とはいえ、自分らしい走り方。
考えてみても、全然わからない。どういうふうに走ればいいのかな。
ミホノブルボンとメジロマックイーンはどんなふうに走っていただろうか、と思い出そうとしてみても、全然思い出せない。覚えているのは、その背中ばかりだ。前をひた走る背中。何を考えて、どんなふうに走っていたのか、全くわからない。
ライスは追いかける事しか考えていなかったんだ、と改めて認識した。
トレーニング場から寮に帰る道で、そんな事を考えながらうつむいて歩いていると、何かにぶつかった。
白くてフワフワした大きなものだった。
それは顔にからみついてきた。
「わっわっ」
後ずさって逃れる。
「おや、ライスシャワーじゃないか」
顔を上げると、ビワハヤヒデが振り向いていた。ぶつかったのは、ビワハヤヒデのボリュームたっぷりな髪の毛だった。
「ひぇっ、ごめんなさい! ごめんなさい!」
「何か考え事でもしていたのか?」
「え、う、うん……」
「ふむ、そうか。これも何かの縁だ。少し話をしないか?」
「ライスと……?」
ビワハヤヒデと面識はあったけれど、じっくりと話すような機会はなかった。
「ああ、少し話をしておくのも必要なのではないかと思ってな」
なんの話かな。
道の脇にあるベンチに並んで座る。
「どうにも気になってしまってな。その、なんて言えばいいだろうか。ライスシャワーは最近、調子が悪いだろう?」
ビワハヤヒデはすごく言葉を選ぶようにして言った。
調子が悪い。つまり、レースで勝てていないことを言っているのだとわかった。
「うん、そうなんだよね……」
ライスシャワーの耳が垂れる。
ビワハヤヒデは慌てるように早口で言う。
「ああ、待て待て。落ちこませたいとかそういうわけじゃないんだ。しかし、現状についての話から始めなければ、その先の話をできないだろうからな。他意はないんだ」
気をつかってくれているらしい。
ビワハヤヒデさんってけっこう優しいのかな。そう思った。
「うん、大丈夫だよ。勝てないことを気にしてはいるけど、それはビワハヤヒデさんに言われたせいじゃないから」
「そうか。それならいいんだが」
ビワハヤヒデはほっとしたように息をついた。
「どうにもな、ライスシャワーの調子が悪いことが気になってしまってな」
「どうしてビワハヤヒデさんが……?」
仲が良いというわけでもない。話したこともほとんど、いや、全くと言っていいほどない。気にかけてくれる理由が全くわからない。
「それは、ライスシャワーは強いウマ娘だと思っているから、という感じだな。もっと走れるはずなのに、最近の走りを見ていて、歯がゆい気持ちになってしまったんだ」
「ライスを強いと思ってくれているの……?」
それもなんだか不思議な話だ。たぶん、ライスシャワーよりもビワハヤヒデの方が強いウマ娘だ。デビューしてから一年とちょっと、十戦くらいしてビワハヤヒデは一着か二着のみを獲り続けている。故障することもなく、安定して強い走りを続けている。間違いなくライスよりも強い。そう思わされるほどの戦績だ。
「天皇賞春の走りはすごかったぞ。思わず、すごいと口にしてしまうほどだった。本当に、素晴らしい走りだった。あれほどの走りができるライスシャワーが弱いわけがないと、私は思っている。実際に、ライスシャワーは強いウマ娘なのだろう?」
そう質問してきた。
買い被りすぎだ、とは言えなかった。最近はレースに勝てていない。自信も失いかけている。だからといって、ライスはそんなに強いウマ娘ではない、とは言えなかった。
それは謙遜ではなく、侮辱になってしまうからだ。メジロマックイーンへの。
弱いウマ娘に負けたのだとしたら、メジロマックイーンはとても弱いウマ娘になってしまう。メジロマックイーンは強いウマ娘なのだ。すぐ後ろで、すぐ近くで、あの背中を見たのだ。力強く走るメジロマックイーンの背中を。そう、メジロマックイーンは強いウマ娘なのだ。
ライスシャワーは言い返す。
力強い口調で。
「ライスは、強いウマ娘でありたい」
ビワハヤヒデの瞳を見返す。強い意志をこめて。
それは、睨みつけるような目だった
ビワハヤヒデは面食らったように目を軽く見開いた。
そして、微笑んだ。
「ふっ。強いウマ娘でありたい、か。いい返事だ。強いウマ娘だ、と答えるよりもよほどいい。そして、とてもいい目だ」
満足そうにうなずいた。
「あ。ごめんなさい。こんな睨んじゃったりして……」
ライスシャワーは慌てて目をそらす。
「いや、見惚れてしまいそうないい目だったぞ。それでこそ、私がすごいと思ったウマ娘だ」
ド直球だ。
「ふぇぇ。そんなにほめられるとなんだか恥ずかしいよぉ」
頬が熱くなる。
「む。すまない。ついつい、正直な気持ちを口にしてしまっていた」
「正直な気持ちって、謝ってるようで全然謝ってないよぉ」
「はっはっは、その通りだな」
「ビワハヤヒデさんは謝りたいの。どっちなの」
「ライスシャワーの反応が良いものだから、つい、な」
「むー」
ライスシャワーは軽くむくれる。
「すまんすまん。ところで、考え事をしていたらしいが、やはりレースのことか?」
「え、うん。そうだけど……」
「やはりそうか。ウマ娘が考え、悩むことといえば、大概が走ることだからな。どうだろうか? よければ、私に相談してみないか? 何か力になれるかもしれないぞ」
「え、でも……迷惑じゃないかな?」
「迷惑なものか。私はライスシャワーにもっと強くなってもらいたい。強いライスシャワーとレースで一緒に走りたいと思っているんだ」
ビワハヤヒデは割とストレートに感情をぶつけてくる。なんだか意外だった。ちょっと怖そう、なんて思っていてごめんなさい。
ライスシャワーはグラスワンダーとの会話をビワハヤヒデに話した。
「ふむ、なるほど。慧眼だな。課題は二つ、ということか。メンタル、そして、ライスシャワーらしい走り方。確かに、強い相手をマークすることは戦法として有効だろう。しかし、そればかりでは勝てないレースもあるだろうからな」
ビワハヤヒデは眼鏡のフレームに手を当てて、位置を直した。
「ふむ、そうだな。ライスシャワーは京都記念に出走するな?」
「うん」
今年は京都記念から始動する予定だ。
「私も京都記念に出走する。そこで私の走りを見てくれないか? 言葉で語るよりも、走りで語った方が感じ取れることもあるかもしれないからな」