4th stage final
氷織の一撃で敗北まであと一歩と追い詰められたチームブルーのメンバーは、もともとの想定よりも追い詰められている状況を楽しんでいた。
それぞれが高い能力値を持つ彼らは、地元では敵なしの選手だった。これまで真っ向勝負してもらうことよりも、避けられることの方が多かった。
自分と一対一を一切避けるつもりのない王馬との戦いを楽しむ者、自分の動き出しに反応してくる守備陣との駆け引きに楽しむ者。そして待ち望んだ対戦を楽しむ者。全員の一致する考えがまだ終わりたくない、負けられない。
そこでチームとして攻撃時と守備時でのフォーメンションを変えた。
先ほどまで左サイドにいた柚がアンカーに入って、バランスを取っていく。左サイドに乙夜が入ることで、彼の特徴をさらに生かす。そして空いたワントップには烏が入った。
二子と烏というミスマッチを作ったことで、チームブルーのワントップ烏が前線でしっかりとしたタメを生み出す。今までは乙夜が裏側に抜けていくことを狙うタイプの選手だったこともあり、二子でも対応できていたが、キープにパス、ドリブルに空中戦とこなせることが多い烏の相手をするのは二子では難しかった。
この変化を受けて、左右の乙夜と雪宮が中央に絞ってプレイし始めた。
彼らの距離が近くなることで相互作用的にプレースピードが上げていく。混雑した中央のゾーンで、ポジションを細かく入れ替えながら侵入していくことで、チームレッドの守備組織が崩壊していく。鍵になるのは雪宮がドリブルを挟むことでプレーリズムにアクセントをつけられる。
生まれたギャップに、静かに侵入していく乙夜に烏から決定的なボールが出る。
そこに二子が反応するが、一歩か二歩遅れる。
決死の二子のシュートブロックが見えていた乙夜がシュートではなく、さらに縦に切り込んでいく。ほとんどシュートコースがない状態から、キーパーの脇腹の横を狙ったシュートが放たれる。
キーパーの体には当たらなかったが、ポストに嫌われたボールがゴール前にこぼれる。
触るだけで良い絶対的な決定機。そこに、雪宮と王馬が突っ込む。
クリアのために突っ込む王馬と、押し込むために飛び込む雪宮。この瞬間だけはテクニックも戦術理解も何もない。どこまで体を投げ出せるか?そしてどちらのほうが速いのか?たったこれだけのことが勝負を決めた。
破格のスリートップによる攻撃力は、ボールを持たせると止めようがないように感じさせるには十分な物だった。
ゴール前にスライディングすることでクリアしようと試みる王馬の体を抑えながら、飛び込んだ雪宮の足がボールをゴールにねじ込んだ。綺麗なスライディングシュートがゴールネットを揺らして一点を返され、氷織がボールを拾って王馬の元に歩いてきた。
「立ち位置変えてきたなぁ、どうする?こっちもいじる?」
「いらねぇだろ。今いい感じだろ?お前も、こいつらも。だったらこのままいく」
残りの二人を指さす冷静な王馬の姿が、なぜか氷織の頭の中にいる王馬と重ならなかった。こんなに周りのことを考える奴じゃなかったし、もっと自分のゴールのことばかり考えるタイプだった。自分たちとの試合の時から感じていた違和感だったが、それが確信に変わった。
自分が一点しか決められていない、ボールにも触れていない時間のほうが多い。なのにどこか感じる余裕、それがいいものなのか、悪いものなのか、氷織には判断できなかった。
守備時では今までと同じやり方で、氷織にボールを持たせる展開を徹底するチームブルーだが、先ほどの失点から何も学んでいなかったわけではなかった。中央に入ってこようとするタイミングに合わせて乙夜がアタックを仕掛ける。
フリーになった二子がパスを受けて、ドリブルで上がろうとするが、マークマンを受け渡した柚がしっかりとにらみを利かせていた。
氷織が左サイドに戻ろうとすると、スムーズに守備を受け渡す乙夜と柚に守備の意図がすけてみえる。王馬と氷織を絡ませてはいけない。その共通認識を見て取った王馬が、烏のほうを確認して、いたずらっ子のように笑った。
中央に一気に寄って、王馬が足元にボールを要求した。
強いボールを雪宮と乙夜の間で受けた彼のトラップ際を、二人が刈り取りに狙っていくが、そこを簡単に二子にバックパスで戻すことで躱していく。氷織と二子のパスワークに王馬が積極的に絡みだしたことで、中央から追い出された氷織のボールタッチ回数が増えていく。
ここまでボールに触ってこなかった伊右衛門に氷織が今までで一番早いパスを入れる。
慌てた様子で、それをトラップするが、あまりのスピードにトラップが大きくなり、烏がそこを狙ってくる。だが、それが氷織の狙いだった。ボールを奪うために前につり出された烏、そのスペースを二子が敏感に察知した。
体を張って一瞬ボールをキープした伊右衛門が王馬に無理やりパスを出した。回転はバラバラ、狙いは乱雑、だが王馬に影響はなかった。
それを受けた王馬が顔を上げて、周囲を確認して、サイドに回り込んでいたラインを突破していた二子にボールを振った。敵陣に侵入した二子がボールを持つと、守備陣に追いつかれる前に、追い越す動きを見せた氷織にパスを出した。
一気に抜け出した氷織だが、乙夜がしっかりと反応する。完全に追いつかれて潰される前に、マイナス気味のボールを王馬に出した。
烏と雪宮が挟み込んで止めようとするが、そのボールを王馬はスルーした。シュートフェイクを見せつけながら、飛びついてきた守備陣の目の前でボールは股の間を通って、伊右衛門の目の前に転がっていった。
全力で振り抜かれた右足から放たれた、弾丸のような一撃はゴールネットを突き破るんじゃないかと言うほど強烈だった。
ペナルティエリアで圧倒的な攻撃力を持つ伊右衛門のゴールまで、それぞれの良さがうまく出ていた。
二子の視野の広さが生きたオフザボール、ピッチの状況を理解して、そこしかないパスコースを通して見せた氷織、そしてペナルティエリアで決めきった伊右衛門。それぞれが良さを見せた。そして彼らに良さを出させた王馬は楽しそうに笑っていた。
この試合彼はストライカーというよりも、純粋にサッカーを楽しんでいた。古い友人たちと、新しく出会った仲間との戦いを楽しんだ王馬は、敗北を受けて座り込んだ烏に見たかといわんばかりの笑みを見せていた。彼はこの試合あえて烏のプレースタイルに自分のプレースタイルを寄せていた。
試合が終わり、ほとんどのメンバーが座り込んだ中、まだ元気があった王馬ですらその足が止まっていた。
息を整えたり、勝利の余韻に浸ったり、敗北の現実を受け入れるための時間が少し流れた後、烏がようやく口を開いた。
「ほんで誰取るねん?」
烏の言葉にチームレッドの人間が一斉に王馬を見た。
「どうする?個人的には烏か…乙夜君がええと思うけど」
氷織の提案に二子も同調する。
「そうですね、僕もその二人のどちらかがいいかなと思います。今回みたいに伊右衛門さんが封じられたときにタメを作れる人間か、裏側に抜けられる人間は必要かなと」
この二人の提案に、伊右衛門だけが異を唱えた。
「いや、だったら単独でゴール前まで持っていける雪宮のほうがいいんじゃないか?どうする王馬?」
それぞれがそれぞれの主張を行ったが、残念ながら意見が分かれてしまった。
彼らの話を聞いていた王馬は、少し悩んだそぶりを見せた後チームブルーのメンバーを見渡して、最後に烏を見た。
「……雪宮にしよう。ゴール前まで行ければ俺らの武器は使える、だったら組み立てとか時間を作るよりも、そっちのほうが重要だ」
「やっぱりそうか、選ばれへんかぁ‼……まぁええわ。行けや雪宮、すぐに追いつく」
悔しそうに声を荒げた烏を見て、王馬は声をあげて笑った。
「ハハハ、ごめんなぁ烏。組んでやれんくて、でも俺はいくわ。上で待っとる、またやろうや楽しい勝負。敵でも、味方でも」
「王馬、京都弁でてんで」
悔しそうな烏も、うれしそうな王馬も子供のころと同じようで、ついつい出てきてしまった方言に王馬がやってしまったという表情を浮かべている。
「ほな行ってこいや、次のステージ。安心せえ、この程度で終わるほど雑魚やない」
そういった烏の言葉に送り出されて、五人は次の扉を開いた。残された三人は全身を投げ出して悔しさをもう一度かみしめた
「烏」
「なんや?」
「あいつら強かったな」
「阿保ぬかせ次は勝つ。当たり前の話や」
烏は敗北しながらも、不敵に笑って見せた。何度やられても立ち上がって挑んできた。それが烏の強さの理由。彼はまた王馬に挑むだろう。そう遠くないうちに……
扉をくぐった先の部屋はこれまでのロビーとは違い、そこまで多くの人間が入ることは想定されていないサイズの部屋で液晶パネルに四方を囲まれていた。
全員が部屋に入ると、そこには予想通り絵心が映し出された。
「お疲れ諸君、これにてお前らの二次選考は終了だ。それぞれ思うところもあるだろう、生かし生かされ、使い使われ、そして依存し……お前らはここで化学反応を起こし、その原理を学んだはずだ」
液晶の向こうの絵心はこの場を見渡した後、その視線は王馬を貫いたようにこの部屋にいる人間は感じた。
「さぁ、次は三次選考。予告通り、トップスターとの強化合宿だ。手始めに5対5のミニゲームを24時間後にやってもらう。檻の中の蛙ども世界を知るときだ。そして世界を知る者よ、己の価値を証明しろ」
絵心の姿が映っていた液晶は消えて、そこには五人の選手の写真が映し出された。
そこには確かによく知られたスーパースター達が写っていた。
ひとまず与えられていた部屋でくつろぎ始めた、彼らの中で伊右衛門が話し始めた。
「しかしすごい奴らと戦うんだな……見たかあのメンツ?」
「ルナにブレイク、カバソスにシウバ。子供の頃から憧れてきた選手が勢揃いですからね……」
現実を受け入れられずにため息をつくようなトーンで話す二人に、新しく加入した雪宮が話しかける。
「この真ん中の選手がどなたか知ってるひといます?」
「僕は知らんなぁ、王馬は?」
「……ジュリアン・ロキ。フランスの産んだスピードスターだ」
おそらく知らないだろうと思いながら、話を振った氷織がこちらの方を驚きながら確認した。
「へぇ、知ってるんや。……代表の活動?」
「アンダー世代の試合で一回だけ戦った。3点ぐらい取られたよ」
王馬の言葉には底冷えするような冷たさがあり、その内容と声のトーンにそれぞれが驚きを見せ、誰もしゃべらない時間が生まれた。
「その試合で干されてるんやっけ?」
そんな中でも最も付き合いの長い氷織はあえて空気を読まずに声をかけた。そのとぼけたような質問に王馬は少しの間を作って答えた。
「まぁ、そういうことだ」
そう言って肩をすくめた王馬は立ち上がり、どこかに行こうとしていた。
「おい、作戦会議とか良いのか?」
「しても意味ないだろ。明日はお前ら全員俺だけ見てろ」
伊右衛門の問いかけに答えた王馬は凄まじい殺気のような何かを放っていた。