次のステージへ
何とか逆転勝利を収めたチームZは、試合の緊張感からの解放や全勝突破という事実に彼らの祝勝会は完全にはっちゃけていた。
試合中はひりついたような雰囲気を放っていた王馬も、普段通りの雰囲気に戻っていた。
ただほかのメンバーが準備をしているうちに電池切れのように眠ってしまい、すやすやと寝息を立てていた。
そんな彼を見て久遠が毛布を掛けてやり、我牙丸が出っぱなしだった王馬の分の布団をかたずけて、伊右衛門が起きた時に食べられるようにご飯を取り分けてくれていた。
チームZがチームとして機能していた裏側には、彼らの気遣いがあっただろう。
こうして宴会も進んでいく中、蜂楽が寝ている王馬のことをまじまじと見つめながら言った。
「しっかし、なかなか起きないねぇ」
「疲れてるんだろ。今日の試合は結構やばかったしな」
「でもさぁ、練習終わりとか寝てるの見たことないんだけど」
「試合と練習だと別物なんだろ。その異様な疲れが試合のこいつのプレーの秘密なのかもな」
蜂楽、國神、千切とまだ比較的起きていられている三人が王馬について話していると、眠たそうな潔がその会話に混ざってきた。
「多分、めっちゃくちゃ、頭使ってるんだろうな。状況判断とかそういうところが並外れてるんだよ」
言い切ってから大きなあくびをする潔を見て、國神が宴会を閉めようとし始めた。
「……そろそろ寝るか」
「賛成~」
國神が周りを見るともうみんな眠っており、結局この後彼らはろくにかたずけもろくにせずに、布団も引かずにそのまま寝た。
彼らはみなチームZが五号棟最強になったという事実に浸っていた。
ただそんな浮かれた気分は翌日には吹き飛んだ。いきなり始まった地獄のフィジカルトレーニングに苛め抜かれて、自然に口数も減っていった。
あまりに過酷なトレーニングに、初日は体の疲れになかなか寝付けなくなっていた。異常な量の体幹、フィジカル、そしてランメニュー。選手それぞれに合わせられたフィジカルメニューに全員が間違いなく追い込まれていく。
それでもこの日はまだしっかりと食事をとることはできていた。
3日目には潔や成早のようなフィジカル弱者組は食べた食事を吐き出し始めた。眠っても体から疲れが抜けきらずに、翌日以降も疲れが蓄積していく。
8日もすれば疲れが内部にまで回ってきて、食事をとることもなかなか難しくなってきていた。
序盤はまだ余裕を抱えていたフィジカル強者組はさらに別メニューを組まれ、負荷を増やされて伊右衛門や國神、王馬あたりも疲れ果てて一切動けなくなり始めていた。
そして10日目、唐突にトレーニング期間は終わりを迎えた。
疲れ果てた表情を浮かべた選手たちがアナウンスに導かれるままに進んでいくと、多くの選手たちが一堂に会している少し開けた場所に出た。
他のメンツを一通り確認して王馬はため息を漏らした。
「成程ね、おかしいと思ったんだよ。俺よりも優れた18歳以下が100人もいるなんてなぁ」
どう見ても疲れ果てているような人間しかいないような空間に、見知ったような顔が何人も見受けられる。
そんな王馬の考えを液晶に映し出された絵心が裏付ける。
「一次選考を突破した125名の才能の原石たちよ、フィジカルトレーニングお疲れ様。まぁ察しがのいい人間はもう気づいてるかもしれないが、この蒼い牢獄には第五号棟しかない。お前らは自分たちを最底辺だと思い込み、必死に戦っていたのさ」
そんな絵心甚八に必死にかみつく連中も散見されたが、全員絵心の前に一蹴される。
「世界一になるためのハングリー精神という唯一有無にの燃料を得るためにこの蒼い牢獄はある。さぁ二次選考を始めようか」
バン‼
という音ともに一つの扉がライトアップされる。
「二次選考、1stステップは個人の戦いだ。次に進むものは一人で進め。ここからは本物のエゴイストしか生き残れない。自分の価値を証明しろ、これはお前たちの戦いだ」
絵心の姿が液晶から消えるのを見てから、会場はざわつきに包まれる。
誰かが動くのを待つように様子見する雰囲気の中、一人の男が衝撃のパフォーマンスを見せて、扉を通過した。二つのボールをけり上げて空中で衝突させた彼の名前は糸師凛。表示されたその名前を見て五十嵐などはわかりやすく動揺する。
「おい、お前ら先に行ってていいぞ。ちょっと顔なじみが何人かいるから話してくる」
そういって王馬は一人チームZから離れて、先ほどから一度も視線を切らない集団のほうに歩いて行った。
その背中に潔が声をかけた。
「……ああ。王馬‼ お前はやばかった。でも世界一になるのは俺だ。蒼い牢獄の先で会おうぜ‼」
そう言い切った潔のほうに、振り向くこともなく手を挙げることで答えた王馬と分かれて、チームZのメンバーは次々と扉を通っていった。
「ずいぶん久しぶりに見る顔だな」
王馬の行った先には4人の男が待っていた。
「そらないやろ王馬、こないだラインしたがな」
完全に髪の毛を剃り上げた男が王馬の背中をバシバシと叩きながら、こてこての大阪弁で大声を張り上げた。
「いや、もう最後にあってから一年以上たっとるし、お前の顔見るんは久しぶりやろ」
もう一人の坊主頭が嫌そうな顔をした王馬が逃げ出さないように、最初のハゲとの間に入っていく。
「ハゲコンビに用はないんだが」
「せや、ハゲどもは黙っとけ。話があるんは俺や」
もはや相手にもしない王馬の発言に便乗するように、高身長でつんつん頭の男、烏旅人が厳しい言葉を放つ。
いわれた二人も何とか言い返そうとするが、一睨みで黙り込んでしまう。ハゲコンビといわれた二人も関西のジュニアユースで活躍し名を知られた二人組だったが、彼らはユースへの昇格ができなかった人間。
ここで話している人間は彼ら以外はみなユースに昇格しており、なかなか言い返せないのだ。純粋に烏が怖いというのも少々あるだろうが……
落ち込むハゲコンビを完全に無視して、王馬に最後の一人氷織羊が話しかけてきた。
「でも標準語で話せるようになってるやんか。でもここには僕らしかおらんねんから、京都弁で話してええねんで?」
「やめてくれ、お前らと話してるとただでさえイントネーションとかがおかしくなるんだ。一回京都弁で話すとなかなか戻らないんだよ」
「そんな下らんことはどうでもええねん。それよりお前もここに来とるとは、知らんかったわ」
「そうやで王馬、多少は相談してくれてもよかったんちゃう?トップチームのほうで揉めたんやろ」
彼らはもともと関西の同じユースでチームメイトとしてプレイしていた経験を持っており、プライベートでも非常に仲が良かった。特に氷織はジュニアユースよりも前から、まだ小学生だったころから一緒にプレーしてきた選手だ。
「なんで俺がお前らになんでも相談しないといけないんだよ。まぁ、ひとまず一次選考突破おめでとうを言いに来ただけなんだよ」
「あの程度で落ちるほど俺らはへたくそちゃうわ。ボケ」
「烏もあほやねぇ、王馬が祝ってくれるようなことなかなかないで。多分僕らがトップ昇格しても当たり前で終わらされんねんから。正直に受け取っといたらええのに」
こうして三人が話しているうちに、覚悟を決めたであろう選手たちが列をなして扉の前に並んでいた。そんな状況を見て氷織が誰かが蹴り飛ばしたボールを拾い上げてみんなのほうを向いた。
「まだ時間ありそうやし、ちょっとウォーミングアップでもしていこ」
そういって多少体を動かして扉をくぐった時には、もうほとんどほかの選手たちはおらず、彼らは最後尾からのスタートとなった。
1stステージでは高画質パネルに四方向を囲まれた部屋に入れられて、王馬はその見覚えのあるサイズ感に苦笑する。
一番最初に鬼ごっこをさせられた部屋とほぼ同じ、部屋の真ん中にあるマークの上に立つと、液晶に人型のマスクマンとゴールが映し出された。左側の壁からボールが射出されると足元がライトアップされて、それが目に見えて縮小し始めた。
ひとまずシュートを放つと、マスクマンことブルーロックマンは想像を超えるダイナミックさで動くが、その手はボールには届かずにネットが揺れる。すると高画質パネルの上部に残り時間とクリアまであと99ゴールという文字が表示される。
ランダムに入れ替わるゴールの位置と、ボールの出口に何となくここで何をさせたいのかを理解して、最初の30ゴールまではほぼノーミスで10分かからずに決め続ける。
残り70ゴールになると、ディフェンダーも表示され始め、格段に難易度が上がる。
最初こそシュートコースが多少甘くなり、ブルーロックマンと呼ばれているマスクマンにキャッチされてしまうが、動きもしない守備陣では大した障害にもならずまたしてもすさまじい勢いでゴールを決め続ける。
残り40本になったところで、またしても変化が生じる。ディフェンダーは動き出し、ボールはランダムにめちゃくちゃな回転がかかった状態で送られるようになった。
ここにきて王馬のゴールペースは大幅に落ちた。
王馬も明らかに苛立ちをためており、何度か盛大な舌打ちを響かせており、その音はカメラのマイクまで届いており絵心のもとに届いていた。
多くの挑戦者の様子を同時に確認していた絵心だったが、横からアンリが話しかけていた。そこには誰かという具体的な名前はなかったが、二人の間ではしっかりと通じていた。
「まさかここまで彼がここで苦戦するとは思いませんでした。なんていうか苦戦せずにクリアするものかと……」
「彼は普段わかりすぎているんだよ、今までの試合でもディフェンダーの動きを先にスカウティングしておいて、現場で確認していた。パスの出し手なんて普段の練習から確認していただろう。それが完全にランダムなボールにディフェンダー。あまりに普段と違ってストレスだろうね」
「それが彼の武器なら、あんまりこの練習意味ないんじゃ……対戦相手が機械だから苦戦してるってことですよね」
アンリが心配そうな表情で液晶に食い入るように見入るが、絵心はそこまで気にしていない様子だった。
「それは違う。王馬こそ、この練習が必要なんだよアンリちゃん。サッカーをもっとシンプルにさせるんだ、彼は相手に関してわかっているから、相手に合わせてプレーしている。思い通りにならない機械を前にすべてを叩き潰すようなエゴイズムを育ませるんだよ」
「じゃあ、彼は今まで手を抜いていたんですか?」
「そういうわけじゃない。本気で挑んでいただろうさ、でも全力ではなかった。悪癖ともいえるものだろうね。さぁそろそろ見れるんじゃないか、理不尽なまでの強さを見せる王馬が」
映像で写されていた王馬が5回連続でゴールを決めると、そこから一気にゴールペースを上げていく。
その狭いスペースでシュートコースを無理やりにでも作り、強引にでも誰も手の届かないシュートを打っていく。もしここにいたのが人間でもどうしようもないほどのシュートは絵心の言う圧倒的なものだといえる。
駆け引きもくそもない、純粋な力の差を見せつけるようなプレーは終始止まることなく、結局自分のミス以外では止まることなく決め続け驚異のゴールペースで1stステージを突破した。
ガイドが示すとおりに進んでいくと小さな部屋でもうすでにクリアしていたと思われる人間が待っており、3人1組でチームを組んで先に進めと液晶で表示されていた。
どうするかと悩んでいると、一番先に伊右衛門が駆け寄ってきた。
「王馬、お前もまだ一人か?実はまだ俺も誰とも決まって無くてな。一緒にやってくれるやつを探してて……」
「別にやってもいいが、残りの一人はどうするんだ」
「いや、それは当てもないんだが」
チームZの選手はどうやら伊右衛門しかいないらしく、他の選手は先に行ったか、まだ1stステージに挑戦しているんだろう。誰か一人ぐらいユース時代の知り合いがいないものかと確認していると、一人こちらに向かって近づいてきている男がいた。
「すいません。それ僕が最後の一人として加えてもらってもいいですが?」
その選手は二人ともよく知っている選手だった。
チームYトップスコアラーの二子一揮だった。この選手のプレースタイルはよく知っている。もしこれが三人一組でのチーム戦ならうまくいく可能性が高い。まだ悩んでいる様子の伊右衛門をおいて王馬が答えた。
「構わねぇよ。さっさと進もう」
こんなところで悩む時間はばからしい。それなら早く進んでしまおうとほとんどこの部屋で待つことなく先に進んだ。
3rdステージへの扉を彼らは開けた。