7s Sprinter   作:マシロタケ

13 / 96
ゼッケン8番

『各ウマ娘、ゲートに入りました』

 

ゲートに入ってから開くまでの時間、ほんの数秒の時間ではあるものの、その中で時を待つ者たちにとっては永遠と呼べるほどに長い。

 

ゲートが開く前から、すでに駆け引きは始まっている。

開いた途端に、勝利を確信する者、敗北を覚悟する者さえもいるほど。

 

そんな殺伐とした中に身を置くことは、いつも息苦しく感じる。

でも、今日こそは、何かが変わるかもしれない。

 

――――――――

 

「さぁ、お前を見せてみろ…。」

大城も、観客席の策に腕を置いてその時を待った。

 

そして、運命の時は始まりを告げる。

『スタートしました!』

ゲートから一斉にウマ娘たちが飛び出る。

『各ウマ娘揃って綺麗なスタートを切りました。』

 

―――――――――

 

マーシャルは一瞬、いつもの癖とも呼べる条件反射で、ゲートが開いた途端、前に出ようとした。

だが、大城の作戦をふと思い出し、その出足を緩め、中段位置に落ち着く。

 

(…あぶない…いきなり失敗するところだった。)

 

『先頭から6番、4番、9番の並び、そこから少し離れて3番12番5番、中段位置8番はここに構えます』

 

まず、一つ目の作戦…自分と似た人を探す…だって。

そんな人、どこに?

 

マーシャルは落ち着いて周りを見渡す。

そして、なんとなく、本当になんとなく自分とリズムがあっているような、いないようなウマ娘を見つける。

 

(この娘…かな?)

マーシャルはレースに集中しながらも、意識的にその前を走るウマ娘の動きを自分にトレースしていく。

ターフに足を付くピッチの間隔、速度、腕の振り方。

自分と相手とのちょうど中間あたりを狙って、それらを微調整していく。

 

そしてそれらが体に馴染んできたときに、マーシャルは大城の言葉を理解していく。

(…ほんとだ。なんでだろう…自分で走ってるのに…引っ張ってもらってる感じ。まるで、体を動かしてもらってるみたい…。少し楽かも…?)

無意識的に体が引っ張られていくその感覚に、マーシャルは驚く。

 

(ま、今は補助輪みてーなモンだ。いずれそんなモンに頼らねぇで走れるようになりゃ、上出来だ。…にしても)

 

他ウマ娘のトレースが齎す恩恵はリズムだった。

いつも先行に躍り出て、ろくにリズムも作れずにバテていくマーシャルは、走りのリズムを安定化させるという概念に乏しかった。

 

そのため誰かをリズムメーカーにさせることで、中段位置での走り方を知らないマーシャルでも、安定して走ることができる。

そしてそのリズムに乗り、引っ張られることで、精神的に楽に走ることが可能となった。

 

無論相手のリズムに頼りすぎてしまえば、自分のリズムを失い無駄な体力消費ににも繋がりかねない。しかしマーシャルはそれを知ってか知らずか、自分のリズムと相手のリズムの中間の塩梅を見出して、無理のない範囲で自分に取り込んでいた。

 

こればかりは、彼女の、自身も知らないセンスが光ったという他はないかもしれない。

 

(…意外なところ、器用なんだなあいつ)

大城は静かに感心した。

 

そしてマーシャルの体と心に調子が宿ってきたとき。

(…よし!この人!このまま後ろについちゃおう!)

それはマーシャルがトレースした相手だった。

リズムが似た上に、背丈も自分とそう大差ない。ならばこの相手に、第二の作戦、スリップストリームを決行した。

 

(見よう見まねだけど…いけるかな…。)

その相手と綺麗に縦一直線に並ぶ。

だが、風の抵抗は依然変わらない。

 

(な、なんでぇ…。)

自身のスタミナに少しづつ陰りが見え始める。

(こ…このまんまじゃあ、また同じことに…。)

スリップストリームに入れない理由。マーシャルは頭で必死に考えた。

 

「…ハマらねぇか?よく考えろよ?…答えは単純だ。こっから見てもわかるぜ?」

 

 

(思い出して!授業で習ったんだ…!)

ただでさえレースでは勝てなかった彼女。ならばせめて勉強だけでもと必死になった。その記憶を巡らせていく。

そして一つの解にたどり着く。

 

(…距離?)

よく考えてみると、前の娘との差は軽く見積もっても1バ身以上はある。

それだけの距離が離れていれば、スリップストリームの恩恵は薄いのでは?と彼女は推測を立てる。

 

(これ、もし間違ってたら…でも、やるしか!)

思い切って彼女は、少しだけスピードを載せて前の娘に近づく。

追いかける背中が大きくなってきたその時。

 

彼女の周りから、流体の流れが断ち切られた。

(う…うそ。…これが…スリップストリーム。)

 

自動車レースでさえも一番の課題とされる空気抵抗。

人やモノは普段、空気に馴染んで生活をするが、ひとたび高速での移動を行えば、それらに対して猛烈な牙をむく。

 

しかし、それを克服してしまえば、それは何よりも強い武器になる。

 

マーシャルはまるで前を走るウマ娘に吸い込まれるように、その背中に追従する。

(すごい…!すごい!こんなスピードで走ってても…あんまりきつくない!)

 

だが、それは長くは続かない。

このコースのコーナーに差し掛かる。

 

今までの直線と比較し、各ウマ娘たちに横の動きが加わる。

このままでは、安定したスリップストリームを行うのは難しい。

(うっ…!!)

 

「さ、こっからが勝負だぞ。おまえのクソ根性、見せてやれ。」

 

(うう…!離されないように…。)

 

『さぁ、最終コーナーに差し掛かる...。ああっとここで6番トージョーイシン抜け出す!それに追従!各ウマ娘一斉に仕掛ける!!』

(え!?そんな!?)

 

マーシャルは動揺する。

自分が追っていた前の娘、自分の後ろにいた娘、横に居た娘が一斉にスパートに入った。

 

(あ…ああ…)

次々自分を追い抜いていくその背中に、彼女は焦りを隠せない。

(わ…私も…!)

と思ったが、そこで大城の言葉を思い出す。

 

『今日のお前はコーナー出ての直線だ。周りがスパートに入ってもあせらず、ぐっとこらえろ』

(…!!)

マーシャルは歯をぐっと食いしばる。

 

確かに周りの娘たちの背中を黙ってみるのは悔しい。でも、今日こそはその流れを…断ち切るんだ!

 

そしてコーナー出口

 

マーシャルのスタミナ、足、共に残っていた。

 

(いける..!仕掛けられる..!)

今までではありえなかった、最終コーナー抜けての余力。

その感覚は、マーシャルの高揚感すらも搔き立てる。

 

そしてマーシャルは…ターフを蹴った。

 

―――――――――

(クソっ!前の連中には届かないか…。だけど、このままいけば入賞は堅い。せめて…ん?なん…だ?だれか…来てるのか?)

 

『さぁ中山の直線は短いぞ!一番手は変わらずトージョーイシン!それを追いかけるハーネスブラック、おっと後ろの方では誰かがバ群を抜けた…これは…8番レッドマーシャル!!強い追い上げを見せます!!!』

『驚異の瞬発力です!』

 

「は…ははは…あっはっはっは!!…お前、なんだそりゃあ!!」

 

大城は咥えていた煙草を落としたことにすら気が付かなかった。

 

 

マーシャルはライバルの背中を一人、また一人と追い抜く。

(嘘だ…これ、本当に私…?)

そのスピードに、心が追い付いてこない。

 

『レッドマーシャル!驚異的な追い込みを見せるが!果たして先頭集団をとらえられるか!?』

 

レッドマーシャルのその追い上げに、観客たちからもどよめきが走る。

「だ…だれあの娘?」

「あんな娘いたのか?」

「い…いや!おれパドックで見た時から違うって思ってたんだ!」

「嘘言うな、お前一番人気出せとか言ってたろ。ま、確かにすごいが、先頭には届かんだろうなぁ。」

 

 

(う、うう…くる…しい…。)

スパートをかけるということは、全力を使い果たすこと。

そのリソースに乏しいマーシャルには、それを長時間扱うことは困難だった。

しかし、ゴールは見えている。

 

(前には追いつけない...…でもゴールは切れるっ…!!)

マーシャルはスパートの速度をわずかに落としながらも、もう一度前を向いた。

(い…けぇ…!!)

 

『今ゴールしました!一着トージョーイシン!見事逃げ切りました!二着は惜しくもハーネスブラック!三着にオオエドカエヅ、そして四着に…』

 

――――――――

 

(…はぁ…はぁ…はぁ…)

マーシャルはターフにうつ伏せで倒れていた。

今度はあの重い蹄鉄を全身につけているかのように、体中が重かった。

 

センニンから習った呼吸を…と思っても、それだけじゃあ間に合わない。

なんとか自分の着順だけでもと無理やり顔をモニターへ向ける。

 

(今日は…ちょっと…早かった…よね?)

そして自分の名前とゼッケン番号を適当に探した。

 

(えっと…6.7.8.9.10.11.12…ない?)

そんな馬鹿なはずはない。

自分はいつもこの辺にいるのだから。

 

(えっと、一着が6番二着が4番三着が9番…四着が……8…番…?)

8番…えっと8番って…私?

 

マーシャルはガクガク震える手で自分のゼッケンを引っ張る。

そこには大きく

 

『8』

 

と記されていた。

 

 

――――――――

 

「とれーなーさぁん…私…わだじいぃぃ!!」

「わかったからもう泣くな!ったく4着でうれし泣きするやつがあるか!」

 

選手控室。そこではボロボロと涙をこぼすマーシャルと、呆れながらも笑みがこぼれる大城の姿があった。

 

はた目から見れば、一着が取れなかった悔し泣きと解釈するのが正しいのだろうが…。

 

「だってぇえええ…。」

彼女にしてみれば、トレセン入学以来初めての入着だった。

「でもま、よくやった。お前のソレ、どうも通用するっぽいな。だが、もっとブラッシュアップさせる必要もある。…次は表彰台だぜ?」

「…グスっ…はい!!!」

 

大城はその時、初めてマーシャルの笑顔を見た。

 

――――――――――

 

「マーシャルちゃん..もう電気けすよぉ?」

「あ、うん!ごめんね!」

 

マーシャルは寮に戻って以降、ずっと4着の賞状を眺めていた。

 

「えへへ…モモちゃん。私…初めて賞状貰ったんだよ。」

「うん…おめでとう!」

マーシャルのその嬉しそうな表情に、モモミルクも微笑んだ。

 

電気を消した後も、マーシャルは月明りを頼りに賞状を眺めた。

「…よっぽど…うれしかったんだねぇ。」

 

モモミルクは優しい顔で、マーシャルのその横顔を見ながら目を閉じる。

程なくして、マーシャルも、その賞状を抱いたまま、深い眠りに就いた。

 

 

 

 

 




競技場売店にて
「あら!ハクちゃん!久しぶりじゃない!煙草..いつもの16番かい?」
「ああ…いや…今日は8番で頼む。」
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。