三次選考 第一試合のチームAとチームBの試合を見ている絵心は違和感を抱えていた。
青い監獄の中でもトップクラスにサッカーIQを持っている王馬と糸師凛、この二人の化学反応は起こりやすいだろうと予想していたが、なかなか思い通りに行かない。
特に王馬のプレーが確実に世界選抜戦から変わっている。ボールを持っている姿勢やポジショニング、そして何よりもドリブルという選択肢をとる気配がない。一体何を考えているのか?
彼が世界のトップクラスのストライカーとの試合で何を見たのか、何を感じたのか、そして何を得たのか……
それは唯一無二の武器か?自らを縛り付ける呪縛か?見極めなければならない。この才能を地に埋もれさせるようなことはあってはならない。指導者として導かなければならない、絵心は些細な変化も見逃さないようにじっとモニターに映るプレーを見ていた。
王馬から凛へのパスで試合を再開すると、チームBが今までとは違う守備を見せた。
二子が王馬にマンマークで守備につくことで、捕まえにくいポジションを取っている王馬をデフェンスの網の中に捉える。守備システムが変更されたことにより、凛のボールのだしどころが失われていく。
斬鉄と鰐間はそれぞれ良いところを出しているが、残念ながら凛とのパスワークには参加できていない。糸師凛とのパスワークに参加するためには一定のテクニックと戦術理解がいる。現状ピッチ上でその二つの条件を満たしていた潔と王馬という人間が全員マンマークで潰された以上、凛に求められるのは1対1の強さ。
そして彼はブルーロックランキング2位の強者。パスワークでこの地位を築いたわけじゃない。自分のマークについてくる士道を前に、抜け出そうと仕掛ける。凛は自身の僅かな動きに反応する士道をじっと見つめていた。その目は獰猛なハンターのようにしっかりと獲物を捕らえていた。
凛が士道の重心の変化を見逃さずにその逆をつく、士道が身体能力の高さを見せて逆をとられたところから追いつくが、態勢が整う前に怒濤の仕掛けを見せて完全に抜ききった。完全に左右に振り切られた士道がこけかけたことで手を地面についた。
士道が凛に負けたこの1対1の結果を受けて、両チームが一気に動き出す。
ここまでの試合の流れから鰐間は一つの結論を出していた。この場にいる10人の中でおそらく1番自分が能力が低い。スピードもパワーも、視野の広さもテクニックもこの場にいる人間に勝てている部分はおそらく無い。しかし、そう言った選手が活躍できないという事では無いという事も鰐間は知っている。
ボールを持って敵陣に切り込んでいく凛に、合わせようとする潔、彼ら二人の連携が仕上がっているのは見て取れていた。だからこそ、烏のマンマークで消えかけている潔を試合に戻す。そうすることで自分のゴールの確率が高まる。どこまでもエゴイスティックな理由で行なわれた利他的な行動は、マークマンを引き連れて密集地帯を作ることで、視野の広さとオフザボールの鋭さが求められる混沌が生まれる。
烏の視界にはボールホルダーの糸師に、マークについている潔、更に鰐間が入ってきたことによりそのマークマンの入ってくる。
状況を処理する上での障害物は、そのまま現実での障害物になる。
鰐間の走行ルートで糸師のドリブルルートが開く。
糸師のドリブルを潰しに行けて、なおかつ潔のパスルートを潰すポジショニングを徹底して意識した烏だが、彼の予想に反してパスがマイナスに出される。二子にマークされながらもボールを受け、判断の時間を与えないロブパスが送られた。
行き先はゴール前、キーパーが出てこれないギリギリのライン。
走り込むのは潔と斬鉄に千切。最も近い場所を取っていたのは潔、しかし凄まじいスピードで詰めてくる。
(まずい、追い付かれる。ここまで読みどおりだったにもかかわらず、スピード不足で全てが無に帰す!!)
潔が心の中で自分の能力不足に嘆いている間に、二人が追いつく。
必死に足を伸ばし、シュートに挑戦したが、千切にブロックされる。ラインを割りかけたボールを斬鉄が追いついくと、ゴール前に多くの選手が流れ込んでくる。
二子を引き連れた王馬も同様で、空中戦で戦うのを嫌った王馬だけパスを受け取れるようにマイナスの位置に流れていく。速いクロスを入れようとしていた斬鉄だが、腕を大きく広げてボールを要求する王馬を見てパスを選択した。
トラップ際を狙って後ろから追いかけてくる二子を、ワンタッチで裏側に出すことで抜いていく。ストリートやブラジル人選手がよく使うドリブルテクニック『裏街道』、絶妙な蹴り出しの高い精度を要求されるが、王馬のテクニックならそこまで難しくはない。
簡単に抜けた王馬は、ゴールキーパーの位置を確認すると迷いなくニアサイドをぶち抜く弾丸シュートを放った。
キーパーの腕を吹き飛ばしながらネットを揺らした王馬、士道のような強引さとパワフルさという今まで見せなかった部分を見せ始めた王馬だが、この試合に入ってから自分のスタイルを完全に失っていた。
パス、ドリブル、シュート、その全てで違いを見せながら、そのプレーに一貫性がない。新しい挑戦とも言えるかもしれないが、これまでの王馬ならこのような強引なシュートは打たなかっただろう。コースを狙ってキーパーもディフェンダーも届かないように流し込んでいた。
世界選抜戦は王馬のこれまでのサッカー選手として積み上げてきた物を壊していた。絵心の見込み通り、世界の広さを知るという経験を積んだことは大きかった。だが彼にとっては大きすぎた。王馬というサッカー選手のアンテナはあまりにも鋭すぎた。多くの物を感じ取り、自分の殻を壊した。普通の選手ならここからこれまでの自分に積み上げていく。しかし、王馬という選手の才能はいまその殻を破ったことで見境無く広がり続けていた。
その意識はこれまで積極性を見せることが無かった守備にまで行き渡っていた。
それがプレイに出た。二子がボールを持っているタイミングを狙って、ボールを奪いきった。自分は烏にマークについていながら、潔がコースを限定した瞬間を見逃さなかった。
腕を入れて、腰を間に差し込んで完全にボールを奪いきる。チームの展開力を担っている烏を完全にフリーにしてしまいながら、そのリスクを喜んで犯していた。危険なポイントをがら空きにしながら、そこに勝機を見いだしていた。
ボールを奪った瞬間攻撃のスイッチが入る。こう言ったショートカウンターではスピードが生きてくる。フォローに入ってくる千切が二子と挟み込む形でボールを奪いに来るが、簡単に逆をつくような形で抜いて行く。スピードの違いを生かして追いついてくる千切だが、腕を間に入れて完全にシャットアウトする。そして千切が王馬について行った以上斬鉄が完全にフリーになってしまう。
ピッチ上を切り裂いていくスルーパスが斬鉄の元まで届けられる。パスを受け取った斬鉄はとにかく縦に仕掛け続ける。ディフェンスラインをぶち破り、そのままシュートを塞ぎに来る守備を躱すようにマイナスのパスを送った。そのパスを受け取った王馬は、ゴール前に走り込んでいた凛の裏側に走り込んでいた潔に浮き球のパスを送った。
王馬が何故そのパスを送り出したのか? 1番良かったのは潔の動き出しのタイミング、これまでの潔よりも1歩速い動き出しが産む余裕は大きい。その上ここまでの展開から危険度をよく理解されていた凛は完全に警戒されていたが、その凛の影に隠れた潔がゴールを決めることで試合は4-2、勝利にリーチをかけた。
潔世一は考えに考え抜いて、答えを導き出していた。そしてそれが正しいと思っていた。だがその自分の中で出した絶対とも言うべき答えを得てから、王馬と一緒にプレーしたことで疑問が生まれ、そして一つの確信に変わった。王馬はそこまで考えていない、考えていないとできないようなプレーを見せているが、考えているような時間が一切無い。考えて、考えて、考え抜いたその先に、考えるよりも先に体が動き出す。そんなプレーだ。
それはサッカーに費やしてきた時間の差、すぐさま埋まるようなものではない。しかし、糸師に連動した動き出しは世界選抜の後ずっとイメージをしてきた。だからこそ、このシーンではほとんど反射で抜け出していた。
ゴール以外の部分も好き嫌いなく求めだした王馬という怪物に、どこまでついて行けるか?
未だに進化を続けている王馬に、凛が、潔がどこまでついて行けるのか?その答えはまだ分からないまま、この試合は終わった。
ボールに触れない、ゴールも決められない展開に士道がしびれを切らした。ボールを受け取りに下がってきた士道に連動するように、烏が裏側を狙う。千切と二子が士道がボールを持ったタイミングを狙って動き出す。
彼らは皆、士道というプレイヤーのことを正しく理解していなかった。
思うようにプレーできない苛立ち、自分がゴールを決めるんだという強烈なエゴイズム、彼の頭の中にパスという選択肢はなかった。目の前の糸師凛との1対1、それしか頭になかった。抜きにかかる士道と、激しいチェックを入れながらサイドに追いやっていく凛、五分五分の状況でサイドに流れていく結果は凛の計算通りだった。
鰐間がもともといた場所に突っ込んでいく形になった士道が、挟み込まれる。絶体絶命のその状況から、無理矢理にでもボールを残し、ゴール前まで抜け出そうと試みる。それを実行できることが士道の高い実力を見せているが、それでも僅かにコントロールミスはどうしても生じてしまう。ボールが浮き上がり、タッチが長くなってしまう。そこを斬鉄が狙い澄ましてボールをカットする。
完全に前掛かりになってしまっているチームBがボールをカットされたことを受けて、必死にボールを奪い返そうと陣形を崩しながら守備に移る。
即席の守備陣形は密集していたチームAの攻撃を一瞬食い止めることに成功する。こういった即時奪還から逃れるためには細かいパスなどを繋ぐ逃げ方、そしてもう一つが狭いスペースを苦にしないドリブラーの突破、この二つが挙げられるだろう。この場面でチームAにはこの陣形を突破するアイデアを持っている人間が揃っていた。
糸師凛、潔世一、王馬翔の三人のパスワークに鰐間が連動してプレスを躱していく。横に振られていく中で陣形に綻びが生じていく。ポイントは斬鉄のスピードに警戒を切れないという状況。おそらく意図せず産まれたその偏りを見事に王馬が突いた。
守備陣形を突破した王馬を逃がすまいと烏が食い下がってくる。
「さすがにここは通せるかい!!」
腕でしっかりと進路を塞ぐことで時間を稼ぎ、何とか立て直しを図るが、その時間を作ることは許してもらえなかった。
体を引っ張られて体幹がぶれてしまっている状態だが、凛の動き出しを見逃すことはなかった。
凄まじい勢いの低いクロスがピッチ上を這うようにゴール前まで届けられる。ギリギリキーパーとの間に落ちるようなそのボールに凛だけが追いつく。
まるで自分の兄である糸師冴から受けてきたクロスを彷彿とさせるボールに少し驚いたような表情を見せながら、スライディングシュートでボールをネットに押し込むと、凛はそのまま王馬の所に来ると無言のまま手を挙げることでハイタッチを要求した。
王馬はきょとんとしながら手を挙げると、その掌を糸師に強く叩かれて思っていたよりも強烈な痛みに手を振るジェスチャーを見せる。
照れているのか何も言わずに去って行く凛を見送って、次の試合までの時間が6時間あることを確認した。
「ちょっとは認めてもらえたかな」
ここからほとんど6時間おきに試合を行ない続ける地獄のようなスケジュールを考えると、ペアになる糸師との関係性はよくしておくことにこしたことはない。成長を肌で感じている今、くだらないことで悩みたくない王馬は友好的な関係性を築けていることに満足していた。
次の試合は雪宮、乙夜の率いるチームC。1対1の強さとオフザボールの巧さというわかりやすい武器を持つ二人に対して、糸師も王馬も全てにおいて高いレベルを持つ万能型の二人の戦いのポイントは誰の土俵で戦うのかという所だろう。
全員が試合を行なうため、トップシックスの人間は何度も試合を行なうことを求められる。チームBとチームCは3試合、チームAは4試合をこなすこのスケジュールは体と頭のスタミナを削られていく。最後の最後に出るのは最も慣れ親しんだプレースタイルだ。小手先の技術や意識は剥がれ落ちる。
そこに出てくるのは一体何か?それはそのときまで分からない……