「..ああ、間違いない。確かに..俺らは食事会を計画していたし、マーシャルも誘おうとは思ってた。..それが?」
「..例のマーシャルの事件、アンタらも把握はしているだろ?」
「..勿論だ。..それと、食事会..何か関係が?」
ベテルギウスの部室にて、ブライアンはフロイドスピリットと向かい合う。
生徒会が乗り込んできた。その異様な空気に、部員たちはざわめく。
「あの動画、マーシャルが一度荷物から離れる場面があった。それは、ベテルギウス、あんたらの部員から呼びつけられたからだと彼女は証言した。」
「..うちの?..誰だ?」
「スーパードライブというヤツだ。..今日は?」
「今日は不在だ。..ここ数日、体調が優れないとかで。..ドライブが、マーシャルに食事会の話を持ち掛けたというのか?」
「そうだ。」
ブライアンは毅然とした態度で話を進める。話の最中にも、その眼光を光らせ、この部室、部員になにかしらの異変がないかをチェックする。
「..そうだったのか。..妙だな。」
スピリットは顎に手を添える。
「妙?」
「..あいつ、食事会にマーシャルを誘うことに否定的な立場だったはずなんだが..気が変わったのか?」
スピリットは部員たちを見る。
その中の一人を指名する。
「ローズ!..確か、お前もだったよな?」
ローズは腕を組んで、俯き加減だった。
「..そう..ですね。」
「ドライブは何か言っていたのか?..ほんとはマーシャルと..」
「知りません!」
ローズはそう突っぱねた。
「..すまん。あいつ、ここのところ成績が良く無くてな。..最近ずっとあんな感じなんだ。」
スピリットはため息をつく。
ブライアンは黙って腕を組み、そのローズのほうを見た。
..このローズとかいうウマ娘の態度、成績低下による焦りやストレスなどからくるものとは少し違うような気がすると感じた。
まるで..何かから怯え..何かから逃れようとしているような焦燥を感じさせる。
極め付きに、こちらと一切目を合わせようとしない。
ブライアンがここにいる間。ずっと何かをやり過ごそうと..身を潜めている雰囲気があった。
ブライアンは直感的に察する。
..このウマ娘、何かしら事件にかかわっている可能性があるのでは?..と。
無理やりしょっ引いて、口を開かせるのも手かもしれない。
..だが。ここは一度冷静に。あくまでそれは推測でしかない。
七たび訪ねて人を疑え。..ルドルフの言葉を心で復唱する。
「..わかった、すまん。邪魔したな。」
「なぁ、教えてくれ。マーシャルは..無実..だよな?」
「..調査中としか言えん。」
ブライアンはベテルギウスの部室を後にする。
(ローズロード..気に留めておいたほうがよさそうだ。)
――――――――――――
そのウマ娘はふらふらと、少し体を揺らすように歩いていた。
..彼女からはいつも、妙な薬品の香りがする。
噂によると、彼女の勝負服の裏側には、危険な薬品が収められているなんて噂があるほど。
時には彼女の薬品で人が光ったなんて噂もある。
「..さぁて、今日はなんと言われるのだろうねぇ。」
彼女は生徒会室の戸を開いた。
「邪魔をするよ。」
その戸を開けた瞬間。彼女は気づく。
そこに、今話題の渦の中心に飲み込まれているウマ娘がいることに。
「ああ..足労をかけたな..アグネスタキオン。」
「..たまには君たちから出向いてくれてもいいんじゃないかい?」
そういって後ろ手で戸を閉める。
「..そうか、なるほど。..概ね筋は読めたよ。..私に、例のドーピングの見解を聞きたいというんだろう?」
「お前もハナシが早くて助かるぜ。」
と大城はいう。
「やぁ、大城君、君もいたのかい。君を見るのは久しいね。」
タキオンは手をひらひらと振る。
「それで、タキオン。..どうだい。..飲むだけで、彼女のように飛躍的に身体能力を向上させることができるドーピング剤。..そんなものが、存在しうるか。」
ルドルフのその言葉を聞いた瞬間、タキオンは大笑いする。
「あっはっはっはっは!!..いいねぇ!そんなものが本当にあるのなら、ぜひ一度お目にかかりたいものだよ!..私なら、検査すらも潜り抜けられるようにさらに改良するだろうねぇ。」
「..安心したよ。」
ルドルフはふっと息をつく。
「そもそも、そんなクスリが本当にあったとしよう。..そうだね。飲むだけでまるでアメコミのヒーローにでもなれるような薬がね。..そんなものを、下地の基礎も不十分な娘が飲めばどうなるか。」
タキオンは先ほどまでブライアンが座っていたソファのポジションに座る。
「例えばだ。大城君。君は車が好きだったね。..その辺を走る乗用車..マーチなんかに急に800バリキの大出力を誇るエンジンを載せたら..どうなると思う?」
「空中分解だな。..まず、足回りが完全に負ける。程度によっちゃあ、ペラシャ、ドラシャも捻じ切れて、ボディもパワーを受け止められずに歪むだろうな。」
「その通り。それと同じことが、今度はカラダで起こってしまう。肉体の基礎は一晩でどうにかなるものじゃあないからね。..つまり。」
「そんな薬を服用すれば..オシャカサマってわけだ。」
「あはは!そこにいるレッドマーシャル君がゾンビなら、成り立つ話かもしれないねぇ。」
タキオンはスマホを開き、例の動画を見る。
「..まったく。たった一文の文章と、たった数秒の動画だけで、よくもまぁこれだけの人々が踊らされるものだ。..電話帳ほどの厚さのある論文を隅から隅まで読み通しても、その内容が信用に値するかを見極めるのは難儀するというのに。人というのはあまり利口ではないのだろうか?」
そう呆れ果てる。
「..タキオン。君に折り入って頼みたい。その薬が..理論上不可能であることの証明を..できるかい?」
「会長様の言いつけともあれば、断れないだろうねぇ。..その代わり。今私が独自に進めている研究..目を瞑っていただけないかい?」
「..やりすぎるなよ。」
「はは!!善処しよう!..なら..1週間、時間をおくれ。」
そういってタキオンはその場を後にする。
「..1週間..耐えられるか?」
その大城の言葉に、マーシャルはこくりと頷いた。
――――――――――――
二人はとある施設の前で車を降りる。
そこは、URA管轄のウマ娘支援センター。
そこで、ウマ娘たちは様々な支援を受けることができる。
ケガの治療や、メンタル疾患への支援。カウンセリングに、必要ともあれば勉強なども見てくれるらしい。
無論..疑わしきものを晴らすための検査も..。
「トレーナーさん..」
「さぁ、いって来い。」
「トレーナーさんは..来てくれないんですか?」
「俺は..行くところがあるんだ。..心配するな。ここの連中には話を通してある。ついてくれる担当医師も女だ。..椿っていう、俺の昔のよしみなんだけどな。男には厳しいが、ウマ娘には優しいヤツさ。」
マーシャルは依然..暗い顔をする。
「..こんな下らねぇコト..さっさと終わらせちまおう。俺達には..次があるんだ。天皇賞..目指すんだろ?」
「..はい。」
二人の下へ..コツコツと足音を鳴らしながら、とある人物が姿を現す。
「..お久しぶり、大城トレーナー。..今は教官だったかしら?」
「トレーナーであってるさ。..久しぶりだな、ツバキ。」
「..その娘?..ずいぶんと酷い目に合ってるようね。」
大城はマーシャルの背中をとんと押す。
「..頼んだ。」
「ええ..預かるわ。」
そうして、医師とマーシャルは施設へ。
大城は再び車に乗り込む。
ケホケホと咳をしながら、セルを回す。
例の錠剤を飲み込む。
「..こんなとこで終われるか!」
そういいながら、クラッチを蹴り、ギアを1速へと叩き込む。
――――――――――――
..まったく気持ちが乗らない。
今日は生徒会が部室に乗り込んできた。
..ドライブ、いずれあんたのとこに奴らが来る。
もし、あいつが口を滑らせれば、割れば、何もかも終わりだ。
もう..いつものあの日には..絶対に戻れない。
..むしろ、それだけで済めばまだ幸いなのかもしれない。
「...ローズさん?」
トレーナーの言葉に、彼女ははっとする。
「なに?」
「..随分と気分が沈まれていると思いましてね。..コンディションがよろしくないように見受けられます。..それが走りにも表れている。」
宮崎は、手元からいつも愛用していたタブレットを手放し、昔トレーナーになったばかりの頃やっていたような紙とストップウォッチを用いて彼女らの指導に当たっていた。
「..何か悩み事でもありますか?..確かに今のあなたは振るっていない。焦る気持ちも理解できます。..ですが、私はあなたのトレーナーだ。あなたの悩みは、私の悩みです。..ぜひ、私を頼ってほしい。」
そう、宮崎はまっすぐな視線をローズへ向ける。
「..いい!」
その宮崎の視線に嫌気を感じたローズは、彼のもとを離れていった。
ふぅ、と宮崎はため息をつく。
あの日以来..宮崎は自身のトレーナーとしての在り方を見つめなおしていた。
「...やはり、あなたのように、うまくはいかない..か。」
ずっと数字と実績ばかりを注視していた宮崎にとって、改めて彼女らと向き合うことはそう簡単な話ではなかった。
宮崎は手帳を取り出す。
そこには担当ウマ娘たちのこと、現在おかれている状況、今の課題、留意すべき点、そして目標、事細かく記してある。
ローズのページをそっと開く。
そのページの隅に、小さなメモ。
『担当のことを信じろ』
それを目にした彼は、目を閉じる。
「..ええ。私が、彼女を一番信じてあげなければならない。わかってる。」
一流までの道は、まだ遠いのかもしれない。
..でも、もう一度一歩踏み出さなければ、自分がここにいる資格はない。
「宮崎トレーナー。」
その声にふと振り向く。
そこにいたのは、チームリーダーのフロイドスピリットと、グッドレコード。
「..ああ。すみません。いかがなさいました?」
「いえ、ローズのやつ、大丈夫かと思って。」
チームリーダーの彼女としても、最近のローズの様子はどうも気がかりだった。
「..今は踏ん張りどころなのでしょう。時間はかかるかもしれない。ですが、もう少し、彼女のことを信じてみましょう。」
「..宮崎さん。..なんだか、少し変わりましたね。」
そうグッドレコードは言った。
「そうでしょうか..。そういえば今日、生徒会の方が来られたそうですね?一体何が?」
「ああ..それについてですが。」
スピリットは経緯と話した内容を共有する。
「..なるほど、ドライブさんが。..事件に関わっていないといいんですがね。」
「トレーナーはどう、思われますか?..マーシャルの薬物疑惑について。」
「..一切を否定します。あの豪脚は、とても薬でどうにかできるものとは考えにくい。..それに、大城さんがそれを指示するなど..。」
宮崎は俯く。
「..俺たちも、同じ意見です。..トレーナー。俺たちはマーシャルに対して、何もしてやれなかった。だから、こういう時だからこそ、何か力になってやれないかと..そう思うんです。」
そのスピリットの言葉に宮崎は頷く。
「ええ。できることは限られることかもしれませんが、チームベテルギウス、全面的に彼女を支援しましょう!」
宮崎は前を向く。
もう一度..マーシャルと向き合えるチャンスは、ここしかないかもしれない。
宮崎はそう思った。