7s Sprinter   作:マシロタケ

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Let's Rock!

…ああ、ここは何度来ても慣れないなぁ。

 

パドック前。マーシャルは強張る身体を小刻みに震わせながら、一歩前に踏み出した。

 

パドック壇上、彼女は肩にかかるマントを一気に引きはがす。そして自身に振り当てられたゼッケン8番を観客にさらけ出す…しかし、その様子を期待して見るものは誰もいない。

 

「ええっと、え?誰この娘?」

「レッド…マーシャル?だってよ。聞いたこともねぇな。」

「あーはいはい。もういいから、さっさと一番人気だせよ。」

 

…わかっていた。

いつもこれなんだ。私が出てきても、みんな新聞読んで、スマホいじって。私にがんばれと言ってくれるのは、ごく一部の小さい子供くらいなんだ。

 

でも、今日は、少し違った。

客席から目立つ声援が一つだけ、彼女の元に飛んできた。

 

「おーい!!そこの8番!!辛気臭ぇツラしてんじゃねぇぞ!!気合入れろ気合!!」

その声の主は、言わずもがな聞きなれた存在だった。

 

(…トレーナーさん。)

彼の声援に、マーシャルはぐっと歯を食いしばった。

 

『10番人気はこの娘、レッドマーシャル。』

『担当トレーナーが変わったという情報が入っています。新しい彼女に期待です。』

 

――――――――

 

(がんばれ…がんばれ私…。ま...負けちゃダメ!)

本場前の地下道にて、マーシャルは自分に何度も念を唱えた。

そんな気弱な態度を見せるマーシャルに痺れを切らせた、大城は。

 

スパァン!!!!

 

とマーシャルの尻をひっぱたいた。

 

「いったああああ!!!何するんですか!?なんでお尻叩くんですか!?このヘンタイ!!」

「バッカヤロー。お前レース前から気持ちで負けててどうすんだよ。」

「…だって。」

 

まだ勝負も始まっていないというのに、すでにベソをかきそうな顔をする。

レースの度に苦い思いをさせられた。そしてそれは彼女の意識下に強く根付いている。

 

「…はぁ。ったくよぉ!いくらカラダ作っても、気持ちが乗らねぇなら意味ねぇんだよ!」

「でも…でも…」

「じゃあコレだ。」

 

といって大城はマーシャルにあるハンドサインを見せる。

掌の中指と薬指だけを折りたたんだハンドサイン。

所謂ロックサイン。

 

「え…えっと?」

「えっとじゃねぇだろ?ロックだよ、迷ったらロックに行け。」

「ろ…ロック?」

「はぁ!?お前ロック知らねぇのか!?ツェッペリンにパープル、クイーンにKISS、ユーライア・ヒープにバッドカンパニー!あのロックだよ!!」

「?????」

 

あまりの情報量にマーシャルの頭はパンク寸前になる。

 

「…っつっても、もう、時代じゃねぇのか…。俺が若い頃は流行ったもんだったんだがなぁ。」

勝手に落胆する大城をよそ眼に、マーシャルはハンドサインの真似をする。

 

「…お、いいな。そうだ、ロックだ。いつでも気持ちはロックでいろ。」

「よくわかんないけど…このハンドサイン…昔お母さんがしてた気がする。」

「気持ちが折れそうになった時、いつも俺を助けてくれたのはロックだ。迷ったらこう叫ぶんだよ『Let's Rock!』ってな。」

 

大城はハンドサインを掲げた。

 

「レッツ…ロック…!」

「もっと景気よく言うんだよ!」

「レッツ…!ロック…!」

「ま、及第点だな。そんでよ、マーシャル。今日のお前のレースだが。」

 

ようやく本題に入る。

「お前、今日勝たなくていいぞ。」

「…え?」

この人の唐突が過ぎる言葉には、いつも意表を突かされる。

「今日のお前は、今までとは違う走り方で走ってもらう。」

「…というと?」

 

「今までのお前は、序盤で一気に前に躍り出る、いわゆる逃げや先行で戦ってきたわけだ。そんでずっと負けてきたわけだ。」

「…」

「でも今のお前は違う。お前には一つの武器が形成されつつある。それをモノにするためのレースだ。」

大城は腕を組む。

 

「ものにするためのレースって。それじゃあ、これもトレーニングの一つってことですか?」

「早い話がそうだな。だから今日は勝たなくていい。今日の目的はほかにあるからな。ま、わざわざ負けろとは言わんが。」

「でも…どうするんですか?」

 

「レースにおいてスパートをかけるために必要な要素はなんだ?」

「えっと…体力と、位置取り…ですか。」

「そしてかけるタイミングだ。」

 

大城は壁に背を預ける。

「今日の課題はどうすれば、最適なスパートをかけられるようになるかをお前が知ることだ。」

「…。」

マーシャルは少しぽかんとする。

「ま、今日は俺が全部指示するがな。」

 

大城は先に行われているレースを指さす。

「まずはスタート。お前は先に飛び出さず、中団から後方にかけての位置で構えろ。」

「中団位置…。」

「そして、まずはお前の前にいるやつをよく見てみろ。そうすりゃ、どこかにお前と似たようなリズムで走るやつがいるはずだ。」

「うーん?」

マーシャルは何となくなイメージを立てる。

 

「まずはそいつに引っ張ってもらえ。」

「引っ張ってもらう?」

「ああ、体を動かす時ってのは、自分と似たような動きをする奴に体を合わせると、幾分ラクになるのさ。ま、これは実際にやってみればわかる。」

「は…はぁ?」

 

「次だ、お前、スリップストリームって知ってるか?」

「ええっと、前の人の背後に回り込んで…空気抵抗を…ってやつですよね?」

「ああ、調子がついてきたら、一番具合がよさそうな奴の背後に回り込め。それでかなりの体力温存につながる。」

 

「そして、最終コーナーを出た最後の直線。ここでスパートだ。」

そのセリフにマーシャルは息をのむ。

「ま、レースでは走るやつがいる分、スパートのかけ方もそいつらで違う。だけど今日のお前はコーナー出ての直線だ。周りがスパートに入ってもあせらず、ぐっとこらえろ。」

「…はい。」

「そんで、スパートに入っちまったら…。もう後先考えるな。バカになって絞れるだけ絞り出しちまえ。」

 

マーシャルは言われたことを頭で復唱する。

「ま、お前のスパートが実践でどこまで通用するか、俺もワカランからな。俺にとってのデータ取りの役目もあるわけだ。気負わずに走ってこい!」

「…わかりました!!」

 

『シュンブンブライト!!今一着でゴールイン!!勝ったのはシュンブンブライト!!』

「お、前のレースは終わったか。次だな。」

「…。」

マーシャルの顔にまた緊張が迸る。

 

「…なんだ?またケツをぶっ叩かれてぇか?」

「ひっ!!いやです!!」

「んじゃあ、とっとと行ってこい!ロックになってこい!」

大城はハンドサインをマーシャルに向けて、通路の奥へと消えていった。

 

 

―――――――――

 

「…っぐぅ!!…がはぁ!!!…ううぅ…。」

マーシャルと別れた直後の大城は、突如懐を抑えて、体勢を崩した。

 

「クッソ…。」

大城はなんとか壁に背を預けて顔を上に向ける。

「…あ…あの!…大丈夫ですか?」

その現場を見たひとりのウマ娘が心配そうに声をかけ、駆け寄ろうとする。

 

しかし、大城は掌を向けて、それを制止した。

「ああ…大丈夫だ…ほら、レース始まんだろ…?早く行けよ…。」

「は…はい。」

 

そのウマ娘が去ったあと、大城は錠剤を口に運んだ。

「…クソッタレ。」

なんとか自力で立ち上がれるようになれた大城は、懐をさすりながら再び歩き出した。

 

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