この話にはタグの残酷描写、そして新たに追加したタグ……
後は分かるな?
痛みの中で、きっと多くの検体は思ったのだ。
自分が死んでも替わりはいると。
幼い頃から漠然と分かっていたことを、今の年になって完全に理解することが出来てしまったのだ。
減らない子供部屋の人数。同じ顔をした、番号の振られた首輪と名札。同じ名前の人間がいつもいるのは何故か。
痛いことが訪れた後、決まって数人いなくなって、また次の日に出会うのは何故か。
それに気が付くと、隣にいる人物が、決まって表情を崩すのは何故か。
使った遊具を片付ける時、同じ形状をしたつみきが複数あると「番号が振ってあるといいのに」と考えたことがある。
つまりはそういうことだ。自らの存在はその程度のもの。なんでもない、特別でもないもの。
空に輝く一等星になることなんて無理だったのだ。
「アーサー?」
記号を呼ぶ隣人は、いつものよう飄々とした態度を取っていなかった。ただ、アーサーと呼ばれた検体を不安げに見つめ、その肩を揺すぶった。
揺すぶられる本人はただ、その隣人の顔を見つめるのみだった。
「どうしたんだよ」
認めたくない、信じたくない。声色からもそれがにじみ出ていた。
その様子を見つめる職員――セクションで働く女性は痛まし気に眉を顰めた。最近ここに配属された新人だ。
『ここで長く生きられる実験体は一割。ほとんど九割の子は……死んでしまうわ』
妙齢の女性職員から教わった言葉は重くのしかかった。どうしてここに来てしまったのかと、後悔した。
成績が良くなかったからといって、高収入高キャリアに目を眩ませて、こんな職場に就いてしまって、誰にも相談することはできない状況になるなんて。
その女性職員だけではない、かの実験体が生まれた時から様子を見てきた職員たちはこぞって顔を伏せた。
今まで生まれてきた実験体の中、明確な自我を持って長く生存してきた一体。一割の確率……それよりも下回る確率を勝ち取ってきた者は一体だけだった。
新人女性職員以外は今まで成長を見てきたと言ってもいい。突然突飛な行動に走り出す癖はあるが、多くの実験体たちの遊び相手となり、薄暗い職場の雰囲気を明るくしていた。
「だれ?」
前日までは感情に溢れていたものが、無の響きを持った。
アーサーの肩を強く握りしめ――だが怪我をしない程度に優しい力加減である――、顔を伏せる実験体は声を絞り出した。細く細く、職員の耳に入る前までは消え入り、アーサーからは僅かに聞こえる声量だった。
「替わりなんていないんだ。お前はお前なんだ。俺と一緒にいて、折り鶴を自慢してきて悔しがるアーサーはお前だけだったんだ」
■
ケッ、やってらんね。エミネスクの野郎、ほんとさぁ~~?
なぁ~に何時間も検査させるんだ。血液半分くらい抜かれたし、変な薬ばっか注入されて何度も三途の川マラソンするしよぉ! お前の頭いつかネギに寄生させるからな!?
なんてこと思いながら懐かしき子供部屋に戻ったら、アーサーの自我は消えていた。
精神退行? 廃人? ともかく、職員の手無しでは動けない、言われなければ自発的に動かない。そんな奴になってしまった。
俺とアーサーの関係を言えば、年の近い兄弟みたいなものだったのか。アダムは面倒を見なきゃいけない子供って意識が強かったが、こっちは気の知れた兄弟だった。
悔しいやら、悲しいやら。なんて言えばいいんだ。ぐらぐらしている、視界が。
――人と縁を繋ぎ直すのは難しい。しかも、片っぽが一方的に切って、片っぽが切れ端を持っているのなら。
切れ端を持っている奴の精神力が強くない限り、また結び直そうとは思えない。
……俺はどっちなんだろうな。結び直したい気持ちは俺にはある。だが、
原作の知識からさ、アーサーは少なからず廃人か精神退行すると分かってた。ジェニに介護されてるシーンみたいなのあったもんな。
でも、結構関わってた。これだけ関わってれば、少しでも結果は変わるかなって。
でも変わらなかった。エリクサー実験、幼児の頃より成長した脳。皆、成長した検体は悟るって言ってたのは俺じゃないか。
馬鹿だなぁ……俺。
上に行くほど小さな鶴が乗っかっていく鶴の隊列、円陣を組む鶴。横や縦に規則正しく並んだ鶴。
連鶴と呼ばれる、一枚の繋がった紙から出来る折り鶴の製法だ。
これは何故か前世の俺が極めていたらしく、折り方を覚えていた。最初は手が追い付かずたどたどしく折っていたが、今やプロフェッショナルレベルの速さと正確さで折ることが出来る。
折り鶴とはいっても連鶴はすごく子供たちに人気だ。一瞬で出来るのが面白いらしく、出来上がったものを欲しがられることもある。
いくらでも持って行っていいぞ。しばらくはずっと生産してるからな……。
無心で鶴を折っている時が一番落ち着く。鬼ごっこも当分はしたくないな。三途の川マラソンで疲れたんだ……。
しばらく何も考えたくない。と言っても、考えなければ死んでしまうのがこのセクションである。
なんたって青い夜発生地点にしてボンバーマンルシフェルがいる場所だ。最悪、アサイラム攻城戦前の悪魔に呑まれて死ぬか、青い夜で発生した火災で死ぬかもしれない。
火事の際は押さない、走らない、喋らないのおはしが大事だっけ。この前散歩した時に脱出経路は考えてあるから、火災や道の崩壊などで塞がれてないことを祈るだけ。
……なんか、それとなくジェニの告発が失敗する前提で考えてるな。本来はその時に終わるよう努力すればいいのに、――駄目だ。失敗するビジョンしか見えない。だっていくら俺が動いたって変わらないんだろ。
人の口に戸は立てられぬ、を体現するようにジェニの告発もサタンとユリの逃走は一人のリークによって失敗するのだ。
その原作でリークした人らしいおっちゃん職員はいるが、別にそいつだけがリークするっていう保証はまっっったくないのだ。リークしたおっちゃんの隣の職員がするかもしれないし、その前の隣の隣の隣の職員がするかもしれない。
仮にリークされつつ逃走を目指すとしてどうすればいい。死角からの銃弾を避ける術は? 警備を潜り抜けるにはどうすれば?
演技は無理。エミネスクの野郎はそんなものでは引っ掛からない。
武力行使も無理だろ。俺、そんな武術に詳しい訳でもないし。身体能力がエリクサーの影響で凄いだけって奴だし。ジェニもそんな動ける風には思えない。見習い
なら、ジェニにリークされてる旨を伝える……? 他の脱出口に行くとかか?
十三號セクションの出入り口は一つだけだ。結局はそこに行かなければいけない。大人数を率いているなら裏道なんてものは使える確率が低い。
詰んだわコレェ~。はい、そんな時には百連鶴折り。
「ねぇねぇ! これ持って行っていい?」
「千切れやすいから持ち運びはそっとな」
「ありがとう!」
と言ってる間にぷちりと端の方の鶴が折れた。あーあー、言った側から……。
持っていこうとしたアザゼル群の奴が大きな体を揺らしながら泣くので、俺はその目の前で鶴を折る。
早業で泣き止んだ奴にその鶴を渡せばはい、泣き止み終了。俺も大声上げて泣きてぇなぁ。泣けねぇけど。
■
アーサーとの関係/Zeroになっても研究は続く。エリクサーの試用回数が三桁に増えてきて、段々と青い夜に近くなってきていることに怯えつつも穏やかに日々を生死に晒されながら生きていただけなのに。
なんで目の前にメッフィーがいるんですかねぇ……。
「すいませんが、彼をお借りしても?」
「えぇ、はい」
女性職員がそう答えて俺は連れて行かれたのだった。
頭の上にくるんとした触覚が見えている。歩く度に揺れるそれを見ながらそっと聞くことにした。
「あの、どこへ? というか、どなたですか?」
「検体番号La-04、君には今からある検体と遊んでもらいます。ああ、私の名前はメフィスト・フェレスです。以後お見知りおきを」
いやまぁ、知ってるけど言っとかないと怪しまれるしな。……というか。
「ある検体と……遊ぶ……?」
あのう、自分子供部屋に帰っていいすかね?
わざわざ隔離されてる検体とか一人しか覚えがないんですけど。
「ええ。名前は齩郎くんといいます。ちょっと問題がありますがァ……、職員の中でも子供の扱いに長けていると噂されている君なら大丈夫かと思いまして」
アアアアアア!!! 帰りたい! ヤメテェ! シニタクナイ、シニタクナーイ!!
「彼にあの部屋は狭すぎます。もう少し誰かと接触させないと、情緒的な面は育ちません」
そんな発言から始まった。そこで連れて行く人員は本来、いざという時に対処が出来る藤本獅郎が選ばれたが、そこに待ったをかけたのはメフィストフェレスだった。
「大人よりも同年代の子供と触れ合わせる方がよろしいのでは?」
同年代の子供を指すのは勿論、クローン体のことである。クローン体ならいくらでも作れ、補充も効くので仮投入するにはいいのではないか――。
相手候補として挙げられたクローン体からすればとんでもない話である。どんな動作で爆発するか分からないものに予備知識なしで触れ合えと言うようなものだ。
齩郎こと
「だからこそクローンでいいじゃないですか」とエミネスクに言われてしまい、話はクローンを連れてくることへと固まり始めていた。
――クローンの命の軽さを目の当たりにして、ユリは唇を嚙み締めた。
という状況によって連れてこられたクローンは青年体だった。人懐っこく笑う姿が印象的だった。
「お前、何」
「初めまして齩郎くん。俺の名前はアルっていいます」
齩郎に憑依しているサタンの精神は幼い子供だ。駄々をこねる幼稚園児レベルではあるが、その駄々が笑いごとにならない威力を持っている。
癇癪を起こせば洒落にならない青い炎が飛んでくる、身体能力自体が高いので掴まれる、殴られるといった攻撃だけで人体は軽く吹き飛ぶ。
こんな化物をよくも怖気づかず育ててきたものだ。笑っている顔を維持してはいるが、内心で向けられる眼差しの鋭さに泣きそうになるわ。
俺、絶賛傷心中ぞ? もっと労われよ。
「俺、君と遊べって言われたんだけど、何かしたい遊びとかはあるかな?」
「ない。ユリがいればいい。お前は消えろ」
はーい、取り付く島もなーい!
多分女子の検体ならここまで鋭くならなかったかもしれん。クソチョロサタンを誑かせば……あっ無理か。
なんたってサタンはユリのことを恋愛的に狙うからな(最終的にだけど)
だがこの時点では誰も、サタン本人でさえもユリへの恋心に気が付いてない。そこに現れる恋敵藤本獅郎。修羅場確定や……。
「消えろと言われたってねー……」
俺だってお前のような爆発物に接触したくねーんだわ。
という本音は抑えた。サタンは先程からユリの腰に抱き着いて離れず、俺を見ては威嚇している。口元からちらちら見える青い炎で心臓縮みあがりそう。俺……、ルシフェル殴れずにここで死ぬのかな……?
「ユリさん、折り紙はありますか?」
「あ、えぇ。こっちにあるわ」
サタンを引き摺りながらユリが折り紙を渡してくれた。オゥ、マイフェイバリットサンクチュアリオリガミ。
赤青黄とオーソドックスなカラーが取り揃えられた折り紙用紙。そこから三枚取り出して折るのはそう折紙こま!
これなら多感な小学生男児の心掴むこと間違いなし! 昭和から男は独楽で遊んできたんだから惹かれないことは無い筈だ。本来なら柄付きの奴で折るともっと楽しいんだがな……。
よく回るコマを作っていると、急に作業をし始めた俺に恐る恐るユリから離れて近付いてくるサタン。俺も怖いから半径十メートル以上は離れていて欲しい。
サタンの為に用意された幼児用の低いテーブルの上に駒を置くと、サタンも近付く。これは本人に見てもらわなきゃならないので、サタンによく見える様に立ち位置を変える。
彼自身の視力は十分良いと思うが、目の前でやることによってインパクトを出させたい。マジックや手品も遠目からじゃなくて目の前でやられると「おぉ!」ってなるだろ? それを狙いたい。
サタンの視線が俺の作ったコマに注目して、距離も俺から向かい側にいることを確認して、コマのつまみ部分を掴んでくるりと勢いよく回す。
ぐるぐると青色、水色、緑色で折られたコマが残像を残しながら回った。
「……! なんだこれ!」
意外と手品や折り鶴には興味を示してくれたようだった。でも、コマくんはサタンくんが握り潰したので以前の様に回ることが難しくなりました。サタンくんのせいです、あーあ。
「凄いねアルくん!」
だがしかし、ここでユリの援護射撃が。
なんだろう。滅茶苦茶自己承認欲求がドバドバ満たされている音がしてる。
そういや、心の底から褒められたことってない……ないな! 大抵「こいつも死ぬんやろなぁ……」って憐れみの表情と共に誉め言葉を言われるだけだから……。やべぇ……。麻薬じゃあ……これ……。
他人を褒めたユリに気が付かないサタンではない。彼は若干目を輝かせながらコマを握り潰して。
「お前! 俺にこれおしえろ!」
「いいよ」
計 画 通 り
コマが作れる = ユリに褒められてもらえる、の公式が出来たのだろう。俺としてもサタンが心安らかにいるのは大歓迎だ。
テーブルに三人座って俺はゆっくりと折り方を教える。勿論のことユリは大丈夫だったが、問題はサタンだった。
分かっちゃいたが、不器用で堪え性が無かった。折り紙の基本である丁寧に折る、が出来ないのでサタンのなんとか作ったコマはぐちゃぐちゃで回りようもないコマだった。
このことに苛立ったサタンは泣きながら炎を巻き散らした。
「なんで作れないんだあ!!」
と、ぼーぼー青い炎を燃やしながら泣くサタン。俺はそこから三人で作ったコマと共にちょっと離れた所でユリがサタンを慰めている場面を見ている。もしかして、サタンガチ泣きって珍しいシーンでは?
揶揄ってみたいけどあんな火柱の如く燃え盛るサタンに近付けねぇ……。なにより原作獅郎のように下手にサタンを怒らせたくない。
なんとか宥められたサタンは目を真っ赤に腫らしながら「もっがいやる……」と言ってきた。
俺としても燃やされないんならオッケー精神で承諾。何度もぐちゃぐちゃになるサタンに根気強く付き合って、サタンはようやくコマらしいコマを折れた。
「やった! 見ろユリ!」
「うん、凄いねサタン! えらいえらい」
サタンはユリに撫でられてご満悦。ふぅ……何度か燃やされそうになってたが、大丈夫だった。俺の命はまだある。
「でも、アルくんに一言言うべき言葉があるよね?」
「はぁ?」
「このコマを折れたのは誰のおかげかな?」
「……アイツ」
「こら、人を指差すんじゃありません」
渋々と言った様子で俺を指差した。こんのガキが……。いややっぱ何でもないです。サタン様スバラシー。
「人に何かしてもらった時とか、教えて貰った時はありがとうって言うの」
頑なにお礼を言わない子供に対して根気強く言い聞かせている姿はまるで一児の母のようだった。
…………。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
模範解答としてのどういたしましてを贈った。
これから三人に起きるであろう難題は俺がどうにか出来るもんでもない。全部運とタイミングと種族差のせいだ。
本来、この場には獅郎がいて、大人げなく煽り散らかしてサタンに競争心を植え付けてしまうんだ。互いに精神年齢子供だから手が付けられん。
今回は何故か俺に白羽の矢が立ったが……、いずれ獅郎とサタンは出会う運命なんだろう。そしてユリを巡って関係が複雑になるんだ。
目の前でバツが悪そうにかつ若干照れながらお礼を言ってる純粋サタンくんが万年思春期クソサタンになるなんて悲しすぎる。
「おい、ユリ。流石に時間が経ち過ぎてる」
……。
あのさぁ! 獅郎くんさぁ!
■
あの後 原 作 通 り に獅郎に過剰反応を起こしたサタンの青い炎に巻き込まれそうになったが、結果としては原作通り進んでんなぁって感じ。サタンは獅郎に異様なまでに対抗心を抱いて知識を求めて本を漁り読む。それによって自分の存在を神と断定したサタンは癇癪を起して脱走。
あの日から一日後、施設内で大きな地響きが鳴った。恐らくサタンが十三號セクションから抜け出した音だ。
俺はというものの、変わらず研究体生活。
でも変わったことと言えば、定期的に来る獅郎と話すことが多くなったというものだ。サタンを怒らせた獅郎が俺に気が付いて、そこから話が合った。互いに生存しているクローン体同士、色々と共感できる話があった。兄弟には話せないこととか、色んなことを話した。
その一環か、祓魔塾もといアサイラムに俺のことを推薦したいと言ってきたが、俺はそれにノーと答えた。信じられない物を見るような目をされた。
獅郎からすれば同世代と比べれば頭の回る俺がこんな環境に甘んじていることが信じられないらしい。
まぁそうだよな。俺が兄弟たちに抱く心情は、俺が平凡な人生を送った前世があるから持てるものだ。俺も前世の記憶が無かったらさっさと兄弟を見捨てて過ごしていたと思う。獅郎が言い出してくれたアサイラムへの推薦にも身を乗り出しながら乗ったかもしれない。
でも、それはあったかもしれない俺なだけ。今の俺は兄弟たちを見捨てられないので、皆でなんとか脱出する方法が欲しいのだ。
そこまで言うと、獅郎は「頭おかしいんじゃねぇのか?」と言ってきた。俺は膝蹴りをお見舞いしてやった。へん、お前も大切な人の死と引き換えにいずれ分かるようになるんだよ。
本当は死なないで欲しいけど。
「ここを城とする!」
俺たち――十三號セクションに所属する人間たちはルシフェルのいる特務治療室に集められた。
ああ、もうアサイラム攻城戦だ。
目標捕捉! ルシフェルとエミネスクの野郎だ! 死ね!
でも殺意は然るべき時までに収めておく。じろじろと見てナンバーや特徴を覚えられても困る。お前にとって俺はただの研究体でいなくちゃならないんだ。……赤ん坊背負ってるクローン体俺しかいないけど!
敵情視察、ということでルシフェルを見る。うわ、皮膚が溶けて骨が見えて腐臭も漂ってる……。きも……。若干白い皮膚が残ってるのがまた絶妙な気持ち悪さを誘う。
あれがルシフェルかぁ……。実質目の前にすると更に恐ろしい。あれだ、ゾンビってあんな感じなんかなぁって納得しつつも怖い感じ。
というか、隣にいるのはネイガウス夫婦ではないか。ネイガウス先生若っ! 奥さん美人!
そしてあそこには死んでしまう三角さんがおるやんけ……。
揃い始めた原作の登場人物勢の顔。アサイラム攻城戦。……ジェニの告発にルシフェル徘徊。
おーよしよし。泣くな泣くな、新たなる兄弟アルフォンスよ。きっと生き残れるさ、……多分。
その日はサタンが宣言して終わった。ちらっと目が合ったけど特に何も言われなかった。おぉ怖い怖い(ガチ)
外はサタンが連れ立って来た悪魔を退治していて大変そうだが、俺達はいつも通りエリクサー研究漬けだ。逆にサタンがエリクサーの需要を認識した為、もっとハードになってる。
なんなら最近はサタン製のエリクサーになってから死亡者が多くなってる。俺も何度か死にかけて三途の川マラソンを常習している。その度に兄弟たちから「ちぇー」って聞こえてくるのがほんとこあい。怖いじゃなくてこあい……。というか「おいで」以外話せるんかワレェ。今度は冷静に話し合いでなんとか逃がして貰おう。
そんな環境になっても、いつも通りに鬼ごっこや職員のヅラ剥がしで集団の笑いものにしたり職員からそっとカードキーを盗んだりしていた時のこと。
なんということでしょう、十三號セクションにユリの姿が!
途端にざわざわしだすセクション職員。それもそうだ。セクション職員の一人が「サタンの部屋に向かうユリ・エギンの姿を見た」と言っていたから。死んでる物だと思われたのか何なのか。
そんなユリに声を掛けたのは、アーサーを座らせていたジェニだった。しかも丁度隣。
二人は備え付けのソファに座り、話し始めた。
俺はというと、配られた折紙に「誰が聞いているのか分からないから声の音量を落とした方がいい」的な忠告を素早く書いてささっと折った。内容を機密に出来て、かつ遊び心のある形――引っ張って開けられる奴な。
「職員さん、開けてみてください」
「え、えぇ……」
急に何話に入って来とんねんみたいな顔止めてください! これでも傷付きやすいタイプなんですよ!
余計な話をされる前に俺はクールに(机の元へ)去るぜ……。
大人しく開けてメッセージを見てくれたようで何より。
……しっかし、「何もしないで、後で後悔したくない」かぁ。台詞がかっこいいよな。
さてメッセージが功を成してくれたか否か。怖いなぁ。
「皆、ちょっとついてきて」
「なんでー?」
「いいから」
とうとう来たか……。
皆が寝静まった就寝時間にジェニはやってきた。とっくに他の検体たちも起こして、最後に俺達ルシフェル群の部屋にやってきたらしい。
職員の服を着ているジェニがそう命令したからか、それとも夜中に歩くというまったく経験したことのない状況の為か、兄弟たちはジェニの言うことを素直に聞いた。
そしてだらだらとジェニを先頭に脱出しよう……としているのだが。
……銃弾の一発目だけは分かる。確実に殺せるように眉間を狙う。だから、一発目は伏せさえすればいい。
でもそうなると、後ろの兄弟たちに当たる。
結局どうすればいいのか分からないまま、この日を迎えることになった。
でも……なんだろう、俺の聴覚が間違いじゃなければ若干セクション内で慌ただしい音が聞こえている気がする。
――あ、いや、銃口を構える音だ。
咄嗟にジェニの足元を蹴って姿勢を崩させた。
予想道理に眉間を狙った銃弾が隣を過ぎていったのを視認して、それを目掛けてぐっと手で握る。鈍い痛みが走った。
……やっぱり、死ぬって分かってるのに回避させることができるのに、見殺しには出来なかった。
というか、しれっと俺の体が弾丸追えてることに握ってから気が付いた。なんでやねん……。
「ちょっと何……」
「外しましたか」
奥の方から足音が聞こえてくる。嫌なエミネスクの野郎の声。そして護衛のエクソシストが数名。
俺はなす術も無く捕まった。
「いやぁ、無様な姿ですねぇ」
――元はといえば、お前の発言が原因だろうが。クローン開発をルシフェルに提唱したのはサマエルことメフィストフェレスだった。
……八つ当たりだ。どっちにしろ、メフィストフェレスのおかげでまだ世界が壊されてないみたいなところがある。あの当時のルシフェルは一言でも気分を害せば爆発するほど追い詰められていたらしかったから。
「まったく、君という検体は理解し難い思考を持っている。他の検体は見捨てて自分だけ逃げれば良かったというのに、あの獅郎くんのようにねぇ?」
そう言い残してメフィストが去っていった。最後まで嫌味ったらしいヤツだ。
もう目の前はエリクサーを通して白衣の研究者が何か書き込んでる所しか見えない。
ああもう何も考えたくないな……。もういいんじゃないか、どうせ俺の代わりはいるんだし。
あいつらだって、そういうもんだって理解してるだろうし。
どうせ、あの子供部屋には他の
結局ジェニがどうなったかも分からない。
でも、秘密裏に処理とかは絶対にやる。エミネスクならやる。
じゃあ、無駄だったのか。
――俺って、弱いな。
■
寝ているようで、起きているような時間を過ごした。もう青い稲妻作戦や青い夜でも始まってるのだろうか。
研究者たちの悲鳴が怒鳴り声が聞こえてくるが、俺はまったく瞼が上がろうとしなかった。
折れた。ぽっきりと。
脱出できないと思ってしまった。どうしたって俺が考えられる範囲で脱出は無理だった。
……人を殺せば、脱出は出来るんだろ。衛兵も、研究者も殺せば皆で脱出できる。
でも、銃を持った
一瞬でもこの人たちにも生活があるって思ってしまった。
――俺には、貫き通せるほどの我が無かった。獅郎のような貪欲さも手段を選ばない非道さも、全部ない。
前世とか言ってるけど、それが男だったか女だったか、名前はどうだったか、家族構成はどうだったか。普通はこうとか、無駄な知識くらいしか覚えてない。青エクの他に読んでた漫画とかは思い出せるのに。
――このままでいいんだ。
そうやって眠っていれば、爆発音が聞こえた。先程より大きく、大勢の悲鳴が聞こえた。
それから何かが燃える音。
瞼が開いた。なんでだろう。どうしてだろう。
俺はこのまま、ここで眠ってればいいんだろ。どうせ原作を変えることなんて出来っこないんだ。
……。
なのに、体が動いてる。どうにかしようとガラスを割ろうとしてる。
逃げたいって。皆と外に出なきゃいけないって。
――青い夜を超えたら兄弟たちと何しようって考えてた?
兄弟たちを引き連れて外の世界で、思いっきり鬼ごっこしてやりたいって。
俺の前世じゃ当たり前に出来ていたことをやらしてやりたいって。
夢はビッグに、兄弟全員学校通いしてみたいって。
出来るならアーサーとも関係をやり直したい。
アーサーが廃人になってからは俺の方から距離を取ってしまっていた。
――多分あのままでも、昔のアーサーであっても、きっと「エンジェルスラッシュ!」を素面で言う大人になる……筈なんだ!
一回ガラスを叩けばやりたいことが溢れ出てきた。枯れていた筈の活力が沸いてきた。
何であんなにウジウジとしていたのか。数秒前の俺死ね。チネじゃなくて死ね。
悪魔にすぐ取り憑かれそうなウジウジな俺よ、死ね! 心機一転して動け!
さっきからドンドンガラスを叩いても水のせいでうまく体に力が入らない。いくらでも腕が傷付いたって良いのに、水で勢いが殺される。
こん、って軽い音だけが響く。
出たい、出してくれ。やっぱり俺は皆と出たいんだ。
仲の良かった奴が俺を覚えてなくてもいい。ただ元気でいてくれればいい。
辛い記憶があるなら忘れたっていい。俺と関わった記憶が嫌だったならそれでいい。
せめてソイツを、皆をこの牢獄から出して外の世界を見せる。
絵本の中でしか知らない物をたくさん知ってくれ。太陽の光、青空の下、無菌室じゃない景色の空気を知ってくれ。
春の浮かれるような桜と祭り、夏のうるさい蝉の声にうだるような暑さ、秋の冷えた空気と紅葉と恵み、冬の雪と年越しイベント。
俺ら以外の人と触れ合って、友達でも作ってくれれば御の字だ。
鬼の形相でガラスを叩き続けていると、逃げている研究者の一人と目が合った。俺の様子を見てハッと目を見開いていた。
よくよく見ると、三角さんだった。
三角さんは慌ててコンソールの方に行って……、管内の液体が減り始めた。
なんということだ。三角さんが液体を抜いてくれたぞ。今なら抜けられる気がする!
体に思いっきり力を入れて……。
セイッハァァ!!
最後のガラスをぶち破るが如く! 俺は脱出をした!
ああ、外の空気が美味しい……。と言っている場合ではない。一気にフルチン特有の寒さが俺に襲い掛かった。
「すいません、服のある場所はどこですか」
「あ、ああ。それならこっちだ」
すぐにも逃げたいだろうに、俺に衣服がある場所を案内してくれた。ふくよかだけど暖かい掌。ずっとエリクサー漬けだったから、余計に暖かさを感じる。
部屋の前まで来た。カードキーで開錠もしてもらった。なんて善人なんだ。
「案内はここまでで大丈夫です。どうか、貴方は逃げてください」
「き、君は……何が起きたのか、知っているのか……?」
焦っているような、困った様な顔をしている。
「いいえ、まったく。……ですが、今まで貴方達が、俺達が抱えてきた爆弾が爆発しているのは身に感じています」
「……だ、だったら、君も逃げた方が……!」
繋がれた手をぐっと引かれる。しかし、その手を振り払った。
きっと、今の三角さんは勇気を振り絞って言ってくれた言葉なんだとは声の必死さから予想が付く。
今まで見て見ぬフリをしてきた研究体を、一人でも救おうと。
「心遣い、ありがとうございます。でも、それは俺じゃなくて、これから抜け出してくれる兄弟たちに差し伸べてやってください」
しっかりと目を見据えて言い切る。俺は弟たちが脱出できるのならここで死んだっていい。誰も悲しまない。
だが、脱出させるまでは生きて背を押してやらなきゃならない。
三角さんを振り払うようにして部屋に入った。大量に漂白されて洗濯された貫頭衣がサイズごとに分けられ、折りたたまれて並べられてある。その中で一番大きなものを手に取ってささっと着る。
部屋を出れば、そこには三角さんの姿は無かった。良し、このまま子供部屋に直行だ。
一部では火災が起きているので即時脱出が必要だ。酸素がいつ足りなくなるかもしれん。特に肺の小さいチビ達は優先的に逃がそう。
「誰かいるかー!」
かろうじてドアの役割をしている扉を開き、煙で視界が霞んで見える室内にそう呼び掛けた。
……何も反応がない。思い切って部屋の中に入る。
焼け焦げた臭いがするのは職員のものかと思っていたが、そうではないらしい……。
部屋の中は黒く焦げていた。壁は黒ずみ、妙な顔のついた太陽も掠れている。足元にこん、と軽い物が当たった。
ぶつかった足の先が黒くなっていた。それと同時に、足元にあった物体を見た。
大人サイズの人間の炭が転がっていた。生々しく、焼けていない一部の体も見えた。
……痛ましい。埋めてやりたいけど……ごめん。今は同じ兄弟たちを優先してるんだ。
心の中で手を合わせながら、部屋中を見る。同じく大きな炭、小さな形の炭……。それぞれ転がっていた。
とりあえず、この部屋に人はいないことが分かった。
さっさと出て、散らばっているだろう兄弟たちを探すことにした。
施設内が光らない内に。
タイムリミットは分からないのに、とても短いことだけが分かる。
全っ然、体を動かしてなかったから恐らく体力は落ちてる筈だが、エリクサー効果のお陰かそれなりに速く走ってもスタミナが切れなさそうだ。
瓦礫を強く踏まない様に気を付けつつ、探していない箇所を割り出す。
……やっぱり、異様な気配を感じる特務治療室の方にいるのだろうか。一回、呼吸を落ち着かせる。
あそこには特大級の爆弾ルシフェルがいる。
■
魔女の疑いをかけられた親友ユリ・エギンの身を心配して、リックは一般の
ずるずると足を引き摺り出口を目指す研究者たちを見かけた。声を掛けても反応はしなかった。
情報を聞きたいのに相手は口を閉ざしたまま、絶望した表情で歩いていく。
このままじゃ埒が開かないと思い、リックは異様な雰囲気を漂わせる深部へ足を進めた。先程からペタペタと裸足で走るような音が聞こえ、少しだけ身を震わせた。
――そこに現れたのは子供だった。大人たちが皆危機感を持って逃げているというのに、この子供の集団だけは伸びやかな空気を持っていた。
それに、一番目を引くのはどの子供も首にナンバーが降ってあること、兄弟かと思える程顔が似ている子供が大勢いること。そして、体格の大きな子供はその年に合わない舌ったらずな声で「鳥は」と繰り返していた。
どの子供も自分の言いたいことばかり喋っているせいか、まとまらない。リックは一般的な見識から子供を火災の起きている場所に留まらせるのは不味いと思い、彼らに避難を促すも嫌だと主張する。
子供の雰囲気もあって、異様だった。
どうにかして体を施設の入り口へと押し出そうとしたリックの背に強烈な光が走った。目を焼かれる程の眩しい光に一人の子供が向かおうとしていた。
「コラ! 何してる! そっちは危ない!!」
「きれい」
リックの制止に反して暢気な声の返答だった。
「光って特別みたい。僕もああなりたい」
「何を……。しっかりしろ!」
強く光へ向かう実験体の肩を掴むが、動きは止まらなかった。
「僕が死んだら補充する。
"あいつ"が誰を指しているのかはリックには分からない。だが、それでも言えることがあった。
「お前は特別だ! お前こそ光なんだ!!」
「誰でも特別だ。だからそんな……」
リックは天涯孤独の身だった。だからアサイラムに収容された。苛酷でありながらもそこでしか生きられなかったが、リックは苛酷な教育を乗り越え最終的に幸せを見つけた。一生を寄り添う相手を見つけ、子供も二人出来た。
人の生死に近い
補充されるという意味を知りはしないが、だからといって命を捨てていい訳では無い。生きていれば、きっと良い出来事が起こるものだから。
思わず熱の入る説教をするリックに、ガラゴロガラゴロと猛スピードで何かが突進してくる音が聞こえてきた。思わずリックもアーサーも、その周辺にいた子供たちが全てその音源を振り向いた。
――そこにいたのは顔に合わないサイズのサングラスを掛け、台車を二台狭い廊下ギリギリに走らせる奇行種の姿だった。片方の台車には大量の瓦礫が乗せられ、片方の台車には何も乗せられていなかった。
このままじゃぶつかる! とリックは子供たちの前に出た。しかし、台車がリック達に当たることは無く、数センチの距離で急停止した。
「ヨシ! 合格! そこのお前! この台車で運べるのはチビ三体分だぜ!」
「は?」
「いいから台車にチビ共乗せて入り口に連れてけっつってんだよ。耳垢詰まってんのか?」
「詰まってないぞ!? 毎日嫁に掃除してもらってんだからな!?」
「ならさっさと入り口にこいつら――兄弟たちを連れてってくんな」
「兄弟……?」
そう言って突撃してきた奇行種はサングラスを外した。なるほど……確かに周囲にいる金髪の子供を成長させたらこうなるかという感じに顔がそっくりだった。
その顔を見て、僅かにアーサーの顔が驚いたような表情を浮かべた。
「なら君も逃げるんだ」
「いいや、俺は逃げない。もう、地獄のボンバーマン対決ゲームには二度とな……」
「いやここは逃げる選択をしろよ!」
リックのツッコミは台車に小さな子供――大きい子供も乗せている人物には届かなかった。
「よーし、今からこのおじさんがお前たちを運ぶ。そして俺が二十秒経ったら追いかける。ネオ追いかけっこの開始だ」
「は? ネオ追いかけっこ?」
「はやく押してよおじさん」「そーだそーだ」
しかし子供たちはもうネオ追いかけっこという響きに夢中だった。
いつもと違った状況に、いつもと一味違った追いかけっこが始まるのだ。これでワクテカしない、危機意識の乏しい子供はいない。
一人だけは光る方と奇行種を交互に見つめていたが、大人しく台車でぎゅうぎゅう詰めにされることにした。
リックは意地でもサングラスを掛けた人物を連れ戻そうとしたが、自分よりも細い腕のどこに力が入っているのか強制的に入口の方へと体を向けさせられた。
相手には逃げる意思がない。それを強く感じたリックは台車の持ち手を握った。
「ネオ追いかけっこ、開始ィィィ!!!」
その掛け声と
青い夜、どこでも鬱屈とした空気が漂う十三號セクションに高らかな声が響き渡った。
それと同時に、施設内を満たす目を焼く程の光を放つ元凶が現れた。
構えるべきは台車、望むべきは一瞬。
そう正に、今角を曲がろうとふらふらと歩いている茶褐色のゾンビが司る、光の如き速さ。
視認される前に殺る。
研究者の身ぐるみを引っぺがしてサングラスを手に入れた。死体を運ぶための台車があることは知っていたからそこから二台拝借してきた。そして一つの台車には脱出ルートに邪魔な瓦礫を乗せに乗せた。
この場においてルシフェルはほぼ無敵だ。痛覚が無くなったのだから、いくら殴ったって、こちらが力を込めて吹っ飛ばそうがアイツには伝わらない。
――それは嫌だ。アイツには渾身の一撃で苦しんで死んでもらわなければならない。
ユリの掲げた悪魔と人との共存? 馬鹿め、そんな夢物語はルシフェルには当てはまらない。
多くのクローンを作り踏みにじってきた奴と共に笑うなんて御免だ。
奴は殺す。エミネスクも殺す。
だかしかし、今は時が足りない。準備が足りない。
此方が準備を整える時間は、相手にとっても好都合で、エリクサー研究を進めるものともなるが、それはそれで良い。
相手が絶好調の時に叩き潰してやるなんて最高すぎて口からウニが出そうだ。
青い夜、それは全ての世界の常識を破壊する時。
ならばこんなこともあって良いだろう。
光の王、ルシフェルの腐り切った肉体を引き潰すクローン体がいても。
アルは足を強く踏みしめた。台車の持ち手がへこむ程に強く握りしめた。
一歩一歩、体験したことのない速さで自らが空気を切り裂いていくのが分かる。
体は軽く、足は力強く地を踏みしめて、腕は瓦礫の積もった台車を突き出して。
――そうして、ルシフェルの体は正体不明の物体によって壁際へと押し付けられた。
辺りに一時の轟音と、腐った血液の臭いが蔓延した。
ルシフェルは視認することが出来なかった。辛うじて見えたのは何らかの物体が
ぶつかったと思えば、自分は壁を汚す穢れた茶色い花を咲かせていた。
唐突なことに思わず発光を止め、ぶつかってきた不敬な者を見つめた。背後からは軽い音が聞こえた。
隣の傍付きは何が起こっているのか分からず、ただ口を開けていた。
「よぉ。初めまして」
ゆっくりとソイツは顔を上げた。
「俺は検体番号La-04、識別名称はアル」
それは自らが健康であるならば、一回り幼ければ、その顔であった。
「今の気分はどうだ?」
「最悪だ」
ルシフェルが一睨みして、あろうことか自らに反逆をしたクローン体の片腕を消し飛ばした。
「それはよかった」
腕を消し飛ばせば痛みがある筈だ。それなのにクローン体は笑っていた。
――気味が悪いと一瞬でも思った。この感情は一体、何だ。
「貴様、私のクローンであるならば痛みが分かるだろう。――痛い、辛い、体を損なうことは苦痛だ」
それなのに貴様は何故。
「ああ痛いな。苦しいな。もう俺は片腕での生活をするしかねぇのかもな。病でずっと床に伏せるのも、こうやって苦痛があるのも、どっちにしろ辛いよな」
「だがそれがどうした? お前に一撃くれてやっただけの釣りが片腕なら構わない。
足もあるな。これでお前を蹴って轢いて殴って潰して燃やして潰して絞めて斬ってやることが出来る。
「お前を叩き潰せるのなら何度でも死んだって構わねぇ」
理解の及ばない生命体がそこで嗤っていた。
自分の体から作られたクローンだ。
自らの細胞を複製して作られた器だ。
それなのに。
どうして自分はこんなにも震えている――――?
正体不明の感情を追い去る様に、ルシフェルは更に光り輝く。その胸の前には黒い球体が浮かび上がっていた。
「
体を失うことの恐怖にも近い何かを覚えたルシフェルに、時を弄ぶ悪魔の声と命を巡らせる悪魔の足音が響いた。
■
大勝利ィィィィ!!!!
ルシフェル、獲ったどォォォォォォォ!!!!!
祭じゃああああああああ!!!!!
エレミヤ? エミネスク? んなもん後で良いんだよぉ! どうせ裏で色々と動くんじゃろ? 証拠はいくらでも上がるな! ヨシ!!
「驚きましたねぇ。数日前までは死んだような目をしていたというのに今ではこの通り」
「ッシャオラァ! ザマ見やがれクソ悪魔ァ! あ、いっけね。残りの兄弟たち探さねーと」
「それならご心配いらないかと。貴方が避難させた者たちが唯一の生き残りですよ」
「ヤター! ありがとうメッフィー! ありがとう知らないおばあさん!」
「メッフィー……ですって……」
「お、おばあさん……」
あ、失言してしまった。
でもすまんかったと思っている。だってルシフェル粉になったんだよ? マジ笑えるわ。
テンション爆上がり~! これで後は俺のことぽっかーんって見てるエレミヤが余計なことをしなければいいんだけど、それは無理でしょう(諦め)
大人しくルシフェル復活させてくんなまし! くんなましったらくんなまし!
今は無理だがいずれはエミネスクの野郎共々ぶっ殺してやらぁ!
「私は……貴方にお礼を言われる様なことはしていませんよ。全て、何もかもが遅すぎました。不都合の帳尻を合わせる為に泥沼にはまってしまった。――これは我々
「へー……」
「ですが、創造皇シェミハザの結晶は有限です。使うタイミングを見極める為には仕方のないことでは?」
やっぱりシェミハザ……しえみの婆さんはすごく落ち込んでいるようだった。まぁ、原作と違って? 実験体が目の前にいれば良心の呵責という物が強くはなるだろう。
十三號セクションを体験した俺としても、決して十三號セクションの隠匿に関わった人物を許すことは無いだろう。
「……はい。これで応急処置は終わりました」
「おおー。ありがとうおばあさん」
ルシフェルによって爆破された腕を手当してもらっていると、俺が突っ込んだ方角から人がわいわいとやってきた。何やら豪勢な箱……というか棺を持ってきている。それから掃除機。
「賢聖! よくぞご無事で……」
「聖櫃は持ってきましたか?」
「は」
「早くこちらへ」
それから、シェミハザが粉にしたルシフェルを入れる作業が始まった。
その始まりと共にメフィストが去っていった。恐らく事務室だ。獅郎がした約束の内容を告げられる重要なシーンでもあるが……。
俺もここにはもう用事がないので入り口に行くことにした。
決して話しかけてくるシェミハザのお付きの者たちが面倒になったとか、なんか見てくるエレミヤに寒気がしたとか、ソンナンジャナイヨ。
定番の「お手洗いに行ってきます」で俺はクールに去るぜ……。このまま入口の方に戻ってチビたちの様子を見るのもありっちゃありだけど……。
「なぁ~んかさぁ……。もう一人の俺いなかった?」
台車に乗せた兄弟たち。その一人は首元に割り振られた4の番号があり、ネームプレートにはALの表記があったのだ。
(これは……えぇ~~~~~~~~??????)
鶴折りたーい。でも片腕じゃ複雑なのは無理だな。
実際片腕だけでサインするのは難しかった。なんかあるべき筈の左側の重みが消えて体幹も取りづらいっていうかぁ~……。
あの後普通に入口の方に戻ったら、兄弟たち含めて実験体らは別室に集められてモリナスの契約を書かされた。幼いもう一人のアルくんも頑張って書いてました。へぇ~、偉いですねぇ。よしよし……じゃねーんだよ!?
しかも書き終わったら俺だけ別室。はー、つっかえ……。
特にすることも無いのでベリアルさんが淹れてくれた紅茶でも飲むぜ。
すーはー……。香りの違いとか分かんね~。ていうか、あのお菓子が並んでおいてある段上の奴って食べていいのか……?
チラチラとベリアルさんの方を見ればグッと親指を立てられた。
い、いただきます!
あ、アァ……。小麦の味がする……。味の濃い卵、ハム、レタスの瑞々しいシャキシャキ感……。
た、たまんねぇ……! うめぇ……! 手が止まらねぇ!
「な、泣く程とは……」
「美゛味゛じい゛! 角生えた奴来てからはずっとサプリメントだったんだよ! 糞が!」
「あぁなるほど。でしたらベリアルが大量に作ってくるそうなので大量に食べなさいな。あ、ケーキは私の物ですからね!」
「うるせぇ! ケーキも俺の物だ!」
「強欲っ!」
なんかフルーツがたっぷり乗ってるケーキを取り皿に乗せておいてと。
「で、俺だけ別室の理由は? 大方
「話が早いですね。こちらとしてもありがたいですが……」
いつの間にか目の前にメフィストが座っていた。その手には――俺が先程取り寄せておいたケーキが!? この悪魔め。
「あんとうひょくひゅうに言いまひょう。るふぃふぇるに復讐ひたいですか」
「なんて?」
ケーキを一口で食いやがったがすぐに喉に詰まった様子。だが紅茶で無理矢理流し込んだ。勿体ない……。
「んんっ……。ルシフェルに復讐する気はありますか?」
「それは……。うーん……。あのさ、相手を殺したいって気持ちは復讐に入るか?」
「は?」
「いやなんかさぁ……。復讐? 相手に恨みを持ってるか、って言われると微妙な気持ちになる」
「はい??」
「こう。眠いとか、お腹空くとか……。自然な感じでルシフェルって単語を聞いたり見たりしたら潰さないとっていう感覚になるというか……」
最早脊髄反射の域とでも言うべきか。そう仰々しく復讐とか言われても……ねぇ?
ほら、復讐ばっかりにかまけてるといざ達成し終えた時に「こんな時、どんな顔をすればいいのか分からない」状態になるんじゃろ? 知ってる知ってる。
「ふ、ふふはははははは! 潰さないとですか! あのルシフェルを!」
「もう作業みたいなもんよ」
「作業wwwww」
「何わろとんねん。あ、ベリアルさんありがとうございます」
大量のサンドウィッチのお代わりがやってきた。具材もバリエーション豊かだ。流石メフィストに仕える悪魔で執事だ。
「で、ルシフェルを叩き潰すことと扱いに何の関係が? 早くサンドウィッチに集中させてくれよ」
「ひー……。現在、会議ではアナタを筆頭に実験体たちをどう扱おうか迷っていましてね。これから新設する修道院にまとめて収容するか、はたまた全員口封じに殺すか」
「へぇ。軽いな俺達の命」
「ええそれはもう風船のごとく」
――生き延びたらはたらで、こういう結果か。
そうだよな。モリナスの契約を結んでいるとはいえ、関係者からは罪の象徴が歩いてるもんだ。消し飛ばしたくもなるか。納得はしないが。
「現状は口封じに殺すが優勢ですが……。もしアナタが私の個人的なお使いをしてくれる
「
「はい☆」
「で……、それって脅し?」
「そうともいいますね☆」
「別にいいけど。――――修道院に収容後も弟たちの安全を守ること、そして俺の願いも聞くことが保障されるのなら、だけど」
メフィストの悪魔特有の目をじっと見つめる。にやけた面が更ににやけている。
どう動くのか見極められている……。
「ほぉ? その願いとは?」
「俺ばっかりがお前の願いを聞くのは契約としても不平等。流石に都合の良い駒になるのに対価が弟たちの
願いの内容としては俺の手配して欲しい物品を用意することとか、休みたいと思ったら休めるとか……。後は随時更新!」
こういうのってさ、あれだろ?
とか某インキュベーターみたいな揚げ足取りしてくるのが普通だろ。しかも悪魔、ここは青エクの世界やぞ? ダークな世界観が売りの現代ファンタジーぞ?
「くっはははは!!! いいですね!! 引き受けましょう!!!」
「よっしゃ! これからよろしく……という所で早速お願いがあるんだけどメッフィー」
「またメッフィー……。可愛いので良しとしますが…………何でしょう」
「早速だけど戸籍を用意して欲しいんだ。
「ほぉ……?」
サンドウィッチとか食べてたら段々頭がはっきりしてきた。
俺としてはうっすらと襲撃時に考えていたプランを詰め詰めしたいのだが、それには二人分戸籍がいる。
別に修道院に入るのが実験体ばかりじゃなくったっていいだろう。なんなら青い夜が発生して親無しの子供ってのは増えてる筈だ。痛ましい限りだがな。
そこからサンドウィッチ片手に食いながら戸籍の情報を事細かく指定した。
「マジで?」って顔をメッフィーとベリアルさんにもされたが、マジです。
「だって、折角変わり身がいるんなら使わない手はないだろ?」
■
「ここが、あの北十字修道院ね……」
正十字学園町、その北側に位置する町に新しく修道院が新設された。元々スラム街が多かったが、突如として訪れた悪魔の到来や青い夜などの惨劇によって生きてる人間も少数で、土地は荒れに荒れていた。
そこで正十字学園の学園長が筆頭となって町の整備が行われ、今ではスラム街の見る影も無くなった。
人の活気に溢れた一つの町として、惨劇の痕は覆い隠された。そう考えることが出来るのは極少数だろう。
ストロベリーブロンドの長い髪が日光を反射して輝いた。黄緑色の瞳は意思の強さをはっきりと感じさせる。
カツカツとヒールの音を鳴らして歩く――中学生ほどの女子。
「前山エミリー! 出陣でしてよ!」
そう、これは元十三號セクションの被験体による逃亡劇の結果。
彼――アルの存在は新しい"アル"に任せ、自らは別の人物になることを決めた。
その名も前山エミリー。青い夜にて両親が焼き殺されてここ、北十字修道院に預けられる予定になったハーフのお嬢様系少女。そういう設定だ。
「これからの生活が楽しみですわ~! オーホッホッホッ!」
S … シークレット
s … サバイバー
C … クロニクル
(ネーミングセンスが)あ ほ く さ
[裏話その1] 名前の理由
「バッカオメー!関連した名前だとバレちまうじゃねーか!」
「はぁあ? 私のネーミングセンスを舐めておいでで?」
「ここはこう、なんかゴッテゴテの名前でいいんだよ。偽名か? って疑われるぐらいのな」
「アナタどうしてそんな知識があるんですか?」
「……(やっべ)。獅郎に教えてもらった!」
「ああなるほど」
(納得するのか……)
[裏話その2] お嬢様キャラの理由
「それにしても女性になるなんて正気ですか?」
「男の人物が女になっている……。これなら余計な探りとかに掠りもしないだろうって獅郎が言ってました」
「はぁ。そうするならそうするでいいんですが……」
「問題はキャラ付けよな」
「清楚系は却下で。丁寧口調も止めてください」
「ならばお嬢様系はどうでしょう」
「「ベリアル/さん!?」」