「ちょ…ちょっと!入らないでください!もぉ!ケーサツ呼びますよ!?」
「ハク!ドコニイル!!マーシャル!ダセ!」
日中、日の一番高く上る時間、トレセンの正門にて、駿川たづなを始めとした職員たちは、不審者の対応に追われていた。
白いトガのような大きい布を身に纏う、肌の黒い老人は彼女らの制止を振り切って学園内へと歩を進めようとする。
「やめてくださいってば!怒りますよ!!」
職員はさすまたを用意して、その不審者へと向ける。
「ワタシハフシンシャデハナイ!!ハクヲダセ!!」
「どうみても不審者じゃないですか!!もぉ!警察を…」
駿川が痺れを切らした、そのとき。
「よォ、あんたから来るとは珍しいじゃねぇの、センニン。」
駿川や職員たちの肩をポンと叩いて現れたのは、大城だった。
「ハク!!オソイ!!」
「来るんなら電話くらいしろよ。弟子に携帯習ったんじゃないのか?」
「アンナモノニタヨルカラ、ヒトハスタレル。」
「ちったぁ、文明の利器の有難みくらい知れよ。」
憤る不審者に、交友関係のだだっぴろい大城の奇妙な会話を、駿川たちは呆気にとられたように見る。
「あ…あのぉ、大城先生…?」
「ああ、こいつ、俺の知り合いなのヨ。ま、見た目クソ怪しいが悪い奴じゃあねぇ…多分な。」
そう説明されても、駿川のセンニンを見る怪訝な顔は、綻びを知らない。
「俺に免じて通してやってくれよ。」
「…どちらにしても、ちゃんと入校許可は取ってください!!」
――――――――――――――
「えーっと、まずは式を変形させてdx/dy=a・y(b-y)/bとなって…これを」
カツカツと小気味のいい板書の音を立て、若い女性が式を書いてゆく。
昼下がりの午後授業、数学の授業が心地のいい子守歌となり生徒たちを襲う。
そんなほわほわとした生徒たちに、数学科女性教官の三鷹は激を飛ばす。
「こら!!そこ!寝ない!…ヘイシンモーゼルさん!!授業中の携帯禁止!」
ビシビシと生徒を強く指していく、要はいつもの光景ではある。
「…レッドマーシャルさん。ちゃんとついてきてますか?」
その眼差しはマーシャルにまで飛び火した。
「…え?あ、はい!」
少しだけ気の抜けていたマーシャルも、はっとする。
先日から倒れて以降、大城の前では気丈に振舞ったものの、時間とともに不安がまた彼女を襲っていた。
そのおかげか、最近は授業に身が入らないことが若干増えていた。
「…無理をしないことは大切ですが、やるところはしっかりやる。これがトレセンの教えです。…いいですか皆さん。文武両道が大切にできないウマ娘は、レースでも。」
「よォ!!邪魔するぜ!!」
三鷹の説教中、何者かが急に教室の戸を開ける。
「な!?...大城先生!?」
あまりにも急な彼の登場に、生徒始め三鷹も困惑する。
「…トレーナーさん?」
それはマーシャルも例外ではない。
「よぉ、タカ。」
「先生!今授業中ですよ!?」
「みりゃあわかるさ。んでよ、ちょっくらマーシャルもらってくぜ?」
「はぁ!?」
三鷹は大城の勝手な発言に、眉を顰める。
「マーシャル!今すぐ準備して部室に来い!」
「え…ちょっと…?」
彼の勝手な発言に踊らされるのは、マーシャルもだった。
「ちょっと!そんな勝手な!今は授業中です!トレーニングなら放課後に行ってください!!」
「…タカよぉ、そんなツレネーこと言うなよ…」
大城は彼女を自らの狭い空間に閉じ込めるように、黒板へ手をつく。
「…ちょっとだけだ…いいだろ?」
「っ!!…ふ、ふざけないでください!」
いわゆる壁ドンに、ウマ娘たちは顔を赤くしてその様子を静かに見守る。
「いいじゃねぇか、俺とお前の仲だろ?..また付き合ってやるからさ..?」
「…!!せ…生徒の前でそんな話!!」
「ああ…こいつら知らねぇのか。本当のタカのすげぇサマを。」
三鷹は大城から視線をずらす。
「..さぁ、どうする?あの時の動画もあるんだし、やっちゃあイケナイことしてるお前の本当の姿…こいつらに見てもらうか?」
「….卑怯者。」
耳元で誑かすように、大城はささやいた。
―――――――――――
「…まったく、授業中にまで来るだなんて。」
「は!いいだろ。授業すっぽかしたりした程度、死にゃあせん!」
「…まったく、お気楽なんですから。」
「お前が真面目過ぎるだけだ。俺がお前ん頃ぐらいなんざ、授業に出るかどうかダチとの麻雀で決めてたんだぞ。」
「…トレーナーさんと一緒にしないでください。」
そうして授業を抜け出したマーシャルと連れ出した大城は、部室へ向かう。
「それで..一体今日は何するんですか?」
「スペシャルゲストがお前を待ってるのさ。」
二人は部室の前に立つ。
そして、マーシャルがノブに手をかけて、戸を引いた瞬間。
「マーシャル!!!」
と耳を劈く声量が彼女を迎える。
「ひやぁああ!!!」
突然の大声に耳をペタッと寝かせて、両手で塞ぐ。
「マーシャル!!オマエハ!!ナラン!!ウチュウヲ!!ワスレタカ!!!」
その老人の捲し立てに、ただただ耳を抑えてたじろぐ。
「センニン、ちょっと落ち着け。」
「オマエモダ!!ハク!!オマエガツイテイナガラコノテイタラク!!ワガ、モンカセイトシテハジトオモエ!!!」
「俺、アンタの弟子になった覚えねぇんだけど?」
「せ…センニンさん…。」
マーシャルの前には再びあの怪しい老人。
「マーシャル…センジツノレース、ミテオッタ。…オマエニハ、オオイチガウエンノタマシイガナイ…スナワチ…ウチュウニナリキレテナイ…。ワガコキュウ、イカセテイナイ。」
「ご…ごめんなさい。」
「…ムゥ、タダ、オマエノハイノヨワサモゲンインノヒトツ…ナラバ、イッシソウデンノコキュウ..オマエニオシエネバナラン。」
「い…一子相伝の呼吸…?」
センニンは立ち上がって、いくつかのヨガの型をゆっくりと作る。
「よかったな、一子相伝だってよ。最弟子に選ばれたってワケだな。」
「え…ええ!?」
「…マーシャルヨ、オマエノスジハ、ワタシモタカクカッテイル。」
「そ…そうですか。」
「ホンライナラ..シュギョウニ50ネンハヨウスル、オースペアイラルノコキュウ。1シュウカンデ、オマエニタタキコム!」
「な…なんの呼吸?」
そうして、マーシャルの新たな修行が始まった。
「…トレーナーさんと、三鷹先生、どういう仲なんですか。」
「…聞きたいか?」
大城はニヤつく。
「…やっぱり…イイです。」
マーシャルは少し顔を赤らめて、そっぽを向く。
「ベツに、お前が考えてるようなモンじゃねぇよ。あいつも俺と同じポルシェ乗りでな。…あいつAライ持っててめちゃくちゃ早えんだよ。サーキットでたまにランデヴーに付き合ったりしてな。」
「イケナイ動画ってのは...?」
「ノリで峠攻めさせたんだよ。道交法違反だからとか言って嫌がってた割にはノリノリで攻めててさ。終いにゃ地元の走り屋ぶっちぎっちまったりしてな。そんときの動画だ。あとで見せてやるよ。」