次対戦まで最低でも24時間開けなくてはいけない。
両チームが最低限フェアな状態で戦えるように作られたこのルールがある以上、他のチームの連中と会えるロビーに行く必要はない。そして何より試合後の汗だくの状態が気持ち悪かった彼らは最初に風呂に向かった。
湯船につかる前にしっかりと全身を洗った王馬は、足先から肩まで全身をしっかりと湯船につけて、どこから出ているのかわからないような魂が抜けるような声を出した。
「ああ~、……サウナが欲しい」
「遠征の時に一回銭湯に付き合って、殺されかけたん思い出すわ。風呂、サウナ、水風呂に露天風呂……のぼせるまで付き合わされた」
「あったな、そんなこと。いや~あそこはマジで気持ちよかった」
実は風呂好きで楽しそうな王馬と対照的に、体を半分だけ湯船につける半身浴を楽しんでいる氷織は少し遠い目をしていた。
「あんまり長くつかるなよ。長風呂は体に良くないぞ」
風呂を楽しむ気満々の王馬に伊右衛門が心配そうな表情を浮かべる。
「……わかってるよ、で二子はどこ行った?」
「あっちでシャワー浴びてるよ。あんまり一緒に風呂に入りたくないんじゃないか」
「そら正解や、王馬と一緒に風呂入ったらのぼせるまで開放してくれへん」
「わかったよ、……あと五分だけつからせてくれよ」
「いやや、僕は上がるで。伊右衛門はどうする?」
「そうだな、俺はもう少しあったまっていくよ」
氷織はそのまま風呂を上がり、時間を確認したところまだ時間的に余裕があったので一度部屋に寄っていくことにした。王馬と伊右衛門はこの蒼い牢獄で限られた娯楽を楽しんだ。
結局、伊右衛門に強制的に風呂を終了させられた王馬は、まだ少し湿った髪の毛をそのままに風呂を先に上がった二人と合流して食堂に向かった。
「ホンマに、サッカー以外はからきしあかんな。神様は二物を与えへんわ、君も大変やったやろ伊右衛門」
「まぁ、そうだな。でも最低限はちゃんとやってくれるから」
「確かにそうですね、どれだけ部屋を汚していてもちゃんと自分の空間内にとどめてますから」
新しくチームに入った氷織がちゃんと馴染めるようにと一緒に食事をとろうとした王馬だったが、話題が先ほどからずっと自分の私生活のことで非常に居心地が悪かった。
しかも自覚症状があるだけに中々厳しい。結局彼らは一瞬で意気投合した。王馬を餌にして……
こうして一つのチームとして仲を深めていった彼らだが、次のステージに行くには最大の問題があった。それはマッチメイク、負けたときのリスクがある以上勝てる相手と戦いたい連中がほとんど全てを占める中、王馬という選手が非常に有名すぎた。
周りが勝手に避けていき、なかなかマッチメイクができずにいるこのタイミングで、同じような境遇のチームがあった。
しかし声をかける相手を選んでいた王馬たちと違い、誰彼構わず声をかけていた糸師凛のチームは活動の中心が違ったことで試合を行う機会に恵まれなかった。
こうして数日がたったころ、糸師たちが潔たちと試合を行っている時間帯に、ついに彼らの元に、王馬との戦いを望む連中がやってきた。
「なんやまだここにおったんか。ほなら俺らとやろうや王馬、初めてやろ俺とガチでやんの?」
「覚えてないなら思い出させてやる。吠えずら書くなよ烏」
お互いに見つけたときから子供のように嬉しそうに笑った二人は、二つ返事で試合を行なうことを決めた。
関西のユース時代から一緒にやってきた王馬と烏が初めて敵として向かい合った。
慎重に相手を選びながらここまで時間をかけて運んできた烏だったが、ここに来て今までとは違う挑戦的な思考が目立った。そこには二人の関係性があった。
始まりはジュニア世代の頃まで遡る。
まだ彼らがただの子供だった頃、二人は鎬を削ったライバルだった。どちらもチームの中心的なエースで、そしていつだって王馬が勝ち上がってきた。
それがジュニアユースに上がった頃にはチームメイトになり、中学年代ではタイトルを総なめした。
ユースでは王馬をワントップにおいて氷織と烏のシャドーが凄まじい破壊力を発揮して一年でタイトルを獲得した。まさに圧倒的なスリートップだった、
その実績をひっさげて王馬だけがトップチームに行った。
彼だけが代表のアンダー世代を飛び級した。そこから彼のプレースタイルは変わっていった。多くのことをこなし、より強力で支配的になっていった。
正直一緒にやっていて納得できる部分と、自分が呼ばれていない事に嫉妬と苛立ちが半分半分で、自分の感情をまとめられなかった事を烏はよく覚えていた。多くのことを自分でやるようになった王馬を見て、自分が信頼されていないように感じていた。
だからこそ、今ここで戦わなければいけないといけない。そんな強迫観念に駆られていた。
本気で自分が日本代表になって、W杯優勝して、その中心に王馬ではなく自分がいるためには、ここで戦わなければならない。
だからこそ彼らの戦いが起こるのは必然だった。
どちらのチームもエースの言葉に反対するものはおらず、トントン拍子でマッチアップが決まった。
両チームできうる限りの対策をして臨んだ試合は静かな立ち上がりになった。
チームレッドに分類された王馬、二子、伊右衛門、氷織はダイアモンド型の陣形を採用。
アンカーに視野の広さを持つ二子を、前に体を張れる伊右衛門、右に左足の高い精度とセンスを持つ氷織、最後に左にエースの王馬を配置してフォーメーションを構築した。
チームブルーの烏、乙夜、雪宮、柚の四人も同じくダイアモンド型を採用し、ミラーゲームを挑んできた。
伊右衛門とマッチアップするアンカーに烏、二子とマッチアップする乙夜が縦関係を封鎖する。
氷織のいるサイドには柚が入り、最も警戒するべき王馬がいるサイドには1on1に絶対の自信を持つ雪宮を配置した。
試合開始当初、完全なミラーマッチでマンマークを選択したチームブルーのディフェンスが、チームレッドの攻撃を防ぐことに成功していた。
3rdステージとの1番の違いは伊右衛門が機能していなかった点だ。
「体を張れるポストプレイヤー、周りを楽にできる良いプレイヤーやけど個人で考えれば怖さはないわな」
(やばい、ボールキープが精一杯。二子は……)
「フィジカルで勝負できんかったら、お前は凡やろ」
フォローに入ろうと二子が入ってくるが、そこを乙夜がそのルートを完全に潰しきる。
パスの受け手を失ってついに伊右衛門は烏にボールをとられた。守備で下がってきている乙夜というパスの選択肢が失われているが、アンカーの二子が上がってきているここをチャンスと考えて、速攻を仕掛ける。柚はパスを受けられる状況ではなかったため、王馬とマッチアップしている雪宮を選択した。
パスを受け取ってボールを動かしながら、重心を見てくる雪宮が王馬の一瞬のズレを見て仕掛けた。
縦に抜け出そうとした雪宮だが、完全には抜ききれずにシュートという選択肢が無い状況に気づく。そこでカットインを囮にもう一度縦を狙うフリからボールだけを内側に出し、自らは外側から回り込む。通常のサッカーでは考えられないストリート仕込みのドリブルに、王馬の反応が遅れる。
その遅れを決して逃がさないパワーとスピードを見せて、雪宮がファーストゴールを決めた。
「俺の武器は1on1、その展開の中じゃ日本最強を自負してる。以後お見知りおきを」
「スピードとパワーが武器のストリート系インファイターか、インプットしたよ。でもドリブルバカほどやばくないな。しかし烏、お前練習盗み見たろ。明らかに知りすぎだ」
「勝負の世界で卑怯やとか言うつもりか?」
「言い訳はもうできねぇぞ」
「上等」
名刺代わりのゴールとともに、自己紹介を終わらせた雪宮を見送った王馬は、少しあきれたような口調だったが、烏の返答を聞いて、少し困ったような表情になった。
ボールを伊右衛門に渡すと、何も言わずに王馬は自分のポジションに戻っていったが、普段よりもライン際に立っていることから考えても、何がしたいのかは明白だった。
二子と伊右衛門のラインを封鎖されてしまい、前に進めない状況に氷織が降りてくると一気に逆サイドに展開した。
先ほど負けた雪宮との1on1、曲芸のような技の前に負けっぱなしではいられない。
ただしサッカーの試合で純粋な1on1が行なわれることはほとんど無い。いつだってフォローに入る敵がいて、選択肢になろうとする味方がいて、目の前の相手を抜いた後の事を考えなければならない。
ここまでは基本的に中央で踏ん張っていた伊右衛門がサイドに走って行く。
試合開始から今までの僅かな戦いで、伊右衛門は自分が烏に劣っていることを心底理解した。純粋なパワーではおそらく負けていないが、体の使い方が違う。ハンドワークや体の当て方といったサッカーのスキルがあまりにも違いすぎる。
だからこそ、普通に勝負しても駄目だ。自分の良さが生きる場面を作るためには、悠長に中央で構えているだけでは何も始まらない。左サイドに猛然と流れていく伊右衛門を中心に、ピッチ上が再構築されていく。
アンカーだった烏が伊右衛門を追うことで、ぽっかりと空いた中央に右サイドから氷織と柚が激しいポジション争いをしながら入ってくる。二子は攻撃の再展開を行えるように、ボールが受けられる位置でなおかつ守備にもすぐに移れるポジショニングをとる。
右左、右左とテンポ良く小刻みにボールを触る王馬の視線が伊右衛門を見た時、雪宮が仕掛けた。タイミングは悪くなかった、だがボールをつつこうと真っ直ぐに伸ばされた雪宮の脚がボールに届く前に、右足がボールを横にはじいて、次の瞬間には左足がボールを前へ蹴り出した。ダブルタッチで雪宮を躱して前に出た王馬は、雪宮を背負うような姿勢になりながらも加速して中央に流れていく。
(速いわけじゃないが、とにかく巧くてそして強い!!)
スピードでは劣っていない雪宮だったが、ボールの置き所と体の使い方で追いかける形での守備になってた。
ゴール前にドリブルで抜けてくる敵に意識を持って行かれて、一瞬柚の視界から氷織が外れる。その意識の隙間を利用して、氷織が外に開いてパスコースを作る。ゴール前、そこを狙ったワンツーで王馬が一気に前に出た。
王馬のパスを氷織がワンタッチでゴール前に戻す。完璧な柔らかい落としは王馬のプレーを阻害せずにオフサイドギリギリのラインを通して見せた。
唯一シュートブロックに入れる場所にいた烏だったが、彼は左サイドからファーサイドを狙っている伊右衛門をフリーにすることはできず、王馬はそのままボールをゴールに流し込んだ。
伊右衛門のポストプレーが封じられたことで、二子はその視野を生かしたプレーができなくなっていた。さらにポストプレーを封じられた伊右衛門自身も、なかなかボールに触る事ができずにいた。しかし今のゴールシーンは彼らにとっても得るものが多いシーンだった。
ボールに触っていなくても脅威になっていた伊右衛門は今の感覚から、二子は目の前で見せられた、単独で展開して幅広くピッチを使いながら、最後のゴール前で開くという選択をした氷織。
烏の弱点を徹底して攻撃するやり方は、相手の課題を明白にする。二人は自分の今の問題を正しく認識した。次のStepに昇るスタートラインにようやくたったのだ。