「それじゃあ、行ってきます!!」
「おう、乗り遅れんなよ。..じゃ、両親によろしく伝えといてくれ。」
「はい!..トレーナーさんも、お父さんに会いに行くんですよね?」
「..まぁ、そうだな。」
「お土産、たくさん買ってきてあげますから、楽しみにしといてくださいね!」
「..ああ。..じゃ、気をつけろよ?」
「トレーナーさんも!」
大城はふっと笑うとマーシャルを空港で降ろして、車を出す。
マーシャルは、そのポルシェが見えなくなるまでその場に残って彼を見送った。
彼の車が見えなくなった後でも、既に聞きなれたエンジンサウンドがこだまする音はしばらくその場に残っていた。
「さ、いそがなくちゃ!」
そういってマーシャルはターミナルへと向かった。
――――――――――――
「...わぁ...かえってきた...んだ..。」
フライトからおよそ2時間ほど。
飛行機を降りたマーシャルは、その懐かしい故郷の海の香りに..心を浮かせた。
まだまだ実家までは遠いというのに、もう..帰り着いた実感がわき始める。
「..ずっと、海..見なかったもんなぁ..。」
彼女は海に向かってすうっと息を吸う。
磯の香りが..体に染み入る。
「..はぁ。....あ!バスの時間!いそがなきゃ!」
そういってマーシャルはバスの待合所へ..。
そこから40分ほどバスに揺られると、とても見慣れた街が姿を現す。
その様に..彼女の心の高鳴りは増した。
もうすぐ..大好きな両親に会えるんだ。
そう思うと..浮足立った。
バスを降りると..そこの近くには懐かしの移動販売式のアイスクリーム屋。
買い食いは良くないなと思いつつも、懐かしさも相まって彼女はそこへふらり。
冷たくて、優しい甘さのその氷菓は、彼女の体を冷やす。
特徴的な石橋がよく見えるスポットに腰を据え、マーシャルはそれを食べる。
そして一息ついたときに、ようやく腰を浮かす。
「さ、いかなくちゃ!」
そこからは路面電車に乗って民家の近くまで。
そして坂を、階段を上って住宅街を目指す。
相変わらず坂が多いこの町では、自転車に乗る人が少ない。
彼女の脚力はこの坂で鍛えられたといってもいいのかもしれない。
そして彼女がとても慣れ親しんだ、外壁と屋根が..ようやく。
庭で作業をしている男性がいる。
それは眼鏡姿で少し冴えないけど、誰よりも優しい人。
「お父さん!!」
マーシャルは外からそう叫んだ。そして手を振った。
父はその声にハッとして周りをきょろきょろ。
そして..愛しの娘をようやく見つける。
「ま...マーシャル?あ...ああ!!」
父は草苅ガマをその場において、彼女のもとへ。
「ああ!よかった!ちゃんと帰ってこれたんだな!..まったく。電話をくれれば迎えに行ったのに。」
「自分でかえって来たかったの!」
マーシャルは父に明るい笑顔を向ける。
父もその娘の笑顔に..顔が綻ぶ。
「お母さんは?」
「今、戸棚の整理をしてるとこだよ。..お母さん!マーシャルだ!かえってきたよ!」
玄関先まで来た二人。
父は玄関を開けて、妻を呼んだ。
奥からトタトタと小走りで..母はやってきた。
「....おかえりなさい!」
娘の顔を見たクラウンは..安堵の息をついた。
「ただいま!..お母さん!」
マーシャルは靴を脱いで上がると、そのまま母へギュッと抱き着いた。
母もそっと優しく、娘を抱きしめた。
「よかった..元気そうで。」
「うん...私ね..頑張ったんだよ..!」
「知ってる..いっぱいお話を聞かせてもらわなきゃね。」
そんな母娘愛を目の当たりにした父の目には..熱い涙が..。
「くうぅう..!!」
「もう!お父さんったら!ほーら!娘の前で泣かないの!」
そのちょっとした騒ぎを、話好きな隣人のおばさんが嗅ぎ付ける。
「こんにちわぁ~..あら!クラウンさんとこ!マーシャちゃん帰ってきたの!!」
「おばさん、お久しぶりです!」
「あっら~こんなに立派に可愛くなっちゃってぇ!」
そのおばさんをはじめ、近所の人たちがぞくぞくと姿を現し始める。
「おろ!!マーシャルちゃんでねいかい!!かえっとったんか!」
「芹沢のおじさん!こんにちわ!」
近所の農家のおじさん、マーシャルの為にといつも野菜を分けてくれていたおじさん。
「え!マーシャルちゃん!帰ってきたの!」
「あ!奥野お姉ちゃん!久しぶり!!」
近所の大学生。昔よく遊んでもらって、勉強も教えてもらってた。
「うわーほんとだ。マーシャル姉ちゃんマジでかえってきてらぁ!」
「なによぉ!帰ってきちゃ悪いの!」
お隣のおばさんの息子たち。
彼らとも昔よく遊んだ。
そのほかにも、近所の人たちがぞろぞろと。
「ほうら!あたしのいった通りじゃないか!マーシャルちゃんはきっとGⅠウマ娘になるって!」
話好きなおばさんはまるで自分が賞を取ったかのように得意になる。
「んでねぇ!オラの野菜で強くなったんだ!な?」
「そうかも!」
マーシャルは笑顔でそう返す。
「ねぇねぇ、東京ってやっぱりビルばっかり?怖い人いない?」
「場所によるのかなぁ?トレセンの周りは結構静かなんだけど..。怖い人はたまにね..。」
奥野はいつか東京に出ることを夢見ているらしい。マーシャルからの情報収集も抜かりない。
「マーシャル姉ちゃん、昔俺らにもかけっこで勝てなかったくせにな!」
近所のガキどもにからかわれる。
「なによ!なんなら今から勝負する?」
「い..いや..GⅠウマ娘に勝てるワケねぇだろ...。」
そういって彼らは後ずさった。
――――――――――――
近所の人たちとの交流をひとしきり終えたマーシャルは、自宅で荷物を下ろす。
そして、まずはご先祖への挨拶。
チーンと鈴を鳴らして手を合わせる。
そしてリビングへ..キッチンでは母がすでに晩御飯の準備をしている。
マーシャルはサイドボードへ目を向ける。
そのキャビネットの上には..レッドクラウンが秋の天皇賞を飾った時の写真と..重厚な盾。
マーシャルはその盾のとなりに..そっとスプリンターズステークスにて勝ち取った自分のトロフィーを置く。
..兼ねての夢だった。母の盾の横に..自分のトロフィーを並べることが。
それを置いた後に、マーシャルはその光景を忽然と眺めていた。
そこにそっとクラウンが寄り添う。
「..頑張ったね..マーシャル..。」
「..うん!..私ね..もっと頑張りたい。..お母さんみたいに..なりたい!」
「..きっとなれるよ..マーシャルなら..。」
―――――――――――
夕食を済ませ..お風呂にも入って..家族団欒の時間。
マーシャルは両親に、ありったけのことを話した。
その話には、ちょくちょく大城の名前が出てくる。
「それでね!トレーナーさんったらね!」
その娘の語りを母は優しく見守る。
「ふふ..マーシャルったら、よっぽど大城さんのことが好きなのね。」
「え..いや!そんなんじゃないよ!私は...あれ?お母さん、トレーナーさんのこと知ってるの?」
「..あら?あの人言わなかったのかしら?」
そういうと..クラウンはタブレットを用意する。
それで一つの動画ファイルを開く。
それは..昔の秋の天皇賞。そう、クラウンがあの賞を飾った日の映像。
「お父さんがね..テープじゃ擦り切れちゃうからって、こっちに移してくれたの!」
その動画は幾度となく見た。
実況のセリフを一言一句覚えるほど。
でも、改めて見返しても..その母の姿はかっこよかった。
また、あの頃の熱が灯りそうな..そんな感情をマーシャルは覚える。
「ここ..みてごらん。」
それはクラウンがゴールラインを切った後、祝福に包まれながら彼女は観客に手を振る..そしてとある人のところへ向かっていった。
その人物は...今とは少し見た目は違う。
若くて..髪の色は今のような黒じゃなく少し染めていて..アクセサリーも今より派手なのをつけている。..でもはっきりとわかる。
その人物は..今のマーシャルのトレーナー..大城だと。
「え!?..トレーナー..さん?」
「ふふ...そういうこと。..運命を感じるわね。」
マーシャルは目を丸くしていた。
「..大城さんも、もう結構な年齢だろう?僕よりも年上だし。」
「..まぁ、あの人って生涯現役ってタイプだし。若いもんには譲らないってヤツじゃない?」
「..あの人らしいや。」
父はそう言って眼鏡を拭いた。
―――――――――――
「お母さん、もう電気消すよ?」
「うん、スタンドがあるから大丈夫。」
電気を消して父は自分のベッドに入る。
クラウンは寝る前に、小さなスタンドの明かりを頼り読書をしていた。
そこに..誰かの影が。
「...お母さん。」
「あら?どうしたの?マーシャル。」
「うん..ええとね..。」
マーシャルの手には..自分の枕。
「今日だけ..一緒に寝ていいかな..?」
マーシャルはちょっと恥じらいながらも、そういった。
その娘の様子にくすっと笑った母は、掛布団をめくる。
「いらっしゃい。」
マーシャルは顔をぱあっと明るくして、母の懐へ..。
「おやすみ..!」
「ええ..おやすみ。マーシャル。」
母は娘を..そっと抱き寄せた。
そこにもう一人..別の影が。
「...あの..お父さんも一緒に..ってのは..?」
「..お父さんのベッドはそっちでしょ?」
「...はい。」
父には優しくないクラウンだった。
―――――――――――――
線香の臭いに..見渡す限り一面の墓石。
大城はガラにもなく、花束を持ってそこにいた。
そして、一つの墓石の前に佇み、その花束と..彼の父のお気に入りだった銘柄の煙草をそっと置いて、手を合わせた。
「...久しぶりだな..親父。..去年は色々あってこれなかったけど..今年はちゃんと来たぞ?」
大城はそこにしゃがむ。
一呼吸置いた後に、そっと口を開いた。
「..なぁ、親父、あのさ..俺も..ぼちぼち、そっちに行かなきゃいけないみたいでさ。..なんてんだろうな..きっと親父のことだから、まず俺の顔見たら一発ぶん殴るだろうなってな。」
そういって一度言葉を切る。
「..さっきお袋にも会ってきたんだ。..例の施設でな。..認知症が大分進んじまったみたいで..俺のことはもうすかっり忘れてたよ。..100回は叩いた息子に対して..あんた誰?..だってさ。..兄貴も見知らぬ女と蒸発して20年。..ははは、マジで大城家終わっちまうんじゃねぇか?」
大城は哀しい目で『大城 彩雲』と刻まれた墓石を目にした。
「..俺さ。今担当してるウマ娘がいてさ..そいつ..すげぇ頑張ってんだよ。なんでもっと..こいつと早く会えなかったのかって思っちまうほどのヤツなんだ。..でもさ。俺..自分の先が長くないこと..まだ言えてねぇんだよ。..はは、あんときの親父と..同じだよなぁ。」
大城も父の死の間際まで、彼の父が重い癌に罹患していることを知らなかった。
..息子に迷惑を..心配をかけたくないという理由で、わざと言わなかったらしい。
知っていたのは母親だけだった。
「俺はあんとき..マジで親父のこと、クソ野郎だって思った。..でも、今度はそのクソ野郎に..俺がなろうとしてる..。なぁ..親父もそうだったのか?..今の俺と..同じ気持ちだったのか?」
大城は立ち上がる。
「...きっと親父のことだ、訊いて教えてくれるようなヤツじゃあないよな。..じゃあ。俺行くわ。..また来るさ。」
そういって大城は..その場を後にしていった。
マーシャル宅にて、夕食時。
「マーシャル..よく食べるなぁ..。」
「...ご飯..もっと炊いとくべきだったかしら?」
「..おかわり!」