ライスシャワーは祝福の名前だから   作:あえすたーす

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それぞれの現在地点①

 ライスシャワーは朝食で十二枚目の食パンを手にとったところでため息をついた。

 最近、ため息をついてばかりだ。

 ずっとレースで勝てていない。メジロマックイーンに勝った天皇賞春から九ヶ月、一度も勝てていない。先月十二月末のトーカイテイオーが復活勝利した有馬記念までに四戦して入着が一回のみという惨状だった。

 ライスは私のヒーローだとミホノブルボンは言ってくれているのに、不甲斐なさで消えてなくなりたくなる。

 ライスシャワーは再びため息をついた。

「ため息ばっかりだな」

 背後から急に声をかけられた。

「ひゃあ!」

 驚いて振り返ると、ゴールドシップが立っていた。

「ライスは朝からしけたツラしてやがんなぁ。どれ、ゴルシちゃんが元気の出るジャムをパンに塗ってやるよ!」

 ゴールドシップが手に持つボトルをぎゅっと握ると、細くなっている先端から黄色の液体がライスシャワーの持つ食パンの上に勢いよく注がれる。その黄色い液体には少し粘り気があり、ツーンとする臭いがある。

「ふぇっ。こ、これ、なんのジャムなの……?」

「これはな、カラシジャムだ」

 ジャムの定義ってなんだっけ?

 どう見てもジャムではなくただのカラシだ。

 カラシは食パンの上で大きな池を作り、今にも溢れんばかりの水量を誇っているが、カラシボトルを握るゴールドシップの手が緩む気配はなく、カラシの滝が注がれ続けている。

「ライスこんなの食べられないよぉ!」

 カラシの流入を防ぐように食パンを真ん中から折り畳んで閉じる。その勢いでカラシが跳ね、ゴールドシップの目に飛びこんだ。

「目ぐあああああああ!!!」

 ゴールドシップは目を手で抑えて、床の上でもんどりうった。

 ライスシャワーはカラシパンを皿に置くとイスから立ち上がる。

 そこでスペシャルウィークが通りがかった。

「あれ、ライスちゃん。パン残ってるよ?」

「もういらない……」

 気のない返事をする。

「じゃあ、私が食べちゃうね」

「うん……」

 食堂の出口に向かいながら、ライスシャワーはまたため息をつく。その背中をスペシャルウィークの悲鳴が追いかけてきた。

 ライスシャワーは慌ててとって返して、スペシャルウィークに頭を下げる。

「ご、ごめんなさい! ごめんなさい! ライスがちゃんと注意すればよかったよね! ごめんなさい!」

 

 

 

 食堂から出たライスシャワーはトレーニング場に向かう。その道中、道の脇の芝生の上で倒れているウマ娘を発見した。左半身を下にして、背中をこっちに向けている。顔は見えない。

「え、え。誰か倒れてる……!」

 慌ててその子に駆け寄る。

「だ、大丈夫?!」

 正面に回りこむ。顔が見えるようになる。

 草を食べていた。

 雑草をムシャムシャと食べていた。

「え、え」

 困惑した。

 どうしてこんな道端で草を食べているのだろう。

 寮の食堂に行けばご飯を食べることができる。ウマ娘には食欲旺盛、胃袋無限大の子が多いので、大量の食事が用意されているから、食いっぱぐれるということはないはずだ。それに、お金がかかるということもない。

 それなのに、どうして草なんかを食べているのだろう。

 草が好きなのだろうか。いや、それにしては特に美味しそうに食べている様子もない。口でくわた雑草をブチブチと引きちぎり、モグモグと咀嚼しているけど、それは単調でゆっくりとした動作で、機械的な動作のようですらある。美味しいから食べている、という印象は全くない。

 とりあえず、気を失って倒れている、というようななんらかの緊急事態が起きたわけではないみたいで安心した。

「えっと、えっと」

 なんて声をかけようか迷ってしまう。

 先にその子の方が口を開いた。

「草おいしいな〜」

 ゆったりとした口調。美味しい、という感動がまるで感じられない。

「く、草、好きなの?」

「全然〜」

 ますます困惑した。

「じゃ、じゃあ、なんで食べてるの?」

「なんでかな〜。そこに草があるから〜?」

 聞き返されても困ってしまう。

 なんだか不思議な感じの子だと思った。

「えっと、ライス、トレーニングいくから」

 放っておいても問題なさそうだと判断して、トレーニング場に向かうことにした。

 そこで、スーツを着た女性が勢いよく歩いてきた。

「ステン。またこんなところで道草食って」

 倒れている子はゆっくりと首を動かして振り向く。

「あれ〜。トレーナーだ〜」

 スーツの女性はどうやらこの子のトレーナーらしい。

「トレーニングの集合時間過ぎてるよ」

 時間になっても来ないこの子を探しにきた。そんな感じみたいだ。

「え〜。まだ時間じゃないよ〜」

「もう八時過ぎだよ」

「うそ〜。まだ七時だと思ってた〜」

「もう。また勘違いしてたの?」

「そうみたい〜」

 緩慢な動作で立ち上がる。時間に遅れているというのにも関わらず、急ごう、という気概を全く感じさせない。

 不思議な感じでとてものんびりした子だ、とライスシャワーは思った。

 この時、ステンと呼ばれたウマ娘、ステージチャンプにライスシャワーは運命的な何かを感じていた。

 それはウマ娘が持つ別世界の名前と魂に関係している、と言われているらしいけど、それがなんなのかははっきりとはわからない。

 でも、運命的な何かを感じていた。

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