「ああ…?なんだこいつ…?」
「はっきり申しまして…お相手になりませんわ…。」
「なーんか…ガッカリだなぁ。ちょっと期待したんだけど。」
「あの、もうあまり無理をしすぎないほうが…。」
結果など..知るまでもない。
中距離から長距離を得意とするウマ娘たちが揃うこのスピカでマーシャルが相手になれるはずもなかった。
ちょっと頑張ってみても、すぐに突き放され…追い抜かれ…なんなら周回遅れにも。
「ご…ごめんな…さい…。」
いまにもベソをかいてしまいそうなマーシャルは、ぐっと歯を食いしばる。
これがGⅠ常連たちの実力…。
まるで食らいつけない。
「トーゼンだろうが…お前とあいつらじゃあ、まるで適性が違う。…勝とうなんざ思ってんじゃねぇぞ?」
「…どういう魂胆なんです?」
マーシャルのヘトヘトになった様子を見て燻る大城に、沖野は尋ねる。
「ま、一流の味ってのを、味わわせてやりたかったのさ。舌が肥えることに越したこたねぇ。」
「…それが目的ですか。」
「ホンネを言えば..もう一つある...ちょっとあいつの胸..貸してくれよ。」
ターフにあおむけになるマーシャルは、スピカたちの介抱あって、どうにか起き上がる。
そこに大城が、ドリンクをもって寄ってくる。
「ヨォ、なにコテンパンにされてんだお前。あんな大見栄切っといてそらねぇだろ?」
「大見栄切ったのは…だれですか…!」
マーシャルのその目はちょっと怒ってるようにも見えた。
当然だ、あのスピカと友好的に交流ができると今日は望んだはずなのに。こんな恐ろしい目にあわされるとは想像もしなかった。
「っくっくく!…まぁ、これが一流どもの走りってこった!得られるもんあったろ?」
大城は無理やりマーシャルの口にドリンクを突っ込む。
「…んぐ!!」
「しっかり息整えとけよ…このあと、今日の一番のイベントなんだからヨ。」
「…え?」
大城は立ち上がって、サイレンススズカの方を見る。
「よォ!スズカ!…こいつと一騎打ち、やってくんねぇか?」
「…一騎打ち?」
「俺のカワイイ担当が、こうもボコボコにされちゃあ俺の腹の虫もよくねぇからな…こいつの
スズカは少し目を丸くする。対照的に大城は口端を上げる。
「何言ってんだお前!?こんな野郎、スズカの相手になるわけねぇだろ?私らの半分もついてこれねぇやつだぞ!?」
「でも、半分はついてきたんだろ?その半分、もっと凝縮させると…すげぇぞ?」
「…何言ってんだ?」
ゴールドシップは眉間に皺を寄せる。
大城は再びマーシャルのもとへ向かう。
「てなわけだ。15分後に始める。」
「一騎打ちって…なんですかぁ?」
「お前の7秒で...あのサイレンススズカをぶちのめしてこい!」
「むりです!!!」
「っはっはっは!!バッカヤロー、無理ですじゃねぇんだよ!やるんだよ!!ロックに行け!…てのは冗談だ。」
大城は空になったマーシャルのドリンクのボトルを取り上げる。
「…へぇ?」
あいも変わらず彼の振り回す発言は先が読めない。
「あいつの走り…お前の7秒で全部盗んでこい。自分と何が違うのか、その体に叩き込むのさ…!」
「…ぬ…盗む?」
「異次元の逃走者…そのスタイル、お前の武器になるぜ?」
――――――――――
「よぉし!コースは1200、飛ばさなくていい。まずは軽くながせ!そんで、ラストコーナー立ち上がりから、二人ともフルスロットルだ。…先にスズカ、お前が仕掛けろ。マーシャルはそれに追従..いいな?」
「「はい!」」
その練習場は二人の貸し切りになる。
まるで模擬レースが始まるときのような、緊張感に包まれる。
「まったく読めませんわ。大城先生のお考え…。あのスズカさんに…今のマーシャルさんがついていけるとは、とても思えませんわ。」
「自分の担当、虐めて楽しんでるんじゃないの…?」
「大城先生だけに、それはねぇと思うけどなぁ。」
「大城先生、またキャロットクッキーもってないかな…?」
「よし!ならスズカか勝つ方に人参2本だ!!さぁ張った張った!」
「ちょっとゴルシ!レースを賭け事の対象にするなって、この間会長に怒られたばっかりでしょ!?」
ターフの上に立つふたりを、沸き立つメンバーは固唾をのんで見物する。
「よ…よろしく…お願い…します。」
「ええ…こちらこそ。」
マーシャルは気弱に手を差し出す。ある時は雑誌で、またある時はテレビで。何度も彼女の姿をみた。
何物にもとらわれない。その逃げを追求する孤高のスタイルは、すごくかっこよかった。
そんな人と手合わせできるなんて…。
スズカは少し戸惑いながら、マーシャルの差し出す手に応えようとする。
先ほどの練習で、スズカは既に見抜いていた。この娘、圧倒的に肺が弱い。
自分が本気で走ることは容易い。だけど、この娘が本当に自分についてくるつもりなのかと懐疑的だった。
彼女が何かを得るための練習として、今日はセッティングされたに違いない。…ならば、不本意だけど彼女の為に、少し手心を加えるべきか?
スズカの内なる優しさがそうささやいた。
だが、マーシャルの手を握った瞬間に、その考えは吹き飛ぶ。
マーシャルに触れてようやく見えた。この娘の…
赤く繊細なそれは、覇気こそは弱いものの、確かに毒を含んでいる。そうスズカは感じた。
そして握手を交わした二人は..スタートラインについた。
――――――――――
これが…かるく流す…?
マーシャルはスズカの背中を見て、驚嘆する。
指示では50%ほどと聞いていた。
ならばこのスピードが彼女にとっての50%?
マーシャルはジリジリと離され始める。
「おいおい、まだだろうが。」
大城は鼻で笑った。
「やっぱ無理だろ。」
沈黙の中、先に言葉を切ったのはゴールドシップだった。
「ゴールドシップさん…。」
「ほら、だってもう離され始めてんぜ?50%だろ?」
「…まぁ、たとえ、残念だったとしても、頑張ったとは言ってあげようよ。」
テイオーは静かに呟く。
「…お前たち、レッドマーシャルの適性って知ってるか?」
そこに沖野が混ざる。
「知らないけど…ていうか今日まで知らなかった人だし。」
「あいつの適性は、スプリントなんだ。」
「スプリントっても…これでスズカに離されるようじゃあなぁ。」
ゴルシは手でひさしを作って、眺める。
「この間あいつが出たレース…さっき大城さんが言ったやつだ。」
「ああ、あのまじかる…なんとかってやつだろ?」
「あのレースには…オオシンハリヤーっていうウマ娘も出ていた。」
「オオシンハリヤー…聞いたことある。」
スペシャルウイークが顎に指を添えて、宙を向く。
「期待のスーパールーキー。…だよね。最近雑誌でも見かけるよ…どんなコースでも走れるウマ娘だって。スズカとにたような逃げのスタイルで。」
そういったのはトウカイテイオー。
「ああ。GⅠも約束されてる奴だった。でも、マーシャルはそいつに勝ってるんだ…。」
「…ウッソだろ。」
そしていよいよ…運命の最終コーナー。
(遠慮は…いらないわね…!)
そういってスズカは一気に駆け出す。
(…来た!)
マーシャルも負けじと…大きく…息を吸う。
そして…ズドンと音を上げる。
その光景をみて、スピカメンバーは唖然とする。
自分たちの半分もついてこれなかったヤツが…あのスズカの本気のスプリントに食らいついてる!?
「…いいぜぇ…もっとだ!」
大城の燻りは止まらない。
(食らいつけ!!…よく見て!)
憧れの背中を追いながら..マーシャルは必死に彼女を観察する。
時間がない!私と何が違う?
腕の振り?ストライドの幅?リズム?姿勢?
わからない…!わからないなら、全部トレースする!
マーシャルは少しづつ..スズカの走りを体へ吸収する。
その時、マーシャルの体に大きな負荷がかかるが…気にしてもいられない。
そして4.6秒後、マーシャルの走りが変わった。
よりストライドを広げ、より前傾姿勢になり、より腕を振った。
それまでとは本当に微妙な変化だが…大城は確かに気付いた。
「…いいぜぇ!!いい感じだ!!」
(…やはり、ついてきてる!!)
自分が感じたあのオーラは..嘘ではなかった。
スパートに入った瞬間だけ..彼女の気配が全くの別人になったようにも感じた。
それにこの娘…自分の動きを模している。
…驚異的なコピー..トレース技術。
そしてマーシャルは今までよりも、さらにトップスピードを上げ、スズカに並びかける。
「嘘だろぉ!?」
「スズカさん!!」
「な..なんなのそれ…めちゃくちゃじゃん…!」
「スパートだけマジって…すっげぇかっけぇ…!」
「なんて…方なの…?」
スピカサイドも驚愕する。
お母さん。私ね、あのスズカさんと走ったんだよ。
やっぱりすごく速かった。でもね、私、ちょっとだけ頑張ったんだ。
もうすこしで、スズカさんに並んで、もうちょっと踏ん張れば追い抜けちゃったかもしれない。
でも、私は7秒だけだから…。
その瞬間、マーシャルは失速する。
ついに7秒を迎えたのだ。
ゴールまでは、あとすこし届かなかった。
スズカがゴールを切り、一刻の差を置いてマーシャルはゴールした。
その瞬間、スピカチームが一斉にマーシャルに押し掛ける。
「すげぇ!!すげぇよお前!!!感動した!!ゴルちゃんお前に宇宙を感じちまった!!」
「正直…見誤ってましたわ!その追い上げ…是非私の参考に!」
「…や…やるじゃない…でも!中距離なら…私だからね…!」
「なぁ…その走り!俺にも教えてくれ!!あ、そういえば先輩か。お願いしゃっす!」
「すごいよ!マーシャルちゃん!!」
そう持て囃される。…が。
マーシャルの顔色は喜ぶどころではなかった。
あまりにも顔色が悪すぎる。
「あの…マーシャル…さん?」
マーシャルは彼女らから避けようとふらふらと歩くが。高負荷を与えられた体が…とうとう限界を迎えた。
「う゛…うう…」
マーシャルはとっさに腹と口を押える。
そして
「う゛…う゛ええぇえ!!」
口から..吐瀉物が、流れ出た。
ビチャビチャと音を立てて..溜まりを形成する。
「ちょ!っちょっと!!」
「だ、大丈夫ですの!?」
「おい…!今朝の人参が流れでてっぞ!!」
「言ってる場合ですか!?早く!医療スタッフを!!」
「…あーあ。やっちまったか。」
そこに大城も駆けつける。
「お前ら、悪いが保健室まで頼む。」
――――――――――――
「本当にびっくりしたよ…大丈夫?」
テイオーが顔を覗き込む。
「はい…ごめんなさい…。」
マーシャルは掛布団を覆って、顔を隠した。
「あなたが無事なら…良かった。」
スズカはやさしく微笑む。
「ごめんなさい…スズカさん…。」
「どうして?…あなたは何も悪くないわ…。」
「でも…。」
今にも泣きだしそうな顔を..マーシャルは必死に隠した。
「でも、お前…本当にすごかったぜ!」
「うん!あのスズカのスプリントについていくなんて..ボクでも厳しいのに!」
「で、さっきの続きスけど、今度俺も短距離出てみようと思ってて!!」
「…あの…これ…体調不良に効く薬だって。タキオンさんが。」
「お腹すいてませんか?これ私のおかあちゃんが大量に送ってくれた人参で..少し食べませんか?」
そんな彼女にもスピカは優しかった。
マーシャルはいつ振りかに感じた。仲間の存在を…。
「みなさん…ありがとう…。」
マーシャルはすこし顔を綻ばせた。
そしてゴールドシップが手を差し出す。
「よぉし!お前なら大歓迎だ!!ようこそ!!チームスピカへ!!」
「…いえ、スピカには..入りませんけど。」
「はぁ!?なんでだよ!?」
保健室が少し、賑わった。
―――――――――――
「ふーう。」
日が暮れたターフで、大城は柵を背に、月を眺めた。そのとき、またあの発作が彼を襲う。
「…っふ、ぐふっ!」
またか…と、大城は患部を抑え、錠剤を含んだ。
そこに沖野がやってくる。
「…大丈夫なんですか。」
「ああ、アレならターフに埋めた。…ゲロだって有機物だ。どうにかなんだろ。」
「いえ、そうではなくて。」
「じゃあ、マーシャルか?別に、練習でゲロかますなんざ、珍しいハナシでもないだろ。…あいつは新しい自分になろうとしてんだ。痛みが伴わないワケがない。」
「…あなたのことですよ。」
大城は沈黙する。
「かぁ、お前もしつこいねぇ。」
「…入院でも、なされたほうがいいんじゃないですか?」
「やだね。俺はURAのお偉方と病院が大嫌いなのさ。」
「しかし!」
「別にいいさ。病床の上で退屈するよりも…俺は今のほうが楽しい。あいつを育て上げるほうが。」
大城は火のつかないタバコを咥える。
「どうせ入院しても、くたばることにゃ変わりねぇんだ。だったら俺は…最後まであいつと走りたい…俺の最後の希望なのよ。あいつは。」
「だったら!だったらせめて伝えるべきだ!あなたの…体のことを。」
「お前、いつから先輩に説教できる身になったんだ?」
「関係ない!一人のトレーナーとして…知らない別れを待たせるなんて、あまりにも残酷だ。」
大城はタバコを落とした。拾うことなく、その場で踏みつぶす。
「いずれは…いうさ。…ただ、俺にもちょいと、心の準備ってもんがある。」
そういって大城は、沖野の横を過ぎた。
「俺も若い頃はバカみてぇにしこたまよく飲んで、毎日吐いてたなぁ。」
「だからトレーナーさんと一緒にしないでください!」