私はどうやら、砂場というものを甘く見ていたらしい。走りにくいなんて生易しいものじゃない。
ターフのような路面からの反発を得られずに、思うように前に進めない。
地面を蹴っ飛ばそうにも、柔らかく深い砂に力が吸収されてしまう。
それに、足場が全く安定しない。
少しでも気を抜こうものなら、砂に足を持っていかれて、強制スライディング。
ダートすらも走ったことのない私にとっては、未知の感覚だ。
でも…上等!
不利な条件こそが、私を強くしたんだ。
重い蹄鉄だって、不慣れな呼吸法だって、7秒だって!
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「マーシャルさん!もう少しですわ!」
ゴールでは、マックイーンがドリンクとタオルを持って手を振っていた。
「ほらほら!がんばれ~!急がないと…ゴルシが追い付いちゃうぞ!」
と、マーシャルと並走をするテイオーがいう。
マーシャルはちらっと横目で後ろを見る…そこには。
「はーっはっはっは!!!待ちやがれってんだ!!お前のレッドをパープルかバイオレットにしてやる!!」
といいながら、まるで砂の上を走っているとは思えないほどの地響きを立てて、ゴールドシップが迫ってきている。
「ひ…ひえええ!!」
後ろを向いたことを後悔したマーシャルは、その場から全力スプリントモードへ入る。
その際、思いっきり蹴り上げた砂が…ゴルシの目へゴールイン。
「めがあああああああああああ!!」
そのままゴールを切ったマーシャルだが、そのゴルシの断末魔を聞くやいなや、マックイーンからのドリンクも受け取らずに彼女のもとへ。
「ご、ごめんなさい!!ゴルシさん!大丈夫!?」
「大丈夫ですわマーシャルさん。この方の目は鋼鉄でできておりますから。」
そういってマックイーンはポンとマーシャルの肩をたたいた。
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「…ふぅ。」
一通り走り込みを終えた一行はペタリと日陰に身を寄せ合う。
「もうちょっとあっち行けよ、暑いだろうが!」
「何よ!あんたがそっちに行きなさいよ!」
「ゴールドシップさん、もう少し離れていただけると…。」
「いやぁ、マックイーンの二の腕冷たくて気持ちいいんだよぉ。」
「え!ほんと?じゃあボクも!」
「ちょっとお二人とも!」
「マーシャルちゃん、お水大丈夫?」
「うん…ありがとう。スペちゃんの分は?」
「えへへ、もう全部飲んじゃった!」
そこへ、沖野の姿が。
「よぉし、お前ら十分にクールダウンしておけよ!この次は水中トレーニングだ!」
「よっしゃあ!涼しくなるぜぇ!」
ウオッカが雄たけびを上げる。
「バカね。水中こそ熱中症の危険があるのよ。ノンキでいいわね。」
「うっせぇんだよお前はグチグチ!」
「…お前らが一番熱いぞ。」
そんな彼女らのやり取りをよそ眼に、マーシャルは周りをキョロキョロ。
「沖野さん…私のトレーナーさんは?」
「え?大城さん?…さっきまでその辺にいたんだけどなぁ、煙草か?」
「もしかして…あれじゃあ。」
そういってスズカがそっと指をさす。その先に大城はいた。
若い女に囲まれて。
「はぁ?女子大生だと!?サバ読んでんじゃねぇだろうなお前ら。」
「ホントだって!そういうオジサンはどうなの?」
「俺か?…まだアラフォーよ。」
「絶対嘘!」
そういって若い女たちに相手に満更でもなさそうな大城に、ウオッカとスカーレットが動いた。
「…やるぞ。」
「…ええ。」
そういって腕を鳴らして。
「「うおおおらあああ!!」」
と、ダブルラリアット。
「ぐわああっ!!」
どさっとその場に沈んだ大城を見た女子大生たちは、悲鳴を上げながら一目散に去っていった。
「…なにしやがんでぇお前ら。…もっとオヤジをいたわれってのよ。」
「何してるってのはセンセのほうだろ!?マーシャル先輩が頑張ってるってのによ!」
「ダイジョウブだよ。あいつは…ほっといても頑張んのよ。」
そう首をさすりながら大城はいう。
その大城を冷ややかな目で見ながら、マーシャルは言った。
「トレーナーさん。…真面目にやってくれないと、椿さんにいいつけちゃいますよ!」
「あ…そりゃマジ勘弁。」
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「…トレーナーさん。どうして私だけ、競泳トレーニングに浮袋付きなんですか?」
「なんでってそりゃあ、お前途中でスタミナ尽きて溺れ死なれちゃたまらんだろ?」
「そうだとしても…。」
その浮袋は、ピンク色のちょっと可愛らしいデザインの入ったものだった。
「もう少し、シンプルなのなかったんですか?」
「いや、自前用意するハズだったんだが、忘れちまってな。そこの海の家で売ってたヤツなのよ。…小学生用の。」
「しょ…小学生用…。」
その言葉に唖然とする。
「まぁちょうどいいみてぇだし、いいじゃねぇの。死ぬよりかは。」
「私のこと、いくつだと思ってます…?」
「いいから行ってこい!」
そういってトンとマーシャルの背中を押した。
(私…こんなものなくったって!)
そう憤るマーシャルだったが。
「…大丈夫?」
「お、生きてら。」
「浮袋…ちゃんと空気は入ってますね。」
数分後に、マーシャルは海岸であおむけ。
「…お前って、スタミナ不足以前に、カナヅチだったのか…。」
大城は呆れたようにそう言った。
「その浮袋、記念にやるよ。」
「…ほしくないです。」