蒼の帝王   作:鈴見悠晴

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世界で最も熱い場所

2-0から2‐2へ、2点差が最も怖いという格言をものの見事に体現した試合展開。

 

試合の転換点は間違いなく後半の頭。王馬翔の投入からすぐにゴールを取られたのが非常に大きかった。あそこで完全に流れが変わってしまった。2点目に至ってはスーパーゴールという言葉ですら足りないだろう。これから王馬翔という選手のキャリアが語られるときに何度となく目にすることになるだろう。それだけの衝撃的なプレーだった。

 

この試合が始まってすでに三分の二が経過し、選手もそれぞれが違う表情を浮かべ始めている。

例えばU-20日本代表のメンバーでは中盤にわかりやすい差が生まれていた。糸師冴は体力的にも何の問題も感じさせない。アシストにも満足せずに冷静に次の得点、ここからの試合を考えていた。しかし彼とは違いボランチの若月はかなりの汗を流しており、疲労がありありと見て取れた。

 

この試合前半、間違いなく主導権を握ったのはブルーロック側。彼らは日本代表の前線のプレスの甘さを利用し、中盤を可変させ雷市・烏・氷織の逆三角形を構築。前線の潔が偽9番としてうまい具合に機能した結果の二点先制だった。この間二枚のボランチは完全に浮いてしまっており、広大なスペースを埋め続けていた。そのうえ細かな組み立てや、攻撃参加など多くの場面にかかわっていた二人、特に若月はカバーに奔走していたため疲労はかなりのものになっていた。

 

後半おおよそ20分が経過し、ここまでは完全にU-20日本代表側に流れが傾いているが、その優勢は薄氷の上の物だった。

 

だからといってこの交代はギャンブルも良いところ、練習は勿論選手達の意思が統一できるかも分からない。失敗すればここから大きく崩れることもあり得る。そうなればこのブルーロックを生き残った彼らのキャリアを終わらせてしまいかねない。準備をさせた交代カードを切るかどうか、迷いを断ち切れない絵心だったがピッチ上の選手達は彼の指示を待っていた。勝利を信じ、逆転の一手を待ちわびる彼らが絵心の背中を押した。

 

「ウイングはテクニック系のドリブラー、サイドバックはスピード型。まぁ見てたから分かるよな」

「そうだな、後はベンチでゆっくりと見てろよ」

肩で息をしている千切と交代する形でピッチに入っていく乙夜、オフザボールに優れた彼は攻撃の起爆薬としては勿論、スタミナがつきかけている千切の守備面の不安を解消する側面も持つ。

 

そしてもう一枚の交代カード、前線へのロングフィードやボール回しの起点として活躍し先ほどは惜しいシュートも放った氷織を下げて、怜王を入れる。

総合力で優れている怜王の投入、その狙いはすぐに見て取れた。

 

U20日本代表のプレスの出口としてボールを受け取った玲王は鋭い縦パスを中盤まで降りてきている潔に送った。ボールを受けた潔世一、すぐさまそこにプレスがかかるが先ほどまでとは違い、烏が高い位置をとっていた。

「よぉ見とった、潔。こっからは俺の時間や」

潔からのパスを受け取った烏だが、そこに満足な形でプレスはかからなかった。

サイドに張りながら突破の瞬間を狙っている乙夜がブルーロックから失われていた幅を取り戻し、烏にプレースペースを提供していた。

 

中途半端なプレス、そこに糸師冴がスイッチを入れる。一気に圧力が増したが烏はどこ吹く風といわんばかりにボールを一度戻すことで対処した。

「もう一回組み立て直しや。丁寧に行くぞ」

ここまでの試合展開はいわばべた足のインファイト。しかし、今のブルーロックの動きは自分たちのリズムで試合を運ぼうという意思表示だった。ワンプレーだが烏はチームの意思を統一することに成功した。

 

またしても中盤で完全にボールを握りだしたブルーロック、勿論選手達の技術の高さや連係と言った要素もあるが、一番大きいのは交代によって生じたシステム的な問題だろう。つまり何が言いたいかというと監督の指揮が完全に後手に回ってしまっているのだ。

監督の差、そして何よりベンチの層の差がボディーブローのように響いていた。完全にバテている様子のボランチも変えられない。彼らの代役が不在、未だに闘志がつきない彼らに変えてこの試合の行く末を託せる選手がいないのだ。

法一監督がベンチの方を振り向いて確認すると、中盤の選手は皆離れたところに陣取っており目線を合わせようともしない。この試合結果によっては首を切られる法一としてもこの状況で逃げる選手に自分の首を任せられない。

 

烏が中心になって完全に試合のリズムを掴んだブルーロック、玲王が前半の雷市のように最終ラインに入ることでサイドバックが高い位置を取れるようになって居た。

玲王からのパスを受け取った雪宮はその突破力を生かして鋭く切り込んでいく。

 

蛇来が正対するが、その視線ではプレスバックで戻ってきている超の姿を捉えている。挟み込む形でボールを奪いカウンターを仕掛ける。そんな青写真も全て一瞬で無に帰した。

 

背後から迫り来る守備の存在を振り向くことなく雪宮は理解していた。試合終盤、豊富なスタミナを持つ雪宮も自然と動きが重くなってくる。ただ体の疲れとは別に思考は研ぎ澄まされていた。

雪宮はブルーロックに来る前は1対1で負けたときはすぐにリベンジしていた。ボールは自然と自分に集まってくるし、何度だって挑戦できた。しかし、ここでは限られたチャンスを確実に物にする必要がある。一度の勝負にこだわるようになった雪宮は自分とその周囲の状況をかなりの精度で推測できていた。

 

どう動けば挟まれないのか? 後ろから来る超の進路に蛇来の体を置くように、縦に抜き去る。明確なヴィジョンとそれを実行できる能力が雪宮にはあった。

 

体の向きと視線が罠、偏った重心の逆をつき加速力の差で置き去る。フィジカル系のドリブラーにしかできない豪快な抜き方でサイドを駆け上がっていく。ドリブルで抜き去ったときに感じる爽快感に自然と口角が上がる。組織をぶった切って生まれたチャンスに全ての選手が一斉に動き出す。

 

ボランチの颯が距離を詰めるが、前半ほどの切れはなく約一歩分ほど詰めが甘い。雪宮は時間をかけることなくワンタッチで抜け出した。蹴られたボールは股の間を抜け、もう既に踏ん張りが効かなくなっている颯は尻餅をついてしまった。

 

無尽蔵に与えられたチャンスよりも、数少ないチャンスの方が成長を促すこともある。雪宮もこの瞬間に大きく成長していた。FLOWへの突入、今までの自分よりも視界が広く体中のセンサーがこのピッチ上の情報を伝えてくる。どうすれば敵組織を壊せるのか、今までの自分では思いつかなかったような選択肢も浮かんでくる。

 

前線に走る潔にボールを預ける。そのボールを受け取り、潔は雪宮のやりたいことを理解した。それは自分のやりたいことにも共通しているからこそ、すぐさま連動することができた。サイドに流れながら、自分と入れ替わる形で内に入った雪宮にボールを戻す。

守備組織の中に入り込んだ雪宮、斜めに走ったことで守備のマークマンが入れ替わるその瞬間を狙っていた。まだゴールまでは距離があるが強引にでもダイレクトでシュートを撃った。

 

一瞬ふかしたかのように見えたシュートの軌道だが、そこからボールは滑るように落ちていく。

 

枠内を確実に捉えているシュートにキーパーが飛び上がって反応する。ダイレクトシュートの分コントロールは甘いがその分体重が乗っている。キーパーが上手くボールをはじいたことで雪宮は天を仰いだが、ゴール前にそんなことをしている余裕はない。こぼれたボールに詰め寄るフォワード、体を張ってでもそのボールを掻き出そうとするディフェンダー。

彼らの頭の中にルールやマナー、スポーツマンシップなどと言う言葉はありはしない。とにかく相手よりも一秒でも速くボールに触る。それだけを考えた選手達の中でいち早く動き出すことに成功していたのは、誰よりもゴールを渇望した士道だった。

ゴールに向かって脚を伸ばした士道を止めようと、頭からボールに突っ込んだ音留がほとんど同時に突っ込んだ。ピンボールのようにボールが士道と音留の間で跳ね回り、ゴールラインを割ってコーナーキックが宣告された。

 

頭を強く打ったのか手で押さえたり、頭を振ったりする音留の様子にプレーが一時中断される。給水しながら選手達がいくつかの言葉を交わしていく。王馬と糸師冴は二人、険しい表情を浮かべていた。

「ちょっと押し込まれすぎだな。このままだと失点するぞ?」

「ああ、この時間帯は相手が支配してる。一旦お前も守備に参加して、カウンターで仕留めるか」

状況を冷静に分析している王馬に、カウンターを提案する糸師冴の会話にもう一人の男が参加した。

「待てよ、お二人さん。その心遣いはありがたいが下がる必要は無い。後ろは俺らに任せてもらおう」

自分やチームメイトに言い聞かせるような愛空の言葉に、話しかけられた二人は顔を見合わせ王馬は肩をすくませた。

「自分の言葉には責任を持て。しのぎきって見せろよキャプテン」

「了解」

三者三様にピッチに戻っていく彼らをブルーロック側は待ち受けていた。

 

キッカーとして冷静にゴールを見つめる糸師凛、その視線を見て愛空はキーパーに声をかける。

「直接あるからな、頭に入れとけよ」

その声は糸師凛の耳にも届いており、苛立ちを舌打ちで表した。

 

蹴られたボールは高速でマイナス方向に出された。

逆をつかれた守備陣とは反対の方向、そこにいる選手はカウンター対策にいる物だと全員が思い込んでしまっていた。デザインされたセットプレー、完全にフリーの烏が右足を振り切った。そのシュートは偶然にも愛空の体に当たった。

 

事故のような形でのシュートブロック、高く上がったボールを巡って何人もの選手が絡んだクリア合戦になる。何度かヘディングとクリアを繰り返した後、そのボールを王馬が拾った。ワンタッチ目で完璧に足下に収めると一気に前を向き、攻撃のスイッチを入れる。

 

そんな王馬を押さえ込もうと糸師凛が体をぶつけるが、軸は少しもぶれることもなかった。

熾烈なボール争いも何のその、テクニックでボールを守り、パワーで抑えて加速力で千切る。物の見事にやられた糸師凛は無様に頭から滑り込む形で倒れてしまい、屈辱に身を震わせて拳を地面に叩き付けた。

誰も自分を見ていない。もはや舞台にすら立っていないのではないかと錯覚するほどの状況。この状況を作り出した自分自身に殺意すら覚える。あの頃の自分なら、自分の脳内ではあいつらとも互角に戦えているはずなのに、まるで何か檻にでも捉えられたように動けなくなる。実際にそんな物がない以上、自分が勝手に作ってしまっている物に過ぎない。

 

だったら今の自分事、壊してしまえば良い。

 

選手としての原点、オリジン。糸師凛はそこにたどり着いた。

 

糸師凛を突破した王馬だが、烏と玲王に挟まれたことで行動を制限されていた。完全に行き詰まっている王馬は一度ボールを下げようとするが、なかなか出し先が見つからない。ボールを引き取りに来た糸師冴にボールを一度預けようとしたところを糸師凛が狙ってパスカットをした。

 

ボールを奪った糸師凛だが、その目の前には糸師冴が待ち受けていた。

 

まるで焦点が合っていないかのような目、だらしなく垂らされた舌によだれ。見覚えのあるその表情に糸師冴は警戒のレベルを引き上げた。その口から漏れた言葉は完全に無意識に漏れ出た物だった。

「何だお前、まだその表情できたのか」

 

一気にスピードを上げながら、上半身はぶれることなく左右の脚がボールをかすめていく。

高速シザースで冴の重心をずらそうと試みる凛だが、相手も間合いを計りながらこちらの様子を冷酷に観察している。その瞳からは動揺どころか感情すら感じ取れない。

もはやこの二人の中に入り込める選手はいなかった。彼らの意識はもう既に数年前、雪の中の、決別の一騎打ちの続きだった。

 

凛のダブルタッチ、鋭い方向転換だが冴は難なくついて行く。このまま加速するのかそれとも切り返すのか、その二択。アウトサイドでボールを止めるように見せかけてスピードを殺すことなくルーレットで抜けだそうと試みる凛。だが冴が体をぶつけ、腕をかけることで強引に五分五分の状況まで持って行く。

 

ここまでの展開はあの日をなぞるようで、このまま最後まで行くなら次は自分の得意なパターン。軸足の後ろから虚を突くように蹴りだす。それをそのままやってくるだろうか? そんな一瞬の迷い、この二人の戦いがこの形で決着したのはこの戦いがあの日の続きだったからだろう。

 

軸足の後ろにボールを回すようなフェイクから一転、足首を返すことで切り返すと完全に逆をとった糸師凛はそのまま独走。立ち塞がった選手全員をその長所ごと押しつぶすことで片っ端から蹂躙し、そのままシュートをゴールネットに突き刺した。

 

ピッチ上で起こる相次ぐFLOWへの突入。それは化学反応のように伝播し、次々に選手達が次のステージへと突入していく。少なくとも今この瞬間、世界で最も熱い場所はこのスタジアムだった。

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