ライスシャワーは祝福の名前だから   作:あえすたーす

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春から秋⑦

 ミホノブルボンは寮の自室で腐っていた。

 休日ではあったが、何もする気が起きない。ベッドから起き上がる気にもなれない。

 ライスシャワーが骨折してからは他のチームの手伝いをしていた。サブトレーナー的な立ち位置で雑務をこなした。複数のチームの雑務をこなし、休日もほとんどとれないほどの多忙さに身を置いた。時間が空いてしまうことをとにかく避けた。

 しかし、その日はすっぽりと穴が空くようにすることがなくなってしまい、こうして自室で腐ることになってしまった。

 以前なら、ライスシャワーがトレーニングするのを眺めたり、ライスシャワーのトレーニングメニューを考えたり、他のウマ娘の情報を収集して脳内のミホノデータベースにインプットしたりしていた。

 ライスシャワーがいないと、一人きりでは何をすればいいのかもわからない。

 それよりも前はどうしていただろうか。トレーニングをするか、トレーニングやレースのことを考えるか、そのどちらかだったような気がする。

 だから、今の自分は何をすればいいのか、何をしたいのかすら、まるでわからない。

 ベッドに横たわって、丸くなることしかできない。

 体にカビでも生えてしまいそうだった。

 むしろ、カビになってしまいたい。

 米びつの隅に取り残された米粒に生えるカビのようになってしまいたい。

 ドアがノックされた。

 同室のニシノフラワーは出かけていて、この部屋には自分一人きりだ。

「はい、どうぞ」

 返事をするとドアが開き、ステージチャンプが部屋に入ってきた。

「やっほ〜、ブルボン〜」

 ニシノフラワーではなく、自分を訪ねてきたらしい。

「迎えにきたよ〜」

 そこで思い出した。

 ステージチャンプのトレーナーの上厚真芹花と出かける約束をしていたのだ。

「明日の夕方ヒマ?」

「特に予定はありませんよ」

 どうせ部屋で腐るだけだろう。

「じゃあ、デートしよう」

 唐突にそんなことを言った。芹花にはそういう趣味があるのだろうか。

「デート、ですか」

 芹花は笑顔を見せる。

「そんな目で見ないで。ただの冗談だよ。ステンも来るし」

 それでステージチャンプは迎えに来てくれたのだろう。

 ステージチャンプの私服姿を初めて見たが、なかなかすごい格好をしている。黒を基調としたドレスを着ている。これはいわゆるゴシックロリータいうファッションだろう。ステージチャンプはライスシャワーと背格好が似ていて背が低いので、そんな服装が似合っている。かわいいと言ってしまっても差し支えないだろう。

 その手にはもう一着、似たようなドレスを持っている。

「はい、これに着替えて〜」

「私がその服にですか?」

「うん〜。芹花の服だけど、サイズ合うはずだから〜って」

 芹花には意外な趣味があるらしい。

「別に構いませんが」

 こんなかわいらしい服を着るのは初めてだが、どうということはないだろう。

 

 どうということはないだろうと思っていたが、周囲の視線がものすごく気になる。

 ミホノブルボンは夏祭りの会場を歩いている。周りには浴衣を着た人やウマ娘が多い。夏祭りらしい格好だ。

 明らかに周囲から浮いている。すれ違う皆が奇異の視線を向けてきているように感じる。その視線がとても気になってしまう。

 ステージチャンプと芹花は平然とした顔をしている。向けられる視線に臆することなく、とても堂々とした立ち振る舞いをしている。二人はゴスロリファッション上級者なのかもしれない。

 こんな服はなんともないと思っていた。しかし、思っていたよりも心理的影響が大きいことに気付いた。

 普段は着ないようなかわいらしい服だからだろうか。それとも、皆とは明らかに異なる、場にそぐわない服を着ているからだろうか。あるいはそのいずれでもないのか。判断がつかない。うまく分析ができない。

「はい。これ〜」

 ステージチャンプがりんご飴を渡してくる。芹花が買った食べ物を次から次に渡してくる。

 焼きそば、ホットドッグ、チョコバナナ、お好み焼き、冷やしパイン、揚げ餅、ベビーカステラ。ステージチャンプと一緒にひたすら料理を食べていく。ウマ娘の胃袋は大きいので、苦もなく食べられる。芹花はほとんど料理を食べず、二人が食べる様子を見ているだけだ。

「会場にある料理を全て制覇でもするつもりなのですか?」

「お。気づいた? いやー、ウマ娘の食べっぷりはいいよねー。私はダイエット中だからさ、二人が食べまくってるところ見て満足しようかなって。いつもはステンだけだけど、ブルボンちゃんもいたら満足度が二倍だよ」

「なるほど。そういうことですか」

 芹花はウエストの形がはっきり出る、ドレスらしいドレスを着ているが、ステージチャンプと自分はゆったりめのワンピースだ。いくら胃袋が大きいと言っても、食べたものが消えてなくなるわけではない。食べた料理は腹部の体積を増加させる。食べすぎれば、腹が出てくる。ステージチャンプは自分よりも体が小さいせいか、腹部の膨らみが服の上から見て取れるくらいになっている。

「ブルボンちゃんは食べるの嫌い?」

「いえ、そんなことはありませんよ。制覇してみせましょう」

「いいねー、やる気だねー。どんどん食べてこー」

 出店を回って、食べ歩く。

 ステージチャンプはマイペースにゆっくりと料理を食べるが、おいしそうに食べる。いくら食べても飽きる様子も一切なく、一口一口を味わって食べている。

「おいしいね〜」

 新しい料理を口にするたびに笑顔を見せる。

「ええ、おいしいですね」

 おいしいという言葉が自然と出ていた。久しぶりにおいしいという感覚を味わった。

 一通り出店を回ると花火の時間が近づいてきたので、祭り会場を出て移動する。近くにある小山の上に造成された公園から花火がよく見えるらしい。

「ライスちゃんさ」

 住宅街の路地を歩きながら芹花が言った。

「私たちがお見舞いに行ったら意外に元気そうだったんだ。がんばるって笑顔で言ってた」

「そうなんですか」

 全く想像がつかなかった。自分に対してはあんなにつらそうにしていたというのに。

「ライスちゃんはがんばり屋さんだからなーって、あんまり心配しなかったんだけど、たぶん違うんでしょ。ブルボンちゃんの様子を見たらそう思ったんだ。本当はひどく落ちこんでて、ブルボンちゃんに何か言ったんじゃないかなって」

「……はい、その通りです」

 あの時言われた言葉を思い出すと心が軋む。

「つらそうな顔だね」

「そんな顔になっていましたか」

「うん。でもさ、ブルボンちゃんだからだと思うんだ。他のみんなにも聞いてみたんだけどさ、意外と元気そうだったって言ってた。みんなには強がってたんだと思う。でも、ブルボンちゃんにだけは嘘をつけなかったんじゃないかな。ブルボンちゃんにだけは本音の弱音を吐いたんじゃないかな。ライスちゃんにとって、ブルボンちゃんは特別だったからなんじゃないかなって思うよ」

「そうなのでしょうか」

 わからない。うまく分析できない。ライスシャワーのことになると様々な考えが浮かんできてしまって、考えをうまくまとめることができない。

「よくわかりません」

「うん。今はそれでいいと思う」

 芹花は優しく微笑んだ。

「ライスちゃんはブルボンちゃんのところに戻ってくるよ、必ず。まあ、なんの根拠もないけどね」

「それは必ずと言ってもいいのですか?」

「あはは。そうだね。根拠はないけど確信はしてる、みたいな感じかな。直感と人生経験だね」

「よくわかりません」

 非論理的すぎて、理解が難しい。

「そうそう。ブルボンちゃんはもっと頭を柔らかくしてもいいと思うんだよね。合理性とかそういうのも大事だとは思うけど、そうではないものも大事だと思うんだ」

「もしかして、この服で祭りに来たのはそういうことですか?」

「よく気付いたね。そういうことだよ。って言いたいところだけど、これは単なる私の趣味。かわいい格好したブルボンちゃんが見たいなーって思って」

「ご満足いただけましたか?」

「それはもう!」

「それならよかったです」

「ライスちゃんとも肩の力を抜いて接したらいいんじゃないかな? どっかに遊びに行ったりとかさ」

 言われて気付いた。今までライスシャワーと一緒にどこかに遊びに行ったことがない。トレーニング用品やレースに必要なもの等を買いに行ったついでに食事をとるくらいのことはあった。純粋に遊びに出かけるということは全くなかった。そもそも、遊びに出かける、という発想がなかった。

「考えておきます」

「うんうん。そうしてみて」

 小山の上の公園にたどり着く。

 花火があがる。

 三人で横に並んで、花火を見上げる。

 夜空で花火玉が炸裂して火花が飛散する。放射状に拡散して球を形作り、大きく広がっていくが、次第に熱と光を失って夜空に溶けるように消えていく。遅れて音が届く。花火玉が爆発した大きく低い音が腹に響く。

 続けて何度も花火が上がる。

 花火なんてものはただ、たくさんの火花が広がって、大きな音が出ているだけだ。でも、それだけなのにどうして、こんなにも心に響くのだろうか。

 ライスシャワーなら、キラキラした目で花火を見るのだろう。

 一緒に、花火を見たい。

 そう思った。

 隣にいてほしい。

 強く、そう思った。

 

 花火が終って、寮へ帰る。芹花とは途中で別れ、ステージチャンプは寮の棟が別なので、一人で自分の寮へ向かう。

 自分の頭はついにおかしくなってしまったのだろうかと思った。

 ライスシャワーを想い、会いたいと思うあまりに、心までおかしくなってしまったのだろうかと思った。

 ついに幻覚まで見えるようになってしまうなんて。

 寮の玄関の前に立つライスシャワーの幻覚が見えた。

 幻覚のライスシャワーが振り向いて、こっちを見た。じっと見つめてくる。

「か……」

 ライスシャワーが口を開く。幻覚だとういうのに、声まで出すらしい。

「かわいい! え、え、どうしたのブルボンさん、その格好! すごいかわいい! ねえねえ、写真撮ってもいい?!」

 今の自分はゴスロリ服を着ているのだった。

 ライスシャワーは興奮して喜んでいるように見える。幻覚だとしても、そんなライスシャワーの姿が見れただけで、崩れ落ちて泣き出してしまいそうだった。

「あれ、ブルボンさん……? どうしたの……? 大丈夫……?」

 棒立ちでなんの反応も示さない自分を気づかうように言ってきた。幻覚だというのに、そんな対応までするなんて。

 いや、これはもしかして幻覚ではないのでは。

「……本物のライス、なんですか……?」

「本物……? ライスの偽物がいるの……?」

「いえ、偽物はいません。今、目の前にいるライスは私の願望が生み出した幻覚ではないかと疑っていまして」

「え? ライスは幻覚じゃないよ?」

 ライスシャワーに近づき、頬に触る。

「ひゃっ」

 本物だった。

 本物のライスシャワーだった。

「いきなり触るからびっくりしたよぉ」

「あ、すみません」

 手を離す。

「あ、違うの! 謝らないといけないのはライスの方だから!」

「いえ、いきなり触った自分が悪いのです」

「ううん、そうじゃなくて! ブルボンさんにひどいこと言っちゃったから! ブルボンさんを傷つけちゃったから! ごめんなさい!」

 ライスシャワーは腰を折り曲げて、頭を深く下げた。

 ライスシャワーが何を謝りたいのか気づいた。病室の、あのときのことだ。

「ライス、頭を上げてください」

 ゆっくりと頭を上げて、弱々しく不安そうに揺れる目で見てくる。

「私も悪かったんです。ライスに自分の気持ちを押しつけすぎていました。私のヒーローであってほしいという気持ちを。こちらこそ、すみません」

「ううん、ブルボンさんは悪くないよ! ライスがいけないんだよ!」

「では、二人とも悪かった、ということですね」

「え……?」

 理解が追いつかなったかのように短い声を上げた。

「それでいいですか?」

「う、うん。本当にそれでいいの……?」

 ライスシャワーはまだ不安そうな顔をしている。

「では、私のお願いをきいてもらえますか?」

「お願い? うん、なんでも言って」

「私とデートして下さい」

「デ、デデデデデデート⁈」

「冗談ですよ」

 ミホノブルボンは微笑む。

「私はライスと一緒にいたいんです。ヒーローでなくてもいい。ライスと一緒にいたいんです」

 そうだ。

 ヒーローかどうかなんて関係ない。

 ただ、ライスシャワーと一緒にいたいだけだ。

 それだけだ。

「だから、私と一緒にどこかに遊びに行きませんか?」

 ライスシャワーが笑顔になる。

 とても嬉しそうな笑顔になる。

 泣き出しそうな声で言う。

「うん。ライスも……ライスも、ブルボンさんと遊びに行きたい」

 泣き出したいのは自分もだった。

 よかった。

 ライスシャワーの笑顔をまた見ることができて、よかった。

 心から、そう思った。




「春から秋」の章はこれでおしまいです。
え? 秋要素がないじゃないかって?
次のレースは有馬記念で冬だから「春から秋」でいっかー、とテキトーにタイトルをつけた結果です。気にしないでください。
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