蒼の帝王   作:鈴見悠晴

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頂点との距離

現役の選手達の中で間違いなく頂点に近い場所にいる選手。この扉の向こう側にいるのはそういう選手だけだ。

 

普段の彼らならその事実を前にひどく緊張していただろう。しかし、この場面ではほかの事が緊張感を生み出していた。このブルーロックに来てから一緒にやってきた伊右衛門も記憶にないほど、触れるだけで切り裂いてしまうような、日本刀を連想させるほどひりついた雰囲気を放つ王馬が緊張感を生み出していた。

 

普段の余裕たっぷりな笑みはなりを潜め、普段の挑発的な態度はその鋭い眼光に集約されていた。

 

先頭で扉をくぐった先、5人の選手の中で最もその類いの気配に敏感なブラジル代表のダダ・シウバが反応した。

 

『何だぁ、昨日の連中とはずいぶん違うやつが来たじゃねぇか』

 

『調子に乗っちまったただの天狗だろ、こういうやつの鼻をへし折ってやるのも仕事のうちだ』

 

それに腕を組みながらイングランド代表のアダム・ブレイクが答えた。

その強靱な肉体一つで戦ってきたシウバとブレイクがその調子で話していると、横からフランス代表のジュリアン・ロキが強い口調で釘を刺した。

 

『先頭の彼、本物ですから気を抜かない方が良いですよ』

 

そう言ったロキは王馬の方をじっと見ながら近づいてくると英語で話しかけてきた。

 

『まだこっちにいたんですね。いつでも話を持って行くのに』

 

『今更ユース契約なんて興味ないね。それに前にも言ったが、お前の世話になる気は欠片もないんだよ』

 

綺麗なフランス語で答えた王馬を見てロキが目を見開いて驚きを示す。

 

『前は英語だけだったのに、フランス語も勉強したんですね。しかしつれませんね、僕は純粋に一緒にやりたいだけなのに』

 

そう言ってわざとらしく落ち込んでみせるロキの後ろから、面白そうなおもちゃを見つけたような顔でスペイン代表のレオナルド・ルナがスペイン語で話しかけた。

 

『へぇ、君、ロキくんに気に入られてるんだ』

 

『スペイン語はまだ勉強中なんだ。上手く話せない、できれば違う言語で』

 

『でも糸師冴の弟より、クリアに時間がかかったんだねぇ』

 

喰い気味に言ったその言葉と満面の笑みで、王馬にこいつ話聞かないやつだと確信させた。

 

『ちょっと、ルナさんやめてくださいよ。そんな逆なでするようなこと言うの。王馬も考えてみてください、フランスで世界のトップを目指す連中と鎬を削るのは悪くないでしょう?』

 

『これも前言っただろ、そういう話はまずクラブの方から通せ』

 

そう言って試合を始めるために振り向いた王馬を、氷織を除いた三人が驚いたように見ていた。

 

「しゃべれるんですね、英語」

 

「今話してたのはフランス語とスペイン語だ。英語も話せるが、片言だよ」

 

「それで、誘われてるンや。……行ったらフランス」

 

「そういうのはクラブの話が先なんだよ、それに結局まだあと一年は待たないといけないしな」

 

まだ17歳の王馬は最低でもあと一年国際移籍ができない。だからこそ、今この時にどこまで選手としての価値を上げられるか、王馬はトッププロスペクトと見込まれる一人の選手として勝負の時間を迎えていた。

例えどんな相手でも負けて良い試合なんて無い。だから彼の口からこの言葉が放たれた。

 

「さぁ、勝つぞ」

 

その一言を境に試合が始まった。

 

最初にボールを持ったのは、この試合今までとは違う“右”サイドに位置をとった王馬。

まだ緊張で堅そうな雰囲気を放つ二子と伊右衛門の表情を確認して、一気にドリブルで中に切り込む。

けだるげに守備についてくる、アルゼンチン代表のパブロ・カバソスの逆をボディフェイクと細かいタッチでつく。

 

『おろっ』

 

瞬時の反応と駆け引き、まだまだエンジンがかかりきらないうちにたたみかける。ストップアンドゴー、急減速と急加速の連続で守備の時間が一瞬止まる。

逆をつかれたところから追いつこうとするカバソスの股を抜き、一気に敵陣に侵入する。

 

『君、かわいくないね』

 

一気にエンジンがかかったのか、カバソスの表情から遊びの余裕が消える。

 

『ハハ、ちょっと調子に乗りすぎかな』

 

凄まじい反応で王馬に追いついてきたカバソスに、真ん中でプレイしていたルナが合わせる形で王馬を挟み込んだ。

 

二人に完全に挟まれる前に右足のアウトサイドで簡単にボールを捌くと、その勢いのままゴール前まで上がっていく王馬にルナがついて行き、マークマンを受け渡したカバソスは誰もいないはずの空間でパスを受け取った氷織を見た。

 

「出せ!!」

 

「分かってるよ、そこやろ」

 

王馬が右サイドから中央に切り込んだ瞬間から、大外を上がってきていた氷織が完全にフリーでボールを持った。

 

カバソスが寄せるよりも先に、氷織の左足が振り抜かれる。凄まじいトップスピンがかかったボールが、急速に落下しながらシウバとブレイクの間に出された。

お見合いになり、互いに最初の一歩が遅れた二人に後ろにぴったりとついてくるルナの三人に囲まれながら、ショートバウンドする瞬間を捉えて、シウバとブレイクをトラップの瞬間に躱した。

 

「ハッ!!」

 

王馬の口から笑い声が漏れる。間違いなく今までで、サッカーを始めてから今の今までの期間の中で1番調子が良い。この瞬間王馬は確信した。

シュートブロックに飛び込んだルナを完璧なフェイクで躱すと、そのまま流し込むような緩いシュートをコースギリギリに決めて見せた。

 

世界選抜相手にスーパープレーを決めて見せた王馬が、伊右衛門と二子にいつも通りの笑みを見せた。

 

「おい、お前ら。俺がこいつらに負けてるか?」

 

常識的に考えれば、絶対にNOと答えるべき質問だが、今の王馬にはそれをひっくり返せるほどの何かがみなぎっていた。

 

『だから言ったじゃないですか』

 

『うーん、そうだね。あれは予想以上だ』

 

少しあきれているかのような表情を浮かべるロキに、ルナが純粋に驚いたような表情を見せた。あんな逸材がまだこんな極東に残っているとは、世界は広い。そう感じざるを得なかった。

世界組にすら十分すぎる衝撃を与えたゴールを映像で見ていた絵心は、口が裂けたかのような笑みを浮かべて画面に食い入るように立ち上がった。

 

「“挑戦的集中”への没頭。FLOW、……入ったか次のステージに……見せてみろ。駆け上がって見せろ。その勢いのままに!!」

 

絵心の人生をかけた証明は今、その一つの仮説を見せていた。

 

キックオフと同時にロキがボールを持って、そのまま上がってくる。

マークマンの雪宮がついているが、そのマークはあまりにも甘すぎて、そのスピードのままに一気にちぎられた。

(おいおい、ここまでのスピード差はちょっと記憶にないぞ)

自身のスピードにも多少の自信を持っていた雪宮だったが、その格が違うスピードに完全に千切られてしまっていた。

 

「それにそのままやられる気はねぇんだよ」

 

そのスピードを事前に知っており、ケアしていた王馬がショルダータックルでその武器を殺した。だが、バランスを崩しながらもロキは倒れるどころか、その状況の最適な攻撃を探し出した。

中央からフォローに来ている王馬から逃げるようにサイドに開きながら加速していくと、スピードに劣る王馬が置いて行かれる。

 

「くそっ」

 

ロキのクロスまで読み切っていた王馬だったが、純粋な速度差を埋め切れずに、ボールはゴール前に送られる。

 

空中戦、ボールが入ってくるエリアで、伊右衛門がクリアを試みるが、その前にブレイクが体を入れると、伊右衛門の体を吹き飛ばしながらヘディングシュートを叩き込んだ。それぞれの武器を軽く超えて、叩き込まれたゴールだったが、今の王馬はその程度の事で止まるものではなかった。

 

キックオフと同時にボールを持った王馬にルナがぴったりとマンマークについた。

ボールをゆっくりと動かしながら周囲の状況を確認して、自分の視線が外れたことをルナが認識した時、戦いのゴングが鳴った。

 

ルナがボールを奪おうとつついたその足をダブルタッチでぎりぎりに躱す王馬。半分躱されたような状態から体を当てて、加速はさせないルナ。

両者の1on1は加熱していくが、ギリギリのところで互いに決め手に欠けていた。

まだ17歳の王馬と全盛期を謳歌するルナの間にある純然たるフィジカルの差、どれだけ王馬が上手くても決してひっくり返せないその差が王馬の足枷になって居た。

本職がアタッカーであるルナからしても、普段しないディフェンスでは奪うことはできずに簡単に前には行かせないというところに終始していた。

 

激しい戦いの結果、王馬は彼の、ロキのテリトリーに侵入した。

 

持ち前のスピードを生かした広い守備範囲、王馬はそのエリアを読み間違えた。

そんな風に見えていた。距離を詰められようとしている王馬のフォローに行かなければいけないと下がろうとした雪宮の視線と王馬の視線が交差する。

 

足を止めた雪宮の元にボールが転がってきた。

そのシーンを見ていた全員を欺くようなノールックヒールパスで、ロキの股を抜いた王馬がドリブルで駆け上がる雪宮のすぐ横にポジションをとる。ロキが後ろから驚異的なスピードで雪宮を追いかけるが、しっかりとボールをファイナルサードまで運んで見せた。

後ろから二子が前からは伊右衛門が左サイドによって、雪宮に選択肢を与える。

 

ロキの頭の中にパスという選択肢が生まれたそのとき、雪宮が一気にドリブルを仕掛けた。

虚を突いたはずのドリブルだったが、それでも中に入れてもらえなかった。半身だけ抜け出したそのスペースの向こう側に王馬はしっかりといた。

パスを受け取る王馬の背中にはしっかりと、これまで以上に警戒したルナが待ち構えていた。

 

両者が最大限に警戒し、どんな些細な変化も見逃さないと張り詰めたそのアンテナはまるでグラウンド全体を覆い尽くしているかのようだった。そんな状況で優位に立っていたのは王馬だった。本職ストライカー、多少本気になってもあくまでバイト気分のルナに対して、完全に覚醒状態に入った王馬、実力差をひっくり返す条件はそろっていた。

 

トラップの瞬間、全てはその瞬間に決まった。

 

人間の情報は約90%視界に頼っている。いくらピッチ全体を覆うほどに感覚が鋭敏になって居てもその事実は変わらない。むしろ入ってくる情報量が多いからこそ視界の重要性は増している。初めての覚醒にかかわらず、王馬はそのことを理解していた。

 

自分の体がルナの視界を塞ぐタイミング、ピンポイントに狙い撃つ。

 

トラップは軌道をそらすだけ、完全に不意を突いた王馬が一瞬で抜き去る。ユニフォームを捕まれているがそんなことは気にもとめない。ボールを持って前を向く。それを達成した段階でもう勝負は決まっていた。

 

距離を詰めるシウバにブレイク、だがもう間に合わない。

 

完璧なループシュートがゴールネットを揺らした。いつの時代でもスパースターの誕生は衝撃的で瞬間的だ。王馬翔はほんの僅かな人間しか見ていないこの試合でスターダムへと駆け上がる最初の一歩を踏み出した。

 

2-1 まさかのリードした展開を作り出した王馬の覚醒に、世界選抜のメンバーは警戒レベルを引き上げた。

それでも更にゴールを生み出した王馬だったが、このゴールでスペインの貴公子、レオナルド・ルナが王馬翔という選手に関して正しく理解した。

 

勝負は次のステージに移った。

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