療養所の周囲にはウォーキングコースがある。療養所は街から離れた森の中にあって、森林浴を行いながら、ウォーキングを要するリハビリをできる。
複数ある内の一つのウォーキングコースをライスシャワーは一人で歩いていた。
リハビリのためではなく、昨日、食堂で話しかけてきた鹿毛で青い瞳のウマ娘に会うためだった。
食堂で朝食をとっていると、彼女がこのウォーキングコースを歩いているのが窓から見えた。だから、この道の先に彼女はいるはずだ。
トーカイテイオーには止められた。
「あんな子、ほっときなよ」
「うん。でも……なんか気になっちゃって……」
トーカイテイオーは大きく息を吐いた。
「ライスが気になるっていうなら止めないけどさー。ボクはいかないからね」
「ごめんね、テイオーさん……」
「いやいや、謝らないでよー」
トーカイテイオーは微笑む。
「ライスがやりたいことをやるのが一番だよ。ボクのことは気にしないで」
「でも……」
「その代わり、あの子のこと聞かせてね。昨日のことは何か事情があるのかもしれないしさ」
「うん。わかった」
ライスシャワーは一人でウォーキングコースを進んでいく。
森の奥に続いていく道は木々に囲まれている。六月で梅雨なので、曇り空から雨は降ってはいないけど湿気が少し高い。濃い緑の匂いがする。
視界がひらけた。湖沼が現れた。
道は湖沼の縁をなぞるように続いている。その途中に東家があるのが見えた。腰か胸かそのくらいの高さの壁の内側に誰かがいる。鹿毛の髪。たぶん、昨日の彼女だ。
東家に近づき、入り口に立つ。
ライスシャワーの胸くらいの高さの壁の内側に長椅子が据えつけられている。そこに彼女は座っていた。
手に持つタブレットに向けていた青い瞳を上げて、ライスシャワーを見た。
「あれ。ライスシャワーじゃん」
「こ、こんにちは」
ライスシャワーは頭を下げる。
彼女は挨拶を返してはくれなかった。黙って、顔をじっと見てくる。
続く沈黙に耐えきれなくなってライスシャワーは口を開く。
「あ、あの……?」
「ああ、ごめんね。そんなところに立ってないで、座りなよ。ここまで追いかけてきたってことは話があるんでしょ?」
「あ。うん。ありがとう」
彼女は入り口の正面に座っている。入って右側の椅子に座る。
もっと拒絶的な態度をとられるかもしれないと思っていたけど、そうでもなかった。
「昨日のことでしょ?」
そして、話も早かった。
「うん。なんだか、気になっちゃって……」
「ライスシャワーに気にしてもらえるなんて嬉しいことだけど、理由がなー」
彼女は大きくため息をついた。
「いや、違うよね。まずは」
立ち上がると、頭を下げてきた。
「昨日はごめんなさい」
直角に近いくらいまで腰を曲げている。
「え、あの、えっと……」
いきなりすぎて、逆に困ってしまった。こんなにあっさりと、昨日のことを謝られるとは思っていなかった。
「ライスはその、怒ってるとかそういうんじゃなくて、気にしてないんだけど……」
「ほんとに?!」
彼女はいきおいよく頭を上げると、笑顔になる。
「よかったよかったー。いやー、スターウマ娘を二人も相手にあんな態度とっちゃったからさー。あのあと頭が冷えたら、あたしはなんてことしちまったんだー、めちゃくちゃヤバイんじゃないかーって不安だったんだよねー。本読んでても全然頭に入ってこないくらいでさー。府中からうちの学校に苦情きたらどうしよう、あたしももうおしまいかー、辞世の句でも読んどこうかなーって思ってたところだったんだよねー。あー、よかったよかったー」
めちゃくちゃ長セリフだった。
「あ。でも、テイオーさんはけっこう怒ってたかも……」
「そうだよね!」
彼女はガックリと肩を落としてうなだれた。
「やっぱりあたしはもうおしまいだー……」
浮き沈みが激しい。
なんか。
昨日とは全然、印象が違う。
「でも、たぶん、テイオーさんも謝れば許してくれるんじゃないかな……」
「許してくれるかなー……?」
今にも泣き出しそうな、情けない声を出した。
「たぶん、大丈夫だよ。そうだ、ライスも一緒に謝ってあげるから」
見かねてそんなふうに言ってしまう。
「ほんとに?!」
再びいきおいよく頭を上げた。
「ほんとにほんと?!」
「う、うん。ほんとだよ」
「よし。じゃあ、早速謝りに行こう。すぐ行こう。今すぐ行こう」
歩き出そうとした。
「ま、待って、待って」
「うん? どうしたの?」
立ち止まってくれた。
「昨日、なんであんなこと言ったりしたのか聞いておきたいかなって」
「あー。そうだよね。そりゃ、そうだよね」
再びイスに腰かけた。
「なんでかっていうと、うーん、説明が難しいなー。簡単に言うと、うーん、いや、なんか変な誤解されちゃいそうだしなー」
うんうんとうなり出した。
「ライスシャワーは分校に友達とか知り合いとかいる?」
トレセン学園には、ライスシャワーが通っている府中以外にも分校がある。
「ううん。いないよ」
「じゃあ、分校に通うあたしみたいなウマ娘たちのことなんて全然わからないよね?」
「ごめんね。わからない、かな……」
ライスシャワーは府中にしか通ったことがない。分校の生徒との交流も全くない。分校がどんなところなのか全くわからない。
「そっから説明ってなるとちょっと長い話になっちゃうかもだけど、いい?」
「うん」
ライスシャワーはうなずく。