後半開始とともに選手が投入されたことで観客や、実況解説、記者なども大慌てで王馬の資料と新しいフォーメーションを確認する。育成年代でトップチームデビューを果たしていても、2部のチームとなればその選手について知っているのはチームのサポーターや、育成年代に注目している人間だけに限られる。
スマホで検索し、出てくる僅かな情報でも飛び級で代表招集。天皇杯での活躍といった記事を見つける観客達は自然と期待値を高めていく。選手達もまたそんなスタジアムの雰囲気に呼応するかのように熱量を上げていた。
「ずいぶんと重役出勤じゃない。俺のちょうど良い踏み台になってくれ」
「まだノーゴールのくせにほざくなよ士道。このままだったらお前、ただの引き立て役だぜ」
互いにその視線をそらすこと無く、その額をぶつけ合うのでないかという距離で睨み合う士道と王馬。そんな二人を引き剥がそうと糸師凛が士道を引っ張り、入れ替わるような形で王馬の前に来る。
「どっちが上か、直接対決する機会が無かったからな。ここでつけようぜ決着」
「ここにいるのが俺って時点で、どっちが上か分かるだろ? それが嫌なら分からせてみろよ、自分の方が上だって」
糸師冴に選ばれたストライカーはどちらか? 言外に問われた言葉に額に青筋を浮かべながらも、糸師凛は何も言わなかった。これ以上はピッチの上で示す。それが二人の出した結論だった。
センターサークルに立った王馬は自分のすぐそばに立っている潔世一を確認すると、一言だけ祝福の言葉を贈った。
「潔、ナイスゴール」
その言葉に潔が反応する前に、審判が笛を吹き、後半が始まった。
試合開始と同時にU20日本代表のフォーメーションはサイドアタッカーの超と狐里がワイドに幅広い位置をとっていることが分かる。ブルーロックの5バックに隙間をこじ開けようと、前線に人数をかけて、中盤からの飛び出しを積極的に狙っていく攻撃に切り替えたU20日本代表。
この攻め方にブルーロック守備陣は苦戦を強いられる。糸師冴を中心に近い距離を保ち、パスワークでガンガン攻め上がっていく。ブルーロック側が中央でじりじりと押されていき、中央に意識が集まったタイミングで糸師冴がワイドに開いていた超にロブパスが入れられた。
「ムッ」
「空中戦は俺のテリトリーだ」
空中戦に自信を持つ蟻生十兵衛と超健人の空中戦。そのセカンドボールを収めようと雪宮がポジションをとっていた。ジャンプ力と195センチという圧倒的な高さを持つ十兵衛だが、空中で体をぶつけ合ったとき、自分の体が流されてしまっているのを感じる。超の圧倒的な体幹、支えのない空中での衝突でもぶれないその体幹で有利なポジションを保持し続けた。
ボールを弾き返そうとした十兵衛とは違い、超の狙いは落とすだけで良い。雪宮よりも近い位置をとっている王馬が触れるように落とせれば良い。互いにボールにミートできなかったボールを王馬が拾い上げた。
「行かせないよ」
「行かないよ。ゴールまで遠すぎる」
ボールを持った王馬に前を向かせないようにプレッシャーをすぐにかける雪宮だが、王馬は前を向くこともなくシンプルなサイドチェンジで逆サイドに張っている狐里にパスを出した。
上がりすぎず、ブレもしない弾道。トラップのことまで考慮した完璧なロングパスが狐里に届けられる。逆サイドに振られる形になったことで、大きなスペースが狐里の目の前には広がっている。
「ナイスパス」
「ゴール前までよろしく」
中央から左へ、左から右へ、幅目一杯に使った展開でブルーロック守備陣が完全に振られてしまう。本来は横に素早くスライドし、その穴を埋めるが、その隙を狙ってくる中盤の颯、若槻、糸師冴の存在で3バックの動きが制限される。その上、王馬の動きに合わせて糸師冴が連動していく事で、王馬はある程度自由に動くことができていた。その連動もあって超の落としに反応できる距離にポジショニングすることができていた。これはユース時代は烏と氷織、ブルーロックでは潔世一が、二子一揮、伊右衛門、氷織、そして糸師凛がやってきたタスクだった。
釘付けにされた3バックの補助を失って、孤立してしまった千切が中にだけは入れさせないという意思を持って狐里をマークする。スピードなら負けない、縦ならどうぞといわんばかりの千切の守備だが、狐里はそこで勝負をしようという気配はない。それどころかその警戒されている内側に侵入してやると言わんばかりに細かいタッチで距離を詰めていく。
さぁ一気に勝負と緊張感が高まった時、しっかりと烏が3バックと千切を繋ぐためにポジションを取った。ほんの数メートルの違いだが、この差が致命的な遅れを防ぐ絶妙な位置取り。まさに高い分析力とそれを実行できる烏の良さがつまっているシーン。それでもお構いなしに狐里は距離を詰め、一気に仕掛けた。
トリッキーな動き出しと、緩急で内側に切り込んでいく狐里。そこはもう既に烏によって塞がれている。千切のスピードによって素早くカバーリングに入られることで、狐里のドリブルコースが失われた。もしも狐里がドリブルで突破することだけを目標にしていたら、そこにこだわっていたらここからカウンターに繋げられただろう。しかし今回はゴール前で王馬にボールを入れるというところに、チーム全体が集中していた。
サイドを凄まじい勢いで駆け上がっていく音留、彼の目の前に狐里からパスが出た。狐里は決してトップスピードでドリブルをしていなかった。そのためここでパスを出せる余裕があった。多少雑でも何も問題は無い、なにせ受け手は圧倒的なスピードを持つ音留、きっと追いついてくれる。
その信頼に応えるように守備ラインを切り裂いた。音留を止められるディフェンダーはおらず、完全にフリーな状態からクロスがゴール前に入れられる。一瞬の駆け引きが物を言うペナルティエリア内。勝負は一瞬だった。
緩急とコース取り、一見すると偶然にしか見えない。何故この男がここでシュートが打てたのか? 偶然と必然の中間で勝利の女神は英雄の誕生を祝福した。
「ゴ────ル!! 後半開始早々、衝撃的なゴールが生まれました。決めたのは後半から入ってきた王馬翔。王馬翔です!!」
実況の声、解説の声、観衆の声、それら全てを受け止めて、王馬は飛び上がってガッツポーズを見せた。
ゴールを決められたブルーロックの選手達が呆然として喜ぶU20日本代表のメンバーを見つめる。前半までならあのクロスをはじき返せていたはずだった。それが何故あそこにいる王馬に入ったのかが分からない。もっと言うと何故あそこにフリーの王馬がいたのかも分からない。
きっと試合の映像を上の視点から分析すれば分かるだろう。だが、この場にいるメンバーからすればまるでナニカに導かれたようなゴールに理由をつけたくなってしまう。それが流れという言葉に変換される。
この瞬間、流れが変わった。そう感じたのはプレイヤーだけではない。監督としてこの変化を重く見た絵心はカードを一枚切ることを決意した。
動き出したベンチ、彼らの準備ができるまでの時間。その時間をこの流れの元耐えなければならない。リスタート直後から試合のペースは完全にU20日本代表側に流れていた。
前半と一番違うのはU20のプレッシング。その先頭に立つ王馬と糸師冴が上手く連動していた。単純だが、この二人が上手く連動したことで、全体的にハイラインの守備を行えるようになり、ブルーロック側は使えるスペースを削り取られていた。
ボランチの二人が上手くボールに絡めなくなったことで、前に効果的なパスが入らなくなっている。雷市などは自身がドリブルで持ち上がろうという意思を見せたが、結局サイドにボールを散らすのが精一杯で攻撃のスイッチを入れることはできていない。結局キーパのロングキックを蹴らされたことからもその高い守備力はうかがえる。
士道に当てられたロングボールは仁王との空中戦で争われる。ボールはもう一度高く上がりそのボールの回収に潔と糸師凛が走る。だが、そのボールはいち早く若槻が回収し、キープすることなく愛空に落とした。ボールを奪ったら手数はかけずにシンプルなボールが王馬の元に届けられた。
受け手のことを考えているとは思えないパススピードのボールだが、王馬はそれを問題なく足下にピタリと止めると反転すると一気にカウンターを仕掛けた。見事にU20仕様にマイナーチェンジし、カウンターを仕掛ける王馬。カウンターサッカーも問題なくこなせることを証明するようにボールを運んでいく。
氷織と烏が何とかディレイしようと挟み込む形で守備に当たろうとする。烏は完全に引き気味、抜かれなければ良いという守備、氷織は体を当ててファールをとられても良いから止めるという事を意識していた。
氷織が体を当てて重心をずらそうと試みるが、帰ってきた感触は非常に堅く、まるで壁に体を押し当てているようだった。氷織との接触でバランスを崩すことなく、そのまま加速し氷織を引き剥がしにかかった。
スピードをみるみる上げていく王馬、しかしドリブルコースは若干左にそらされている。このあたりのポジショニングの妙は烏の巧さを象徴している。さらにそのずれたドリブルコースを消してくる蟻生十兵衛が進路を防ぎボールを奪おうと試みる。
その二人の間をぬるりという擬音がついているような滑らかなドリブルで抜け出した。
余りに細かいタッチに飛び込むことのできない二人はその仕掛けに反応できなかった。それでも十兵衛は体を投げ出してコースを絞り、烏はユニフォームを引っ張った。それでもゴールを目指して更にゴールに向かったところを雷市がスライディングで無理矢理にでも倒した。
完全に脚に引っかかり王馬の体が中に舞ったが、審判は笛を鳴らさなかった。ファウルをアピールする王馬だが、審判は首を横に振ると立ち上がるようにジェスチャーで示した。
実際この審判の判断はそこまで間違っているわけではない。雷市のスライディングはしっかりとボールにいっている。ただ審判に見えないようにユニフォームを引っ張った烏は、もし見られていたらファウルをとられてもおかしくなかった。だからファウルをアピールした王馬もある種当然のことだった。
もう既に立ち上がっている烏が、王馬の両手を握って立ち上がらせた。
「上手くやったな」
「こうでもしないと止められない奴が身近にいたもんで」
苦笑しながら声をかけた王馬の胸を軽く小突くと皮肉を飛ばした。
派手に転んだ体をゆっくりと動かして、全く問題が無いことを確認してからまた走りだした。そんな彼の背中に観客は声援を送った。まだ僅かなプレー時間だが、観客の心はがっしりと捕まれてしまっていた。
そんなピッチ上の光景を見て、閃堂は拍手とともに応援を送った。
「ナイスチャレンジ!! そういうの続けていけ」
交代したエースの態度はチームメンバーに伝播していく。
より大きな声がチーム全体から出始める。こういった所からも試合の流れが変わっていく。こういった流れを変えるにはそんな物は全く気にせずに、自分のプレーを貫けるストライカーが必要だ。
一人のマイペースな天才がそのジャージを脱ぎ、臨戦態勢をとってライン際に立っていた。