「...また、ここに立てる日が来るとはな。」
大城はポケットに手を入れたまま、その会場の袖口から感慨深くそれを見る。
URAのロゴが一面に入ったインタビューバックボード..そして今レースの主役を待ち構える大量の記者たち。
..基本記者嫌いな大城ではあるものの、この時ばかりは、満更でもなさそう。
そして...
それはGⅠを手中に納め..スプリンターの頂点に輝いたウマ娘...その姿は貫禄ある威風堂々とした...ものとはお世辞にも言えなかった。
「カッチカチだなお前...。」
「だ..だって...未だに実感わかなくて..。」
まるでゼンマイの切れた機械人形のように、どこかぎこちない動きで、マーシャルはヒーローインタビューの壇上へと一歩踏み出そうとする..が。
それを踏み外して..そのまま前のめり。
間一髪大城はマーシャルの襟を引き上げ、なんとか醜態を晒さずに済む。
「..しっかりしろ。」
大城は呆れながらも、優しくそういった。
しかし記者たちは、その光景もしっかりパシャリ。
..きっと明日の新聞にこの様は載るんだろうな..とマーシャルは顔を赤くした。
―――――――――――
『それでは..マーシャルさん!スプリンター界の頂点..スプリンターズステークス優勝おめでとうございます!!..今の率直なご感想を..!』
「え...ええと!あ..ありがとうございます!..その、私..いまだにその...。」
なんとも彼女の歯切れの悪い受け答えに、大城はいつもの(余計な)助け舟でも出そうかと企むが..彼女の慌てながらも..明るいその表情にふっとその気は失せる。
(ま..今日の主役はこいつだしな..。)
そういって大城はそっぽを向く。
『はい!ありがとうございます!』
そういって一人の記者が壇上から立ち去る。
「わ..私..ちゃんと言えてました?..ヘンなこと言ってないですよね?」
「そりゃあ..明日の記事でも読んでみろよ。」
クスクスと大城は笑う。
「もう!」
そして次の記者が壇上へ。
『レッドマーシャルさん!お疲れ様でした!..今回のレース実に感動いたしました!レッドマーシャルさんはスプリント限定の走者だとお聞きしてますが..』
それからは、彼女の今までの軌跡や限定スパートの秘密..あらゆるネタになりそうな内容を、記者たちはこれでもかと聞き出す。
内容がどんどん進むにつれ..マーシャルの口は少しづつ軽やかになってくる。
大城はただただ黙って..その様子を見続けていた。
(...ああ。どうだ。..お前は見つかったか?..お前の..お前らしく居られる居場所を。..俺は..どうだろうな..。これで死んでも..悔いはねぇと思えるかもしれねぇ。..でも..もっとお前と走り続けていたい..そんな気もする。..ままならねぇよな..。)
そう心で呟いた。
「...さん!..トレーナーさん!」
そのマーシャルの言葉に大城は引き戻される。
「あ?」
「トレーナーさんのコメントですって!」
「俺の?」
目を前に向けると..そこにはまた別の記者が。
「いやあ!二人のドラマ..実に心を揺さぶられました!..ターフでのあの抱きしめあったシーンは、とても印象的でした!」
「..ああ、そうかい。」
今振り返ると..ちょっとハデにやりすぎたかと思う大城だった。
「それですが、担当ウマ娘とトレーナーの絆..信頼関係についてすこしお話を..。」
「ああ!?やなこった!マーシャル!帰るぞ!」
そういって壇上を降りようとする。
「ちょ!ちょっと!トレーナーさん!?」
マーシャルは大城の裾を思い切り引っ張って彼を引き留める。
マーシャルは慌てふためくが..記者たちは動じるどころか、その様に笑いが飛ぶ。
過去に大城の現役時代を知っている記者たちなら、なおのこと。これこそが大城節なのだ。
クスクスと笑いながら、記者は再び大城にマイクを向ける。
『では、担当のレッドマーシャルさんについて..どうお思いですか?』
「どうって...ま、あんたらから見たまんまだろ。..規格外のスパート..並外れたド根性..こんなヤツ..他に誰がいる?...ま、合格点だわな。」
そういって横目で彼女を見る。
その言葉にマーシャルは嬉しそうに、耳と尻尾をなびかせる。
『そうですか!...では、普段のマーシャルさんについては?』
「普段..か。」
その言葉にマーシャルはギクリとする。
..なんか..ヤな予感。
「なんだろうな。こいつすぐ泣くし..燃費は悪いし..文句は多いし..マヌケだし」
「ちょ!トレーナーさん!」
彼の服を引っ張ってそれ以上の言葉を止めようとする。
「聞けよ!こいつこの間なんてな!」
「わあああ!!その話はダメです!!!」
「ナンだよいいじゃねぇか!」
「だめです!絶対にダメ!!」
全国ネットで秘密をバラされそうになったマーシャルは大声で制止する。
結局は壇上でもいつも通りの二人を、記者たちは暖かく見守る。
『では、マーシャルさんに、担当の大城トレーナーについてどうお思いですか?』
「えっと..その..。」
マーシャルはやり返してやろうかと企む。
「トレーナーさんは..いっつもいい加減だし!自分勝手で、タバコばっかり吸ってて、スケベで意地悪で..その..それでも..私のことをいつも一番に考えてくれてて..いざって時に..頼りになって..信頼できる人で...って..あれ?」
彼に仕返しをするつもりが..心の本音が..ついうっかり。
記者たちはいい笑顔でうんうんと頷く。
「そら..どーも。」
大城はどこか嬉しそうに..そういった。
マーシャルはそれ以上なにも言えず..赤くなって黙り込んだ。
『..では、最後に、今後についてお二人はこの先をどうお考えですか?』
「今後..?」
「この先...?」
大城とマーシャルは何か呆気にとられたような顔で、互いの顔を見合った。
...二人の目標は..このGⅠで勝利を飾ること..宿敵サクラバクシンオーを破ること。
...逆を言えば、その目標に力を入れすぎていたため、それ以上のことはあまり考えていなかった。
「この先って..私どうなるんですか.?」
「..さぁな..知らん。」
『え..ええと?』
まさかの回答に..記者も困惑する。
「ま、良いように答えろ。..今日の主役はお前だ。」
「え..ええ?」
そういってマーシャルは背中を押される。
「え..ええと今後について..なんですけど...」
ど...どうしよう..なんていえば..。
スプリントの世界は重賞の中では比較的狭い。
次に狙うべきところが..わからない。
『じゃ、じゃあ、例えばこんな大会に出たいとか..そういったものとかありません?』
記者が助け舟を出す。
記者のその言葉...マーシャルの脳裏にあるものが浮かぶ。
..彼女の母の姿だった。
そうだ..自分の憧れ..ルーツは..いつもそこにあった。
彼女はほぼ無意識的に口を開く。
「あの..私..一つの夢..というか..目標があって。」
記者たちはその言葉に耳を傾ける。
「私の..お母さん..レッドクラウンっていうんですけど..私、初めてレースに出たいって思ったキッカケが..その..お母さんのレースだったんです。G1をとった時の..あの姿に憧れて..。だから私も..あんな風になりたいって、ずっと思ってるんです。..だから。」
今後もいろんなレースでも活躍していきたい。あの日の母みたいに輝けるように。そう無難に締めようと思ったマーシャルだったが、その発言は思いもよらない方向へと飛んだ。
..レッドクラウン?
それってあれだろ?昔秋の天皇賞とった。
え..じゃあ、これって天皇賞への挑戦ってことか?
..おいおいまじかよ!..スプリンター界の申し子が..天皇賞に挑戦って!
ざわざわと沸き立つ記者たちの先走りは..次第に伝染していく。
「あれ?..あの...皆さん..?」
いい感じに締められると思ったのに..この騒ぎはなんなのだろう?
「あーあ。..これだから記者は嫌いなのヨ。」
大城はふぅとため息をついた。
『れ..レッドマーシャルさん!!そのお言葉は、秋の天皇賞への挑戦ということでしょうか!?』
「え...ええ!?」
自分の発言がどう派生したらそうなるのか。..マーシャルは流石に戸惑った。
あわてふためくマーシャルは大城のほうを向く。
「ど...どうしよう..トレーナーさん..。」
「どうしようもこうしようもねぇだろ。...お前が決めろ。」
「決めろって...。」
「行くも退くも自由だ。お前が行くってんなら..俺も行く。」
「トレーナーさん..!」
大城はまっすぐな瞳をマーシャルへ向けた。
今度は彼が...マーシャルの迷いを断ち切らせた。
..あんなに憧れた母の背中..それがやっと見えた。
芝2000m..自分じゃ太刀打ちできないかもしれない。
それでも...挑戦してみたい!
ぐっと顔を引き締めたマーシャルは..再び記者たちに顔を向ける。
「...はい!..私...秋の天皇賞に..挑戦します!!」
―――――――――――
「ああ....どうしよう....とんでもないこと言っちゃった。」
熱に絆されて、天皇賞への挑戦を誓ってしまったマーシャルは..打ちひしがれていた。
「どうしようってヨォ。..お前がヤルっつったんだろォ?」
「そうですけどぉ...。」
熱が冷めて..正気を取り戻した彼女はしどろもどろ。
「ちったぁ胸張れよ。..お前は紛いもないGⅠランナーだろうがよ!...ああ、張るほどのムネもないってか?」
大城はマーシャルの..フラットな胸部に目を向ける。
「ちょ!それセクハラですよ!?このヘンタイ!スケベオヤジ!」
「はっはっは!お前も大分口が達者になったな!」
大城はひとしきり笑った後..急に真剣な表情を作る。
「ま..こっから真面目なハナシだ。..芝2000。2000mだ。お前にとっちゃあ、これ以上ないほどの過酷な挑戦になるぞ。..無理強いはしない。..本当にやるか、やらないか。お前が決めろ。」
「....。」
マーシャルは俯く。
無理かもしれない。..だって1400でさえも終わったら倒れるような自分だもの。
..それでも。あの時の気持ちは..ただただ熱に絆されただけのもの..というわけではなかった。
「...やります!...勝てないかもしれないけど...やってみたい!」
「..OK!..俺らは一蓮托生だ。..地獄の果てまで..行こうぜ!」
二人の顔に..再び熱が帯びた。
「..高松宮記念ってのもあったんだけどな。」
「....なんでそれ...先に言わないんですか...。」