友情トレーニング
「もう少しペースを落とせ!..温存を意識しろ!」
その練習場..いつもよりも熱が籠っていた。
マーシャルはいつも以上に..ペース配分に気を配りながら、慎重に..自分のスタミナと対話をする。
だが、スプリントに集中し鍛え上げたその体を..中距離に対応させることは..至難の業だった。
「あ!...はぁ..!!..うっ!!」
マーシャルの足が止まる。
ペースを落とし、ゆっくりとギアをつなげていっても、1600m以上の壁が厚い。
「はん...まだキビシイか。」
大城は頭をかく。
「はぁ...はぁ....ごめんなさい。」
「謝るヒマがあんなら次だ。..息を整えろ。」
「..はい。」
彼女が2000mを唯一走りきる方法はある。
それは..彼女が培って、ようやく手に入れたたった一つの武器、7秒のスパート..それを捨てることだった。
だが..それは彼らにとって首を縦に振れるような選択ではなかった。
そもそも、スパートを使わずに走れば、そのタイムは凡走に等しい。
天皇賞で勝利を納めるなど、戯言に等しいものだった。
..なんとか、スパートを使いつつも2000mを走破しきれる体を作る。
「..無理難題もいいトコだな。」
今回ばかりは、突拍子もないトレーニングをさせてどうにかなるものとは考えにくい。
スタミナは...地道につけていくしか方法はない。
「中距離クラスともなると、瞬発力だけでのゴマカシは効かん。モロにスタミナが要求される..そこに肺活量のハンデ、こりゃあ..キビしいわな。」
大城も行き詰った顔をする。
「..私..やっぱり..ダメなんですか..ね?」
「..じゃあ、あきらめるか?」
「....。」
大城の言葉にマーシャルは黙り込む。
「そこで諦めるようなお前じゃない..俺はそう思ってる。..初等部生にすら勝てなかったお前が..現にここまで這い上がってきたんだ。自分に自信を持て。」
「...はい!」
マーシャルはぐっと歯を食いしばった。
ひたすら夢を追い続けた自分は..ようやく一つの夢をつかんだ。
でも..それはまだ、始まったばかりなんだ。
ここで終わっちゃ..いけない。
「もう一回..行くぞ?」
「はい...あれ?」
そこに..よく知る二人のウマ娘たちの姿が。
「よ!マーシャル!..俺らも付き合ってやっぜ!」
「お待たせ!マーシャルちゃん!」
それはマーシャルの親友二人トップギアとモモミルクだった。
彼女らもジャージを着て..走る準備は万全といった様子。
「二人とも..どうして?」
大城が口を開く。
「ヨォ、悪いなお前ら。」
「いいんすよ!俺らも久々にマーシャルと走りたかったし!」
「トレーナーさんが呼んだんですか?」
「まぁな。..そのほうがちったぁ、やる気も出るだろ?」
「...はい!」
―――――――――――
「おっせーぞ!マーシャル!!この程度でヘバってんじゃねぇ!」
「頑張って!もうちょっとだから!」
マーシャルにとっても、二人と走ることは久しく、うれしかった。
その高揚感が、体力にプラスアルファとなって彼女の背中を押す。
大城が練習パートナーに二人を選んだのは、彼女らがマーシャルの親友であることと、彼女らの適性が理由だった。
トップギアは長距離を得意とするステイヤー。モモミルクはマイルから中距離を得意とするランナー。
今までスプリントの相手とばかり戦ってきた彼女、なので自分と全く違う適性を持つウマ娘たちと走る機会は少ない。
新しいステージに進むために、その得意分野で戦うウマ娘たちの技術を、マーシャル得意のトレースで吸収させることが目論見だった。
もう一度スピカへ放り込んでもよかったのだが..まだそこまで戦える段階ではないだろう。結果は目に見えている。
それと彼女らはマーシャルの親友である。
古来より伝わるトレーナー白書なるものに、友情の深い者たちと共に鍛錬を積むことで、より強靭な恩恵を享受することができるという記載がある。
正直オカルト話にあまり興味を示さない大城だが、できることはなんでも試す。
たとえ眉唾ものでも、微かな可能性があるのなら。
「はっは!!なんだマーシャル!!それでGⅠウマ娘なのかよ!..ちょっとしょっぺぇんじゃねーの!」
トップギアは上機嫌だった。
彼女は今、マーシャルの前を走っている。GⅠを獲った彼女の前を。
未だにGⅠ未経験な彼女にとってはそれに愉悦を感じるのだろうか。
冗談半分にマーシャルを煽った。
「もぉ!ギアちゃん!そんなこと言っちゃあよくないよ!」
ギアの横でモモミルクが注意する。
マーシャルは横目でちらっと大城のほうを向く。
..大城は、顎をくいッと前に出すジェスチャーをする。
つまり...やっちまえという合図だった。
マーシャルは..深く息を吸って..ターフを蹴る。
「へっへんだ!ま、スプリンターじゃ敵なしでも、このトップギア様にはまだまだ...?」
トップギアの背後に..恐ろしいほどの気配が忍び寄る。
「..は?..マーシャル?」
気づいたときにはもう遅かった。
マーシャルは大外から..トップギアとモモミルクを二人まとめてオーバーテイク。
そのまま時間の許す限り..加速を重ねて前へカッとんでいった。
「あ...うそ....だろ...?」
これが..GⅠを制したウマ娘の本気の走り..トップギアは呆気にとられた。
―――――――――
マーシャルは言わずもがな、いつも通りターフに寝そべる。
「..なんなんだよそりゃあ..マーシャルよぉ..。」
トップギアは耳をシュンとさせて..肩を落とした。
「すごーい!マーシャルちゃんさすが!」
「え..えへへ..そうかな..?」
そこに大城が来る。
「おーし...2000..走り切ったな。」
「え...?私...走ったんですか..?」
「自覚ないのかお前?」
「...うん。」
マーシャルは..ただただ夢中で二人の背中を追いかけていただけ。
2000mなんて意識などしていなかった。
大城は心の中で一驚していた。
さっきまで..半端にしか走れなかったこいつが..急にスパート込みで2000mを走り切った。
これが...友情の..?
その白書に記載されていたそれは..眉唾というワケではないのだろうか。
...だが。
「...まだこれじゃ、天皇賞に太刀打ちできるモンじゃねぇよな。..もっと..もっとだ。」
「...もっと?」
「..マーシャル。..俺はな..思い出レースってのは嫌なんだよ。..勝てなくてもいいなんて、そんな半端。」
大城の表情はいつになく真剣だった。
「天皇賞..芝2000。..たしかにお前にとっては過酷なものだ..だが...やるんなら..勝ちにいくぞ..いいな?」
「..はい!」
そういって大城は彼女らに背を向ける。
「よっしゃ!一発ロックに行こうぜ!...お前ら..今日は焼肉だ!好きなだけ食え!」
その言葉に..三人の顔は..太陽のように輝く。
「よっしゃ!!さすがセンセー!!太っ腹!!」
そういって4人は練習場を後にした。
...
この時..まだ大城とマーシャルは知らなかった。
これから起きる出来事を。
それは..今後の彼女のレース人生を左右しかねないほどの..大事件。
魔の手が..そっとマーシャルに忍び寄った。
焼肉屋にて
「でしたらお会計が...16万と..」
「..領収書..トレセンで切ってくれ..降りるかどうかわからんが...。」
「センセ!二件目いこーよ!」