ライスシャワーは祝福の名前だから   作:あえすたーす

8 / 20
日経賞②

 チームカノープスのチームルーム。

「あ。またライスちゃんと一緒だ」

 日経賞の出走予定表を見て、マチカネタンホイザは声を上げた。

「何回目? 生涯のライバルかってくらい一緒に走ってるよね?」

 長机の真向かいに座っているナイスネイチャ。

「もう九回目だねー。でも、ライスちゃんはライバルだなんて思ってないんじゃないかなぁ。ブルボンさんやマックイーンさんに比べたら私なんて全然だから」

「そんなことありませんよ。アメリカジョッキークラブカップはお見事でした」

 ナイスネイチャの左に座るイクノディクタス。

 一月にあったアメリカジョッキークラブカップでマチカネタンホイザは優勝している。

「残り二〇〇メートルで追込みをかけた末脚は素晴らしかったですよ」

「マチカネタンホイザついに本格化か! なーんて騒がれてるよね。すごいじゃん」

「でも、GⅡだからねぇ。GⅠで勝ったことないし、やっぱりまだまだだよ。もっともっとがんばらないと。むん」

「マチタンはまだまだだな! 日経賞はターボが勝ぁつ!」

 イクノディクタスの真向かい、マチカネタンホイザの右に座るツインターボも日経賞に出走予定だ。

「いや、ターボはGⅡも勝ててないじゃん。ていうか、アメリカンジョッキークラブカップでもマチタンに負けてるじゃん」

「でも次はターボが勝ぁつ!」

「はー。あんたのその前向きさがうらやましいわー」

「師匠って呼んでもいいんだぞ!」

「いや、呼ばないし」

「なんで! 呼んでいいんだぞ!」

「はいはい。トリプルロケット師匠ー」

「誰!」

「ライスシャワーは京都記念で五着でしたね。まだまだ調子が戻っていないようですし、タンホイザにもターボにも充分に勝機はあるのではないでしょうか」

 内ラチギリギリを攻めるような、イクノディクタスの急な軌道修正が入った。

「ライスにもマチタンにもターボが勝ぁつ!」

「はいはい。がんばれがんばれー。でもさ、二二〇〇で入着だよね。ステイヤーのライスがその距離で入着ってことは、調子が戻ってきてるんじゃない?」

「あー。言われてみればそうだよねぇ。ライスちゃん調子よくなってきたんだ。よかったぁ」

「いやいや、これからレースで走るんだからさ、よかったー、じゃないよね?」

「はっ、そうだった。ライスちゃんはライバル、ライスちゃんはライバル……なのかな?」

「私に聞かれても」

「ライスはライバル! よし、偵察だ!」

 ツインターボは勢いよく立ち上がると、突進するようにドアを開けて飛び出していった。一人だけで。

「あれ? マチタンは行かないの? いつもはターボの次に飛び出してくのに」

「いやぁ、うん。今回は私はいいかなぁ」

「そう? じゃあ、偵察はターボに任せて、私たちはトレーニングしますかね」

 ドアが勢いよく開かれて、ツインターボが飛びこんできた。

「おや? お早いお帰りで」

「誰もついてこない! なんで!」

「私たちはトレーニングしよっかなーって。偵察はトリプルミサイル師匠に任せたよ」

「だから誰!」

 

 

 ライスちゃんはライバル、なのかな。

 マチカネタンホイザにはよくわからない。

 今までそんなことは意識していなかったのに、チームルームでの会話のせいでなんだか気になってしまった。

 自分はライスシャワーのことをどう思っているのか。

 うーん、よくわからない。

 ライスシャワーのことを意識はしている。でも、それがどういうものなのか、いまいちつかめない。

 ライスシャワーはどう思ってくれているのだろうか。

 ナイスネイチャに言った通り、たぶんライバルとは思ってくれていないのではいかと思う。

 レースでは何度も一緒に走っている。でも、じっくりと会話をしたことはない。

 いきなり、私のことをどう思ってるの、と聞きにいくのもおかしい。さすがにいきなりすぎる。

 それから、なんとはなしにライスシャワーの姿を目で追ってしまうようになってしまった。

 食堂で、校舎で、トレーニング場で、見かける度に視線を注いでしまう。

 そんな日々が続いて、ある日、ライスシャワーと会話する機会が訪れた。

 トレーニングの帰りにライスシャワーとばったり出くわした。

「あ。ライスちゃん」

「タ、タンホイザさん……」

「寮に帰るところ?」

「う、うん……」

 これはチャンスなのではないか、と思った。

「私も帰るところだから、一緒に帰ろー」

「う、うん。いいよ……」

 その声は細くて弱々しい。

 目を合わせてくれない。

 ライスシャワーはハツラツとした子ではなく、他人と積極的に目を合わせて、ハキハキしゃべるタイプではないと思う。でも、なんだか、その態度はよそよそしいものに感じた。

 あれぇ、なんかあまりよく思われてないのかなぁ? 

 気にはなったけど、気のせいかもしれない。よくわからない。

 並んで寮への道を歩く。

 とはいえ、何を話そう。

 誘ってはみたけど、何を話せばいいのかまったく考えていなかった。

 ライスシャワーとの会話を想像してみる。

「私のことどう思う?」

「え。えっと、えっと……鼻血出さないか心配、かな……」

 心配してくれるのはありがたいけど、そうじゃない。

「私って、ライスちゃんのライバルかな?」

「え。えっと、えっと……ご、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」

 謝られるのもつらい。

 どうしよう。

 まったく良い想像ができない。

 マチカネタンホイザは頭を抱えたくなった。

「あ、あの」

 ライスシャワーが立ち止まった。マチカネタンホイザも立ち止まって、振り向く。ライスシャワーは真っ直ぐに視線を向けてきた。

「ライス、負けないから」

「へ? 誰に?」

 急になんの話かな。

「あ、あれ? えっと……あれ? えーと……」

 ライスシャワーは混乱しているような声を上げている。

「深呼吸しよ、深呼吸」

 ライスシャワーはスー、ハーと深呼吸した。

「落ち着いた?」

「う、うん。えっと、タンホイザさんはライスをマークしてたんじゃないの、かな……?」

「私がライスちゃんを……?」

 まったく話がつかめない。

「なんか、よく見られてたから……菊花賞でブルボンさんのこと、ライスがよく見てたみたいに……」

「あー!」

 マチカネタンホイザは胸の前で手を叩く。

 そうだった。最近、ライスシャワーのことを目で追っていたのだ。

 それで、マークされているのかもしれないとライスシャワーは思ったらしい。

 ようやく話がつかめた。

 ていうか、自分が原因だった。元凶だった。

「あー、うん。そんなつもりなかったんだけどー、ごめんね」

「変な勘違いして、ごめんなさい……」

「いやいや、私が見過ぎだったからだよ。ごめんね」

 でも、勘違いでも、そんなふうに思ってくれたんだ。

 負けない。

 そう言ってくれるくらいに。

 勝負する相手だと思ってくれたんだ。

 そう思うと、なんだか嬉しくなった。

「実は、ライスちゃんが私のライバルかどうかみたいなことをチームのみんなと話して、それからなんかライスちゃんのことが気になっちゃって」

「タンホイザさんは、ライスをライバルだと思ってくれてるの……?」

「うーん、実はよくわからなくて。意識はしてるんだけど、それがどういうものなのかよくわからないんだよね。でも、ライスちゃんと勝負して、勝ちたいと思うよ」

 あれ。流れでそう言ったけど、これじゃあ挑戦状を叩きつけてるみたいだ。

「ライスも、タンホイザさんに勝ちたい」

 ライスシャワーはそう言い返してくれた。真っ直ぐな視線に、意志のこもった言葉を乗せて。

 でも、何か違うと思った。

 ミホノブルボンやメジロマックイーンに勝ちたくて、彼女たちを見ていた目とは違うと思った。

 勝ちたい。

 その気持ちと、熱量はそこにあるように感じる。

 でも、何かが違う。

 うーん、よくわからない。

 まあ、いいや。

 よーし、日経賞がんばるぞー、えい、えい、むん。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。