7s Sprinter   作:マシロタケ

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説教

「何かと7に縁があるよな、お前って。」

地下バ道を光のさす方角へ歩きながら、大城はマーシャルにそういった。

 

7…その数字、今日のマーシャルの人気順だ。

スプリンターズステークスという冠を手にした彼女。その実力は誰もが認めるものではあるのだが、それはあくまでスプリントに限った話。

 

いくら短距離の世界で名を馳せたとはいえ、そんな彼女が中距離の世界へ踏み入れるということは、当然イロモノを見る目で見られること同然だった。

 

その中でも7番人気。

今の彼女にとってそれは妥当な番数なのだろうか。

 

「…なんだか今日のパドック、みんなの見る目が少し違ったように見えました。なんていうか、期待を寄せられてるっていうよりも、軽んじられてるというか。」

マーシャルはいつもとは違う違和感を、大城に打ち明ける。

 

「だろうな、お前はスプリント界で名前を知らしめたスプリンターだ。それが急に中距離のドダイに踏み込んでくるってコト、当然面白くねぇと思うやつだっている。…少なくとも、歓迎はされねぇぞ。」

「そうですよね…。」

「ナンだ、怖気づいたか?」

「いいえ…それでこそ、ロックっていうものなんじゃないですか?」

「…お前も、分かってきたみてぇだな!」

 

そういってマーシャルの背中をパンと叩く。

 

「軽んじられてるのなら思い知らせてやれ、俺たちはいつもそうやってきただろ?恐れるこたねぇ、お前という存在をわからせてやれ。」

「…はい!」

「よぉし、いっちょじゃあ景気よ…く…」

大城がとたんに言葉を詰まらせる。

 

「?…トレーナーさん?」

「…悪い…先行ってろ」

 

そういうと大城はマーシャルに背中を向けて、ふらふらと走りだす。

 

今まで見たことのないような彼の姿に、マーシャルは微かな不安を覚えた。

 

――――――――――――

 

「あ…がっ…ゲホッ!…ゴホッ!」

患部と口を押さえながら、大城は何度もせき込んだ。

男性用の手洗い場に駆け込もうと走った大城だったが、発作は待ったをかけてくれなかった。

 

…以前よりもかなり発作の頻度が高まってる。

 

道中の通路で大城は膝をつく、なんとか壁伝いに体を引き起こそうとするが、痛みがそれを阻害する。

 

「大丈夫ですか!?…ちょっと!誰か救急車!」

彼の異変に気付き駆け付けた会場の職員がそう叫ぶ。

「いや…いい…いつものコトなんだ。」

「でも!」

「大丈夫だ…時間が経てば…。」

大城は何度も何度も深い呼吸を繰り返す。

 

その呼吸に声が混ざってしまうほど。

…少なくとも健常者のするような呼吸とは思えない。

 

「…ダメです!救急車呼びます!」

「…やめろ。」

「誰かあなたの様子を見てくれる方がいらっしゃるんですか!?少なくとも今の様子…絶対に普通じゃない!今…。」

職員の周りにも人だかりができ始める。

 

その職員はスマホを取り出して、救急連絡を始めようとした。

 

「やめてくれ!…今から俺の担当が走るんだ!」

かすれるような声を絞り出してそう訴える。

 

その時だった。

 

「…彼の様子なら私が見よう。」

そう声を上げる者がいた。

 

その姿に、その場にいた者たちすべてが身を引いて、彼女のために道を開ける。

「…少なくとも、私は彼の容態を把握している。この発作のことも。私が責任をもって彼のことを看よう。無論必要があると判断すれば、問答無用で医療機関にも掛からせる。…だから、この場は一旦私に預けてくれないか?」

 

優しく説くようなその声色に、その職員の手も止まった。

「…恩に着るぜ…ルドルフ。」

 

ルドルフはそっと大城の肩をとった。

 

――――――――――――――

 

『さぁ!第二コーナー回ってバックストレッチへ!各ウマ娘それぞれのポジションに構えます!注目のスプリント界からの刺客レッドマーシャル!中団やや後方の位置に構える!』

『中距離初挑戦の彼女、いったいどう魅せてくれるのでしょう!期待がかかります!』

 

…すべてを予定通りに運ぶ、今まで積み重ねてきたこと、学んできたこと、得てきたこと、感じてきたこと。

それらを惜しみなく力に変え、それは足に伝わり、蹄鉄を経て、路面への出力に変わり、彼女を前へ前へと押し出す。

 

パドックにいたときに聞こえたかすかな観客の声。

 

『…無理だろ。あいつ。スプリントなら敵なしなのかもしれないケド、中距離の世界を甘く見すぎだって。』

『…そーそー。今まで短距離から転向して沈んだヤツが何人もいること知らねぇのかな。』

 

 

…冗談じゃない!

甘く見てなんかない!無謀なことなんて百も承知だ!…それでも、私には追いかけなきゃいけない夢があるんだ!

 

私を育ててくれた、大事な両親のために。

私を見捨てずに、信じて寄り添ってくれたトレーナーさんのために。

私の背中を押してくれた、仲間たちのために。

そして…自分自身の為に!

 

私は…意地で走るんだ!!

 

根性だけなら…誰にだって!!!

 

 

『さぁ!!ここが勝負所!ウマ娘たちに動きがみられる…!ここで来たか!レッドマーシャル!!さぁ!!スプリントの武器はここ2200mの世界でも通用するのか!?」

 

-7.000-

 

息を深く吸う。

思い切り地面をけり上げる。

 

…やりすぎるな。ここは1400じゃない。

 

ペース配分をスパートに入っても忘れるな。

 

マーシャルは孤独な自分の世界へと没入していく。

そこで、自分自身との対話を繰り広げていく。

 

ブレて暴れようとする7秒をなんとか抑え込む。

暴走したら終わりだ。

あの時のように、また自分はターフで溺れることになるだろう。

 

少しづつ慎重に、自分のアクセル開度を数段階に分けて開いていく。

 

『レッドマーシャル!スプリントほどの勢いこそは見られないが、着実に順位を上げていく!』

『しなやかな走りです!これはひょっとするとがあるかもしれません!』

『しかし!その背後から待ったをかけるか…来た!来たぁ!!』

 

 

 

『あがってきたぁ!!!スペシャルウイーク!!!』

 

 

 

 

 

-3.226-

 

まだ余力を残しているとは言え、ここから先もレースは続いていく。

スパートはもう間もない。ここで稼がなければ…。

 

その時、彼女の没入しきった世界に、わずか一瞬実況の声が入った。

 

…スペシャルウイークが、上がってきたと。

 

(スペ…ちゃん…私…あなたに通用するの…かな?)

残されたわずかなスパートに彼女はすべてを注いだ。

 

―――――――――――――

 

「悪いな…。助かった。」

「助かった…か。貴方の為を思うのなら、本当は救急車を呼ぶべきだろうと、私も思うよ。」

「機転と融通の利く会長様は実にユウシュウだ。」

 

大城は屋内観戦場のベンチに腰を据える。

もうマーシャルのレースは始まっていた。

 

「やっぱ、手強そうだな…スペは。無理はしても、無茶はすんなよ…マーシャル。」

「…担当の心配よりも、自分の心配をしたらどうなんだい?」

「今更なことだ。」

大城は鼻で笑う。

 

「随分と症状が重くなってるように見受けられる。…担当に無茶をするなといいながら、自分はかなりの無茶を働いているんじゃないのかい。」

「どーだろうな。」

「実は貴方の担当医とも連絡を取った…最早満身創痍の域すらも超えていると…。」

「医者からは…明日の朝死んでるかもしれねぇよとは言われてる。毎日寝るのがスリリングさ。」

 

大城は錠剤を口に含んで水で一気に流し込む。

 

「もう一度訊く。なぜマーシャルにそのことを黙っている。」

「そりゃあ、んなこと今のアイツが知ったら…。」

「沈黙が彼女の為だと謳うのなら、それは大きな間違いだ!」

 

大城の言葉をルドルフは両断した。

その強く張った声色に、近くにいた観客らがはっと彼女を一瞬見た。

 

「…」

大城は沈黙した。何も繕う言葉が出てこなかった。

 

「本当は、自分でもわかっているんだろう?彼女に、一日でも早く伝えなければならないことを。…ただ貴方一人だけが苦しめばそれでいいという考えならば、私は全面否認する。トレーナーと担当は一蓮托生の存在だ。例えそれが釜中之魚の事実だとしても、担当はそのことを知る義務がある。…隠し通して、それが彼女の為だと、これ以上言うのなら、貴方は…トレーナーとして失格だ。」

 

大城はレースから目を背けて、そっと自分の手を見た。

そして、ふぅとため息をつく。

「…やっぱ俺って、誰かに叱られねぇとダメみてぇだな。…昔っから変わんねぇや。」

 

大城は髪を手でかきあげる。

 

「本当はわかんねぇんだ。…どうやって、あいつに伝えたらいいのか。」

そして再び、ターフの上で懸命に地面をけり続けるマーシャルを見る。

 

「俺ってさ。…まともに誰かと別れの挨拶をしたことなんてねぇのよ。親父は気が付いたら死んでて、兄貴は気が付いたら蒸発して、またいつか会えるだろうと思ってたダチとも、疎遠になったり、風のウワサで死んだことを知ったり。…嫁とだってそうだ。最後は、机の上に置かれた指輪と、離婚届だけだ。」

「…」

「気が付いたときには、もう大事なものは無くなって、消え失せて、後になって後悔して…そんなことをずっと繰り返してきた。」

「それと同じ思いを…彼女にもさせるつもりかい?」

「…俺は、怖いんだ。死ぬことよりも、またあいつを、一人にしてしまうことが。」

 

大城は立ち上がって、屋外へ向かって歩いた。

 

「あいつは屠所之羊になって、ヤケになった俺に生きる意義を教えてくれた。だから俺はなんとしてでも、あいつを輝ける場所へと連れていってやりたかった。」

 

彼女たちの走る音が室内と比べて格段に大きくなる。

観客たちの歓声や、実況の音もそれに比例して。

 

「見ろよ、初等部生にすら勝てなかったあいつが、GⅡのしかも2200mだぞ。あいつは俺の期待以上に輝いた。日を追えば追うほど、努力すればするほど、輝きは増した。…あいつが輝けば輝くほど、俺は一層怖くなった。」

 

仕切りの柵に手を置く。

 

「本当は信じてやらなくちゃいけないってのによ、俺なんかいなくても、あいつは大丈夫だって。」

「辛労辛苦することは…よく解るよ。」

「なぁ、ルドルフ…もう少し、俺のこと叱ってくれねぇか。」

「…長くなるよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 




「大体煙草の量が多すぎる。患いものがあるというのなら、せめてそれなりに控えるべきだろう。それに酒の量も多いと聞く。いくら百薬の長とはいえ限度というものがある。貴方にはもっと自愛の…。」
「…その辺はいいだろ。」
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