京都記念。
二月。京都レース場。
芝二二〇〇。右回り。
曇り。稍重バ場。
十人立て。
第三コーナーを回り、第四コーナーに向かってカーブを走る。
ライスシャワーは五番手。先頭集団の一番後ろを走っている。
ビワハヤヒデはスタートからずっと二番手につけ、内を走る一番手の左斜め後方に位置している。一番手をマークしている、という感じではない。いつでも抜かせる。だけど、あえてそこを走っている。そんな余裕を感じさせる走りだった。
ライスシャワーと一番手とは四バ身くらいだ。
そろそろ動かないと。
地面を蹴る脚に力を入れて加速する。
前を並んで走る三、四番手の外へと上がっていく。第四コーナーに差し掛かったところで三人横並びになる。右手、一バ身前にビワハヤヒデがいる。
このまま最後の直線でビワハヤヒデをかわす。そう考えながら、第四コーナーを曲がって直線に向く。
地面を強く蹴り上げ、スパートをかける。
ビワハヤヒデとの差を縮める。
そうしようとした。
しかし、その背中は近づかなかった。むしろ、離れていく。
ビワハヤヒデも第四コーナーを曲がってからスパートをかけていた。
一番手に並び、そして、抜き去っていく。
ぐんぐんとその背中が遠ざかっていく。
速い。
速い。
地面を蹴る脚にさらに力を入れるけど、でも、それでも、その背中は遠ざかっていく。
追いつけない。
とても追いつけそうにない。
レースの前にビワハヤヒデは言っていた。
「背中ではなく、私を見ていてくれ。私が何を見て、何を考えて、どうやって走っているのか。その辺りを見てくれないか」
ライスシャワーから見えるのはビワハヤヒデの背中だけだ。
でも、なぜだかわかった。
ビワハヤヒデは全てを抜き去ってもなお、その驚異的な末脚を緩めない。後続との差を開いていく。
ただ、前だけを向いて駆けている。
それを見て、なぜだかわかった。
そうか。
その瞳に映っているのは。
ゴールだ。
ゴールだけが映っているんだ。
ライスも、
他のウマ娘も、
見ていない。
誰か、じゃない。
誰かより、速く走るためじゃない。
誰よりも、速く走るために走っているんだ。
それが、わかった。
どうしてだろう。
そんな当たり前のことを忘れてしまっていただなんて。
いつの間にか、誰かの後をついていくことばかりを考えてしまっていた。
誰かに勝つことばかりを考えてしまっていた。
それは悪いことではないはずだ。
でも、それだけでは足りないのだ。
メイクデビューで優勝した時の気持ちを思い出した。
誰よりも速く走って、ゴールを駆け抜けたい。
誰よりも速くて強いウマ娘になりたい。
そんな当たり前のことをビワハヤヒデの走りは思い出させてくれた。
とても力強い走り。
それに見惚れてしまって、脚を緩めてしまった。
ライスシャワーはゴール板を五着で通過する。
減速し、立ち止まる。
ビワハヤヒデは喜ぶ素振りも見せず、軽く手を上げて歓声に応えると、振り返ってライスシャワーに近づいてきた。
「どうだ? 何かつかめたか?」
「はい。ありがとうございます」
ライスシャワーは頭を下げる。
「そうか。それならいい」
何をつかめたのか聞くこともなく、ビワハヤヒデはただ小さく微笑んだ。
「天皇賞が楽しみだな。ライスシャワーの得意な距離で本気の勝負をしたい。もちろん、勝つのは私だがな」
宣戦布告、そして、勝利宣言。
挑発している、というよりも、鼓舞してくれているようにも聞こえた。
ビワハヤヒデの目を真っ直ぐに見返し、はっきりした口調で答える。
「ううん。ライスが勝つよ」
「いい返事だ。それでこそ、私がすごいと思ったウマ娘だ」
「そ、それはもういいよぉ」
ライスシャワーは赤面してしまう。ストレートに褒めてくるのは反則だ。