蒼の帝王   作:鈴見悠晴

28 / 34
伝説の始まり

ボールを回す時間が圧倒的に長いブルーロックチームだが、開始からおおよそ20分ほどが過ぎたあたりから様子が変わり始めていた。U-20代表守備陣による守備ブロックの再構築が進んでいたため、徐々に持っている展開から持たされている展開へ変わっていたのだ。

 

キャプテンにしてディフェンスリーダーのオリヴァ愛空。身体能力を武器にした対人守備が目を引くが、実際に彼のディフェンダーとしての能力で最も特筆すべきは経験値をもとにした判断力と対応力だろう。それをもとにした圧倒的なカバー力は世代トップのそれ、ブルーロックの攻撃を前にしても、見事にチーム全体を修正してフィールドを支配下に置いていた。

 

その影響で氷織と烏を中心にした攻撃が手詰まりになり始める。徐々にU20日本代表側がラインを上げることでブルーロック側はボールを持ちながらも押し込まれるような展開になっていく。ただ一つ誤算だったのはこの展開になった場合の指示を与えられている選手がいた事だろう。

この試合ほとんど存在感を出すことができていなかったブルーロックチームトップ下の潔世一。サイドが深く切り込んだ場合はマイナスのクロスに備えるか、ファーサイドに流れ、凛のサポートに奔走してはいたが、ボールタッチ数は少なくスタッツ的に見れば試合からは消えていた。しかしこうなることは最初から分かっていた。潔世一が挑むのは日本で最も守備の堅いライン間、鉄壁のからくりその機構部分で結果を残す。それが彼のタスクだった。

 

U-20日本代表三段構成で作られた鉄壁の守備スタイル

①颯波留によるデュエル

高身長と手足の長さを生かしたボールハンターの颯がファーストディフェンダーとして激しいプレッシングを行なう。中央スペースのほとんどをカバーする彼から逃げるということは自然と中央での組み立てを蜂起すると言うことに繋がる。ここで1対1を征しても時間を使ってしまえば次のステップでボールを刈り取られる。

②強力なディフェンダー達によるゾーンディフェンス

最終ラインの蛇来、オリヴァ、仁王、音留の四人がしっかりと守る上に、もう一人のボランチ若槻がセカンドボール回収と、カバーリングを徹底する。これで最強ディフェンダーにある程度の自由を与えている。そのためもし1対1で最終ラインを突破されたとしても最後の刺客を差し向けることができる

③オリヴァ愛空による超カバーリング

若槻により解放された愛空のカバーリングは、1対1を終えたばかりのアタッカー達からすぐさまボールを奪い、速攻のカウンターで仕留める。これが彼らが作り上げた一つの勝利の方程式だった。

 

このディフェンスを破るには個人技で勝ち、オリヴァのカバーが来る前に仕留めきると言う先制点を決めたパターン。もしくはオリヴァ愛空を1対1で倒すというパターン。それができなくては得点チャンスが生まれない。

 

1点目を決めたパターン、サイドへの素早い展開と縦のスピードで決めきった。これはブルーロックのあらかじめ決まられていた攻撃パターンの一つ。サイドに配置されたスピードスター達による突破と、それを上手く回すためにツーボランチを採用していたブルーロック。そんな彼らを封じるために、若槻があらかじめ下がり目にポジションを取り最終ラインに幅を持たせてサイドへと重心を分散させていた。だからこそ準備ができていた。鉄壁の守備に楔を打ち込む準備が……

 

「準備完了や、凡。根性見せろよ」

 

雷市から氷織、烏とワンタッチでパスを交換し颯のプレスを逃れた絶好のタイミング。まさしくその状況を作りだすという与えられていたタスクを烏と氷織は完璧にこなして見せた。ここまでは完璧、彼らがここまで全ての時間を費やした仕込み全てが潔に託された。

 

鋭い縦パス、極度の緊張状態の中で潔の頭の中は異常なほどに落ち着いており、こんな時であるにもかかわらずブルーロックに来る前の事などが頭をよぎっていた。

(ああ、こんなパス絶対止められなかっただろうな)

そんなことを考えながらも、体は思い通りに動き、理想的とも言える完璧なトラップを成功させた。

潔世一がボールを持って前を向いたそのエリアこそ、世代最強守備者オリヴァ愛空の担当エリア。カバーさせる、少しでも有利な状況を作り出す。J1でもそんな対策をとられるオリヴァ愛空だが、そんな風に逃げていては世界一になんてなれやしない。

「こいよ、お巡りさん。あんたが後生大事に守るそのゴール、奪いに来てやったぜ」

「なるほど、こいつは痺れるねぇ」

個人の能力であれば圧倒的にオリヴァ愛空に分がある。ただここはゴール前、ワンミスで全てが変わる最終防衛ライン。その裏を狙う男の存在を認識しているからこそオリヴァは簡単に前に出ることができていなかった。

 

舌なめずりするようにオリヴァの裏を狙うのは士道、もしポジショニングにミスが出ればすぐさま彼がゴール前に走りだすのは目に見えている。仁王がついてくれているが、それだけでは心許ないと今までの経験が告げていた。その上、目の前にいる潔に関しても、事前に見たデータによるとボールを持った状態ならそこまで警戒する必要は無いはずだった。それがどうだ、既に本能は最大限の警鐘を鳴らしている。

スピードを上げて、仕掛けてくる潔、そのすぐそばを糸師凛が併走し、彼にマークについていた若槻もこちらに流れてくる。一時的に生まれた2対2の超密集混沌地帯。そんな彼らが一点に集まる一瞬の交差の瞬間、潔は糸師凛にボールを渡した。

「スイッチ!!」

オリヴァの声で若槻は自分のマークを潔に切り替えて、オリヴァ自身は糸師凛に集中しようとした。結局勝負を仕掛けてくるのはこの天才の弟、そんな決めつけが彼の中にあった。

そんな彼の思いを裏切るように糸師凛はパスを出した。繊細で一瞬の隙を許さない組織を破壊するその選択肢はオリヴァの中にはなかった。パスの受け手は彼の視界に入っていなかったサイドからの侵入者。雪宮がダイナゴラルランで侵入して来ることにより勿論、彼のマークについていた蛇来もついてきている。さらなる密集、さらなる混沌。僅か10×10メートルほどの空間に6人ほどの人間が入ってきたことで多くの人間の脳みそはキャパオーバー。それでも数名の人間は気づいた。たった一人この混沌から抜け出そうとしている人間に。

雪宮の仕掛けを耐える蛇来、その僅か数秒の駆け引きの最中、糸師凛とオリヴァ愛空だけが気づき、オリヴァの警告が届く前に。

「出せ!!」

完全にフリー、全ての守備者を騙しきった。完全に裏をかききった。そんな彼に雪宮がヘッドライナーを譲った。

「仕方ない、貸し一つだ」

完全に抜け出したキーパーとの1対1。緊張、疲労、そんな物も何もかもなくなってしまったかのように冷静で、全てが見えていて、全てが最初から分かっているかのようだった。ここに蹴れば入ると言わんばかりのラインが見えていた。それをなぞるかのようなシュートがキーパーの指先を通り、クリアを試みる守備者の目の前でゴールラインを割ってネットを揺らした。

「よくやった、潔世一。その感覚を忘れるな。それがFLOW、そしてそれが己の価値を証明する瞬間だ」

このゴールは糸師凛のゴールとはまた違った。自分の人生をかけた証明、それが一つの形で現れた。絵心の小さなガッツポーズに込められたその万感の思いを示すかのようにスタジアムは揺れた。

 

「アアアアアアアあああぁぁ!!」

己の全てを吐き出さんばかりのその声が沈黙に包まれたスタジアムを揺らした。潔世一がその名前をこの国に、この試合を見ている観客に、そしてともにプレーする選手に刻みつけた瞬間だった。もはやゴールパフォーマンスですらない、ただの雄叫び、両の拳を強く握りしめ、地面に叩き付けんばかりに振り下ろし、敵に味方に観衆に見たか、俺が潔世一だと己を示す彼にベンチから、最終ラインから多くの選手が彼に飛びついた。

 

「よくやったぁ!!潔!!お前が、この野郎、お前が決めやがって」

 

一際よく響く雷市の声を聞きながら、王馬はベンチから立ち上がってアップを始めた。

「おい、勝手に動くな!!お前の出番はないんだ!!」

現状を理解しながら上手く受け止めることができずに、半分パニックになった状態の監督が言ったのはどこかずれたような言葉で、王馬は一切気にとめることなかった。

「おい、また干されたいのか。座れ!!」

王馬の肩を掴み、強い言葉を吐いた監督に王馬は向き直った。その目はギラついており、その一睨みで萎縮させるには十分だった。

「どうでも良いんだよ、そんなことは。このままだと前半だけでもう一点取られるぜ、どうせ俺を出さなきゃあんたの首が飛ぶんだ。あんたはあのフランス戦の時と同じように俺を出すさ」

もう言うことはないとばかりに歩き出した王馬の背中を見て、法一監督は屈辱に身を震わせた。

 

「やっべぇな、こいつは記憶にねぇ。マジでやべぇな、日本サッカーに新時代がきたかぁ?」

地面に大の字になって寝転んで、最後は少し嬉しそうな声を上げたオリヴァに仁王が手を差し伸べた。

「大丈夫か、愛空。どっか痛めたか?」

「い~や問題ないよ。しっかしここまでやられるとは思ってなかった」

「そうだな。俺も中央から、それも愛空のとこからやられるとは思ってなかった」

「気合い入れ直さねぇとな。後半からはあいつが出てくるから、まだ結果はわかんねぇだろ」

「フンッ、癪だがな」

 

前半もまだ終わらぬうちに2失点。ここで止められなければ守備崩壊と言われても仕方ない。それでも二点差程度ならどうとでもなる。そんな甘えにもにた確信が彼らにはあった。

何せ、糸師冴と王馬翔の二人にこの合宿期間中やられ続け、ほとんど止められることなく、この二人のコンビの怖さをこの世界で最もよく分かっているのは彼らだったのだから。

日本を、世界を、サッカーファンを魅了し続けた。タイトルも記録も総なめにしていく最強タッグが表舞台に立つその瞬間が刻一刻と迫っていた。

 

前半残り、15分。彼らの運命の糸は絡み合う、最後に出てくるたった一人の主演の登場に舞台を整え、飾り付けるかのように

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。