7s Sprinter   作:マシロタケ

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回想:後編


後者

「はぁ....あ...最後のレースってのが..重賞でもなんでもない、ただのヒラレースとはな...俺の運も尽きるとこまで..尽きたか。」

 

おそらく生涯で一番足を運んだのであろう中山競技場...大城はその屋内観戦席で、実力もそこそこのウマ娘たちのレースを、締まりのない目でだらけたように見ていた。

 

見ているというより、目に映しているだけというのが正しい表現なのかもしれない。彼はその視覚情報を脳でキチンと処理しているわけではなさそうだった。

 

このレースたちが、トレセン人生で最後の見納めになるというのに...。

なぜこんなに身が入らないのか..。

 

大城はターフに目を向けながらも、頭では別のことを考えていた。

 

..今までの自分の人生...どうだったのかと。

 

(...何クヨクヨしてんだろうな..いいじゃねぇか。..俺は..ちゃんとGⅠウマ娘だって育て上げた..。悔いなんて...ねぇだろ..。十分やったろ?...ちゃんと自分に区切りはつけたろ?..トレーナーの肩書を捨てて..教官になったのは何のためだ。..俺自身に諦めをつけたから...そうだろ?)

 

次第に..目線はターフから..自分の手に移る。

 

(...何が不満なんだ。..今更くたばることにビビってんのか?..もう..いいじゃねぇか..十分..好きなように生きたろ..?)

 

その手がカタカタと妙に震える..。

 

『おおっと!ここで!!5番ハウンドレガシー!!一気に抜け出した!!これは強い!!しかし3番ハナサクラ!ハウンドレガシーを逃がす気はない!!待ったをかける!!』

 

会場から、どよめきが走る。

二人の切迫した展開に...会場中が見入る。

 

「な..ななななな。あんちゃんさ..どっちがイケると思うさ?」

ワンカップを片手にした高齢の男性が、気の抜けた大城に絡んでくる。

 

「..さぁてね。」

「なんだよぉ...あんちゃんシロート?俺はな..ハウンドレガシー!!こいつだと思うんだよ!!見ろよあの足!!関節も柔らかいし、しっかりバネにできてらぁ!!これは来るだろ!?」

「...あんた、ここ酒OKだっけか?」

「こまけぇこた気にすんな!!!おっと!!ほらもうあと200!!」

 

大城もそのレースに目を向ける。

 

「...差されるな..あれ。」

「...あ?...あんちゃんジョーク下手だなぁ..ありゃもう..。」

『おおっと!!ハナサクラ!!急接近!!これはわからない!!!ハウンドレガシー!!やや苦しいか!?』

「...あ?」

 

会場から再びどよめきが...レースが..動いた瞬間だった。

 

『差した!!差し切った!!ハナサクラ!!見事差し切ってゴールしました!!』

「おい....おいおいおいおい....おい!」

能のようにテンポよく刻んだ老人は...再び大城を向く。

 

「...あんちゃん...もしかして...予想屋かい?」

「...ただのシロートさ。」

 

――――――――――――

 

老人がワンカップを置いて消えた後も、大城はそこに居残り続けた。

この場を離れてしまったら...本当にすべてが終わってしまう。

 

その妙な喪失感が、彼の足をすくませた。

 

(...俺がこんなに..優柔不断っつーか..沈んでるっつーか。)

そんな自分に幾分かの嫌悪感を覚える。

いつもイケイケだった自分はどこへ行ったのだろう。..迷いなんてなかったあの時代の自分は..死んだんだろうか..。

 

気が付けば..すでにレースは9R目に。

 

そこで大城はやっと席を立つ。

いつまでもウジウジしている自分に..いい加減しびれを切らせた。

 

(..未練がましい。..俺は何を期待してんだ..。..さっさと、仕事辞めて..好きに生きて..くたばる。...それで充分だろ。)

その時、若い二人の男から、声がかかる。

 

「あれ、オジサン。次のレース見ないの?」

「...あ?」

「ああ..いえ..。」

「おい!田原!絡んでんじゃねぇよ..ああ、スミマセンね。」

 

大城の妙に殺気立った雰囲気に、若い男たちは押された。

 

「ま..その..次、このレースの目玉出るし..ここで帰るのもったいないんじゃないかって。」

男はしどろもどろながらもそういった。

 

「面白れぇのか?..次のレース。」

「ええ!なんといってもあのオークストリームが出るんですよ!!今一番人気のウマ娘!!そしてそれに対抗する差しの女王!テクノイニシャル!!この一騎打ち!今日が目玉なんですよ!!」

 

若い男は急に眼の色を変えて雑誌を開き、大城に見せつける。

 

「お...おお..。」

「田原!..ああ..すんません..こういうヤツなんすよ..。」

 

そんな若い力に押された大城は、再び席に腰を落とす。

 

『さぁ各ウマ娘..ゲートに並びます..。スタートしました!!』

 

その瞬間...いきなり先頭へ...まるで後ろから蹴っ飛ばされたかのように..一人のウマ娘が飛び出た。

 

「....。」

それに大城は妙なものを感じた。

そのスタートダッシュに..そのウマ娘の全てが詰まっていた..そう..感じた。

 

一瞬目を惹かれたものの..大城はすぐにその固まった視線を振りほどく。

 

(....ありゃダメだ。..続かねぇよ..。)

 

「おっと!あの娘元気いいな!..レッドマーシャル..だとか..。」

「あーでもあれ、どうだろうなぁ...」

若い男の意見と、大城の意見は概ね合致していた。

 

そして、その先頭に躍り出たウマ娘は..次第にペースを落としていく。

そして一人..また一人と...追い抜かれていく。

 

(ほらな...お前..逃げができるようなヤツじゃねぇだろ...担当は何考えてやがる..。それにしても..妙な息の上がり方だ...。肺が..弱いのか..?)

 

視線を振りほどいたはずなのに..大城の視線はなぜか再びそのウマ娘に戻っていた。

 

そのウマ娘は体をふらふらと揺らし..胸を大きく上下させ..口をいっぱいに開きながらも..なんとか酸素をとりこまんと..躍起になりながら..走っていた。

 

(...キツイだろ...苦しいだろ...。もういいだろ...お前、もうそこから巻き返すのは無理だ..あきらめろよ...なぁ..。棄権したっていいんだぜ..?)

 

しかし..そのウマ娘は..それでも腕を振ることをやめなかった。

前を向くことをやめなかった。

走ることを..やめなかった。

 

(.....なんで...なんだ...?)

大城の顔は次第に渋くなる。

 

(もういいじゃねぇか..表彰台どころか..もう入賞すらも無理だ...。なのに...なんで...そんなに前が向けるんだ?..なんでそんなにひたむきになれる..なんでそんなに..泥臭くなれる...?...勝ち目なんて...ねぇんだぞ..?)

 

 

「ほら!おじさん!!きたよ!!きたきたきたぁ!!」

若い男が叫ぶと同時に、実況も重なる。

 

『最終コーナー回って、各ウマ娘。おっとここで5番オークストリーム抜け出した!勝負を仕掛ける!!それに追走!9番テクノイニシャル!!残り200!!テクノイニシャル届くか!?』

 

しかし..大城の視線の先に一番人気のウマ娘はいなかった。

 

「...めろよ」

「え?」

大城がポツンとつぶやいた。

 

(...もう、やめろ....そんなにされちまったら...なんか...自分に諦めをつけた俺がバ鹿みてぇじゃねぇか..。..何が隠居生活だ..何が未練がないだ..何が区切りをつけただ..。)

 

大城には、そのウマ娘と自分が何か重なるところがあると感じたのだろうか。

どうしようもできない状況..見える道は...諦めの一方通行のみ。

 

しかし、彼女と大城では決定的に違うところがあった。

気持ちの陰りに支配され、後ろを向いた大城に対して..そのウマ娘は、意地でも前を向き続けていた。

 

諦めを知らないそのの走りと、その真っ直ぐな瞳は..大城の今の心境そのものを..真向から否定した。

 

 

(..俺はいつから..そんな日和ったヤツになった...?...今の俺って...ロックか?...違う...ただのくたびれた..年相応の..オヤジだ..。)

 

『オークストリーム!!早い!!テクノイニシャル!ジリジリと距離が広がるか!?オークストリーム逃げ切ってゴール!!見事人気に応えました!!!2着はテクノイニシャル!あと一歩及ばず!!』

 

「うわああああ!!!」

「うるせぇぞ田原!!」

 

若い男はその白熱したレース結果に、狂喜乱舞した。

 

会場からも..まるで重賞レースのときのような歓声があふれる。

 

「いやぁ!!マジですごかった!!ね?オジサン..?」

大城はいまだにターフから目を背けなかった。

 

大城が見ていたウマ娘は、全身のすべてを吐き出しながら..9着という結果でゴールラインを切った。

 

彼女は確かに走りきった。

その苦しみを乗り越えて…

 

「....やりやがった。」

大城は、そうぽつんと呟いた。

 

「あの..オジサン?」

「...なぁ、ニーサンら。あの娘のこと..詳しいか?」

「え?ああ、どっち?オークストリーム?..それともテクノイニシャル?」

「いや..あの9着のヤツだ..。」

 

若い男たちは...目を丸くして..その娘を見る。

 

「レッドマーシャル..だっけ?」

「ああ..あの出だしドッカーンのやつだろ?..見せかけだけだったな。」

「うーん...特に雑誌にも出てないし..ごめんなさい..よくわかんないや。」

 

大城の目線には..まだ彼女がいた。

 

「..ああ..わかったよ...ありがとな。」

「..どうして..あの娘?」

「....このレース...あいつ一番...ロックだったろ?」

「..へぇ?」

 

そういって大城は、席を離れた。

会場内を歩きながら、自分の手を見る..そしてそれをゆっくりと..握る。

 

(...なぁ。お前は..俺に答えを出してくれるのか?..俺のこの不甲斐ない気持ちに..ケリをつけてくれるのか?もし..お前を..表彰台に立たせてやれたら..俺は.....)

 

 

自分に満足して..死ねるのか...?

 

 

―――――――――――

 

(...どの..クラスだ..?)

大城は自分の資料を探す。彼女は、きっとトレセンのウマ娘だ。あの宮崎がいたチームの中にいた。

 

(..ない..か。..やっぱり..俺が請け負ったクラスには..いなかったか。)

椅子に深く掛けて、チラリと外を見る。

 

彼の教官室からは、中庭の切り株がよく見える。

そこは..ウマ娘たちが..己の負を一気に吐き出す場所。その様子がよく見えるここを、教官室やトレーナー室として使いたがる者はあまりいない。

 

しかし、大城は好んでこの部屋を使い続けていた。

彼女らの負に向かい合ってこそ..見えるものがあると。

 

そこに..一人のウマ娘が、よたよたと、そこへ寄ってくる。

大城はすぐに気が付いた。それが...昼間に見た..あのウマ娘だということに。

 

その教官室から声をかけようと思った。

だが..その瞬間。

 

そのウマ娘の...負が...夜空に響き渡った。

 

大城は..ぐっと、何かをこらえる。

そうして..彼女のいるところへ...歩いた。

 

彼女の泣き叫ぶ声が次第に大きくなる。

大城は気づかれないように、彼女のそばに..そっと座った。

 

(俺だって...お前と同じさ...。どうしようもできない...どうにもならない...答えはわからない..なら...二人で..探さねぇか?)

 

そうして、少女が..ようやく一息ついたところで..大城は..そっと口を開く。

 

「....気が済んだか?」

 

―――――――――――――

 

ノックを三回....中から許可!という張りのいい声が、ドアを突き破って飛んでくる。

 

大城は..そっとドアを開ける。

 

「おお..!ハク..!」

「どうも..理事長...。」

 

秋川は..大城の目を見て...すぐに理解した。

 

「...まっておった。きっと..ハクは戻ってくる..と」

「..貴女の勘の良さは..先代譲りらしい...。」

「...どの娘だ?」

「...レッドマーシャル...という娘を...。」

「疑問!..彼女の戦績は現段階あまり芳しいとは言えん..理由は?」

「俺の最後の...希望だから...じゃあ、不満ですか?」

大城の目は..あの日の色を取り戻していた。

「...承認!」

 

死角になって気が付かなかったところから...駿川たづなが姿を現す。

 

「大城...先生...!...先生!!!」

たづなは...涙を隠す暇もなく..大城に飛びつく。

 

「..もう少しの間だけ..世話になります。理事長..!」

「..健闘を!」

 

――――――――――――

 

(...先生よ...やはり俺は...後者だったらしい...!)

 

そう意思を固め..大城は..ベテルギウストレーナー..宮崎の下へ向かった。

 

 

 

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