チームカノープスのチームルーム。
「あ。またライスちゃんと一緒だ」
日経賞の出走予定表を見て、マチカネタンホイザは声を上げた。
「何回目? 生涯のライバルかってくらい一緒に走ってるよね?」
長机の真向かいに座っているナイスネイチャ。
「もう九回目だねー。でも、ライスちゃんはライバルだなんて思ってないんじゃないかなぁ。ブルボンさんやマックイーンさんに比べたら私なんて全然だから」
「そんなことありませんよ。アメリカジョッキークラブカップはお見事でした」
ナイスネイチャの左に座るイクノディクタス。
一月にあったアメリカジョッキークラブカップでマチカネタンホイザは優勝している。
「残り二〇〇メートルで追込みをかけた末脚は素晴らしかったですよ」
「マチカネタンホイザついに本格化か! なーんて騒がれてるよね。すごいじゃん」
「でも、GⅡだからねぇ。GⅠで勝ったことないし、やっぱりまだまだだよ。もっともっとがんばらないと。むん」
「マチタンはまだまだだな! 日経賞はターボが勝ぁつ!」
イクノディクタスの真向かい、マチカネタンホイザの右に座るツインターボも日経賞に出走予定だ。
「いや、ターボはGⅡも勝ててないじゃん。ていうか、アメリカンジョッキークラブカップでもマチタンに負けてるじゃん」
「でも次はターボが勝ぁつ!」
「はー。あんたのその前向きさがうらやましいわー」
「師匠って呼んでもいいんだぞ!」
「いや、呼ばないし」
「なんで! 呼んでいいんだぞ!」
「はいはい。トリプルロケット師匠ー」
「誰!」
「ライスシャワーは京都記念で五着でしたね。まだまだ調子が戻っていないようですし、タンホイザにもターボにも充分に勝機はあるのではないでしょうか」
内ラチギリギリを攻めるような、イクノディクタスの急な軌道修正が入った。
「ライスにもマチタンにもターボが勝ぁつ!」
「はいはい。がんばれがんばれー。でもさ、二二〇〇で入着だよね。ステイヤーのライスがその距離で入着ってことは、調子が戻ってきてるんじゃない?」
「あー。言われてみればそうだよねぇ。ライスちゃん調子よくなってきたんだ。よかったぁ」
「いやいや、これからレースで走るんだからさ、よかったー、じゃないよね?」
「はっ、そうだった。ライスちゃんはライバル、ライスちゃんはライバル……なのかな?」
「私に聞かれても」
「ライスはライバル! よし、偵察だ!」
ツインターボは勢いよく立ち上がると、突進するようにドアを開けて飛び出していった。一人だけで。
「あれ? マチタンは行かないの? いつもはターボの次に飛び出してくのに」
「いやぁ、うん。今回は私はいいかなぁ」
「そう? じゃあ、偵察はターボに任せて、私たちはトレーニングしますかね」
ドアが勢いよく開かれて、ツインターボが飛びこんできた。
「おや? お早いお帰りで」
「誰もついてこない! なんで!」
「私たちはトレーニングしよっかなーって。偵察はトリプルミサイル師匠に任せたよ」
「だから誰!」
ライスちゃんはライバル、なのかな。
マチカネタンホイザにはよくわからない。
今までそんなことは意識していなかったのに、チームルームでの会話のせいでなんだか気になってしまった。
自分はライスシャワーのことをどう思っているのか。
うーん、よくわからない。
ライスシャワーのことを意識はしている。でも、それがどういうものなのか、いまいちつかめない。
ライスシャワーはどう思ってくれているのだろうか。
ナイスネイチャに言った通り、たぶんライバルとは思ってくれていないのではいかと思う。
レースでは何度も一緒に走っている。でも、じっくりと会話をしたことはない。
いきなり、私のことをどう思ってるの、と聞きにいくのもおかしい。さすがにいきなりすぎる。
それから、なんとはなしにライスシャワーの姿を目で追ってしまうようになってしまった。
食堂で、校舎で、トレーニング場で、見かける度に視線を注いでしまう。
そんな日々が続いて、ある日、ライスシャワーと会話する機会が訪れた。
トレーニングの帰りにライスシャワーとばったり出くわした。
「あ。ライスちゃん」
「タ、タンホイザさん……」
「寮に帰るところ?」
「う、うん……」
これはチャンスなのではないか、と思った。
「私も帰るところだから、一緒に帰ろー」
「う、うん。いいよ……」
その声は細くて弱々しい。
目を合わせてくれない。
ライスシャワーはハツラツとした子ではなく、他人と積極的に目を合わせて、ハキハキしゃべるタイプではないと思う。でも、なんだか、その態度はよそよそしいものに感じた。
あれぇ、なんかあまりよく思われてないのかなぁ?
気にはなったけど、気のせいかもしれない。よくわからない。
並んで寮への道を歩く。
とはいえ、何を話そう。
誘ってはみたけど、何を話せばいいのかまったく考えていなかった。
ライスシャワーとの会話を想像してみる。
「私のことどう思う?」
「え。えっと、えっと……鼻血出さないか心配、かな……」
心配してくれるのはありがたいけど、そうじゃない。
「私って、ライスちゃんのライバルかな?」
「え。えっと、えっと……ご、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
謝られるのもつらい。
どうしよう。
まったく良い想像ができない。
マチカネタンホイザは頭を抱えたくなった。
「あ、あの」
ライスシャワーが立ち止まった。マチカネタンホイザも立ち止まって、振り向く。ライスシャワーは真っ直ぐに視線を向けてきた。
「ライス、負けないから」
「へ? 誰に?」
急になんの話かな。
「あ、あれ? えっと……あれ? えーと……」
ライスシャワーは混乱しているような声を上げている。
「深呼吸しよ、深呼吸」
ライスシャワーはスー、ハーと深呼吸した。
「落ち着いた?」
「う、うん。えっと、タンホイザさんはライスをマークしてたんじゃないの、かな……?」
「私がライスちゃんを……?」
まったく話がつかめない。
「なんか、よく見られてたから……菊花賞でブルボンさんのこと、ライスがよく見てたみたいに……」
「あー!」
マチカネタンホイザは胸の前で手を叩く。
そうだった。最近、ライスシャワーのことを目で追っていたのだ。
それで、マークされているのかもしれないとライスシャワーは思ったらしい。
ようやく話がつかめた。
ていうか、自分が原因だった。元凶だった。
「あー、うん。そんなつもりなかったんだけどー、ごめんね」
「変な勘違いして、ごめんなさい……」
「いやいや、私が見過ぎだったからだよ。ごめんね」
でも、勘違いでも、そんなふうに思ってくれたんだ。
負けない。
そう言ってくれるくらいに。
勝負する相手だと思ってくれたんだ。
そう思うと、なんだか嬉しくなった。
「実は、ライスちゃんが私のライバルかどうかみたいなことをチームのみんなと話して、それからなんかライスちゃんのことが気になっちゃって」
「タンホイザさんは、ライスをライバルだと思ってくれてるの……?」
「うーん、実はよくわからなくて。意識はしてるんだけど、それがどういうものなのかよくわからないんだよね。でも、ライスちゃんと勝負して、勝ちたいと思うよ」
あれ。流れでそう言ったけど、これじゃあ挑戦状を叩きつけてるみたいだ。
「ライスも、タンホイザさんに勝ちたい」
ライスシャワーはそう言い返してくれた。真っ直ぐな視線に、意志のこもった言葉を乗せて。
でも、何か違うと思った。
ミホノブルボンやメジロマックイーンに勝ちたくて、彼女たちを見ていた目とは違うと思った。
勝ちたい。
その気持ちと、熱量はそこにあるように感じる。
でも、何かが違う。
うーん、よくわからない。
まあ、いいや。
よーし、日経賞がんばるぞー、えい、えい、むん。