7秒
「お疲れ様です!!!もう!15分遅刻ですよ!」
練習場に着いた大城を出迎えたのは、キリっとした表情に、希望を持っていますと言わんばかりの瞳を、自身のトレーナーに突き刺さんとするウマ娘だった。
耳をピコピコ、尻尾をブンブンと、やる気十分というのは本人に聞くまでもない。
「………」
そんなマーシャルの姿を見た大城は、そっぽを向いて頭を掻く。
「…今日、練習やめるか?」
「なんでですかあぁ!!」
マーシャルは両手で拳を作って憤る。
「...なーんか、お前がそんな調子だと、今度は俺が狂っちまうんだよなぁ。」
「どういう意味ですか。」
「なんつーか…お前はちょっとしょぼくれてるくらいがちょーどイイんだよ。」
「なんですかそれ!?この間は元気出せとか言って、お尻ひっぱたいた癖に!!」
「あれは試合だからだ。」
そういうと大城は10インチほどのタブレットを取り出す。
「ま、今日の課題は引き続いてお前のスパートについてだ。これ見てみろ」
マーシャルはタブレットをのぞき込む。
「これ、この間のレース…。」
「そ、お前のレースだ。」
『おっと後ろの方では誰かがバ群を抜けた…これは…8番レッドマーシャル!!強い追い上げを見せます!!!』
画面に映るのは、あの時..全てを出し切った自分。
バ群を飛びぬけて、果敢に前へと駆け抜けてゆく様は、我ながら…というもの。
あの時の、この画面に映る人物が自分自身だとは、今でも少し信じがたい。
「てめぇに見惚れてんじゃねぇぞ?見るのはこっからだ。」
それはゴール終盤、酷く息が上がり、徐々に失速していくマーシャルだった。
「中山の直線は他と比較してみりゃ短いほうだ、ざっと300って言ったところか。それに坂も手伝ってお前は失速した。」
マーシャルはこの映像を見返して初めて知った。ゴール直前、後続のウマ娘たちが自分のすぐ背後に迫っていたことを。
「気づかなかったかも知らんが、お前と五着のヤツとの差は1/2バ身程度だ。お前がスパートで稼げなかったら…ズドンだったな。」
「…」
マーシャルはぐっと険しい顔をした。
自分は十分に戦える力を持ったと有頂天になっていた。だがしかし、たった四着の着順でさえ、紙一重であった真実を知った。
「お、いい感じにしょぼくれてきやがったな。じゃ、トレーニングすんぞ?」
「…はい!」
――――――――――――
「おらどうした!?もっといけんだろ?」
今日のトレーニングの内容は…ひたすらスパートをかけまくること。
今回は4コーナー立ち上がりのみならず、あらゆるところでスパートをかけた。
3コーナー上がり、4コーナー入口、出だしから。いろいろ
「OK!いいぞ!…いい感じだ。」
大城は数台のストップウォッチを抱え、細かくマーシャルのデータを取る。
「はぁ………はぁ………ゲッホ!…ああ!!」
ターフに大の字で倒れるマーシャルに大城は、ドリンクを投げ渡す。
「OK、大体わかった。」
「はぁ…はぁ…どうですか?…私、少し早くなりました…?タイムは…?」
「さぁ?早くなったかは知らん。」
「へぇ!?」
大城はマーシャルの横で胡坐をかく。
「お前のスパートが早いことくらい百も承知だ。先にスパートをかけた連中を4人もゴボー抜きにしやがった。問題は配分だ。」
「配分?」
「そ、スパートに入ったはいいが、結局スタミナ切れでゴール手前でまた抜き返されりゃあツマランだろ。ましてやゴールまで走り切れなかったら目もあてらんねぇ。」
大城はタブレットを睨む。
「だから、今日はお前のそのスパートが、どこまで、どれくらいに抑えれば、全体を走り切れるかのデータが欲しかったわけだ。」
「…つまり?」
「お前のスパート、7秒だ。一回のレース。そのスパートを7秒間に抑えろ。」
マーシャルは、すぐには理解できなかった。
普通スパートと言えば、最後まで走りきる、末脚勝負のはずなのに。
「…たったの、7秒?」
「そうだ、それ以上は…駄目だ。お前のスタミナ、ひいては肺が負けるだろう。」
「で、でも!それでゴールまで届かなかったら…どうするんですか?」
「どうするって、決まってんだろ?走るんだよ。手ぇ振って、泥臭く。前向いて。」
マーシャルは開いた口を閉じることも忘れていた。
「不満に感じるか?だがそれは、この7秒の価値をおまえ自身がわかってないからだ。」
「…え?」
「この7秒を徹底的に磨き上げる。そうすれば、その瞬間だけは、お前だけのものにできる。」
「7秒を…磨く?」
「スパートだけじゃねぇ。それを上手く、有意義に引き出すための試合運び、どこに着くか、どこでスパートをかけ、どう終え、残りをどう対処するか。課題は山積みだぞ?」
大城は立ち上がる。
「それら全てを高次元でバランスできれば…お前はなれる…スプリンター界の…バケモンに。」
「私…が?」
「どうだ。肺の弱い最弱のウマ娘がG1なんか獲ってみろ?…伝説になるぞ。」
大城の目はどこか血走っているようにも見えた。
マーシャルはグッと息をのむ。
「…もう少し、俺についてきてみるか?」
「…もちろんです!」
「OK、じゃ、いっちょブチかましに行くぞ!」
(トレーナーさん…タブレットの履歴…消しときましょうよ///)