遅筆すぎて、ごめんなさい。
府中と分校の話はかなり独自解釈です。
まずさ、府中と分校ってレベルがぜんぜん違うんだよね。
府中って、メイクデビューも未勝利戦も勝てないウマ娘ってほとんどいないでしょ? 勝つことが当たり前ってくらい、ほとんどのウマ娘が勝って、トゥインクルシリーズに進むでしょ?
分校はね、逆なんだよ。ほとんどのウマ娘はトゥインクルには行けない。たいていのウマ娘は未勝利戦も勝てなくて、地方レースで走るか、学園を去る。
もうね、トゥインクルの重賞に挑戦できるってだけでもマジですごい超優等生なんだよ。チームカノープスだっけ、まったくGⅠに勝てなくてイロモノ扱いされてるっていうチーム。いやいや、イロモノなんてとんでもない。そのレベルでも、あたしたちからしたらめちゃくちゃすごいの。れっきとしたスターウマ娘だよ。この感覚、府中にいるとわからないよね?
言わば、府中にいるウマ娘は選ばれしウマ娘なんだよね。ほんとにさ、選ばれしウマ娘なんだよ。どうやって選んでるのか知らないけど、府中に入学できただけで、スターウマ娘になることは約束されたようなものだよ。
分校からGⅠに勝つようなスターウマ娘が出ることもあるけど、ほとんどいないよ。ほとんどっていうか、ほぼいないって言っていいくらい。
それでもね、みんながんばるんだよ。トゥインクルシリーズに進むことが出来たウマ娘は死にものぐるいでがんばる。自分もスターウマ娘になれるかもしれないっていう、夢への切符を手に入れることができたから、がんばる。でも、そんな夢はほぼ叶わない。がんばって、がんばって、がんばっても、限界が必ずどこかにある。能力、才能、素質、故障、そういった限界がどこかで訪れる。自分はスターウマ娘にはなれないことをわかってしまう。たった一度の輝きすら手に入れられないことをわかってしまう。
そういった気持ちになったときに、スターウマ娘がキラキラ輝いているのを見る。口では賞賛しても、あんなふうにはなれないと思うと、どこか暗い気持ちが湧いてくる。どんなにがんばっても、スターウマ娘たちが持っているものを自分たちは手に入れられない。そう思うと、心の隅っこに暗い穴が開く。そこから暗いものが湧いて出てくる。スターウマ娘にどこか暗い眼差しを向けるようになってしまう。
長い前振りだったけど、ここでようやくライスシャワーの登場だよ。
ミホノブルボンの無敗の三冠、メジロマックイーンの天皇賞春三連覇。その大記録をライスシャワーを阻止した。
あたしたちは静かに、ライスシャワーを賞賛した。よくやってくれた。よくぞ、スターウマ娘の輝きを奪ってくれた。おおっぴらにそんなことを大声では言えない。積極的に、輝きが奪われることを願っていたわけでもない。でも、心の深いところでライスシャワーの走りに感銘を覚えた。
そして、ライスシャワーはあたしたちのヒーローになった。
そう。
キラキラ輝くスターウマ娘を倒してくれるダークヒーローに。
「ライスがダークヒーロー……?」
まさか、府中の外ではそんなふうに思われていたなんて。
「で、でも、ライスは全然そんなつもりなんてなくて……」
勝ってみんなに認めてもらいたくて、ミホノブルボンのヒーローになりたくて、大記録を阻止したいなんて気持ちは全くなくて。
あれ。でも、認めてもらうという点では成功していたのかもしれない。思っていたのとは全然違う方向すぎるけど。
「あー、うん」
鹿毛で青い瞳の彼女は苦い顔でうなずいた。
「さっきから見てて思ったけど、ライスシャワーはそういう感じじゃないよねぇ。あたしのイメージだと、もっとダークヒーローみたいな感じだと思ってたんだけどなぁ。なんていうか、こう、顔に手のひらを当てて、指の間から覗く目で睨みつけながら、私の青き炎でおまえらスターウマ娘を焼き尽くす、とか言っちゃうみたいな」
「そんなこと言わないし、炎なんて出さないよぉ……!」
「でも、目から青い炎だしてたよね?」
「……? 出してないよ……?」
「んー。そう見えただけかなぁ。まあ、そうだよね。目から炎が出るなんてアニメの演出みたいだもんね。まあ、とにかく、私はライスシャワーをダークヒーローだと思ってたんだよ。もうね、神格化して見てたって言ってもいいくらいに陶酔してたの」
「そんなに……?」
神格化って、神様みたいに思うってことのはずだ。スケールが大きすぎる。
「ようやく本題なんだけど、それが昨日の行動の理由なんだよね。ダークヒーローとして崇拝しているライスシャワーが、奇跡の復活をはたして今もっとも輝いていると言っていいトーカイテイオーと一緒にいるのを見て、とても衝撃を受けちゃってね。ライスシャワーはそうじゃないだろって、裏切られた、みたいな気持ちになっちゃって、もうね、わけわからなくなっちゃって、あんなことしちゃったんだよね」
「そうなんだ……」
彼女の気持ちを裏切ってしまったことに対して謝るべきなのか迷ったけど、それも違うような気がした。
「やっぱりイメージと全然違うなぁ。あたしが思っていたライスシャワーはそんな、申し訳なさそうな顔なんてしないもん」
彼女は大きなため息をついた。
「そうなんだよね。あたしの妄想だったんだよね。勝手に幻想を押しつけちゃってただけなんだよね。頭が冷えるとそれがわかっちゃって、二人には失礼なことしたなって」
だから、ごめんなさい、と彼女は再び謝った。
昨日の彼女の態度はまったく気にしていない。
彼女の言う、ダークヒーローみたいなものになるつもりはなかったし、なりたいかと言うと、そうでもない気がする。
期待されることは嬉しい。それがどんな形でも。
嫌ではない。
期待されることは嫌ではない。
ミホノブルボンの気持ちも嫌ではなかった。
重い、と言ってしまったけど、嫌ではなかった。
ただ。
それに応えられそうもない自分が嫌だった。
それだけだった。
ミホノブルボンを嫌になるなんてことはありえない。
でも、耐えられなかった。
ミホノブルボンの気持ちに応えられそうもない自分に耐えられなかった。
ミホノブルボンはそれでも良いのだといってくれたとしても、自分が耐えられなかった。
自分がいけないんだ。
自分が弱いから、いけないんだ。
みんなみたいに強くないから、いけないんだ。
トーカイテイオーだって、くじけそうになったこともあった。ケガのせいで引退しようともしていた。でも、立ち上がった。
それは知っている。
そんなふうに、トーカイテイオーみたいになりたい、と思う。
でも、自分はトーカイテイオーみたいにはなれない、と思ってしまう。
心が真っ直ぐに立ってくれない。
暗い方に向かって倒れていこうとしてしまう。
それではいけないのに。
弱いままではいけないのに。
それなのに、弱いままだ。
だから、ミホノブルボンの気持ちに背を向けて、トーカイテイオーの明るさからも目をそらしてしまった。
そこで気付いた。
なぜなのかわかった。
昨日の彼女の攻撃的な態度に心を惹かれてしまった理由がなんとなくわかった。
トーカイテイオーを攻撃したいわけではなかったけど、簡単に流されてしまう弱い自分の後ろ暗い気持ちを代弁してくれたように感じたからだったんだ。
なんだか、スターウマ娘に暗い気持ちを抱いて、自分をダークヒーローだと思う彼女たちのことがわかったような気がした。
さっきまでよりも身近に感じた。
「ううん。ライスは昨日のことは全然気にしてないよ。でも、みんなの期待にはもう応えられそうにないかな。ごめんね……」
「いやいや。それはあたしたちが勝手に思っているっていうだけで、ダークヒーローになってほしいってわけじゃないよ。だから、ライスシャワーが気にすることじゃないからね」
みんなのダークヒーローとして振る舞えないことを謝ったのだと彼女は思ったらしい。
「あ、ううん。それもそうなんだけど。ダークヒーローって言われてもよくわからないし……。でも、そうじゃなくて、ライスはもう走れないかもしれないから……」
ライスシャワーはうつむく。
「そっか。療養所にきたってことはケガしたってことだもんね。そんなにひどいの?」
「骨折なんだけど、前みたいにはもう走れないかもしれないって……」
「そうなんだ……」
彼女は声を落とした。
「ライスシャワーが骨折かぁ……」
言葉を確かめるように言って、黙った。
沈黙が続く。
森の奥からは虫や鳥の鳴き声が混ざり合って響いてくる。
湖沼の水面に浮かぶ虫を食んだ魚が、小さな水音を立てた。
ライスシャワーは口を開く。
「え、えっと、どういうケガでここに来たの?」
「私は屈腱炎だよ」
彼女は軽い口調で答えた。
「え、それって……」
屈腱炎。
不治の病。
ウマ娘のガン。
そう呼ばれるケガだった。
治るまでに長期の療養を要し、治っても再発の恐れがある。
かなりの重症だ。引退するかどうかという話がでるほどの。
でも、彼女の口調は軽い。
「そうなんだよねー。スターウマ娘にもなれずに、こんなケガしちゃってさー。トレーナーはさ、おまえはまだまだ才能を発揮しきれていない、もっと上を目指せるはずなんだ、って言ってくれて、療養してるんだけどさ、正直言って全然やる気になれなかったんだよね。ここらへんがあたしの限界なのかなーって」
なぜだか、彼女の言葉には悲壮感がない。そんな重傷だというのに、言葉に重さがない。
「でもね、ライスシャワーと会って話してたら、なんだかやる気が湧いてきたんだー」
彼女は微笑んだ。
「自分でも変な話だと思うんだけど、弱いままでも強くなれるんだーって思ったんだよねー」
「弱いままでも、強く……? どういうこと……?」
彼女の言いたいことが全くつかめない。
「バカにしてるとかじゃないから、誤解しないでもらいたいんけど、いいかな?」
「うん」
「ライスシャワーってさ、レースではあんなに鬼みたいな顔して、鬼みたいな走りをしたじゃない? めちゃくちゃ強いウマ娘なんだって思ってたのに、実際会ってみたら全然強そうに見えないなーって。弱気っていうかさ、私は強いんだーっていうのが全然感じられない。だからさ、なんていうか、弱いままでも強くなれるんだなー、って思ったんだよね。弱いあたしでもがんばったら、もしかするとあんなふうに強くなれるかもしれない、って思ったんだ。ね、なんか変な話だよね」
彼女は恥ずかしそうに笑った。
弱いままでも、強くなれる。
たしかに、変な話な気もするし、全然理屈も通ってないような気もする。
でも、言いたいことはなんとなくわかった気がした。
ミホノブルボンとメジロマックイーンに勝てたのは、自分が強かったからだとは全然思えていない。
強いウマ娘、というものになれたとは全然思えていない。
二人に勝ったからと言って、弱い自分がどこかに行ってしまったわけじゃない。
変わらず、弱い自分はそこにいる。
そうだ。
強くないから、がんばったんだ。
弱いから、がんばったんだ。
がんばって、がんばって、がんばったから、二人に勝てた。それだけだ。
自分は弱い。
強くなんかない。
弱い。
そうだ。
弱さが一つ増えただけだ。
骨折という弱さが一つ増えただけだ。
それだけだ。
たったそれだけのことだ。
強くなる必要なんかない。
トーカイテイオーみたいになる必要なんかないんだ。
弱いままでも、がんばればいいだけなんだ。
今までと何も変わらない。
弱いライスシャワーのままでも、がんばればいいだけなんだ。
「ありがとう」
ライスシャワーは彼女に笑顔を向ける。自然と笑顔になっていた。
「え? 急にどうしたの?」
いきなり感謝されて戸惑っているらしい。
「あなたと話せてよかったな、って思ったから。本当に、ありがとう」
「えっと、どういたしまして?」
「ライス、テイオーさんと話しに行くね」
ライスシャワーは立ち上がる。
「え? あ、うん。いってらっしゃい」
東家を後にし、トーカイテイオーがいる療養所への道を戻る。
足が軽く感じた。