7s Sprinter   作:マシロタケ

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閑話:洗車日和

「はん…。」

「どうしたんですか?」

 

とある地方競技場の駐車場。

この日マーシャルは大城のツテで、ここの競技場のウマ娘たちと合同練習に励んだ。

あまりレベルの高い娘たちとは言えないが、今のマーシャルが中距離に挑むにあたっての練習相手としては最適だった。

 

それに、地方は地方でレースに関する考え方や走りのアプローチ、その場所での慣習などが中央とは少し違う。

その知見を広げる経験としても、今回の練習はマーシャルの大きな糧となった。

 

十分に得られるものがあったと満足したマーシャルだったが、その帰り際、大城が自分の愛車の前で腕を組んで佇んでいた。

どうも面白くないという心の声が顔に出ているよう。

 

そして大城はポルシェのフロントリッドを指でなぞりながら、不満を垂らす。

 

「…汚ねぇな。」

本来ならば、白孔雀のように眩いほどの高級車らしいホワイトカラーを演出するはずのポルシェだが、そこに停まっているクルマはやたらにくたびれていた。

意匠面には雨と埃の跡、ホイールアーチ周りには泥の跡、ホイールにはディスクパッドのブレーキダストがこびりついている。

 

「確かに…ちょっと泥んこですね。」

「最近洗車サボってたかんなぁ…。」

ポリポリと首筋を搔きながらそういう。

 

「洗車してあげたらいいじゃないですか。今って自動でやってくれるんでしょ?」

「門型はヤなんだよ。スポイラー周りとか洗わねぇし、洗い残しは多いし、何よりあのブラシ、小傷が入るんだよ。」

ふぅと大城はため息をつく。

 

「…しゃあね、ちょっと付き合えよ。」

「へ?」

そういって大城はとある場所へと車を走らせた。

 

――――――――――――――――

 

「なーんか…ちょっと怖いところですね。」

そこは、町から少し外れた生活道路沿いにあるガレージショップ。

砂利が敷き詰められた敷地の奥に、年季の入ったトタン張りのガレージ。

その中の二柱リフトにはガワが完全に外されたセダン型の車の姿。

 

出入口付近には、右に左にボロボロなスポーツカーがずらりと並べられ、その一角には廃タイヤが山のように積んである。

そのタイヤ付近で、煙草を咥えながら談笑する顔中ピアスまみれなツンツン頭やスキンヘッドの男たちが数人。

 

その男たちは、彼のポルシェを見るや否や急にこちらへ歩き出す。

「ひっ!トレーナーさん!あの人たち大丈夫なんですか!?」

まるで映画で見たような悪者に絡まれるシーンを彷彿とさせるそれに、マーシャルは大城の袖をくっと握った。

 

そして男たちが運転席のほうへ。

「…ご無沙汰っす!ハクさん!どしたんすか?ポルシェにGTウイングでもつけに来ました?」

と色黒のガタイのいい男が満面の笑みでいう。

 

「いや、ハクさんのこったからターボだろ?HKSのイイヤツ入ってるんっすよ。さすがにいくらGT3でも、NAには飽きたっしょ?」

と、線の細い色白の男が言う。

 

「バーカ、んなことすっかよ。松本はどうした?」

「ここにいるよ~。」

とガレージから無精ひげをひっさげたドレットヘアーの男が。

 

「お、どうしたんだ?ポルシェ用のローダウンキットならこないだ得意の客に履かせちまったよ?」

「いらねぇよ。ホースと洗車キット貸してくれ。」

「ウチは洗車屋じゃねぇんだぞ。」

「いーだろ、俺も得意の客だろ?」

「あの喧しい下品なランエボ乗ってた頃はだろ?」

 

その強面の面々と普通に会話する大城を、ぽかんとマーシャルは見ていた。

 

「おお!こりゃこんなトコにG1 ウマ娘がのってんじゃねぇの!」

松本は助手席に乗るマーシャルを見つけるや、興奮気味にそういった。

 

「え!?マジ!?…あ!ホントだ、マーシャルちゃんじゃん!!」

色白の男も大城の陰にいたその存在に気付く。

「マーシャル…?」

色黒の男はピンと来ていない。

 

「カサハラ!お前知らねぇのかよ!スプリンターズSのアタマ獲ったレッドマーシャルだよ!」

「俺…あんまレースとかみねぇからなぁ。」

「ああ!?笠原!テメェウチで働いててレースに興味ねぇたぁ!どういうこった!」

「逃げろ!松本さんレンチ投げてくんぞ!」

 

「…いーからさっさとホース貸せよ。」

大城はあきれ気味にそういった。

 

―――――――――――――――――

 

なんとか場所と道具一式を借りた大城は、ジャケットを脱ぎ、黒シャツの腕をまくってホースでポルシェにルーフから流すように水をかける。

 

「松本ぉ、ジンはどうしたんだ?」

「あ?今幼稚園に娘たち迎えに行ってんだよ。ボチボチ戻ると思うケド。」

 

その時、ドコドコと低音が心地よく鳴り響くエンジンに、それを助長するかのよう、その存在感を知らしめるマフラーからのサウンドを鳴らしたインプレッサが敷地の中へ。そのサイドパネルには SPEED CREATE GARAGE -JIN-のロゴが。

 

「…お前んとこのデモカーって180sx(ワンエイティ)じゃなかったのか?」

「時代はヨンクよ。」

そこから、一人の短髪葦毛のウマ娘が運転席から降りて、後部座席にいる娘たちを抱え下した。

 

「よぉし、フィズ、ライム。帰ったらまず何をするんだった?」

「「おててをあらう!」」

「その通り!さぁ一着はだれだ?」

そのウマ娘の言葉に、二人のちびウマ娘たちはたぁっとガレージ奥の自宅へと走っていった。

 

「…よぉ、ジン。久しぶりだな。」

そのウマ娘はその声の主にはっと振り向く。

 

「…うぉっ!!トレーナー!!なんでいるんだよ!」

「何って、見てのとーり洗車だよ。」

「うちは洗車屋じゃねぇんだぞ!」

松本(ダンナ)と同じこと言ってんじゃねぇ。」

「…後で水道代、ちゃんと払ってもらうからな!」

 

その様子を、大城の陰からマーシャルは覗き込むように見た。

このウマ娘…なんかどこかで見たような。

 

ジンと呼ばれたウマ娘も、マーシャルの存在に気付く。

「お!…そっか。今お前が担当してるって言ってたもんな。」

そういってジンはマーシャルのもとへ。

「俺のこと覚えてっか?」

にこりと笑いながらそういう。

 

「え?…ええっと?」

「ははは!覚えてるワケねぇもんな!最後に会ったのはお前がまだ赤ん坊の時だったからな!」

その葦毛のウマ娘は短い鬣ごと揺らしながら笑った。

 

「クラウン、元気にしてっか?」

「え?お母さん?」

そこに大城が割って入る。

 

「そ、こいつ俺の昔の担当なのヨ。…そんで、クラウンとも同期だ。」

「お母さんの同期?…あ!ジントニックさん!」

マーシャルは思い出した。母の昔のアルバムに載っていたヒトだと。

 

「マーシャル。お前結構頑張ってるらしいじゃんか。流石アイツの娘だよ。」

「こいつ、短距離ならお前よりはえーぞ?」

「…へぇ、シビれさせること言ってくれんじゃねぇの。」

ジンの目は現役さながらの煌めきが灯る。

 

「きょ、今日はもう走れませんよ!」

またとんでもないことになりそうな予感を察したマーシャルは先に断りを入れた。

 

「ははは!まぁ、そのカッコじゃ濡れるだろうから、部屋に来な。俺の昔の水着貸してやるよ!」

そういってマーシャルとジンは家の中へ。

 

「…アイツも立派な母ちゃんやってんだなぁ。」

大城はその背中を見てそうつぶやく。

 

「いい嫁だろ?…キレさせるととんでもねぇことになるけどな。」

「想像に難くねぇ。」

 

 

―――――――――――――――

 

車体を十分に濡らして、表面についたチリや砂を落とす。

そして、バケツ2/3の水にホワイトメタリック用の洗車液剤を混ぜて十分に泡立たせる。

そして業務用の洗車スポンジにそれをよくしみこませて優しくボディーについた汚れを落としていく。

 

「水はしっかりしみこませろよ。そんで乾く前に流せ。日に焼けると液剤跡がのこるからなぁ。」

「…あの、トレーナーさんやらないんですか?」

ジンの水着とラッシュガードとサンダルを借りたマーシャルは、顔に泡をつけながらスポンジを握る。

そして、ベンチで満足そうに煙草を吸いながらこちらを見る大城にそう不満を垂らした。

 

「お前の手際がいいからナ。」

「トレーナーさんの車でしょ!」

「へーへー。」

そういって大城は思い腰を上げる。

 

「でもまぁ、手際がいいってのはホントだ。ヘタクソがやるとセンが残るからな。」

「えへへ…お父さんの車の洗車、よく手伝ってましたから!」

「ほぉ。ダンナって今なに乗ってんだ?」

「えっと…たしかお母さんと同じ名前の車なんですよ。」

「ああ…ナルホドね。」

 

きっとその車のカラーは赤なんだろうなと大城は納得する。

 

そしてホイール用のブラシをもってホイール洗浄にあたった。

 

汚れていたボディーが、ひとたび磨くと見違えるほどにピカピカになる。

その様を見るのは気持ちがいい。一部分だけ磨いてビフォーアフターを並べると思わずクスっと笑みがこぼれそうだ。

と、マーシャルは満更でもなさそうに車を洗っていく。

 

その車のフロントフェンダー部を洗いながらふと思った。

この子はいつも自分たちを乗せて遠くへ走ってくれてるんだったな。と。

箱根へ行ったときも、栃木に行った時も、今日みたいに遠征に行くときはずっとだ。

 

自分じゃとても走り切れないような距離を、二人も乗せて走ってくれている頑張り屋さんだと思うと、急にこの車に対する愛着がわく。

 

(そういえば、トレーナーさんが言ってたなぁ。この子、すごく速いけどすごく燃費が悪いバカ食いだって。)

それに加えてお前と一緒だなとも言っていた。

 

…似たもの同士か。とマーシャルのその車に対する愛着は増していく。

「…いつもありがとう。」

そうつぶやいた。

 

その時、ポルシェが急にキュイッ!キュイッ!と音を鳴らす。

「わあ!鳴いた!!」

マーシャルは慌てて立ち上がって後ずさった。

「ははは、喜んでるのさ。」

と大城は車を挟んで反対側からそういう。

 

「え!?そんなことあるんですか!?」

「…ただのセキュリティアラームだろ。あんまりからかってやるなよ。」

そうジンが二人に飲み物をもってやってきた。

 

「ほら、熱中症にゃ気をつけろよ。特にトレーナー。お前も結構なオヤジなんだからさ。うちの旦那もこないだダウンしたんだぞ。」

「アイツみてぇな軟弱モンと一緒にすんなよ。…サンキュ。」

「ありがとうございます!」

 

「熱中症ねぇ、んなときゃ水かぶればなんとかなるだろ。」

そういって大城はホースから水を出して、マーシャルの頭から水をかけた。

 

「ひゃっ!!!なにするんですか!!」

「はっはっは!涼しいだろ?」

「もぉ!!」

しかし、夏の風の中でずぶ濡れになるのも悪くはない。焼けた砂利から水が熱せられて蒸発する香りは、どことなく昔の記憶を引き連れてくるようだった。

 

そこにジンが

「ほら!マーシャル!チビどもの水鉄砲だ!仕返ししてやれ!」

と大型の水鉄砲を手渡す。

「はい!」

マーシャルはそれをすぐに構えて大城へ。

「おい!俺は水着じゃねぇんだぞ!」

といいつつも、大城は特に水を避けることもなく、マーシャルとの水合戦に挑んだ。

 

――――――――――――――

 

「パンツまで濡れちまったよ。」

と、マーシャルに負けず劣らずずぶ濡れの大城は、仕上げの水をポルシェにかけながらそういう。

「トレーナーさんも、次は水着ですね!」

「うえ、マジかよ。」

 

そして一通りの拭き上げを終えた後に、大城は松本に向かっていう。

 

「オイ、リフトのチェイサー下せよ。こいつの下回りみてぇんだけど。」

「無茶いうなよ。こいつ自走できねぇんだぞ?」

「じゃあ押せよ。」

「じゃあ手伝え。」

そういってリフトに載っていたもはや原型がわからない車を二人は手押しで外へ出す。

 

そしてポルシェを載せてリフトアップ。

 

「ナンだ。ベルト弱ってるか?」

「いいや、前ブーツが痛んでたからよ、…クソやっぱり割れてやがる。在庫あるかぁ?」

 

そういって車の下からペンライトをかざして二人の男は車の点検をする。

 

もはや自分じゃよくわからない領域に入っていった二人を、残されたマーシャルはぽつん。…と思ったとき。

きゅっと誰かが彼女の尻尾を引っ張る。

 

「わぁ!!」

「おねーちゃ!!あそんで!!」

そこには小さな子供ウマ娘が二人。母親似で二人とも葦毛だった。

 

「わ、分かったから!尻尾を引っ張らないでぇ!」

マーシャルは尻尾をさっと背後に隠す。

 

「おっかけっこしよ!」

そういって二人はマーシャルに背中を向ける。

このG1ウマ娘相手に追いかけっこなど。とマーシャルは余裕を見せようとするが。

 

ふたりはちょこまかと敷地を右に左に。時に木に登ったり。

 

レースでの追いかけっことはまるで違う。

「ひぃ…ひぇ。」

やっと二人を捕まえた時には、もうバテバテだった。

 

そこへジンが

「おーい。チビたちー。お、お姉ちゃんと遊んでもらってたか。よかったな!」

そういってニコリと笑う。

 

「マーシャルも、汗だくになったろ?お風呂沸いたから、チビたちと一緒に入ってきな。」

「はあい!」

 

―――――――――――――

 

「やぁん!もぉ!ライムちゃん!尻尾はひっぱっちゃダメだって!!あ!ちょっと!フィズちゃん!お風呂ではしゃいじゃ危ないよ!」

マーシャルは風呂でも天手古舞。二人の元気のよさには風呂のひと時でも気が抜けない。

 

でも、いずれ自分も結婚なんてしたら、こんな風に子供をお風呂にいれてあげたりするのかななんてふと思う。

 

と、油断したスキにまた尻尾は狙われる。

「もう!」

 

―――――――――――

 

「…ふぅ。」

風呂上がりのマーシャルはジンからもらったラムネをひと含み。

大城もその傍らで同じものを飲んでいた。

 

「…ドーセならコロナビールがよかった。」

「車だからダメですよ!」

 

「よぉ、二人とも、晩飯食ってくだろ?」

背後から似合わぬエプロンを付けたジンが声をかける。

 

「…似合わねぇなお前。」

「ウルセェ!」

「こいつめっちゃ食うぞ?」

「ジョートーだよ。うちの連中、みんなバカ食いなんだよ。」

 

そこに若い従業員の男たちが。

「お、トニック姐さん、もう晩飯?」

「もうちょいだよ。さっさと仕事終わらせてきな!」

「へぇい。」

そういってすごすごと引き帰していく。

 

――――――――――――

 

「そんでよ!このアホトレーナー、その試合に負けてまんまと土下座する羽目になってんだよ!」

「おまえらがやらせたんだろうが!覚えてんだぞ俺!」

「うわー!ハクさんの土下座めっちゃみてぇ!」

「俺、こいつの土下座みたことあるぞ。ほら昔ギンザでさ。」

「あーそのハナシはマジでナシだ。」

 

その食卓は賑わいに包まれる。

こんな温かみのあふれる食卓…実家の家族のことを思い出してしまいそうになる。

 

「マーシャル、お代わりいるか?」

「あ、はい!」

そういって器を差し出す。

 

「あ!トニック姐さん俺も!」

「アンタは自分で注ぐ!」

 

はいよ、とマーシャルは山盛りご飯の器をうけとったときにふと疑問に思う。

「ありがとうございます!…そういえば、フィズちゃんとライムちゃんは?」

「ああ、二人とも風呂から上がったらすぐコテンよ。よっぽど疲れたんだろうな。」

「今いくつくらいだ?」

と大城が聞く。

 

「この間年長組になったばっかだからなぁ。ま、まだまだチビよ。…でも、いずれはトレセンよぉ。」

「トレセンの門は狭いぞ。」

「誰の娘だと思ってんだよ!…でさ。大城、あんたがまたトレーナーやってるってんなら、チビたちアンタに預けようかな…なんてな!」

と、ジンは笑った。

 

「…ああ、そうだな。」

対照的に大城は、そっとすぼんだ声で返した。

 

――――――――――――――

 

「じゃあな、また来いよ。マーシャル連れてさ。」

「ああ…世話になった。」

そういって大城とマーシャルはそのガレージを後にする。

 

「…いい人達でしたね。ちょっと最初は怖かったですけど。」

眩い光を取り戻したポルシェのナビシートでマーシャルはそういう。

 

「見た目だけのオタクみてぇな連中よ。」

と大城は笑った。

 

「今日は…ふぁ…たのひかったれふ…。」

日が落ちた周りの世界に溶け込むように、まどろみがマーシャルを襲う。

 

「寝てていいぞ。…ま、いつものことか。」

大城はカーオーディオを切る。

 

車の揺れがまるで揺り籠のよう。

マーシャルは深い眠りに落ちていく。

 

ああ…この感覚も懐かしい。

両親の運転する車の中。幼い日の自分はいつも家までこらえきれずに眠っていたっけ。

それらはふと思い出すたびに、優しい思い出となって束の間の心をいやす。

 

…きっと今日の出来事だってそうだ。

いつの日か、優しい思い出になって私の心に残り続けるんだろうなぁ。

と、思いながら、マーシャルの電源は切れた。

 

 

 

 

 

 












































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