何だこのていたらくは、それが王馬の正直な感想だった。
先制点を奪い、そのまま一気に流れを奪うかと思いきや、わかりきっていた斬鉄のスピードにやられ、ロングボールから一気に逆転を許した。
前半のうちに何とか追いついて、後半で逆転を狙いやっと狙いの形を実現したのに結局点は取れず、カウンターでやられる。全くもって馬鹿馬鹿しい、前半に絶対に勝つなんて決めたことがまず腹立たしい。
自然と自分の方が選手として上だから勝てると思っていた。有り体に言えば油断していた。なめていたんだチームVを、俺に勝てるはずがないって。
その結果がこのざまだ、終わりが見え始めている。残っている時間はそこまで無い。だがまだ試合は終わっていない、まだ自分に立てた誓いも守れる、試合の勝敗もひっくり返せる。
自らへの怒りと苛立ちにそっと蓋をする。ここからはただ勝利のために、その一点を目指して……
キックオフと同時に前線に張り付いた王馬に、玲王がマンマークで守備に当たる。
王馬のポジション変更でチームVも慌ただしくフォーメーションを変えていく。ワントップに王馬を置いて、二列目に左から五十嵐、潔、蜂楽、成早。三列目に国神、雷市のコンビ、そして最終ラインに千切、久遠、伊右衛門の三人が並ぶ3-2-4-1のフォーメーション。
「こんなの練習したっけ?」
「戦術練習でやったよ、一回だけだったけど」
「何にせよ、これをやるって事はまだ負けるつもりはないって事だろ」
潔、蜂楽、国神の会話から垣間見えるようにこのフォーメーションはまだまだ未完成の代物で、まだまだリスクの多い選択肢だった。
中盤ではなかなかリズムが掴めずに、ボールを前に運べない展開が続くが、王馬は一切降りてくるそぶりを見せなかった。それを見て蜂楽が仕掛けた。
一瞬のドリブルで絶対に塞がれていたパスコースをこじ開ける。
「うんにゃ、ようはこういうことでしょ」
非常に速いパスが低弾道で一気に前線に届けられる。
そのパスを待っていたのか、加速して抜けていこうとする王馬を追いかけた玲王が逆をとられる。
連携不足か、はたまた練習通りなのか玲王には分からなかったが、急加速しながら裏抜けを狙った王馬が急減速して、先程立っていた場所の足下に出ていたパスを足下で止めると、その一連の流れでターンまで決めて前を向いた。
玲王が王馬と対面する。「ふぅー」そんな息を吐く音が聞こえたかと思った瞬間には、もう動き出していた。
あまりにも読めない、予備動作のないドリブルに一気に半分抜かれる。とっさにユニフォームを掴んだ玲王の頭にフリーキックという考えが浮かぶ。このまま行かせる方が良いのか、それとも蹴らせるべきなのか、そんな事に悩んでいる玲王を置いて、一気に加速する王馬に引きずられ、玲王の脚が地面から離れる。
引っ張っている自分が引きずられる事実に、一体俺は何を掴んでいるんだという疑問が浮かぶ。
確かにスピードは落ちている、姿勢だって崩れている。だけどそんなことは関係ないと突き進む王馬のパワーに負けて玲王は手を離した。
引っ張られていた力が消えて、一瞬こけないようにとスピードを緩めた王馬が前を向いたとき、目の前には残り二人のディフェンダー。二列目の選手達が王馬を追い越してゴールを狙おうとしたが、彼らは一切王馬の視界には入っていなかった。
このピッチにいる中で二人の選手が、不思議な感覚を味わった。
一人目は潔、分かっていた、つもりだった。どこに行きたいのか、どこにほしいのか、どこにいてほしいのか、それが全て見えていた。その瞬間までは。
王馬と並列し、パスが出てくるはずのポジションに入る瞬間に、そこにあったはずのスポットライトは消えていた。ピッチがまるでねじ曲がっているかのように理解不能な混沌にピッチが変貌していく。
潔はこの時理解した。自分がこの男のことを全く理解できていなかったことを。
二人目は蜂楽、どこまでも深い疎外感。まるで試合を外で見ている人間のように、自分という存在が全くこの場所にいないという事を蜂楽は敏感に感じ取っていた。
そこにいるのは王馬にディフェンダー、そしてキーパー。
もうその世界にはそれだけの存在しかいなかった。
一度ボールをまたいでフェイントを入れる。視線や重心で本当にしか見えないフェイントに引っかかったディフェンダーを置いて、一気に縦に抜き去る。
ゴールラインギリギリ、マイナスのクロスを塞いでくる最後のディフェンダーを見て笑ってしまう。そんなところを警戒する必要なんて無いのに。
必死に全身を投げ出してシュートコースを消してくるキーパーを見て、あまりに穴だらけのその飛び出しに右足を振り抜く。決してミートさせるのではなくこすらせるように。
アウトサイドでこすられたボールはゴールを外れていた。少なくともそのコース通りに飛べば決してゴールはしなかった。しかし、バウンドした瞬間に回転が芝生を、地面を掴み、急激に角度を変えてゴールへと吸い込まれた。
完全な個人技、結局誰にもパスをすることなく、40メートルほど自分一人で持って行った。
“ファンタジスタ”
現代サッカーの絶滅危惧種となってしまった称号がその場にいた全員の頭に浮かんだ。
回転をかける蹴り方をした時に、逆方向に飛びながら蹴った後に着地に失敗したらしく、体に問題が無いか確認しながらボールを抱え上げながら戻ってきた王馬は固まっているチームメイトにあきれたような表情をして声を張り上げた。
「逆転すんだろ!! こっからだぞ気合い入れろよ!!」
その声にチームVの選手すら正気に戻った。目の前でとんでもないプレーを見せられたとはいえ、それはこっちも同じ、凪も大概やばい。ここで両チーム狙いは勝つためにシンプルな考えに行き着いた。
(エースにボールを渡せた方が勝つ)
残された時間は少ない、残されたチャンスはおそらく両チーム合わせて一回あるかないか。
目まぐるしく入れ替わっていく攻守に、ポジションなんていう概念は失われていく。こうなってしまえばもうディフェンダーもフォワードもない。激しいボール争いに、ついに中盤で誰よりも走り続けた雷市の足が止まり始める。
通常のサッカーであれば間違いなく交代させられる状態だが、この場面ではほかのメンバーが彼の分をカバーするしかない。完全に自分のプレーエリアを取り戻した玲王は最初王馬の守備を警戒したが、彼はゴールが狙える位置取りから離れることはなかった。
おそらくこの試合が始まってから1番自由にプレイできていた玲王だったが、なかなか効果的なプレイはできていなかった。あまりにも密集して混沌としたピッチ上、一撃で状況を変えるようなパスも、密集地帯を切り裂くようなドリブルも彼の中にはなかった。
サイドの斬鉄とパスを交換しながらなんとか凪へのパスを狙う怜王だったが、ゴールまで残り30メートル程の地点で五十嵐のスライディングで潰された。
ゴール前絶好の位置で得た千載一遇のフリーキック。
キッカーは御影玲王、狙うのは直接か?誰かに合わせるのか?
玲王の頭の中は完全に二つの選択肢でいっぱいいっぱいだった。合わせるなら凪や斬鉄が流れ込むエリアに蹴りこめばいい。きっと彼らなら決めてくれる、勝ちたいのであれば間違いなくそちらを選択するべきだ。
だがその一方でこうも思う。俺はワールドカップで優勝したくてサッカー選手になったんじゃないのかと、そのためにここにきて、そのために凪をサッカー選手にしたのだ。凪は天才だ、間違いなく将来日本代表になっているだろう。じゃあ俺はなれるのだろうか?
自分のなりたかったものはこんなものだったのだろうか。ここでゴールを決められる選手にあこがれたんじゃなかったか。
相手も、きっと味方も思ってる。俺はきっと凪に合わせる。
だからこそ、狙える。直接ゴールを……
誰にも悟られるな、チームメイトですら欺いて見せろ。擬態しろ勝負できない無力な俺を。
ここは蒼い牢獄、エゴイストしか生き残れない‼
大きく曲がり、ゴールの外側から巻いてくるようなシュート。
完全にだまし切ったそのシュートは壁になっていた選手の頭の上を通り、凪や斬鉄の頭の上を通り越して、ゴールにはならなかった。
補足しておくと、フリーキックというのはどれだけ一流のトップでも、それを武器にしている名手でも成功率は20%程度に限られる。世界一のストライカーの一人としてたびたび名前が挙がるクリスティアーノ・ロナウドですら、ロシアワールドカップ以降二年間以上フリーキックを決めることができていない。玲王のフリーキックは決して悪くなかった。ただあまりにも完璧すぎた擬態が精度をほんの少しだけ下げてしまった。
ポストに嫌われたボールはいまだにゴール前にふらふらと上がっている、重量級と呼べるような選手たちの力と力の勝負は決着がつかずにも誰もいないゾーンにボールが転がっていく。
そのセカンドボールを潔が拾い上げた。その瞬間、一気にカウンターのスイッチが入る。時間的にもこれがラストプレー、走れているもの、足がついてこないもの、それぞれがそれぞれの最後の瞬間を迎えた。
潔からのサイドチェンジ超ロングパス、誰もいないその広大なスペースに王馬が抜けだす。
最後の最後、誰もが自らのスタミナタンクを空になるまで走りぬいて、守備陣形すら崩れ去ったカオスな空間から抜け出せるのは強靭なストライカーのみ。
だれも止めることどころか、追いつくこともできずに完全独走状態に入った王馬は最後にシュートフェイントでキーパーを抜くと、そのままゴールにボールを流し込んだ。
敵陣のゴール前から必死に戻ってきていた凪と斬鉄が体を投げ出してシュートを止めようと試みるも、その時にはボールが完全にゴールラインを割っていた。
自分の体にあたって、掻き出そうと試みた結果サイドネットに引っかかっていたボールをつかんで、リスタートしようとした凪が走ろうとしたとき無情にも試合終了の合図が鳴った。
絵心甚八のレポートより抜粋
試合結果4‐3 勝者 チーム Z
個人評価
凪 誠士郎 3ゴール パフォーマンスは文句なしだがポテンシャルを使いきれていない感は否めない。特にその高身長を生かしたポストプレーや空中戦でほとんど見せ場がなかったあたりが課題。
御影 玲王 2アシスト パスセンスや状況判断などがこの試合は光っていた。守備でも貢献できるという点が高評価、ここから先のレベルで攻守の存在感を維持できるか要注目。
斬鉄 1アシスト ゴール前までの突破のような多くの場面で俊足を生かして存在感を発揮。右足でのボールの扱いが最大の課題。
………
王馬 翔 3ゴール1アシスト 文句なしの活躍。今まで見せていなかったドリブラーとしての能力などまだまだ引き出しがあるだろう。現状一番の不安点はこの男と化学反応を起こせる人間が果たしてブルーロックにいるのか。それだけである。
潔 世一 1ゴール1アシスト 強みも弱みも非常に明白だが、伸びしろも大きい。しっかりとフィジカルを鍛えれば一気に成長できるだろう。
蜂楽 廻 1アシスト 第一選考を通してだが、ドリブル、パス、クロスと非常に高いレベルだったがもっと自分が生きるプレーを見たい。王馬のためのプレーが目立っていた。
千切 豹馬 1アシスト 試合後半は完全にディフェンダーとしてプレイしたが、前半では攻撃でもチャンスを作っていた。斬鉄と同じようにスピードを生かした展開ならば圧倒的の一言。課題はオフザボールの動き。
国神 錬介 この試合では持ち味のミドルシュートが生かせずに終わった。攻撃面ではポジションを前目にしてキープなどで見せ場を作り、守備でも目立たないがいい活躍を見せた。今後はバリエーションや駆け引きが必要。
雷市 陣吾 中盤で誰よりも走っていた。最後にはばてていたが、そこを責めることはできないだろう。
まだがむしゃらに走っているシーンも見受けられる、視野を広げることができれば一気に伸びる可能性あり。
………
今回最後に少し試合の総評的なものを作りました。
こんな感じで次の話を第一選考振り返りにして、第二次選考に進みたいと思っています。
皆様の予想以上の反応をいただき大変うれしい限りです。
ストックがここでいったんなくなったので、第二次選考編が始まるまで少しお時間をいただくかもしれませんが、必ず続きますのでご安心ください。
では今後とも蒼の帝王を応援よろしくお願いします。