「…ぐぅ!!…あっ!……が…っはぁ!!」
男性用トイレにて、大城は洗面台に顔を突っ伏していた。
「…がっ!!…ゲホッ!!!…ゴホッ!!!」
口元を押さえて何度も何度もせき込む。
「…はぁ…はぁ…!」
その手にベットリとついた血を見て、大城は苦い顔をする。
「…クソっ!…クッソォ…!!」
その手を必死に水で洗い流した。
そんな時に、彼の下に一人の男が影を現した。
「…沖野か。」
「…大城さん。」
その血を彼に見せまいと、必死に洗った。
「…。」
「ははっ、いやぁ、参ったもんだ。年甲斐もなく飲んだくれちまってよォ。…あいつが初めて勝って、浮かれちまったんだ。…若くねぇってのによぉ。二日酔いってのもタマランよなぁ。」
「あの…」
「…そういや!あいつ、勝ったんだよ!..まだまだヒラレースだが、ありゃあ磨けばもっとデカくなる!..そうなりゃあ重賞レース…G1だって夢じゃあ…。」
「大城さん!」
彼の発言を切り落とすかのように、沖野は叫んだ。
「…大城さん…あなた、癌って話は…本当なんですか?」
「.....」
沖野の詰まった顔に、大城は沈黙する。
「…たづなちゃんに聞いたのか?」
「じゃあ…やっぱり…。」
大城は錠剤を口に含んだ。
「…最近はクスリの効きも悪ぃのよ。…痛みも、日に日に増していく。」
「…どうして、黙ってたんですか…。」
「…言いふらしたら、皆俺に優しくなんだろ?」
クスっと大城は笑った。
「…担当の娘は、知ってるんですか…?」
「知らねぇだろうな。」
「そんな…無責任な…。」
「…それが俺なのよ。」
大城は鏡で自分の顔のシワをなぞる。
「…今までの人生、好き勝手生かせてもらった。…まぁ、潮時ってもんだろ。」
「それでいいんですか?…マーシャルのことは…?」
「…心配すんな。…3年、猶予はあるらしい。…医者の言うことをアテにすりゃあな。」
「…………。」
沖野は俯く。
「…お前がしょぼくれてどうすんだよ。…ああそうさ。俺には時間がない。だからよ、沖野、ちょいと頼みがある。」
「…なんです?」
―――――――――――
「れ…れっど…レッドマーシャル…で…です…。きょ、今日は..よろしく…お、お願いします!!」
ブンとマーシャルは頭を下げる。
そしておそるおそる..頭を上げる。
彼女の目の前には、最強のステイヤーと呼ばれた…メジロマックイーン。
奇跡の復活から、有馬を獲得を果たした…トウカイテイオー。
この界隈知らぬものはいない…狂気のウマ娘、ゴールドシップ。
一度は憧れすらも抱いた。異次元の逃走者…サイレンススズカ。
あのブロワイエすらも下した日本の総大将…スペシャルウイーク。
自分よりも年下なのに...そんな彼女らにも引けを取らない戦績を誇る…ウォッカにダイワスカーレット。
正真正銘の超一流たちが、マーシャルの前に並んだ。
「…………」
その圧倒的なオーラに、足が思わず竦みそうになる。
「お?…なんだこのチビ?」
「ちょっと!ゴールドシップさん!初対面の方に失礼ですわよ!」
「なになにー?もしかして、新しいメンバー?僕テイオーっていうんだ!!君学年は?はちみつ好き?」
「ちょっとぉ!新しいメンバーだなんて聞いてないわよ!」
「別にいいだろ?ちょっとしたことでいつもギャーギャーうるせぇんだよお前は。」
「なによ!」「なんだよ!」
勝手に沸騰し始めるスピカを前に..マーシャルは立ち尽くしていた。
「…あ…あわ」
そこに沖野が現れる。
「悪いが、そいつは新入部員じゃあない。…別のチームから、合同練習として参加することになった。」
「別のチーム?」
スぺシャルウイークがぽかんとする。
「俺んトコだよ。」
彼女らの背後から大城が現れる。
「…!大城先生!」
「よぉ、久しぶりだなお前ら。」
「はぁ?お前!先生辞めたんじゃねぇのか小島!?」
「教官は辞めた、そんでトレーナーを始めたワケだ。シルバーウイング。」
「ああ!?んだとテメ!ゴルちゃんの名前を間違えるたぁ、許せねぇ!!」
そんなこんなをしながら、大城はマーシャルのもとへ向かう。
「もぉ!遅刻ですよトレーナーさん!!」
「文句なら、俺の腕時計にいうんだな。気の利いた挨拶は済ませたか?」
「ええ、まぁ」
「なんて言った?」
「よろしくお願いしますって..。」
「んだそれ?それのどこが気の利いた挨拶だ?」
「…え?」
そういって大城はスピカメンバーの前に立つ。
「よォ!!有象無象のマヌケ面ども!この方を誰と心得る?…あのまじかる☆らぶりん きらきらもーど!杯の一着を勝ち取ったレッドマーシャル様だバ鹿野郎共!…テメェらが対等なクチ利いていい相手じゃねぇんだよ。…頭がたけぇぞ…?」
そう切った大城に。マーシャルは目を極限まで開いて、口をわなわなと淀らせる。
「な…なな…何言ってるんですか!?…ちょっと!やめてくださいよ!!」
「オラァ!テメェらなんざ目じゃねぇ!かかってこい便所蠅共…だってよ!!」
「やめてってぇ!!」
バシバシと大城を叩く。
「ははは!なにボサっとしてんだ!お前も中指の一本くらい立てろ!」
「黙ってください!!」
その時、猛烈な殺気を感じたマーシャルは、そっと彼女らを向く。
「ほぉ…随分と威勢のいい方…ですこと…遠慮はしませんで..よろしくってよ?」
「…へぇ…そこまで言われちゃうと..ボクも熱が入っちゃうなぁ…。ねぇ…まずボクと走ろうよ…。」
「このゴールドシップ様に楯突いたこと…後悔させてやんよ…。」
「…なぁ、どっちが先にこいつブっ潰せるか…勝負すっか?」
「上等じゃない…私が勝つにきまってるけど…。」
ジリジリと時には指を鳴らして…彼女らが近づいてくる。
「ちょ…ちょっとぉ!!どうするんですかぁ!?」
「…ま、今日という日は諦めろ…たっぷり虐められてこい!」
そういうと、大城はマーシャルの背中を彼女らに向かって突き飛ばした。
どさっと、ターフに手をついたマーシャルは静かに顔を上げる。
そこには…般若のような形相で、マーシャルを待ち受ける鬼の姿があった。
「よ…よろしく…おねがいします…ぅう。」
「なぁ、お前んとこのチーム..なんて名前なんだ?」
「あー…メビウス、かな。」
大城はタバコの箱を見ながら言った。