『”青い監獄”一次選考は5チームによる総当たりグループマッチだ。』
この場所に閉じ込められてから数日。簡単な身体能力計測やトレーニングを行う日々の中でチームZのメンバーも少しづつこの場所のことを理解し始めていた。そんな彼らにまた突然変化がやってきた。天井近くに設置されている液晶に映し出された絵心甚八の言葉に全員が耳を傾けていた。
『全試合終了後、上位二チームと解散チームの得点王だけが生き残れる。チームの勝利か、自分の結果か。ストライカーとしての本能が試される』
それはこれまでやってきたことが序章だと告げるファンファーレ、この場所に慣れなんてない。あるのは挑戦。その壁を乗り越えた先にストライカーが求めるものがある。
『これはサッカーをゼロから作る戦いだ。己を証明しろ青き原石よ』
試合までの残り時間、わずか……2時間。
王馬はまだ動揺が走る中、一番最初にここにいる人間の中で最も冷静で身体能力と反射神経に優れている伊右衛門送人に話しかけに行った。
「おい伊右衛門、この試合はひとまずお前がキーパーをやれ」
「……なんで俺なんだ、自分でやればいいじゃないか」
一番最初に出てくる言葉が否定でも反論でもない。そのことに自分の判断の正解に口角が少し上がる。
「バカが、わかり切ったことを聞くな。だが最初だから教えてやろう、俺はタッパが足りない、ここにいる人間でキーパーに適性があるのはお前に、我牙丸、久遠の三人だけだ。そして今できる人間はお前だけだ」
はっきりとした言い分に一瞬言葉を失う伊右衛門だったが、すぐさま否定の言葉をつなげようとしたが、それが音になる前に王馬がはっきりと言葉にした。
「お前しかいないんだ、頼む。この試合キーパーをやってくれ」
しっかりと目を見て他の視線もある中、深く頭を下げる。そういった行為がこの男には一番聞くという推測は見事に当たっていた。
「……はぁ、わかったよ。とにかくこの試合だけだ、そのあとのことはしっかりと話し合わせてもらう」
言質は取ったとばかりに顔を上げると、試合に向けて急いでほかの部分を埋めていく。
「感謝する。次だ、トップ下は俺がやる。国神、雷市、二人にボランチをやってもらいたい」
「ハァ、ふざけんなよ‼ 俺はCFに決まってるだろ。話を勝手に進めるなよ」
騒ぎ立てて反論する雷市に、黙りながらも反論の意思を視線で送ってくる国神にも完全な論理武装で反論を許さない。
「雷市、お前の繊細なボールタッチに走行能力は間違いない武器だ。長い距離を持ちあがり、ゲームメイクをこなし、フィニッシュする。それができるのはお前しかいないだろう。それと国神、お前のシュートレンジを考えればFWである必要は無いんじゃないか」
正面からの称賛にまんざらでもなさそうな表情を見せる雷市はもちろん、自分の武器を言い当てる王馬に驚きを示す国神は、結局それ以上反論はしなかった。
チームZの中心にはわずかな時間で王馬が立っていた。彼らは残された時間をしっかりと使って、急造だが意外としっかりとしたチームを作り上げた。
そのチームとしての完成度は試合開始と同時に現れた。チームZ対チームXとの試合が始まった瞬間、チームXの選手達が仕掛けたハイプレスを王馬率いるチームZはかいくぐることに成功していた。そのハイプレスにはしっかりとした連携はなく、簡単なパスワークだけで躱していく。
その中心で組み立てていくのはトップ下でプレイする王馬と左サイドハーフで起用されていた潔、この二人が近い距離を保つことで左側に寄ってしまった守備ブロックを潔の蜂楽へのスルーパスで切り裂いた。
一気に深くまで侵入し、二人のディフェンダーが待ち構える中へ切り込もうとしたとき王馬が厳しい声を向けた。
「戻せ‼」
一瞬きょとんとした顔をした蜂楽が戻したボールをダイレクトでクロスを上げた。
右サイドまでプレーエリアが流れたことで空いたスペースに後方から突っ込んでくる男がいた。不本意なボランチ起用だった雷市だったが、彼は大きく空いた守備のライン間に自分の得点を確信した。
ボールをクリアしようと来るディフェンダー二人を助走の勢いそのままに跳ね飛ばしながらヘディングシュートを放ち、見事にゴールネットを揺らした。
「おらあぁぁぁ!!」
全力で叫びながら喜びを見せる雷市がパスを出した王馬の所に駆け寄って飛びついた。
「ナイスパスだ、この野郎!! 次も同じように俺に出しやがれ」
「ちゃんとフリーになってたら考えてやる」
たいした喜びを見せているわけでもない王馬との熱量の違いは著しかった。
「お前らもだ。しっかりパス出してやるから、ちゃんと動け。そして俺にボールを集めろ」
チームZはもう既にどうやって、どういったプレーを目指してプレイするのかが統一された。王馬にボールを集めて、自分がゴールを決める。
そのために各自が動き出すチームZに対して、チームXでは何のヴィジョンもなかった。敗北の気配の前に、取り乱して自分勝手なプレーを繰り返すチームXの選手から簡単にボールを奪取する。
「やべぇ、ボール取り返せ!!」
奪われたボールを取り返し、あわよくば自分がゴールを決めようと突っ込んでくる選手達を前に、左サイドバックの千切までボールを下げることでチームZが対処する。
ゴールを決めたい連中がその勢いのままに千切にまでプレスをかけようとするのを見て、潔がパスコースを作りに中央に絞りながら降りてくる。そんな潔の後ろで指と視線で王馬が明確なコーチングを送っていた。
(裏に出せ)
その指示に従って浮き球のパスを無理矢理にでも前に蹴り出す。潔が前に降りてきたため、本来なら誰もいないはずのそこに王馬がフリーで走り込んでいた。
本来チームXでそこを守っていた選手は、目の前の潔が降りていったことでつり出されてしまい、そこは巨大なフリースペースになって居た。多少雑になって、追いつくのは難しいかと思われたパスだったが、王馬は難なくそれに追いつくと完璧なトラップでアタッキングサードまで加速しながら運んでいった。
それに呼応して津波のように流れ込んでいくチームZのストライカー達によって、ピッチ上は完全に混乱に包まれる。ワントップの位置に起用されている臥牙丸はクロスに備えてゴール前でポジション争いを始め、右サイドハーフに起用されていた蜂楽はファーサイドに詰めていく。結果としてスペースを作るための囮になってしまった潔も左サイドを駆け上がっていく。
「俺に出しやがれ!!」
全員にある程度マークがついていて、フリーになって居る人間がいない状況に後ろから駆け上がってきたのは先制点を決めた雷市だった。ディフェンダーの間を狙ったダイアゴナルランをしながらパスを要求する雷市は、確かにゴールを決めそうな雰囲気はあった。ただしその後ろでしっかりとフリーになっている選手を王馬が無視する程ではなかった。
マイナス気味のサイドへのパスに味方のストライカーだけでなく、チームXのディフェンダーも予想外で動きが固まる。
「ナイスパス」
猛スピードで駆け上がる雷市につられたディフェンダーが開けたスペースにしっかりと侵入していた国神にとってはもう既にそこは射程圏内だった。
完全ドフリーの状況から振り抜かれた左足は、ディフェンダーの間をすさまじい弾道で貫いてキーパーの反応すら許さずにネットを揺らした。
ゴールの喜びを表す国神とそのアシストをした王馬に雷市が文句を言わんと近づいてくるが、彼が口を開く前に王馬が掌を向けて黙らせた。
「今の場面、お前はディフェンダーを振り切れてなかった。それが全てだ、文句は受け付けない」
そう断言した王馬に対して、まだ何か反論をしようとする雷市だったが、そんな彼らを遮って大柄な男が話しかけてきた。
「さっさと戻れよ、再開できねぇ」
威圧感を与えるその男の言葉を受けて、チームZのメンバーが遅延行為で反則がとられでもしたらたまらないと自陣に戻っていく中、その男は王馬に話しかけてきた。
「支配者気取りのそのやり方で、王に成ったつもりか?甘ちゃんだな」
「王になったつもり?……当たり前だろう。ピッチの上では俺がキングだ」
「よく見てろ、お前のやり方じゃ王にはなれねぇ」
そう言い切る背中には、確固たる意思があった。広げた大風呂敷を彼はしっかりと回収して見せた。
キックオフと同時に仲間からボールを奪い取ると、そのまま猛スピードで前進。見た目通りのフィジカルでボールをキープしながら、すさまじい勢いでゴールに迫っていく。パスはないと確信して囲みに行くが、見事な股抜きでそれを躱すと右足一閃でネットにゴールを突き刺して見せ、王馬を無言で指さした。
全く異なるマニフェストを掲げる王様が二人、ピッチの上で王様でいられるのは一人。生き残りをかけた激しい戦いが始まった。
2-1で王馬率いるチームZが一点リードしているが、先ほどまであった絶対にチームZが勝つと行った流れはなくなっていた。
王馬と馬狼の二人を中心にした2チームの戦いは、好き勝手に動く馬狼のために走り続けるチームXが当初主導権を握った。一番大きな理由はメンタル的なモノだろう。2点リードして勝利が見えてきたチームZと敗北が見えてきたチームXでは必死さが違う。
サッカーの世界にある“2点差が一番危ない”という言葉を体現するかのように、一点を詰めた勢いそのままに仕掛けられた捨て身の攻撃を受けて混乱に陥っていた彼らだったが、結局ゴールだけは割らせなかった。
チームZはボランチの雷市とセンターバックとして起用されていた五十嵐がマンツーマン気味に馬狼につくことでパスコースを切るアンチフットボールで馬狼の存在感を消して見せた。しかしチームXも同じように王馬を消してきたため試合は膠着。どちらも決め手に欠けて攻撃は淡泊で散発的に終わった。序盤の壮絶な打ち合いから一転、まともなチャンスもないその展開は結局前半終了まで続いた。
前半終了時点で2-1、この試合を観戦していた絵心にとっても予想外の拮抗ぶりだった。
もしもここで追いつけていればこの状況は変わっていたかもしれない。チームXのベンチでの雰囲気はまさに葬式のようだった。一点決めてイケイケの展開のまま終えた前半の代償は大きかった。多すぎる上下動、無理な切り替え、そして何より馬狼のフォローで選手の多くが疲れ果てていた。
逆にチームZの選手がいるベンチでは活発な議論が行なわれていた。この後の作戦やポジションなどを大まかにだが話し合って決めていく彼らの姿を相手と見比べて、マネージャーのアンリが質問し、絵心は大きく笑った。
「何がここまでの違いを産んだんでしょう?」
「エースの違いだよ。チームに無理をさせる馬狼とギリギリを求める王馬、似ているようで全く違う。彼らは両方とも守備はほとんどしていないが、ボールをほしがり、好き勝手動く馬狼と違い、王馬は前線に残ってるしこまめにポジショニングを修正してる」
「それだけでここまでの差を生むでしょうか?」
「もちろんそれだけじゃない。チームXは得点によるアドレナリンで頑張りすぎたのも大きいだろうね。でも結局あの展開で点を取れなかった馬狼としっかり得点を生み出した王馬の差がこの雰囲気の差だよ」
そう言って笑う絵心の姿はアンリが思っていたモノとは違った。絵心はもっと馬狼を評価すると思っていた。この中では彼が一番絵心の求めるストライカーだと思っていたからだ。王馬のこう言ったゲームメイクやファイナルサードでの決定的な仕事のようなモノは、得点を決めるストライカーには不純なモノだと絵心は切って捨てるはずだった。
そしてこのアンリの感覚は間違っていなかった。確かに絵心は前半の最初の部分だけならばそう考えていただろう。しかし、二人がかりで試合から消されようとしていたとき、チームメイトが感じることさえできていたら確実にゴールを決められたであろうシーンが散見されていた。感じ取ってもらえないからああやってプレイしている。テクニックは上々、フィジカルも問題なければ、サッカーIQは抜群。ほかの選手を圧倒するポテンシャルの大きさに期待値は大きく膨れ上がっていた。
そんな絵心の期待をよそに始まった後半戦、互いに選手のポジションをいじってきた両チームだったが、そこから読み取ることのできる意図には大きな差があった。
チームXは中盤に人を増やして、ボールの保有率を高めるとともにディフェンスで刈り取る場所を明確にしてきた。チームの意思と戦い方の統一を図った馬狼はワントップとしてプレイしていたが、そんな彼に対してチームZは前半ワントップとしてプレーしていた我牙丸をぴったりとつけることで対応した。
後半の立ち上がり、中盤の人数が増えたことでスペースが消えてしまい、ロングボールが飛び交う落ち着かない展開になる。
この展開からボールを奪い同点弾を叩き込む。自分の個人技に圧倒的な自信を持っている馬狼の計算通りに進んでいた。行き詰まった展開に大きく蹴り出されたボールが自分の近くに飛んでくるのを見て、馬狼にゴールまでのイメージが湧いてきた。
センターバックの選手を背負いながら、ボールをしっかりと収める。その後一気にターンして自分のゴールゾーンへと切り込んでいき、右足を振り抜く。頭に浮かんだ完璧なイメージを実行すべく、まずはボールを収めようとして背後にいるはずの選手の姿がないことに気づいた。
ぴったりとついていたはずの我牙丸の姿はなく、予想していた場所の外側からいきなり飛び出てきた。
我牙丸の武器はその身体能力と反射速度だが、ほかにはないという意味ではそのセオリーを無視した積極性だろう。野性的とも称されるその積極性は、経験豊富で論理的なFWだからこそ理解不能なものになっていた。我牙丸がクリアしたボールをサイドバックの千切が拾った瞬間、潔と王馬の視線が交錯した。
2点目と同じ形、その上でフィニッシュの位置を自分に持ってくる。そのために潔がポジションを下げることで左サイドを、ゴールから“遠ざかる”左サイドを開ける。
ロングボールの応酬、ハイプレス、全員がゴールを狙うストライカーという環境、その全てが影響して左サイドに開いていく王馬の足下にピタリとパスが通る。
潔、雷市、国神を中心に一気にゴール前にストライカーがなだれ込んでいく。チームXの守備陣の脳裏に2点目の失点が浮かび上がってくる。中盤を開けることはできないとパスコースを塞ぎ、裏抜けするアタッカーについて行く。
「くそっ」
「邪魔だ」
「チッ」
それぞれが自分の目の前のコースを防がれて各々悪態をつく。流れ込んでくるストライカーを気にしすぎた結果、その結果大きすぎるスペースが王馬の目の前に生まれた。
「ボールホルダーを開けるやつがあるか、間抜け」
カットインして振り抜いた右足、完璧にコントロールされたボールが冗談のように曲がってゴールのサイドネットを滑って入った。キーパーも、ディフェンダーも触れない完璧なコースへのキックのあまりの美しさに誰かの息をのむ音が聞こえた。
「どんな形であれ勝ち、もし負けるなら美しく。それが俺の帝王学だ。残念だが馬狼、俺とお前とじゃ格が違うよ」
挑発的に言い捨てられたその言葉に馬狼は反応しなかった。額に青筋を浮かべ、拳を握りしめながらも彼は何も言わずに、試合をリスタートさせた。王馬はその姿を見て一つ息を吐いた。試合はまだ終わらない。