ブルーロックメインスタジアム
5つのトレーニング施設の真ん中に作られたメインスタジアムは、サッカー専用スタジアムとして十分すぎるほどの収容量を誇る。この試合も糸師冴の名前でかなり広告されており、日本のサッカーファンの興味を引いていた。
スタジアムを埋め尽くさんばかりの観客の多くは日本代表のユニフォームを着ており、タレント揃いと形容されるこの世代にかかっている期待を表していた。
ただし、その試合展開は多くの人間にとっては予想外で、ブルーロックの関係者はまさに予想通りの展開だった。
ベンチに座らされている王馬の目から見ても問題は明白。完全に研究と対策が完全に効いており、練習から雰囲気が悪かったことで、攻撃陣の連携は未熟。守備面での連動はバラバラも良いところだった。
鉄壁を誇っていた代表組はトップ下の糸師冴の周囲が弱点になって居た。
ブルーロックがボールを持つ時間帯が続く。ポゼッションの中心になっているのはボランチの氷織と烏、センターバックの真ん中、通称リベロのポジションを任された雷市が連携をとることでボールを回していく。
何度か代表組がボールを奪う場面も見られたが、徹底した糸師冴へのマークとハイプレスで即時奪還もしくは……
「閃堂!!」
高い位置をとっているウイングバックの裏側を狙って動く閃堂を狙って、ロングボールが蹴り込まれる。狙いは悪くないが、そこはブルーロック側も織り込み済み。閃堂の肩に伊右衛門の腕が乗せられ一気に飛び上がると、ボールを弾き返す。
セカンドボールを素早く回収した氷織が烏とのワンツーで前を向いたとき、王馬がベンチで舌打ちとともに呟いた。
「まずい」
ブルーロックチームが攻撃のスイッチを完全に入れた瞬間だった。
トップ下の潔が降りてくる形でワンタッチ、更に氷織が前に進むと、もう既にそこは射程圏内。ゴール前を目指すツートップに引きずられる形で、センターバックの二人は真ん中で釘付けにされる。氷織の目標はその奥、爆速で上がってきている千切。
前線にいる人間をすっ飛ばしたワイドな攻撃で一気に敵陣深くまで侵入する。サイド深くまで侵入した千切にはさらに深くまで進むか、中に切り込んでいくのかの二つの選択肢を持つ。
千切の速さを考えると縦のルートを塞ぐのがセオリーだが、アンダー世代代表センターバックの音留もまたスピードに自信を持っている。そのためサイドに切り込ませずに縦に誘っていた。
「スピードに自信あるんでしょ? ほら、行きなよ」
「八ッ、サイドの直線スピード勝負。そこで負けるわけにはいかねぇんだよ‼」
一瞬の瞬発力をつかさどる互いの大腿四頭筋に激しく酸素が回っていく。力みと脱力、瞬間の勝負駆け引きなんてない。どちらの方が速いのか? 純粋なプライドバトルの火ぶたが切って落とされた。
大きくけりだされたボールがライン際すれすれを転がっていく。ゴール前で待つ仲間たちにボールを届けるために千切の工夫が光った。ゴールから離れていくかのような蹴りだしは、ほんの一歩分だが攻撃側に有利に働く。
スピードではほぼ互角。音留の腕が千切の肩にかかるが、その動きを止めることはできていない。自分と同じレベルのスピードのある選手と戦った経験があるかどうか。そこが勝負の分かれ目になった。
左足であげられたクロスが一気にゴールに迫る。ゴール前は長身選手たちが体をぶつけあい陣地を取り合う中、トップ下の潔はファーサイドに流れ、士道は真ん中に無理やりにでも入り込んでくる。中盤の人間もゴールに迫っていく中、糸師凛は一度あえてスピードを落とすことで守備陣の隙を探していた。
つり出されたサイドバック、中央で待ち構えるセンターバックのその間。大きく空いたそのスペースこそ、ヤバい方、壊れる方。思い描いていたボールではないが、全力で飛び込んで、必ず触る。泥臭く、ぶさいく、だがこれぞセンターフォワード。ブルーロックチームの衝撃の先制点が飛び出した。
衝撃がスタジアムを駆け巡り、歓声と拍手の振動が肌をたたく中、代表組のベンチでは監督が顔を蒼くしていた。大きく飛び上がって喜びを表しているブルーロックベンチのアンリを横目に、絵心は代表ベンチの選手たちを眺めていた。
「落ち着きなよアンリちゃん。王馬が出てくるまでははっきり言って余興だよ」
その目に映っているのは厳しい顔をしている王馬の姿。絵心がこれまで出会ってきた中で間違いなく一番の才能を持っているこの男は何者にだってなれるだけの才能を持っていた。
多くの若者たちをここまで導いた。ブルーロックメンバーの多くがこれからの日本サッカーを支えていけるはずだ。だからこそ最後に残った大仕事。それこそが王馬翔と糸師冴の二人が日本の未来だと内外から認めさせる。
そのためにも今やるべきことは王馬を引きずり出す。明らかな弱点を抱えている今の段階に圧倒し、点差を広げる必要がある。
絵心はベンチから立ち上がると、ピッチのすぐそばまで歩いていった。
ブルーロック側の猛攻は続く。ボランチの二人を中心にボールを回していく展開。だがその中でも糸師冴の才能が光る場面が到来する。
士道に縦パスを入れようとした瞬間、ボールホルダーの烏に糸師が激しく体を寄せる。自由にボールを回されることを割り切って縦パスを狩ることに集中する。接触の影響で多少乱れたパス。それで十分だった。
ボールを治める士道。背中に仁王という大型センターバックを背負う形になっているが、そのプレッシャーをものともせずに反転し、そのままシュートに行こうと試みた。そこを完全に狙ってボランチの颯が寄せる。完全に挟み込まれた形からでも無理やりに抜こうと体を押し込むが、ボールはオリヴァ愛空が回収した。
ファーストディフェンダーとしての激しい寄せを行った後、すぐに動きなおし、愛空がボールを奪ったときには既に攻撃に動き出していた糸師冴にボールが入る。
カウンターアタックに備えていた氷織が烏が戻る時間を稼ぎ、挟み込む形で対応する。この形はもともと想定済み、まだ絵心甚八の想定からは逸脱していない。だが、対面する氷織の背中には冷や汗が流れていた。動けば抜かれる。観察されていることがよくわかる。下がりながら時間を稼ぐ。決定的な仕事はさせない。その意識が功を奏する。
烏のプレスバックで糸師冴を完全に挟み込むことに成功し、その姿にフォワードの閃堂は足を止め守備に戻ろうとした。しかし、糸師冴はいくつかのフェイントで二人を分断し突破して見せた。ここで裏側に抜けていくフォワードがいるチームで戦ってきた。戻ろうとする閃堂に苛立ちを隠すことなく舌打ちした。
完全に数的不利な状況、それでも圧倒的な質の差は埋めがたい。特に守備陣は即席の代物、高さや強さを重点的に選んだ面子だ。糸師冴の相手はできない。
キープではなくドリブル突破。ブルーロック側としては最悪の選択だが、守備陣には一つの共通の認識を持っていた。左足のシュートコースだけは絶対にあけるな。それを強く意識し伊右衛門のアタックに雷市がカバーを取る。それをものともせずに糸師冴は突破していく。
視線と体の向きによるパスフェイクで逆を突き、カバーリングに突っ込んできた雷市のスライディングをチップで躱した。会場中から杞憂の無用な音が聞こえる。がら空きのシュートコースそこを塞ぐべく千切が体を投げ出した。だが、糸師冴はそんな千切の横を縦に進んでいく。角度がない、左足への持ち替えもできない場所で糸師冴は右足を振りぬいた。
強烈なドライブ回転がかかったシュートは全力で飛び上がった我牙丸の指先を超えて、ゴールに入る前に十兵衛にクリアされた。ほとんどライン上でのクリアに会場は絶叫と歓喜、驚きで包まれ凄まじい音が鳴り響いた。
やはり糸師冴は凄い。あんなプレイができる日本人が出てきたんだ。そんな言葉が興奮した声で聞こえてくる。このときはじめてブルーロックチームは実感した。この試合の主役は糸師冴で、俺たちの先制点は演出にしか過ぎないのではないかと考える観客を前に自分たちがいるのはアウェイなんだと。
しかし、敗北を予感しているものは一人もいなかった。その理由は濃厚に漂う得点の香り、結局この場にいるブルーロックの選手はみなフォワードだったということだろう。
絵心甚八の戦略は二重三重にもなっており、完璧な対策と攻略法をブルーロックチームに授けていた。糸師冴の個人技での突破はある程度仕方ない。そう認識したうえでその形を作らせないことを第一目標に、もし形を作らせたとしても効き足である左足では蹴らせない。そのためにあえて糸師冴の近くに人数をかけるツーボランチ、そのために運動量のあるリベロ雷市。
自分で決めようと動けば動くほど、ゆるく仕掛けられた罠が絡みつき気づけば満足に動くことができなくなっているような息苦しさが糸師冴を襲っていた。
彼はもとから現状のフォワードの閃堂には期待していない。だが使えそうな人間はいる。どうやって勝つのか、しっかりとそこに向けて答えを探し出していた。
彼の出したシンプルな答え、それはスローイン直後から見て取れた。高いテクニックが見て取れる美しい回転のロングパスによりサイドチェンジが行われる。ワイドな攻撃というブルーロックの先制点と同じ攻め方で守備陣をスライドさせ隙を作り出す。しかしその個人戦術にブルーロックは戦略で対応した。
あらかじめ決められていた規則に従い、素早くスライドしていくブルーロックはそのサイドチェンジもボールの狩場にしていた。
センターバックを任されている十兵衛がウイングバックの雪宮とともに一気に守備の強度を上げてアンダー世代のサイドアタッカー超健人を挟み込んだ。
「これは……まずい‼」
フィジカルには優れている超だが、この二人に挟まれてボールのキープは難しい。そのうえボールの預けどころはなく、糸師冴も逆サイドにいる。ボールを奪いきり攻撃に転じるブルーロックの面々をみて薄い不気味な笑みを絵心が浮かべていた。