...ああ、気に入らない。なんで今日はよく晴れてるんだろう。..私は曇っているほうが好きなのに。
..ああ気に入らない。..なんでGⅢなんだ。..もう私の実力ならGⅠでいいじゃん。..大丈夫だよ、どうせ私なら勝てるんだし。
..ああ、気に入らない。..なんで1400なの?..私、中距離派だって言ってるじゃん。..私をマイラーか何かと勘違いしてるんじゃないの。
..ああ、すっごく気に入らない。かなり気に入らない....なんで....
―――――――――――
..初の重賞レース。
いくらGⅢといえども、その緊張感はいつものレースのそれとは比べ物にならない。
ターフに立つだけで、思わず足が竦みそうになる。...周りの娘たちの気迫も...強い。みんな目がギラついている。
..でも、ここは..私の憧れに登る為の登竜門。...逃げちゃだめ..負けちゃダメ...そうだ、ロックだ。困ったら...ロックに行かなくちゃ..!
マーシャルはハンドサインを自分に向ける。
そこに
「..マーシャル先輩。」
..かつて聞き覚えのある、気怠さを感じさせる声。
それに反応して、マーシャルはふっと振り向く。
そこにいたのは..かつての後輩。ローズロード。
「ろ...ローズ..さん。」
「お久ぶりでーす。」
こちらを見下して、嘲笑うかのような表情は、かつて彼女がベテルギウスに居たころのままだった。
「..どうしちゃったんですかぁ?..チームやめたと思ったら..急に頑張りだして。..そんなにチームの意心地悪かったんですかぁ?」
「いや....そんなこと...。」
彼女の顔を見るだけで思い出す。
過去に、彼女らに..されてきた扱いを。
..最初こそは、ちゃんと先輩として接してくれていたことも、確かにはあった。
だけど、自分の実力のほうが上だと判るやいなや、彼女の態度は急変した。
「先輩いなくなって..ちょっと退屈なんですよ..いいんですよぉ?いつでも戻ってきてくれて。...ちょうど、部室のゴミも溜まってきた頃だし。先輩お掃除大好きですもんね?」
そういってクスクスと嗤う。
「.....」
苦い表情を..マーシャルはローズに突き刺す。
「...何ですかその目?..それが可愛い後輩に対する仕打ちなんですかぁ?こわあい...」
..落ち着け..乱されるな。
マーシャルはそう自分に言い聞かせる。
そうすると今度、ローズはおもむろに手を差し伸べてくる。
「..ま、ジョーダンですよ。..久しぶり..先輩と走れてちょっと嬉しいんですよ。..ヨロシクお願いします。」
マーシャルは..その手に応えるように、ローズの手を握った..その瞬間。
ローズはマーシャルの手を思い切り握りつぶす。
「..あ!.....あああ!!...うう...!!」
その痛みに思わずマーシャルは、顔を歪めて、少し蹲る。
「.....マーシャル先輩、今日...あんまり頑張んなくて..いいですよ...先輩は..一番後ろで..ひっそりしてるほうが..お似合いですから..。...私の視界に入ってくんなよ?」
そういって、マーシャルの手を投げ捨てる。
そんな二人の姿を..ベテルギウスの同期たちは、笑いながら見ている。
「やめなってぇ!ローズ!反則になっちゃうって!!」
「あーあ、先輩かわいそう!」
「マーシャルせんぱーい!がんばれー!!ビリにならないようにねぇ!!」
大城は..そんな様子も、黙ってみていた。
―――――――――――
少し前..地下バ道。
光が差し込むレース場への足取りが、少し重い。
ちょっと億劫にでもなっているのか。
それとも、恐怖なのか...それとも。
「しっかりしろよ。..どうした?..ビビってんのか?」
「...そうかも...知れないです。」
「バーカ、そうですじゃねぇだろ。..気持ちで負けんな。..いつもそういってる。」
大城は壁に背を預けて、不安に駆られるマーシャルを見た。
「...だって、重賞なんですよ...ずっと私の手の届かなかった..。」
「..今は届いた。」
そういってマーシャルの言葉を切る。
「....」
「..なんだ。また尻を叩かれねぇとダメか?」
「い..いや!」
大城が手を上げる。
それに反射するように、マーシャルは自分の尻を隠す。
「俺は..お前のこと、あんまり不安に思ってないんだけどな。」
「...そうですか。」
「..ああ、てかお前...今日勝つよ。」
「...へ?」
その言葉にキョトンとする。
「...今日のお前のコンディション、ターフの条件、レース相手...てんでお前が負ける理由が見当たらん。」
「...そんなこと。」
「...ああ、一人いるな..面倒な奴が。...お前の後輩だな。」
マーシャルの顔はさらに緊張に包まれる。
「ローズロード..確かにいいアシを持ってるとは聞く。..だが、お前が勝てねぇ相手じゃねぇだろ?」
「....」
大城の言葉はマーシャルに届いてなかった。
マーシャルは頭の中で、過去の記憶に踊らされていた。
「おい」
パチンとマーシャルの額を弾く。
「いた!」
「なんだお前、まさかテメェの後輩にビビッてんのか?」
「...だって、ローズさんは..」
「クソ生意気な後輩だろ?お前のことをずっとバカにしていた。」
「...はい。..でも確かに私よりも強かったから。」
「でも今は違う。」
大城は煙草を咥える、もちろん火をつけずに。
「...クソ生意気な後輩に、思い知らせてやれ。お前が誰かを...後輩に上下関係ってモンを叩き込んでやるのも、先輩の務めだ。..それともなんだ?..お前は..あんなヤロウの..奴隷か?」
「...いえ」
「じゃあ何だ?」
「..先輩です!」
「...OK!勝ってこい!」
大城はドスっと膝でマーシャルの背中を押した。