会場は確かに大盛況に包まれた。
だがしかし、それは直ぐに不安と心配に満ちたざわめきに変わる。
『えー..サクラバクシンオー、レッドマーシャル..共に起き上がることができません。大丈夫なのでしょうか..救護班が駆け付けます。』
実況者は淡々と目の前で起こっている状況を伝えていた。
互いに全力を出し尽くし、限界を超えた二人はゴール後、地べたに這い蹲ってぴくりとも動かなかった。
二人とも大丈夫なのか。..まさか..と思わせるような張り詰めた緊張が、空気となって会場中に漂う。
それはレース中の緊迫感とはまた違ったもの。
そしてようやく、サクラバクシンオーが救護班の肩を借りてゆっくりと起き上がる。
そして観客たちに己の無事を伝えるように手を振った。
このあたりのファンに対する配慮を忘れないところは、流石歴戦のGⅠランナーと言ったところだろうか。
その様に観客たちは口々に、彼女を労い、称える声を投げかける。
バクシンオーはファンに対し一礼をすると、すぐさま『彼女』のもとへよたよたと、千鳥足になりながらも救護班の手を借りずに向かった。
「だ...大丈夫...ですか...はぁ...レッドマーシャル..さん?」
「...ふぁい。」
マーシャルは酸素吸入器を口に当てられ、薄く目を開ける。
傍目から見れば、かなり重篤に見えなくもないが、彼女にとっては日常茶飯事。もちろん慣れることではないが。
「ふ...ふふ!わ...私が先に立ちました..よ!!」
バクシンオーはマーシャルの前で腰に手を当てて、仁王立ちになる。
それは、マーシャルに起き上がって来いと言うサインなのだろうか。
だが依然、彼女はクラクラ..。
それを見たマーシャルも、救護班の手を借りずにそっと立ち上がる。
一瞬グラっと膝が折れて、その場に倒れそうになる。しかしそれをバクシンオーがマーシャルの肩をとって阻止した。
「ありがとう...ございます....。」
「お礼には及びません..!!なんたって私は..!」
「優等生..ですよね..?」
「...はい!」
どんなに疲れていても..その笑顔をバクシンオーは絶やさなかった。
その二人の様に、惜しみのない声援が飛び交う。
「私は..100%を..いや..120%を尽くしました。..どちらが勝っても..恨みっこナシですよ!」
「..うん!」
マーシャルは笑顔を作って..バクシンオーへ手向ける。
『双方..意識があるようですね。』
『いやぁよかった!一時はどうなることかと..!』
..そして、運命の瞬間がようやくスクリーンに。
『さぁ!写真判定出ました!...スーパースローでご確認いただきましょう!』
「...頼む!」
大城は両手を結んだ。
「マーシャルちゃん..。」
「大丈夫だ!...きっと...あいつなら..!」
親友二人も身を寄せ合った。
そうして、わずか1秒にも満たない世界が、スクリーンに映し出される。
そこに、マーシャルとバクシンオーが並んでゴールラインへ飛び込む瞬間が、一コマ一コマ映し出される。
『さぁ...これは...』
パッと画面が切り替わる度に、彼女らがゴールラインへと近づいてくる。
そして、決定打になる一枚が..ようやく。
うおおおおお
と観客席から大シケのような、たまった何かが解放されたかのような、声が上がる。
『ハナ!..ハナの差!!ほんとに極僅か!!決まりました!!スプリンターステークス!!優勝を飾ったのは...!』
バクシンオー、マーシャルもその画面に引き込まれる。
マーシャルは..その画面の中の世界が信じられなかった。
『レッドマーシャル!!!!!見事!!見事にスプリンター界の頂点に輝きました!!!!』
実況の叫びが火種となり、観客たちの燃料に一気に火が飛ぶ。
マーシャル!!!信じてたぞ!!!!
流石!!!!
よく頑張った!!!すごいぞ!!!
マーシャル!マーシャル!!マーシャル!!
そう、彼女を称えるコールが飛ぶ。
その圧倒的な情景に..言葉が出てこなかった。
マーシャルはただ茫然と..その様子を見ていた。
これは..夢ではなかろうか..そうだ、いっつもこんな夢を見ていた。
私がGⅠで勝って..皆が自分を祝福してくれる..そう..目の前に広がるような光景を..いつも枕の上で見ていたんだ。
..でも、今日は...この夢から覚めることはない..だって..これが..本当に..自分で勝ち取った、
現実なんだから。
ボロボロとマーシャルの顔に..崩壊したダムのような涙があふれ出てくる。
この時ようやく彼女は自覚した。..彼女が正真正銘のGⅠランナーになったことを...
彼女が本物のスプリンターとして、覚醒したことを。
「あ..あああ。」
言葉を発しようにも..うまくひっかかって出てこない。
「..おめでとうございます!!!マーシャルさん!!」
そんな彼女の背中を押すように、バクシンオーは言った。
その顔には一切の曇りなどない。すっきりとしたものだった。
「...わ...私...?」
「そうですよ!...あなたが...一着です!」
「夢じゃ..夢じゃないよね?」
「もちろん!!これが現実でしょう!!はっはっは!!」
ひとしきり笑ったあとに、バクシンオーは先ほどまでと打って変わって、涼しい顔をした。
「今日はマーシャルさん、貴女の日でした。..ですが..今後は譲りません!私は学級委員長なのですから!!」
「..次だって..負けません!」
そうして二人はその場で強く手を結びあった。
その時、柵を乗り越えて一人の男が、彼女のもとへ。
「...トレーナーさん!」
大城の姿を見たマーシャルはふと彼の言葉を思い出す。
そうか、勝ったら..ハイタッチだったんだ。
その言葉を元に、マーシャルは空中へ手を出す..が。
今度、そのハイタッチを無視したのは大城のほうだった。
マーシャルの差し出した手を、すり抜けて..彼女を..強く抱きしめた。
「...トレーナーさん?」
「...よっしゃああああああああああああ!!!!!!お前マジで最高だぜ!!!!!..ほんとに..よく頑張った...!!!お前を信じて..よかった!!」
「..トレーナーさん...!」
マーシャルもその言葉に感情が激しく揺れ動く。
「...ハイタッチじゃ...なかったんですか?」
顔をグズグズにしながらも、マーシャルはそういった。
「...そうだったな!」
そして二人は..ハイタッチを交わした
その音は..会場のどんな音よりも..高らかに突き抜けた。
推奨ED:『夢のチカラ'06』