7s Sprinter   作:マシロタケ

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コーナーワーク

「もぉ....食べられないよぉ....。」

栃木の某所にある、岳総合病院と看板が掲げられた、中規模の病院。

そこは大学病院ほどの規模ではないものの、屋上には大きくHの文字が刻まれており、ドクターヘリが離着陸できる態勢が整っている。

 

そこの職員用仮眠室にて、治療を受けたマーシャルは、昨晩の睡眠負債を完済すべく、深い眠りについていた。

 

売店で食料を買ってもらい、それをすべて平らげた筈なのだが、それでもまだ夢の世界で何かを食しているよう。

 

「....おかあ...さん...。」

寝言の最後に、か細い声でそう呟く。...そんな担当の姿をひとしきり見た大城は、静かに仮眠室の戸を閉め、外に出た。

 

「...ハク。....結果、出たぞ。」

そこに、岳がある封書をもって、大城のもとへ小走り気味で、その束ねた髪を揺らしながら駆け寄る。

 

大城はその封書を、まるで自分の嫌いな違反切符を突き付けられたときのように、渋く受け取った。

「..なんでお前まで知ってるんだよ。」

「東京中央病院とうちとはある程度の繋がりがある。特に癌患者に関しては、情報共有を行うことも。お前の名前を見たときは..目を疑った。」

「..患者のプライバシーってのはないのか。」

「すまないとは思う。...だけど」

「..いい。」

 

大城は空中で手を振った。

そうして静かに封書を開ける。

そこからは、触っただけでも公的書類と理解できるほどの重厚感を持った皴一つない紙が、絶望を連れて出てくる。

簡潔に言えば、それはカルテだった。そこに大城の現在の体の情報が記載されている。

 

「.....。」

「..転移...してるんだ。...膵臓だけじゃない...お前の体の..あちこちに..。」

「どおりで最近..ダルいと思ってたワケだ。」

「...入院しろ...ウチで面倒は見る..!」

「悪いが御免だ。..足折ってでも病院抜けだす俺だぞ?それに...入院したからって..俺は助かるのか..?」

「...それは。」

 

岳は曇った表情で、大城から視線をずらす。

 

「3年はあるっては聞いてる...まだもう少し..。」

「アテにしないほうがいい...お前の場合..進行が速い。」

「..1年か?」

「あるいは...もっと早いかもしれない。」

 

大城はだらっと壁に背を預け、封書を持った手を下に垂らす。

「..そうか。」

「...お前の担当の娘..当然知ってるんだろうな?」

「........。」

 

大城は沈黙する。その儚い視線は、窓の外の枯れかけた木に映る。

 

「..早く言っておいたほうがいい。お前の場合、デカい爆弾を抱えてるのと一緒だ。もう少し..進行すれば..次の朝を迎えられないってのも、ジョークじゃなくなる。」

「..なぁ、タケ。お前って確か、嫁と息子いたよな?」

「..それが?」

 

一度ふいに岳を見た視線は、再び枯れた木に戻される。

 

「お前は言えるか..?面と向かって..俺はお前たちを残して死ぬかもしれないって..。」

岳は..少しの間をおいて口を開く。

「..言う。..時間は必要かもしれない..。だけど、絶対に。..ここでいろんな人たちの別れを見てきた。..別れの準備には..膨大な時間がかかる。..何も知らないまま、急に別れを告げられるのが..一番サイアクだ。」

 

岳は大城の、老けた横顔を見る。拘りのポマードでセットされたオールバックの中に、ぽつぽつと白髪が目立ち始めていることが、なんとなく気になった。

 

「お前も..うちの後輩と同じことを言うか..。」

「誰だってそういう。..怖いんだろう?..あの子に、別れを告げることが..。」

「........医者ってのはヤダねぇ。...なんでもお見通しってか。」

大城は静かに、溜息ともにそう吐いた。

 

「お前のような患者は...山ほど見てきたからな。」

岳の視線も、大城と同じ木に移る。

 

「あいつは大きなレースを控えてるから...今は踏ん張りどころの時期だから..だからまだ、今言うべきじゃない...そう自分に言い訳を聞かせて..ズルズル..ってな。」

「...俺が、その娘だったら..それでも知っておきたいと思う。..俺、トレーナーのことはよくわからないけど、担当とトレーナーってのは..一蓮托生だろ?隠し事..特に..今後の人生に大きく関わるようなことは...隠すべきではない。例え残酷な現実であっても..知っておかなきゃいけないし..お前は言わなきゃいけない。」

「.........。」

 

そこで、ギいっと仮眠室のドアが開く。

「...あれ?トレーナーさん?..おはよーございます...。」

寝惚け目をこすりながら、マーシャルは出てきた。

「おお...ちゃんと眠れたか?」

「うん....ふあああ。」

大あくびをさらす。

 

「どう..いつ言うかは..お前が決めることだ。...辛くなったら..いつでもウチに来てくれ。」

そう言って岳は、マーシャルの傷を軽くチェックした後に..廊下の奥へと姿を眩ませた。

 

「...風呂入りにでもいくか?」

「いきまーす...。」

 

――――――――――――

日中の日光で食事、温泉、観光を楽しんだマーシャルは、夜明けになるまでそっと時を待つ。

そうして...いよいよ始まる。

 

「もっと軸足を意識して!..違う!もっと体を倒していい!そう!ラインに沿わせるように..!」

マーシャルが走る後ろを..岳はビアンキ製のロードバイクで追走しながら、リアルタイムで彼女に助言を与えてく。

 

日中、岳にしてもらったレクチャーと、軸の意識。また彼女の走りが変わる。マーシャルは少しづつだが、ある程度のスピードを維持したまま、コーナーを抜けられるようになってきている。

 

コーナーのRの中心に棒を立てて、それからコンパスのようにぐっと膨らまないようなラインを意識する。

そのラインを抜けるために、足のコントロールが重要になる。

十分なスピードが乗っていても、すぐに適正なスピードまで落とし、アプローチをかけていく。

その時に特に重要になるのが軸...。これがブレないように..皿回しをするかのように、慎重に体を整えていく。

 

そうして、4コーナー..5コーナー..すべて完璧とはいかないけど。でも、幸いなことに..コーナーは山ほどある。そして少しづつだが..マーシャルはそのコーナーを克服しつつある。

 

「..いいぞ!...マーシャルちゃん!!次のコーナー!全力で回ってみろ!!」

岳がそういった、その先に広がるコーナー。

 

下り急勾配からの、例に漏れずキツイRがかかっている。文字通りのヘアピン。

 

マーシャルはぐっと息を吸い込む。そうして...。

 

(...!?..なんだ..?)

岳は、その瞬間、マーシャルの何かが変わったことに気が付く。

 

マーシャルは..全力スパートで..コーナーに向かっていく。

(嘘だろ...!このスピード...!クソ!..ビアンキで追いつけない..!?..というか、それ..明らかなオーバースピード..!)

 

「おい!」

そう岳は叫ぶが...その声は彼女に届かない。

 

マーシャルには何も聞こえない。...目の前のコーナーに120%の意識を向ける。

 

少しスピードを落として...軸を意識...体はバンクをつけて..前を走る人でも、前だけでもない..見るのは..コーナー出口...。

少しスピードが乗りすぎている..?なら...ステップを入れて..重心を無理やり変える..!

 

マーシャルは思い切りの踏ん張りで、自分自身に急ブレーキをかけて、体の向きを変える。

 

そうして体をコーナー出口に向けて...そのまますぐにトップスピードへと体を放り込む。

 

「....ああ....なるほど...ハク..お前が...痛みを超えてまで..見たい景色ってのは...これなのか..。」

その赤い火の玉は..下手するとバイクや車よりも素早い勢いで..コーナーを抜けていった。

 

――――――――――――

 

「..蹄鉄が割れるってなぁ..どういうこった?」

「踏ん張りすぎちゃいました...。」

 

大城は割れた蹄鉄をポンポンと投げて、手でキャッチする。

 

そこにようやく...チェレステカラーのロードバイクが下ってくる。

 

「よぉ、下りにいつまで時間かけてんだよぉ。XR4が泣くぞ?」

「..はっきり言って..異常だよその娘。..もう俺が教えることなんて..ないかもしれない。」

「よかったな..留年しなくて済みそうだぞ。」

 

マーシャルは、ふらふらと歩きながら..岳の下へ。

「あの...岳先生...ありがとうございました..!」

「ああ...頑張ってくれ...期待してるよ...マーシャルちゃん。」

 

よぉし、帰るぞ!という大城の声に反応したマーシャルは、すぐに助手席に乗り込む。

 

大城も運転席に乗り込もうとした拍子、岳が小さい声で語り掛ける。

 

「..あまり無理するなよ。...電話ならいつでもくれ。」

「ああ...お前が女ならそうするさ。...ありがとな。」

 

そういって車に乗り込む。

ポルシェのテールランプは..栃木の山に吸い込まれるように消えていった。

 

――‐―――――――――

 

高速道路で、うつらうつらとするマーシャルに..大城は語り掛ける。

「...起きてるか?」

「...なんとか。」

「バクシンオーとの再戦...決まったぞ。....GⅠだ。」

「じー...わん....?.......GⅠ!?」

眠気が一気に吹き飛ぶ。

 

「ああ!スプリンターズステークス..!ぶちかましに行こうぜ..!」

「...G...Ⅰ.....よし..!!」

 

ぐっと拳を握る。

レースの最高峰...GⅠ...自分は..ここまで来た。

その高鳴りを、胸の内に..。

 

そんなマーシャルを横目で見ながら..大城は思う。

 

いつまでこいつと...走り続けられるのか...と。

 

 

 

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