練習メニューを完全に消化して、自主練習で追い込んで体は心地の良い疲労感に包まれる中、ほかのメンバーが就寝している時間帯にモニタールームに来ていた。
次の試合の相手、チームVの映像を一足先に確認していた。
もう既に残されている試合が最終戦であるチームV対チームZであるため、ここまでに戦ってきた全てのチームとの試合映像が残っている。ひとまず以前の分析で使ったチームYとの試合の映像を再生する。
どちらのチームにとっても初戦になるこの試合、チームVの主役は間違いなくこの男だった。
“凪誠士郎”
一言で言えば天才という表現を使わざるを得ないだろう。
型がない、セオリーがない、だけどそれを成り立たせてしまっている。映像からではなかなか分かりづらいが間違いなく身長は185以上あるだろう。もしかしたら190以上あるかもしれない。ほとんど自分から仕掛けている場面がないから断言はしにくいがスピード、パワーもそこで勝負できるだけのポテンシャルがある。
でもそこじゃない。そんな物は練習やトレーニングでカバーできる。身長が170センチしかなくてもヘディングでゴールは決められる。
でもこのトラップは誰にも真似できない。
天から与えられた天賦の才能、普通の人間が何度も繰り返して覚えていく力加減や角度を完璧に理解して、それを実行できる。指の先まで行き渡っているその身体操作能力と、感覚、そしてそれを最大限活用できるアイデア。
こればっかりは真似できない。このトラップという一点において間違いなく凪は俺を超えている。
この感覚は久しぶりだった。受け入れなければいけない敗北をゆっくりと消化していくような、全身がそれを受け入れられないと言わんばかりに体温が上がっていく。
自然と口角が上がっていく。そうだこういう相手を求めて俺は“蒼い監獄”に来たんだ。
「凪誠士郎、期待外れに終わったら許さねぇからな」
ここまで長く閉じ込められると思っていなかったため、少し長くなってきた髪をかき上げて後ろにまとめて流す。
その視線は真っ直ぐに液晶に映し出される凪誠士郎を見つめていた。
同じ時間“偽9番”二子という突飛な戦術を駆使したチームYが、チームWとの打ち合いを制した試合をじっと見つめていた凪の後ろからチームVのチームメイトの御影玲王が声をかけた。
「おい、こんな時間に何してんだ凪。そろそろ寝とかねぇと明日また起きれねぇぞ」
「あのシーンでは……だったら、でもそれだったら……」
虚ろな目でじっと液晶を見続ける凪に声が届いていないことを理解しながら不安になって、肩を揺らした。
「凪、凪!!」
どうやら考え込みすぎていただけのようで、肩を揺するとすぐに凪は反応した。
「……あれ、玲王。なんでこんな試合見てるの?」
どうやら試合が変わっていることにも気づかない程に集中していたらしい凪の表情は、チームVにいる人間の中で一番長く付き合ってきた玲王も見たことがないほど楽しそうにしていた。
「試合変えるね、……こいつやばいよ。マジでラスボスだ、ハハ、見ろよこのドリブル。こんなやつがいるんだな」
チームZの選手を4人一気に無力化して最後には股抜きのコロコロシュートで沈めたワンシーン。そこに写る選手を玲王はよく知っていた。王馬翔、凪と同じように間違いなく神に選ばれた人間。
凪がこいつに熱中している事に納得と嫉妬を玲王は感じていた。
「特にこのトラップ、完璧すぎて鳥肌立つよ」
玲王の目には普通のトラップにしか見えないそこに、凪は何かを見ていた。自分には理解できない何かを。
「今から俺へんなこと言うよ、……俺こいつに勝ちたい。玲王、勝てると思う?」
「……当たり前だろ、俺らは最強だ」
玲王は驚きと喜びを覚えながら答えた。やる気を出して勝ちたいという凪を玲王は初めて見ていた。
馬狼との戦いはチームの命運を背負った王様としての戦いだった。
二子との戦いは試合の流れをコントロールする司令塔としての戦いだった。
凪との戦いは天才として生まれついた物同士の拒絶反応だ。
チームZとチームVは互いにここまで全勝同士、ここでの勝敗は選考の突破には関係しない。つまりここにかかっているのはプライド、五号棟最強はどっちなのかという純粋なプライドのぶつかり合いが始まった。
チームV、玲王のキックオフで始まった試合。
“偽9番”といわれる戦術に乗っ取り玲王が中盤まで降りることでドリブルとパスでゲームを作り始める。
ペップことジョゼップ・グラルディオラが生み出した偽9番は当時、ラ・リーガを席巻した。
本来センターフォアードとしてプレーする選手が中盤でゲームメイクを行ないながら前線でフィニッシュに絡むというこの戦術は、選手に万能性を要求する。パスにシュート、ドリブルにポジショニング。それら全てを高いレベルでこなせる選手にしかできないこの戦術を玲王は一切苦にせずに実行していた。
玲王が下がることで生まれるスペースを狙って斬鉄が動くが、そのパスコースは組織的なディフェンスに完全に切られており、徐々に雷市が玲王とのマッチアップを制し始めていた。
しかし、局地的な戦術と1対1の勝利を一瞬で無に帰す存在がチームVにはいた。
玲王の強引なパスをえげつないトラップで凪がゴール前で収める。一瞬の勝負、抜け出そうとする凪に久遠が食らいつく。コースが限定されて抜け出そうとした瞬間に潔がボールを奪い取った。
「ここだよな、今の場面ここしかなかった」
「潔!! 出せ」
サイドハーフとして起用されていた潔の最終ラインまで戻ってのディフェンスは予想外だったか、凪が驚いたような表情を浮かべる。
潔のプレスバックに合わせて、千切が攻撃参加の意思表示を見せており、潔は迷いなくボールを千切に預けた。
スピードを上げて一気に敵陣に侵入していく千切と、しっかりと最終ラインから上がってきている潔の連携を前に王馬がぽつりと声を漏らす。
「良い子だ、今日は勝利の美酒をたらふく飲ませてやる」
それは自分を追い込むための言葉、いつだって絶対ではない勝負の世界に王馬は絶対を作ろうとしていた。
この試合の勝者はチームZ、いま王馬はここに誓いを立てた。
アタッキングサード手前、千切のスピードは対策がされていたのかディフェンスが道を塞ぐ。
減速を余儀なくされた千切に追いついてきていた斬鉄が追いついてくる。
「悪いがここは通行止めだ、お嬢」
「残念ながらそうでもないらしい。うちの王様がやる気だ」
囲い込まれて網にかかっていた千切だったが、その隙間からはっきりとしたコーチングを受けていた。
(俺に出せ、雑で良い)
もはやシュートと行った方が良いくらいの強さのボールが王馬に向けて蹴り出される。
凄まじい勢いのパスにトラップミスはほとんど確実だと感じたチームVのディフェンダーだが、それでも油断はない彼らは一気に距離を詰めて王馬にプレスをかけてくる。
そんな連中を嘲笑うかのようだった。
上げられた脚に当たったボールがディフェンダーの頭を越えて裏側に落ちる。それをクリアしようと目論む男の前でボールが彼から逃げるように王馬のもとに戻った。
千切の放ったパスの凄まじい勢いは回転数に変わっており、それが地面を捉えたことで強烈なバックスピンになり、そこにターンした王馬がゴール前で足下に収める。
完全にフリーな状況。ゴールキーパーの手が届かないギリギリの所から、曲がってゆっくりとゴールネットに吸い込まれていくボールには強烈なメッセージが込められていた。
サッカーでは負けない。それが例え相手の得意分野でも、お前にこれができるのかと言わんばかりの芸術的でワールドクラスのトラップは凪に向けられた挑戦状だった。
このブルーロックでの全試合を確認しているアンリがあまりのプレーに持っていたコップを落としかける。
「トラップからの反転ボレーシュート、このシーンだけ見れば、いやこの選手は見てる限り全てワールドクラスだと思うんですけど……一体どこで見つけてきたんですかこんな選手?」
「杏里ちゃんはテレビとか見ないタイプだね。この間特集を組まれてたよ、王馬翔。間違いなくこの“蒼い監獄”最高の選手だ。でもまだ彼は自分を檻の中に閉じ込めてる、彼を指導してた人が先輩でね……今の彼のプレースタイルは本来の物じゃない」
「……一体どんな選手なんですか?」
「それをこの試合で見せてくれることを期待してるのさ」
“この”五号棟で唯一、王馬というスーパーなプレイヤーに張り合える可能性を秘める凪が王様としての、司令塔としての仮面を剥がしてストライカーとしての本性を引きずり出すことに絵心は期待していた。
そんな第三者の思惑を置いて、試合は進んでいく。
中盤、御影玲王VS雷市陣吾 マッチアップ。
総合力の高さを生かして中盤を自在に動き回るチームVの心臓、御影玲王。そんな彼を完全に沈黙させようと絡め取ってくるのがチームZのダイナモ雷市陣吾。
ピッチのどこであろうとすぐさま捕まえて、自由を決して与えない雷市の空けたスペースを狙おうとする玲王だったが、それは国神が許さなかった。
静の国神と動の雷市が組んだチームZの中盤の底はかなりの堅さを誇っていた。
動き回る雷市のスペースを埋めるように立ち回る国神にはじき返されたチームVは、ひとまず中盤を飛ばしたロングパスで攻撃に繋げる。真ん中に絞ってきていた凪が胸トラップで同じく中心に絞ってきていた斬鉄にパスを出す。
「ぶち抜け、スピードスター」
「任せとけ、俺はスピードスター」
蹴り込まれたロングボールに守備ラインにずれが生じ、そのスペースに一気に加速した斬鉄がディフェンダーと場所を入れ替える。
左利き俊足の特徴を生かしてカットインをもくろむ斬鉄をサイドから詰めてきていた千切がコースを塞ごうとする。それを切り返しで躱した斬鉄が逆脚の右でシュートを放つ。
しっかりとミートしなかったのかファーサイドに転がっていくボールをキーパーの我牙丸が何とか掻き出す。セカンドボールをクリアしようと走り込んだ成早の目の前でボールが止まった。まるでひっついているかのような軌道で、ボールがそこからクルリと凪の脚に沿って回る。
まるで物理法則を無視したかのようなルーレットで成早を躱した凪はその勢いのままゴールに向かって超至近距離で蹴り込んだ。
ワンチャンスを確実に物にできるエースストライカーが互いに1ゴールずつ上げて、互いの視線が交差する。
互いにしっかりと研究と対策を練ってきている事は把握している。その上でどうやって勝つか、どうやってその対策を破るのかがこの試合の鍵を握っていた。
前半、キーマンになったのはチームZの雷市陣吾。中盤のダイナモとして推進力とゲームメイクを可能にした万能ミッドフィールダーが試合の主導権を握る。
楔のパスやドリブルで何度か仕掛けるが、まともなチャンスを作ることはできていない。そんな展開から普段なら左サイドの潔と連携をとろうとする王馬が右サイドの蜂楽側によって行くと、それを確認した左サイドバックの成早がインナーラップで密集地域を左サイドに生み出す。
雷市が低く速いボールを成早に入れると、技術不足かトラップを乱してしまい、雑になりながらも囲まれている王馬にパスを入れるしかなくなる。
王馬は舌打ちを打ちながらそのボールを右足で空手の後ろ回し蹴りのような蹴り方でフリックする。勢いそのままに軌道を変えられたボールは真っ直ぐに真ん中に流れ込んでいこうとしていた蜂楽の足下に流れていく。
絶対にミスはないという自信か、一切確認することすらなく蜂楽の選択肢になれるようなルート取りでゴール前に走り込んでいく。
成早と王馬の走りで狭いスペースの中にドリブルで切り込んでいくスペースが生まれる。
蜂楽が一人、また一人と抜き去っていき後はゴールを決めるだけの瞬間に、背後から玲王がボールを奪い取った。
守備参加をほとんどせずに攻撃の起点になっている玲王のスライディングがシュートブロックになり、そのボールを収めた玲王は声を張り上げた。
「プランBだ!!」
その声に呼応してチームVがフォーメーションを変更していく。
凪がワントップの位置に入って斬鉄が先ほどよりも幅をとったポジショニングをとる。
「……オッケー」
「ずいぶん速いな、だが仕掛けること疾風のごとしだ。……合ってるかこれ?」
それぞれに自分のやり方で反応を示す二人を確認して玲王がロングフィードを蹴り込む。狙いは勿論、凪誠士郎。天才的なトラップから生まれるキープ力を生かしてチームVの選手が流れ込もうとしてくるのを見て、久遠がボールの落下地点を巡ってマッチアップする。
先に触れてしまえば、トラップのうまさなんて関係ない。クリアしようと、ジャンプしようと力を入れた時、今の今まで押し合いをしていた凪の力が消えた。
「うん、こっちの方が楽しそうだ」
押しのけて高く飛ぼうとした久遠の力を利用して凪が久遠と体を入れ替えると、そのまま裏側に抜け出し、体を預ける凪を失った久遠のクリアは失敗に終わる。
ディフェンスラインの裏側に完全に抜け出した凪に対して、我牙丸が一気に距離を詰めようとするが、サイドを凄まじい勢いで駆け上がってくる選手がその足を止めさせた。
サイドに張っていたはずの斬鉄のスピードだけが、戦術にはなかった凪のアドリブに対応しサポートに入れていた。
「こっちだ、凪!!」
「行かせるか、このバカ眼鏡!!」
その斬鉄のスピードに唯一ついてこられる千切がついてくれていたが、完璧な数的不利の展開、凪誠士郎はこの状況を無駄にするような選手ではなかった。
全く危なげなかった凪のゴールに一気に盛り上がるチームVに対して、チームZはこのブルーロックが始まって以来初のリードを許す展開に陥っていた。
「さぁ、この状況でお前は何を見せる王馬翔」
絵心が見てきた中で間違いなく最も才能に溢れる男であることは間違いが無い。だが、それでも自己主張できないだけで消えていく天才を何人も見てきた。このまま消えるか、それとも己の殻を破るか、もしくは今のやり方で自分を黙らせるのか。王馬の好戦的な笑みに一体何が含まれているのか、絵心の視線は何一つ見逃さないとばかりに集中していた。
皆さんのおかげで日刊ランキングの方に載せていただきました。
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