ライスシャワーは祝福の名前だから   作:あえすたーす

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日経賞③

 日経賞。

 三月。中山レース場。

 芝二五〇〇。右回り。

 曇り。良バ場。

 九人立て。

 

 ゲート入り前、ターフでライスシャワーのそばにステージチャンプが寄ってきた。

「ライス〜」

「ステンちゃん」

「今日もライスについてくから〜」

「ふぇ?」

 耳を疑った。

 マークする。

 ついていく、とはそういう意味のはずだ。

 ものすごく堂々と言われたので、耳を疑ってしまった。

「ステンちゃん、ライスについてくるの?」

「うん〜。ついてく〜」

 聞き間違いかとも思ったけど、違った。

 心理戦か何かかな、と一瞬思ったけど、たぶん違う、と思った。

 ステージチャンプはいつも通りのフワフワした雰囲気だ。

 マークすると宣言することでプレッシャーを与えようとか、そういう駆け引きをしようとしている雰囲気はミジンもない。

 併走トレーニングの延長みたいな感覚で言っているのかもしれない。

「で、でも、ステンちゃん。今日はレースだよ?」

「うん〜」

 そううなずいたけど、緊張感のようなものがまるで見られない。

「え、えっと、今日はライスと勝負するんだよ?」

「あ〜。そうだった〜」

 そこでようやく、納得したような声を上げた。

 さすがにマイペースすぎる気もする。

 でも。

「ライスね、ステンちゃんにも負けないから」

 語気は強くないけど、しっかりとした口調で言う。

 レースは勝負なのだ。勝って、強いウマ娘であることを証明しなければならないのだ。

「うん〜」

 そううなずくだけだった。

 なんか、手応えみたいなものがまるでない。暖簾に腕押し、ということわざがあるけど、正にそんな感じだった。

 レースに勝ちたい、という気持ちが薄いのかな。

 ウマ娘には、走ることへの本能みたいなものがあると言われているけど、それが薄いのかな。

 でも、それに対して何かを言うべきなのか、よくわからない。

 わからないけど。

 ステージチャンプの目を正面から捉える。

「ステンちゃんのことも、ライバルだと思ってるからね」

「ん〜? 私はライスのライバル〜?」

「うん。そう思ってるよ」

「ん〜。よくわからないけど〜、ライバルとしてがんばるね〜」

 フワフワした雰囲気は変わらないけど、そう言ってくれた。

 どこまで理解してるのかはわからない。わからないけど、これ以上言うこともない。

 走れば、わかってくれるかもしれない。ウマ娘なのだから、走ることで何かがわかるかもしれない。

「ライスー!」

 そこで、大きな声と共に足音が勢いよく迫ってきた。

 ツインターボだ。

 急ブレーキをかけてライスシャワーの目の前で止まると、指をビシっとつきつけてきた。

「今日もターボが勝ぁつ!」

 そう、去年のオールカマーでは逃げ切られている。

「ううん、今日はライスが勝つから」

 ツインターボの気迫を真っ向から受け止めるようにして、言い返した。

 ツインターボは一瞬、理解が遅れたのか、それとも感心したのか、虚をつかれたかのような表情を見せてから、満面の笑みになった。

「よし、勝負だ! ライス! ターボと勝負だ!」

 嬉しそうな声を上げると、やってきた時と同じような勢いで駆けていった。

 来るのも、話すのも、去るのも、あっという間の出来事だった。

 向こうの方で、ツインターボはマチカネタンホイザに「ライスと勝負する!」と大声で言っている。

 そして、ゲートインの時間がやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 空気のような、という比喩表現がある。

 そこにあるものを、ないもののように感じる、というような比喩表現だ。

 空気。

 ウマ娘にとって空気とはどういう存在か。

 ウマ娘にとって空気とは、空気のような存在ではない。

 ないもののように感じる、ということはありえない。

 空気は、抵抗する存在だからだ。

 ヒトがマラソンする時の平均時速は二十キロ、ウマ娘が走る速度は六十キロに達すると言われている。

 速度で言えば、三倍。

 だが、空気抵抗は速度の二乗に比例する。単純計算で、九倍となる。

 ヒトの三倍の脚力があればいい、ということにはならない。

 その空気抵抗に耐えた上で、時速六十キロを維持する必要がある。

 ヒトがだしうる最高時速は四十五キロといわれているが、瞬間的なものにしか過ぎない。それに対して、ウマ娘は六十キロを維持するのだ。

 ヒトの身では、想像もできない世界だ。

 ウマ娘の脚にかかる負荷はどれほどのものなのか。

 抵抗する空気。

 それこそが、ウマ娘の走りにおいて、最大の障害となる。

 ウマ娘の服には空気抵抗を軽減させる特殊コーティングが施されているとはいえ、空気抵抗をゼロにすることはできず、空気抵抗の存在は大きいままだ。

 ウマ娘にとって空気とは、空気のような存在ではないのだ。

 抵抗する空気と真正面からぶつかり合って、戦い続ける必要があるのだ。

 ツインターボのレースは、他のウマ娘とは次元が違う。

 ツインターボにとって、レースで戦うべき相手は他のウマ娘ではない。

 レースが始まれば、他のウマ娘は後方に置き去りにしてしまう。競り合う、ということはない。ツインターボのレースフィールドに他のウマ娘はいない。

 ツインターボがレースで戦うべき相手は、他のウマ娘ではない。

 空気だ。

 抵抗する空気こそが、ツインターボが戦うべき相手なのだ。

 空気の抵抗に負けて『逆噴射』を起こして失速した時が、ツインターボがレースに負ける時なのだ。

 だから、ツインターボのレースは他のウマ娘とは次元が違う。

 『逆噴射』を起こすか否か。

 それこそが、ツインターボのレースの勝敗を決める。

 しかし、ツインターボはそんな難しい事は考えないし、気にしたこともない。そして、これから先も考えることはないだろう。

 今語ったような話は、ツインターボにはどうでもいい話だ。

 なぜなら、ツインターボは、ツインターボだからだ。

 何も考えず、ただひたすらに全力で大逃げをする。

 それこそが、ツインターボだからだ。

 ツインターボはツインターボであるからこそ、ファンを魅了するのだ。




空気抵抗なんて、本当にどうでもいい話です。
ウマ娘なんてファンタジー的存在に対して、細かいことは気にしたら負けですよね。

空気抵抗の観点から言うなら、全身タイツみたいな服が最適ということになってしまうでしょうし。シュールすぎる……
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