…見て、あれベテルギウスよ。
うわほんと、あーあ、勢いのあったチームだと思ってたのに、惨めったらないわね。
…なんであいつらまだ学園にいるわけ?フツー退学でしょ?
トレセンがやらないんなら、私が呟いちゃおうかな。騒動の真犯人はローズとドライブだって。
やめときなって、そんなことしたら、あたしらまで草むしりよ。
確かにそれはヤかも。
―――――――――――
「…大方、片付きましたね。場所を移しましょうか。」
「はい。」
トレセン学園の中庭の隅に、ベテルギウスたちはいた。
全員がジャージを着て、草刈り鎌を片手に奉仕活動に励んでいた。
現在のベテルギウスは、最早小規模のチームとなっていた。
かつてのメンバーたちはごっそりと退部し、残っていたのはチームリーダーのスピリットとグッドレコード。ローズとドライブ。そして他チームから受け入れを見送られ、なくなく在籍している数名の部員。活動人数としては最低限だった。
「皆さん、お疲れのようですがもう少し頑張りましょう…終わったら、皆でアイスでも食べにいきましょうか?」
宮崎はいつもと変わらぬ優しい口調でそう言った。
しかし彼の言葉もむなしく、彼女たちに光が差し込む様子はなかった。
「ありがとうございます。宮崎トレーナー。…お前たちも返事くらい、したらどうだ?」
スピリットはか細くメンバーたちにそういった。
「いいんですよ。スピリットさん…。そうだ、駅前の新しくオープンした所へ行きましょう。とても評判がいいそうですよ。」
宮崎が無理にそう明るくいっても、聞こえてくるのは沈黙だけだった。
その沈黙に、宮崎は思わずため息をつきそうになるが、ぐっとこらえた。
まだ、始まったばかりなんだ。もう一度、彼女らに光を与えるのは、自分なのだと。自らに喝を入れる。
そこへ、軽薄で陽気な声が彼らのもとへ。
「…お前のオゴリだってんなら、行くぜ?」
その場にいた全員がはっと振り向く。
そこには、あの大城と、マーシャルがいた。
その手には草刈鎌が握られており、大城までもが似つかわしくないジャージを着ていた。
「お…大城さん?マーシャルさんまで…?一体、なにを?」
宮崎は驚きを隠せなかった。
「みりゃあわかんだろ?トレーニングさ。草刈りってのは、いい足腰のトレーニングになるんだと。…知らねぇケドな。」
大城はヘラヘラとそういった。
「…ナンだよ、もうあんまりねぇじゃねぇの。ツマんねぇな。」
そういって彼女らがすでに刈ってしまった跡地を見て大城はそう漏らした。
「まだ、少しそこに残ってますよ。」
マーシャルはその場所を指す。そしてそこへ行き、身を屈めた。
そして器用にサクサクと草を軽快に刈っていった。
「ほぉ、ウマイもんだな。」
「お父さんに習ったんです。私のお父さん、草刈り上手なんですよ。」
「どーせクラウンにさせられてるってオチだろ?ダンナは今でも尻の下か?」
「もぉ!ダベってないでトレーナーさんもやってくださいよ!」
その二人の様子をベテルギウスたちは茫然と見ていた。
「おい、お前らもとっととヤレよ。駅前のアイス屋、18時には閉まるぞ!」
大城は固まってる彼女らにそういった。
その瞬間、その集団の中から、誰かが動いた。
…ローズだった。彼女は早歩きでマーシャルのもとへ行き、足を止めた。
ローズを前にしたマーシャルは、ゆっくりと立ち上がった。
「おい!ローズ!」
一触即発の危機を感じたスピリットは走って彼女らに駆け寄ろうとするが、その瞬間大城が手を挙げた。…つまりは二人に干渉するなという合図だった。
スピリットは不安を顔に残したまま、ゆっくりと引き下がった。
向き合った二人の間に途方もない時間だけが流れていくようだった。
それを断ち切るかのように、最初に口を開いたのはローズだった。
「なんで…私たちを、助けるようなマネをしたんですか…?私たちが…何したか…わかってるんですか?先輩…バカ…なんですか?」
ギリギリと強く食いしばった歯から、音がなるようだった。
「…そうかも。」
「そうかもじゃないですよ…!一歩間違えば…先輩は!」
「わかってる…それでも…私はそれを望んだの。」
「…なん…で、なんで…。」
マーシャルは、レースさながらのように、大きく息を吸い込んだ。
「ローズさん、あなたは…間違ったことをした。だからそれは、ちゃんと反省してほしい。ちゃんと反省して、もう一度やり直してほしい。こんな所で終わっちゃうのは勿体ないよ。あなたは強い…ウマ娘なんだから。」
「は…はぁ?なんで?どうしてそんなことするの?なんでそんなこと言うの?ワケわかんない。どうしてそんな。なんの義理があって…」
「私は…あなたの先輩だから。」
再び感情が激しく揺れ動くローズに、マーシャルはそう諭すように言った。
「私は確かに、あなたよりもずっと弱かった。先輩らしいこと何もできなかったし、見せてあげることもできなかった。本当は、そんなことじゃいけなかったのに。…でもね、今は違う。私は、もう弱くない。もう、あの日の自分とは違う。だからもう一度、今度こそは私は胸を張って、あなたの先輩だって言えるように、やり直したい。今度こそ、あなたたちを導いてあげられる存在になりたい。」
マーシャルの瞳と言葉に、ローズは再び膝をついた。
「う…ああ…あ、せん…ぱい…すみません…でした…。あ…あああああああああ!!!」
激しく咽び泣くローズを、マーシャルは優しく抱擁した。
―――――――――――――
「お召し上がりにならないんですか?大城さん。」
「俺、甘いモンダメなのよ。」
そういって、大城は移動式アイスクリーム屋から、ほんの少し離れた場所に設置された公共の灰皿付近で懐を探った。
そして、煙草を取り出すが、生憎それは空箱だった。
「…はん、ツいてねぇ。」
それを見た宮崎は、大城へと持ってきたアイスのカップを石段の上に置くと、懐から、煙草を取り出した。
ピーっとラベルをはがし、取り出しやすいようにトントンと箱をたたいて大城へ差し出した。
「…なんだ、持ってたのかお前。」
「生憎ライターは持ち合わせていませんが。」
大城は煙草を一本取り出すと、それを咥えて火をつけた。
そして再びその箱をたたいて、また一本出すと宮崎へ差し出した。
「火ぃなら貸すぜ。」
「では…お言葉に甘えて。」
そういうと、大城は宮崎の咥えたタバコへ火をつけた。
「どうだ?これからやっていけそうか?」
大城はアイスクリーム屋の前に設置された簡易テーブルに着く彼女たちを見る。
その雰囲気は明るい…とまでは言えないが、でも確かに少しだけ綻んでいるようにも見えた。
「ええ…時間はかかるかもしれませんが、少しづつ、一歩づつ、歩いていきますよ。」
ふぅと煙を吐く宮崎の顔は、長い梅雨を経て、いつ振りかに晴れているようだった。
「そうか…ならいい。」
「もう一度三流から始めます。そしていつかきっと、貴方と並ぶ…いえ、超える一流になる。」
「ナマ言ってんな。道のりは長ぇぞ?」
「…上等ですよ。」
宮崎はクスっと笑った。
「…いいツラしてんな。お前。」
大城はボソっとそういった。
「アイス…溶けちゃいましたね。」
「イッキでもすっか?」
「そうですね。」
二人はアイスのカップを、まるでビールを煽るかのように傾けた。
「おいしかったですね。ここのアイス。」
マーシャルは満足げにそういった。
「ああ、そうだな。…なぁ、マーシャル。」
スピリットはマーシャルに向き合った。
「あんなことがあった手前…ちょっと言いづらいけど、俺たち、また、食事会の計画を立てようと思ってるんだ。その…よかったらお前も、来ないか…?」
「…はい!ご一緒させていただきます!」
スピリットは安堵の息をついた。
「そうか…なら、楽しみにしといてくれ!」
「皆さん。そろそろ引き上げましょう。」
宮崎が彼女らに向かってそういった。
彼女らは次々に腰を浮かす。
マーシャルも自分の空になったカップをもって立ち上がろうとしたときだった。
「あ…先輩…私、捨ててきますよ。」
と、ローズはマーシャルに言った。
「…うん。ありがとう。」
マーシャルは優しく微笑んだ。
――――――――――――――
『さあやってまいりました!!京王杯スプリングC今日のレースいかが見られますか?』
『そうですね!名だたるスプリント界の強豪たちが集いしレース、どの娘も注目と称したいところではありますが…やはりここは彼女でしょう!。』
『帰ってきた伝説のスプリンター!不幸に見舞われた疑念を自ら跳ね返し、再びその勇士を露わにしてくれました!レッドマーシャル!!』
彼女のその姿に、観客たちは歓喜の声を上げた。
…ただ、その中にも、少数ではあるが、その騒動を未だに面白がる輩もいることも事実。
「おーい!!今日もドーピングで勝つのか?クスリやってんなら勝って当然だよな!」
「おいバカやめろって」
身なりをチャラつかせた剃り込み金髪姿の男二人組が、笑いながらスターティングゲートに構えるマーシャルにそういった。
「今日はどんなクスリキめてきたんだ?ちゃんと尿検やってんのか!」
「だーからやめろって。」
場所もわきまえずにそう嗤う男たちだったが、すぐに周りの異変に気付く。
「…ん?…え?」
老若男女問わない周りの観客たちの鋭い視線が、二人の男に突き刺さっていた。
それからはまるで、今にもこちらに嚙みついてこんとせん、気迫が感じられた。
「な…なんなんだよ。」
二人の男はそれに不気味さを感じる。
「…なぁ、君たちはそれ本気でいってるのか?」
一人の若い青年が、二人の男の前に立った。
「お…おい、田原、やめとけって!」
青年の友人が止めに入るが、田原は止まらなかった。
「俺は、ずっとあの娘を見続けてきたんだ。彼女がここまで来た努力と実力は本物だ!それをバ鹿にするのなら…ゆるさない…!」
「あ…ああ!なんだよ!あいつドーピングやってたって雑誌にも載ってたじゃねえか!…ったく、こういうオタク、信者とかいうんだろ!」
そういって二人の男が田原をドンと突き飛ばして、その場を去ろうとした時だった。
何者かが二人の男の間に割って入り、両腕を二人の肩にかけた。
「よォ!…さっきナンっつってた?よく聞こえなかったからさ、もう一度俺の前で言ってみろよ?」
その人物は…二人の男たちですら知っている人物だった。
大城白秋…レッドマーシャルの専属トレーナー。
「な!…あ!」
まさかの大城の登場に、二人の男は動揺した。
「最近耳が遠いのよ。…で?なんっつってた?内容次第じゃあ、テメェら丸裸にひん剥いてパドックに吊るし上げるぞこの野郎。」
大城が生み出すその空気は、その文言が冗談じゃなく聞こえるほどだった。
「あ…いえ、マーシャルが、その、カッコイイな…って。」
「ほぉ、わかってんじゃねぇか。」
『さぁ!最終コーナー差し掛かった!!ウマ娘たちに動きがみられる!』
大城は男たちから腕を外した。
「…お前らの目で確かめてみろよ。アイツの足が、ニセモンかどうかよ。」
『さぁここで!レッドマーシャル!勝負に入った!!』
自分の体とよく対話して、しっかり前を見据えて、深く息を吸う。
やることなんていつも変わらない。
100パーセント勝てるわけじゃないけど、でもこれが私の武器なんだ。
私は…自信をもって言える。
この、私の足は…
本物だって!
『なんてことだ!レッドマーシャル!!先頭とのその差がまるでブラックホールに引き寄せられるかのようにグングンと近づいていく!!』
「あ…。」
その圧巻のパワーに、二人の男は飲み込まれた。
『今!先頭のオオシンハリヤーを抜き去って!ゴールイン!!レッドマーシャル!!その復活を!見事に飾ってくれました!!』
会場の空気が震える。
そのマーシャルの姿に、涙を見せるものさえいた。
『見事に圧巻の走りでした!実況と解説である我々が保証しましょう!彼女の足が、本物であることを!』
金髪の男二人組は、口を閉じることさえ、忘れていた。
大城はそんな男二人を後目に、去っていった。
「アイス代、折半してやるよ。」
「正直…助かります。」