゆっくりと地面に向かっていくその最中、地面が揺れたんじゃないかというほどの強い踏み込みが、浮かれそうになる自分の意識を無理矢理に引っ張った。

 

王馬のすさまじい笑みが強烈に自分の中にある物を刺激した。この状況で本当に嬉しそうに笑うことが果たして自分にできるのだろうか?そんな疑問がふと自分の思考を占領したその瞬間、弾丸シュートが横を通り抜けて、真の敗者が決定した。

『今村遊大 OUT』

残酷な処刑宣告が機械的に読み上げられた。縮んだように感じた憧れとの距離はまだまだ遠く感じた。

肉食獣を彷彿とさせるすさまじい笑顔で見られたその瞬間にそう感じた。まるで心臓を捕まれたような恐怖で固まった俺の肩をたたいた王馬はそのまま一言告げて去って行った。

 

「ナイスシュート」

 

こうして俺の人生を変えるブルーロックが始まった。

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