波乱の予感
上等なホテルの一室、白を基調としたその部屋で真っ白なジャージを窮屈そうに着ている王馬は一番後ろを陣取っていた。
周りにいる連中はアンダー世代として代表に選ばれている正真正銘のエリート達だが、その半分ほどが顔見知り。何でここにいるのか、ほんとにこいつと一緒に試合をするのか、と遠巻きに様子を見てくるだけの連中の視線を、一切気にすることなく前に立っている監督の話を聞き流していた。
これからの日本サッカーを背負っていくエリート達の前に立っている男は法一保守。U-20の監督を務めるこの男は一言で言えば無難な男だった。耳なし法一といわれるように周囲の雑音に流されることなくチームを運営するが、スポンサーの意向などをしっかりと受け止めることのできる大人の事情を理解できる監督である。
監督としての実績を見ても、充実した戦力を決められた通りに運用することで安定した結果を残してきていた。見方によっては名将と言えるだろう。ただし勝負師でも策士でも戦略家でも、残念ながらモチベーターでもなかった。
絵心という狂気的な光を見せる指導者を見た後では物足りない。彼の言葉は王馬の耳をただただ通り過ぎていった。
「決戦は2週間後。そして今回待望の初招集選手が糸師冴選手だ」
大げさに紹介する監督とは対照的に、選手の多くは値踏みするかのように糸師冴を見つめていた。ただ中にはこのような場所に呼ばれることになれておらず、浮かれている連中もいる。そんな彼らは純粋にテレビの向こう側の選手である冴に年相応の浮かれた声をあげた。
「すっげー本物じゃん」
「マジで一緒にできるの、感動なんだけど」
浮かれている彼らとは違い、落ち着き払っている代表常連組は興味なさげに見る物や、ほかの所に注意を持って行かれている物に分かれていた。
「いけ好かない王子様って感じだろ」
「おい、止めとけ」
代表チームで常にエースとして戦っていた閃堂の言葉に部屋の空気が少しひりつく。彼の言葉はそこまで大きいものではなかったが、室内によく響いた。隣に座っていた男が止めに入ったが、既に全員が聞いてしまった以上それに対する本人の返答に注意がいく。そんな中後ろからあきれたような声が聞こえてきた。
「相変わらず口が軽いね、閃堂」
「黙ってろよ、おまけが」
王馬の一言で閃堂は額に青筋を浮かべながら、強く言い放った。その姿を見て肩をすくめた王馬は口元に笑みを浮かべており、その態度が閃堂の感情を逆撫でした。更に言葉を続けようとした閃堂を遮って監督が場を取り持った。優等生なコメントで状況を収めてくれることを期待して糸師冴に話を振ったが、その行動は残念ながらすぐぬ裏切られることになる。
「俺とサッカーをできることをありがたく思え、そして俺をいらつかせるな。以上だ」
彼にそう言った日本人的な同調的行動を期待するだけ間違っている。彼の落とした爆弾は一気に室内を駆け巡り、浮ついた態度だった連中すら眉をひそめた。そんな発言を既に切れていた男が見逃せるはず無かった。
「なめんなよ、天才君。俺は一部でレギュラーフォワードやってんだ。現時点では俺の方が上なんだよ」
「……だからなんだ。国内で精一杯頑張って、海外移籍に失敗する。選手キャリアが失敗に終わっても、芸能人とでも結婚して幸せだと自分に言い聞かせる。精々それぐらいの選手のお前と、世界一しか興味の無い俺とは欲の深さが違うんだよ」
断定的なその言葉に怒髪天をつきそうになった閃堂に更に王馬が追撃を加えた。
「外国人選手の契約に失敗して、同じポジションに怪我人がでて、アカデミー卒だったから使ってもらってる分際で騒ぐなよ」
「二部リーグ程度で浮かれてんじゃねぇよ!!」
「その二部チームにカップ戦であっさり負けたんだろ」
「てめぇ!!」
「はいはい、ストップ。その辺にしとけふたりとも」
ヒートアップした閃堂が襲いかかろうとしたそのとき、キャプテンのオリヴァ愛空が間に入って止めた。
「ピッチ上の結果で示せば良い。王馬も糸師冴も順序を守れよ。まずはプレーで信頼を勝ち取れ。後ろは俺らが守ってやるから」
これまでこの世代の日本代表を支え続けた堅守の守備陣。ブルーロック自慢の攻撃陣と相対することになる彼らの姿には、これまで超えてきた戦いの数から見える自信がみなぎっていた。
盤石のディフェンス陣と、新加入選手の影響もあり問題だらけの攻撃陣。対照的なこの二つは次第に大きなゆがみを生み出し、解決の兆しなど一切見えていなかった。
試合を前にようやくキャプテンが問題解決に重い腰を上げた。彼自身、王馬や糸師冴の態度などは問題だと思っていたが、練習などを見ればレベルが違うのが分かる。彼らを中心にチームを作るべきだという事など一目瞭然なのだが、それを受け入れられないチームメイト達こそ問題だと彼は考えていた。しかしだからといってあいつらを中心にしようなどと言ったらチームは間違いなく崩壊する。
膨れ上がったプライド、思い上がり、そう言った物を壊すには良い機会だと考えた愛空は、自分自身が思い上がっていた事に気づかずに一計を案じた。
「……待ちなよ天才チャン。ちょっとした話があんのよ」
試合前日、練習が終わってからも自分の体を確かめるように体を動かした糸師冴の帰りを待っていた愛空だったが、自分をスルーして返ろうとする彼の腕を掴んだ。
「チッ、手短に話せ」
「あ~、言いにくいんだがな、見たら分かるだろうが王馬と代表メンバーの仲はかなり険悪だ。オタクが連れてこなけりゃおそらくアンダー世代じゃ招集されないぐらいにはもめたし、干されてた」
「知るか、この国であいつ以上のストライカーがいるか?」
こちらの言いたいことを理解しているのだろう。先回りしてだから一切問題ないだろう。言外にそう言っているのが聞こえる気がした愛空はどう説明した物かと頭をかいた。
「気持ちの整理はそう簡単につくもんじゃねぇのよ。サッカーが11人でやるスポーツだっているのは分かってるだろ」
「……何が言いたい」
「王馬を試合に出すな。あいつなしで試合に挑め。……まだ準備ができないのよ」
「……好きにしろ。ただもう一度言うが俺を失望させるなよ」
「あいあい」
お互いに腹の中に抱えながら、それぞれの思惑を乗せて試合が始まる。
負けたら全てが終わる。濃密で永遠に感じる一瞬。人生をかけた大勝負にふさわしい舞台が幕を開けようとしていた。