…あの瞬発力を見たとき…流石にぶったまげたよ。
自分で言うのもナンだが、俺はこの仕事、結構キャリアは長いほうだとは思っててな、所謂古株ってヤツさ。
現役だった頃は、規格外のバカみてぇな末脚を持ったバケモノの面倒を見たこともあったし、モチロンGⅠクラスのスプリンターを育て上げた経験もある。
超ド級の強さを持つ連中なんて腐るほど見てきた。
…でもあいつは根本的に何かが違う。
…まるで生まれながらにして、このスパートの為だけに、他の全てを犠牲にしているのかと疑うほどだ。
もしかしたらこいつは、俺が思う以上のヤツなのかもしれない。
ああ…こいつが最終的にどんなバケモノになるのか..想像もつかねぇ。
見てみたい…こいつの行く末を。だからよ…カミサマ。アンタがもし、本当にいるんなら
もう少しだけ俺に時間をくれないか…?
―――――――――――――
(…4.5.6…7)
「…っはぁ!!!」
7秒のスパートを抜けたマーシャルはグデっと失速する。
「オイオイ!スパートを抜けた後が重要だって言ってんだろ!?」
「は、はい…!」
日の暮れかかる練習場、マーシャルは彼女専用に作られたトレーニングを行う。
彼女の7秒スパートを如何に自分自身へ染み込ませられるかが、今の彼女の課題だった。
彼女はそのスパートを扱うことにとても難儀していた。
スパートを抜けてもレースは続いている。だけど、スパートを抜けた途端、体が途方もない程に疲労を感じ、一気に体は重くなる。
それに加え、スパート中にはあまり感じないスタミナの消耗も、まるで帳尻を合わせるかのように彼女を襲う。
だが、一度にかけるスパートの時間をあらかじめ7秒を設定したことにより、スパート自体の精度は向上していた。
以前よりもより集中的に、より力強く、より俊敏に。
(…だが、そっからの繋ぎに難ありってトコか。)
彼女の7秒に対する要求は大きい。
通常走行から、一気にスパートへ、そしてまた通常走行へと戻させるそれは並大抵なアクションではない。
「さぁて、どうしたもんかな。」
今まで色々なウマ娘の担当を務めた大城でさえ、ここまでクセの強いウマ娘の育成には幾分手を焼いていた。
「………はぁ……はぁ」
今日だけで何本スパートをかけたのだろう。
一回一回の間に大きなインターバルが開くとはいえ、その疲労は隠せなくなる。
もともと肺が強くない彼女にとっては、かなり過酷なトレーニングには違いない。
マーシャルはヘタっと座り込む。
「よぉし、今日はこんなところか。」
「お……お疲れ様……です………。」
「お疲れなのはお前だろ?」
そういって大城は、ドリンクと酸素吸入器を差し出す。
酸素と水分を一気に補給するマーシャルの隣に、大城は胡坐をかく。
「お前のスパート、だいぶ精度が上がってきてるな。トップスピードだけで言えば、そうだな...サイレンススズカにも引けを取らない…かもな?」
「す、スズカさん…に?」
「あいつに興味あるか?」
「…ええ…私の憧れの…一人ですから。」
マーシャルはもともと逃げの選択をとっていたウマ娘、そこには少なからずサイレンススズカの影響があったのかもしれない。
「だが、そのあとがどうも続かん。スパートを抜けた後、ここが一番の課題だな。」
スパートを抜ける。その概念自体、他のウマ娘には本来無い物。
それを習得しろというのは、簡単な要求ではないことくらい、大城でも理解してはいる。
しかし、彼女のスタミナを鑑みるとゴールまで…と望むことはできない。
「…一体、どうすれば…?」
「お前の走りを見るに、スパートを抜けた後でも、全ての体力が尽きているワケじゃあねえと思うんだよな。スパートの時の感覚、そして通常に戻った時の感覚、この二つのギャップがお前の体を戸惑わせるんだろ。」
「………」
「ヨシ、なら今日から7秒トレーニングと題して…面白いコトでもやろうか…?」
「…また、めちゃくちゃなことですか?」
マーシャルは怪訝な目をする。
「イイヤ、結構単純なこった。これからお前の日常に7秒を加えるのさ。」
「…どういう?」
「お前のスパートを、日常の中でも使ってみろってことだ。何も走ることだけがスパートじゃねぇ。通常とスパートのギャップを、お前の体に染み込ませるんだよ。」
「…?」
――――――――――――
それから、彼女の「7秒トレーニング」は始まった。
日常に潜むあらゆることに7秒間全力で挑むという、これまた蹄鉄や呼吸に並ぶ彼女のギプスとなった。
(7秒…集中…この問題を解く!)
「え~っと問3番の答えは…」
(…間違ってた…。)
(集中…7秒で…移動教室!)
「こら!廊下をはしるな!!」
(7秒で…ごはん!)
「ゲホっ...ゴホッ!!」
「おい!バカ!そんな慌てて食うなよ!!」
「だ…大丈夫!?マーシャルちゃん!」
(これで…ほんとうに合ってるのかな…?)
―――――――――
そして数日後、バイトにて
「おーい!そのタンスお前らでもってこい!!」
引っ越し業者のチーフ、源蔵がアパートの二階から、若手たちに向かって声をかける。
「ひーこら、ゲンさんってば簡単に言ってくれらぁ。じゃ、マーシャルちゃん、二人で」
「いいえ。」
「?」
マーシャルは二階を向く。
「私、一人で…7秒で持っていきます!」
「はぁ!?」
その場にいる全員がざわめく。
「ま...マーシャルちゃん、無理はダメだって!なんかあったら、大城さんにシバかれんの俺たちなんだぜ?」
若手がそう制止するも、マーシャルは聞き入れなかった。
「大丈夫です…。任せて…。」
マーシャルは腕をまくる。
「ほぉ、こりゃ面白れぇ。」
ゲンは両手を柵について、その様子を眺める。
「ゲンさん!これ!」
若手はそう言って源蔵に酸素吸入器を投げ渡す。
(…集中…7秒…。)
真剣な表情でマーシャルはタンスに手を添える。
その様子に、その場の者たちは息をのむ。
そして、カッと目を見開く。
マーシャルは一気にタンスを持ち抱え、全力ダッシュで階段を駆け上がった。
その一連のスピードに、誰もが目を丸くする。
(…3..4..5)
源蔵の元まで、あと8メートル。
(もう…すこし…)
そして、
(…….7)
ドスン!と敷かれた毛布の上に、マーシャルはタンスを置く。
「………はぁ!!……はぁ……!!」
「…よぉ、やるじゃねぇか。」
「はい…っう!!」
ぐわっとマーシャルの体がブレたように見えた。
誰もが、彼女が倒れると思った…しかし。
彼女は足を出して、態勢を維持した。
「…大丈夫か?」
「…はい!まだ…いけます!!」
マーシャルの目に、炎が宿った。
源蔵にはそう映った。