ごめんなさい。
世界選抜のキックオフでリスタートし、ボールを持ったカバソスは目の前の氷織をはぐらかすようにゆっくりと前に進んでいく。ほかのメンバーがパスを要求してもそれを完全に無視するその姿勢に、ほかのメンバーは呆れているのを隠そうともしなかった。
カバソスの狙いは一点目に完全に自分を抜いていった王馬、目の前の氷織はお呼びじゃなかった。
それを感覚で理解している氷織だったが、それでも圧倒的な実力差に行けば抜かれるということを理解していた。そのまま数秒、なかなか仕掛けてこない氷織にしびれを切らしたカバソスが仕掛けた。
高速シザースに右か左かの二択を迫られる氷織、読み切った、その確信がすぐさま幻想に変わる。目の前に差し出された餌に食らいついた獲物になってしまった氷織は抜かれ、カバソスは中央、狙いの王馬に向かって仕掛けていく。勝負は一瞬、完全にドリブルを意識していた王馬の間合いの外から、腰の横を通っていく超ロングシュートが放たれネットを揺らした。
自分の体をブラインドに使われたこと、ドリブルと決めつけたプレーをしてしまったこと、その他いろいろな反省の要素に舌打ちを打つと、カバソスが声をかけた。
『うん、そういう顔してるほうがまだかわいいよ。あっちの彼みたいにさ』
話しかけられると思っておらず、何を言っているのかは聞き取れなかったが、挑発を受けていることはわかった王馬は小さくスペイン語はわかんねぇんだよと悪態をついた。
2‐2
同点に追いつかれてのシーソーゲームになっていたこの試合だが、ここにきて動きが出ていた。ほぼマンマークで王馬につくルナはもちろんだが、それ以外のメンバーからの視線を肌で感じる王馬にルナがうれしそうな笑みを浮かべた。
『気づくだけでもさすがだね、でも快進撃もここまでだ。もうわかってるこのチームは君のワンマンチームだ。どれだけ頑張っても警戒するのは君だけでいい』
ルナは完全に一対一を集中しており、他のメンバーはマッチアップしているメンバーから離れることなく、パスコースを完全にふさがれている。
さっきのようにつぶしに来るような気配もない。
徹底したマンマークディフェンスで、王馬に逃げ場を与えない。ルナに勝てなければ、得点の気配はない。
一騎打ちを仕掛ける王馬を正面から迎え撃ったルナ、抜け出そうとする王馬をしっかりと捉えて、腕を使ってスピードを奪うと、クリーンなタックルでボールを奪いきった。
奪ってから手数をかけずに仕留めきるお手本のようなカウンターが、ゴールを奪いきった。
サイドのロキにボールが渡ると、一気に守備ラインを突破しクロスを上げる。ファーサイドにいるダダ・シウバが全員をねじ伏せてゴールをたたきこむ。
完全に止めようがないシュートをたたきこまれたことにより、ついに世界選抜にリードを許した。
3-2
ここから試合は少々一方的なものになる。
王馬がかけていた魔法の効果が薄れていき、王馬以外の人間に警戒する必要がほとんどないということに気づかれたことで一気に攻撃はうまくいかなくなる。
ゴールに近い位置でボールを持てなくなり、ルナの守備により羽をもがれていくかのようにプレーが窮屈なものになっていく。そうして彼を苦しめているルナが王馬にだけ聞こえるような声で囁く。
『君の能力の高さは認めるよ、でもロキ君みたいに一人ですべてをひっくり返せるタイプじゃない。君は俺と同じでレベルの高い中盤に支えられて初めて全力が出せるタイプだ』
ルナはそっと体を王馬とボールの間に差し込むと、そのままボールを奪いきり、独力でゴールを決めきった。そのゴールシーンをただ見るしかないブルーロックチームは、いくらボールを交換していても自分たちが力になれていないことは、同じ土俵に立てていないことは同じピッチに立っているからこそよくわかった。
4-2
試合がほとんど決まったといえるそのスコアから、王馬は攻め手を全く見つけられないでいた。
その状況を動かしたのは、ワントップの伊右衛門だった。前線から一気に下がってくることでマークについているアダム・ブレイクを背負う形になるも、この姿勢なら一瞬ボールを持てる。王馬がボールを素早く伊右衛門にあてた。
すさまじい勢いで潰しに来るブレイクの圧力に、伊右衛門はほとんどキープできない。だがそれでもボールを任意の方向に転がすことはできた。
狙い通りのプレー、だが精度があまりにも悪く、並走しているルナのほうが速くボールに触れる。そのゾーンに二子が飛び込んだ。泥臭いダイビングヘッドパスを受け取った王馬だが、まだゴールは遠く、ここでの勝負に意味はない。氷織にボールを預けると、ゴール前までスピードを上げる。そこにボールが届けられると信じて。
ボールを持って前を見た氷織だが、マークについたカバソスが王馬へのパスコースを完全に塞いでいた。だから氷織はここでもう一人の単独で勝負を挑める男にすべてを託した。
地を這うような低弾道のスルーパス。スピードを緩めることなくボールを受け取った雪宮だったが、彼から王馬へのパスコースもロキに消される。だが、ここで勝負できる人間だから自分が選ばれた。
雪宮とロキの1on1、ボールを二回またいだ雪宮が一気にスピードを上げて、縦に抜け出そうと試みるが、圧倒的なスピードで決して抜かせないロキを前に、雪宮は大きな賭けにでた。
王馬へのパスをフェイントに一気に中に切り込む。発想は悪くなかったが、そこにはブレイクがカバーに入っていた。ボールをカットしてからは一気にパスをつないでゴール前に、チームブルーロックのメンバーにはそれを追いかける力すら残っていなかった。
5-2
試合終了の瞬間を敵陣のゴール前で、王馬は今もまだボールが来ることを待っているかのように、動くことも座り込むこともなく呆然とピッチを見ていた。
同じ土俵で戦っていた。同じレベルで戦えていた、戦えていたはずだった。その結果が5-2、結局一度も相手の攻撃を止められずに、レオナルド・ルナにボールを止められた。この試合の敗因を挙げるとすれば何か?
伊右衛門も二子も氷織も雪宮も全員自分の能力以上の働きをしていた。決して勝てない相手でも最後には勇敢に立ち向かって見せた。彼らを敗因にすることはできない。この試合に勝てる可能性があったのは俺が世界選抜に勝てたからだ。だからこそ、その勝因を消した自分こそが敗因。
王馬はただ一人敵陣で立ち尽くし、この敗北を己に刻んでいた。
『うん、やっぱり君いいね。でも最後の場面では俺と勝負しないとだめだったね。ゴールに直接絡める位置を狙ったのはわかるけど、今回のメンバーだったらあそこで勝負することだけが道筋だったね』
ルナがゴールの横に置かれていた自分のスポドリを飲むと王馬のほうに差し出してきた。
『どうも、ありがとう』
片言のスペイン語で返した王馬のほうをじっと見つめながら、ルナは何度かうなずいてこの場に爆弾を落とした。
『王馬君だっけ、君レ・アールに来なよ』
そういうルナの顔は全く笑っておらず、本気の勧誘だということはわかる。だが、まだ17歳で正式にクラブに所属している王馬としてはどこまでも答えにくいその言葉に、いつも通り濁して逃げようとするが、ルナはそれを許さなかった。
『17歳、ってことは来年。絶対にレ・アールはオファーを出すよ、たとえ出さなかったとしても俺が出させる。必ず君の所属元の首を縦に振らせる、それがレ・アールだからね。そうなったらもう後は君の意思だけだ。だからもう一回いうよ、レ・アールに来なよ』
それは今までの冷やかしのような勧誘とは違い、本気の勧誘。チームに一定の影響力を持つスーパースターだからこそできる本気の勧誘に言葉を失う。そんな王馬を見てもルナはじっとその目を離さなかった。
『抜け駆けはよくありませんよ、ルナさん。』
そんなルナの後ろに忍び寄っていたロキが、どすの利いた声でくぎを刺した。
そんなロキにルナが肩をすくめてばれたかといわんばかりの表情を浮かべて振り返った。
『ただの世間話だよ。人生相談みたいなものさ……でも一つこれだけは覚えておいたほうがいい。君や俺みたいなタイプは優れた中盤のいるチームにしたほうがいい』
王馬の耳にはそのあとにうちには世界一の中盤がそろっているという言葉が続くように聞こえた。だが少なくとも言っていた言葉は案外間違っていない。王馬が最高のパフォーマンスを発揮するのに必要なのは彼がゴールに集中できる環境を作ってくれる中盤で、氷織、蜂楽、潔といった近いサッカー感を持ったパスを出せる選手がいるとき優れた結果を出していることからもそれは間違いない。
だが、結局この青い監獄でも誰も並び立てる者はいなかった。結局この世界選抜戦が終わるその瞬間までこのチームは王馬のワンマンチームで、チームメイトは己の能力を活かして王馬を支えゴールを決めたが、そこどまりだった。
目の前にあった扉を開けた今の王馬は、一気に成長してしまった彼は、同じピッチの上にいても孤独感を感じるほどに別の次元に到達してしまった。
この日、与えられた五人部屋で休む彼らの部屋からほとんど声が聞こえることはなかった。誰も王馬に話しかけることもできなかったから……