7s Sprinter   作:マシロタケ

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トレーナーとしての価値

「…痩せたなぁ、お前。」

大城のトレーナー室。

 

彼のデスクの前に佇む男は、疲れ切った顔で、しきりにため息を吐きながら、淀んだ目で大城と向き合っていた。

 

「ええ…7キロは体重が減りました。」

「ちゃんと食ってんのか?」

「…昨日、栄養食を少し。」

 

大城はデスクの引き出しにしまってある、生徒たちへの餌付け用と称した菓子を宮崎に投げた。

 

「しんどい時こそ、食え。食わなきゃ何も始まらん。」

「…ありがとうございます。」

 

宮崎は個包装の菓子を剥くと、そのまま口へ運んだ。

「どうよ?生徒たち(あいつら)からの評判が結構いい菓子なんだけどよ。」

「あまり…味がわかりません。」

「そうか。」

 

ふっと鼻で笑うと大城は立ち上がった。

 

「ま、座れよ。」

そういって応対用のソファを指す。

「いえ…このままで。」

「あっそ。」

そういって大城は上座へ座る。

 

「ンで。最近お前学園内で見なかったな。」

「ええ、例の件で…URAや支援機関、二次団体、さまざまなところから呼び出しがありまして。今日はURAの5度目の聴取を終えたところでした。」

「コテンパンにされてきたワケだ。」

大城は宮崎に渡したものと同じ菓子を口へ運んだ。

 

「それと…マーシャルさんの親御さんのもとへ、二人の保護者とともに。」

「マジか。あいつの実家、九州だろ?」

「ええ…。」

クラウン(あいつ)おっかなかったろ?」

 

宮崎は大城のほうを向く。

 

「沈着な方でした。『娘が与えたチャンスを、ふいにしないでほしい』と。…言葉の裏にいろんな思いがあったかと存じます。」

「ケツ蹴っ飛ばされなかっただけ、幸運だったな。」

「…」

 

既にもぬけの殻のようになった宮崎を見かねた大城は、立ち上がって彼を下座のソファに突き飛ばした。

「やっぱ座れ。んな棒立ちされてちゃあ、気味が悪い。」

「大城さん…、私は。」

「謝罪の言葉ならもういい、大概聞き飽きた。」

 

そういって再び大城はソファに掛けて足を組む。

宮崎は再び大きなため息をついた。

 

「苦労してんなお前。苦労は美徳だとかいうが、お前の場合そうは見えんな。」

「…いままでのツケが返ってきたとしか言いようがありません。…真摯に彼女たちと向き合ってこなかった。そのツケが。」

「URAはなんて言ってる?」

「今までのベテルギウスの体制を洗いざらい調べられました。無論、マーシャルさんを足切りにしようとした事実も。その結果、私のトレーナーとしての適性に疑問があると、諮問委員長並びに重役員たちからの指摘がありました。トレーナー資格の剥奪も覚悟する必要があると。」

 

宮崎は手を組んだ。

大城は冷えていないブラックの缶コーヒーを段ボール箱から取り出すと、宮崎に一本投げ、もう一本を自分用に開けた。

 

「じゃあ、クビ濃厚ってワケね。」

「それが…違うんです。」

「違うってな、どういうこった?」

「今日の委員会審査で…数か月間の業務停止と減給処分を経た上で、私の続投が決定したと告げられました。」

 

宮崎の顔は綻ぶことなく、寧ろ困惑しているようだった。

 

「ほぉ、あの諮問委員長にしちゃ、随分と大甘裁定じゃねぇの。トシ喰ってカドが丸まったんかねぇ。」

大城は特に驚くこともなく、飄々とした態度でそういった。

 

「…URAに嘆願書が宛てられたそうなんです。内容は、私の続投を強く願うといった内容だったんだそうで。それを受けて今回の裁定が下ったと。」

「はっはっは、お前のファンがいるんだな。」

 

宮崎は缶コーヒーを開けることなく、両手で握ってただただラベルを見つめた。

 

「わからない…なぜ、こんな私に。一体誰が。」

「世の中は広い、そんなモノ好きの一人や二人くらいいるもんさ。」

「…ですが、やはり私は、ここを退職しようかと考えてます。」

「はぁ?なんでだよ。」

 

缶コーヒーを机に置くと、再び下を向いた。

 

「説明する必要…ありますか?私は、やはりトレーナーとしての器はなかった。二流どころか、失格ですよ。この騒動…すべての責任は私にあります。あなた方ひいてはURAやトレセンに泥を塗った。それでも…まだおこがましくトレーナーを続けるだなんて…。」

「…まぁ、俺はお前の母ちゃんじゃねぇからな、無理に続けろ辞めろなんてこた言わねぇけどさ。お前を支持したどっかの物好きの意見はどうなるんだ。」

 

「そんなこと…。」

「物好きだけじゃねぇ。あの二人、退学は免れたんだろ?だが、あいつらは今後テメェの犯した罪を償いながらここで生きていくんだ。周りから後ろ指をさされながら。それをそばで支えてやれるのは…お前じゃないのか?お前が抱えてるチームだってそうだろ?再建のやり方も知らずに腐ったまま、そんでお前まで居なくなったら、いよいよだぞ。」

宮崎の息が、少しづつ荒くなる。

肩がわずかに震えて、スンスンと聞こえる鼻息は、彼の男泣きなのだろうか。決して顔は上げなかった。

 

「貴方は…どうなんですか?こんな私が、トレーナーを続けることに、価値があると?」

「その価値があるかどうかはお前自身が決めろ。」

「いいんですか…私は…やり直しても。」

 

「お前ってさ、昔っから諦めの悪い奴だったろ。先輩のいうことにも逆らって、テメェの信じたことを貫こうとして、失敗して、周りから嘲笑われて、でもそれでも前向こうとしてさ。確かに今のお前はただのクソ野郎さ。だが、その実績は本物だ。正直お前のことはいけ好かん。リクツ並べて気取りやがるお前は。ケドあの時もそう、自分自身に気が付いて、それでまた必死に前向こうとするお前は…割と嫌いじゃないんだぜ。」

 

大城は缶コーヒーを飲みほした。

 

「いつまでも悲観的になってんじゃねぇ。進むべき道見つけたんなら、とっとと前に行けってんだ。」

その言葉を聞いて、宮崎はやっと顔を上げた。

 

そして立ち上がり、大城に頭を下げた。そのまま、トレーナー室の戸に手をかけようとしたとき、立ち止まった。

「私も…貴方のことは苦手です。自由奔放な態度や、歯に衣着せぬ物言いには眉を顰めることもあります。…ですが、誰かと真摯に向き合って信じ抜くことのできるその気丈で気高い精神には…トレーナーとして、いえ、一人の男として、心から尊敬します。」

そういってもう一度、大城へ頭を下げた。

 

それを見た大城は、宮崎へあるものを投げた。

「…やるよ。たまには何かに寄りかかれ。自分って存在は、思ってるほど強くねぇからさ。ほどほどに頑張れよ。」

それは、彼がいつも愛煙している煙草だった。ラベルも剝がされておらず、新品のまま。

 

「…はい!」

 

――――――――――――

 

「いやぁ、一時はどうなるかと思ったが、丸く収まってなによりだ。」

生徒会室の壁に背を預け、大城はそういった。

今の空間、そこにいるのは大城とルドルフのみだった。

 

「丸く…というのは誇張だな。」

「いいじゃねぇの、丸くってコトで。」

大城はクスっと笑いながらそう言った。

 

「それにしてもまぁ、よくあの二人のクビを守り抜いたもんだ。感服するよ。」

「それは…マーシャルの意思が大きかったんだ。それに、彼女らにも再建の見立てがあると。それを踏まえた上での理事長の英断さ。」

「流石だな。」

 

「ただ、退学にならなかったとはいえ、今後暫くレースへの出走は認められない。それに…この騒動について、彼女たちのしたことは学園中の生徒におそらく知れ渡っているだろう。その中で自分の犯した罪を背負って、向き合って生きていくということは、並大抵ではない。私は決して、甘い裁定ではないと思ってるよ。」

「同感だな。」

 

ルドルフは手を組んで、机に肘を付けた。

 

「それだけに少し心配な面もある。その現実に耐えかねて、彼女らが更なる間違いを犯さないかというね。」

「それは大丈夫さ。」

「なぜそう言い切れるんだい?」

 

「あいつらを信じて、寄り添ってくれる奴がいるからさ。あいつがいるんなら、今度こそはきっと大丈夫だ。俺はそう信じてる。」

「信じる…か。」

 

「ベテルギウスはどうなった?」

「連帯責任ということで、活動停止処分にはしたが、そのうち解放する予定だ。だが、今後しばらくは厳しい監視をつけることを条件にした。内容成果や日報の提出も義務付けた。まぁ、様子見ということだね。」

「ナルホドねぇ…。まぁ、チームのほうも大丈夫だろ。あいつなら。」

 

「…宮崎トレーナーの件、手を回したのは貴方だろう?」

「さぁ…なんのコトかな。」

そういって大城は生徒会室を後にした。

 

 

 

 

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